アンセムの殿堂 Special Issue



5分で分かった気になるリマスタリング入門

投稿者:アンセムの殿堂管理人
投稿日:2005年6月 1日(水)00時57分18秒

これだけ「リマスター」という言葉が一般的になった現在でも、結構知らない方も多いですよね。そして「リミックス」「リマスター」の違いが分からないという方もいるかと思います。その辺も含めて、とりあえず思いつくまま書いてみます。乱暴にまとめていますが、大筋はこんなところで良いと思います。長いですから興味のある人だけ読んでください。

1960年代に入って4トラックのマルチ・トラック・レコーダー(MTR)が発明されると、商業音楽に革新的な進歩が訪れます。それまでのステレオ録音では。ミュージシャンを集めてきてせーので演奏させ、それを2本のマイクで録音するしかなかったのですが、4トラックになった事で、「演奏に後から演奏を重ねる」という選択肢が生まれ、音楽表現の幅が劇的に広がったのです(厳密には、2トラックの中でもモノトラックのピンポンは行われていました)。

その後MTRは、8、16、24、48トラックと進歩します。ちなみに、現在ではテープを利用しないPRO-TOOLSというコンピューター・ソフトのMTRが主流です。4トラックだろうが48トラックだろうが再生には専用機器が必要で、そのままでは一般家庭では聴けません。その為、一般家庭のオーディオ機器で再生できるように2トラックに「落とす」必要があります。これが「トラック・ダウン(TD)」もしくは「ミックス・ダウン」と呼ばれる作業です。

レコーディングされた沢山の声や各楽器の音色を整え、もしくは積極的に加工し、レベル(ボリューム)や定位を調整し、エフェクト(効果)を加え、曲として完成させる作業です。ちなみに、これをやり直すことが「リ・ミックス」です。

商用レコードが生まれた最初期には、曲を吹き込むそばからリアル・タイムで、レコード量産の為の「おおもとの1枚」を作って(この辺詳しく後述)、一日で「1丁あがり」だったのが、技術の進歩に伴い、レコーディングに掛かる日数もドンドン長くなります。

つまり、別の日に、別のスタジオで、別のエンジニアが録音した複数の曲を、一枚のお皿に収録する、という事です。そのままでは、例えプロデューサーが同じだとしても、どうしたって違ったキャラクターの音になってしまう。でも曲毎に音量が大きく違ったら聴く方はたまりません。

その為、一枚のアルバムとして通して聴く為に、統一感を出す必要が生まれます。また時代が前後しますが、60年代末になるとそれまで単なる「曲集」にしか過ぎなかったレコード・アルバムにビートルズが「コンセプトを持った作品」という概念を持ち込みます。それによって「曲間の長さ」までが意味を持つようになります。

そこで各曲の音量・音色を調整して、統一感を出して、曲間の長さを決める作業が必要になります。実は厳密にはこれは「プリ・マスタリング」といいますが、ミュージシャンが言うところのマスタリングは、ほぼ、この事です。

そしてもう一つ大切な作業。レコードを作るためには、それぞれ別々のテープに収録された曲を、AB面それぞれ1本のテープにまとめないといけません。このダビング作業=「マスター」を作る作業こそが、まさに「マスタリング」です。こうして出来たのがいわゆる皆さんがインタビュー等で目にする『マスター・テープ』です。

となると「リ・マスタリング」とは何か。勿論マスタリングをやり直す作業の事です。では、何故最近リマスターが大流行なのか。それを理解するには、アナログ・レコードがどのようにして出来ていたかを知る必要があります。

アナログ時代のマスタリングの現場においては、「カッティング」という作業も同時に行われました。

カッティングとは、旋盤機のような巨大なターンテーブルに塗られたレコードと同じサイズの合成樹脂に溝を刻む作業です。「カッティング・マスター」「カッティング盤」「ラッカー盤」などといわれるこの円盤がレコードの元になります。

このカッティングには非常に専門的かつ高度な技術が要求され、視聴して耳で音質を確認し、専用の特殊な顕微鏡で最初から最後まで溝を全て目で確認した後(!)完了となります。ちなみに、作業の中で数枚の「テスト・カッティング盤」が作られる事があり、稀にマニアの間で取引される事がありますが、当然の事ながら、それは世界に存在するどのコピー(=発売されたレコード)よりも高音質な訳で、マニアには垂涎の的となります。

余談ですが、今日のようにマスタリングがアーティストの表現の分野として語られるようになったのは、90年代以降の事です。それまではあくまでもレコード会社の職人に任せられた「作業」であり、名だたる「名人」を指定して依頼する事はあっても、そこにアーティスト本人が自分のアーティスティックな「思想」を反映させるという事は稀でした。

話を戻します。カッティングされたカッティング・マスターはプレス工場に送られます。そこで、凹状の溝を持つカッティング・マスターから溝を転写し、反対に凸状の細かい山を持った金型を作ります。これが「スタンパー」と呼ばれるもので、まさにレコードを量産する為のスタンプとなります。

このスタンパーで塩化ビニールを熱プレスして、レコードが生まれるのです。ここまで長い説明でしたが、ここからがある意味本題です。実はこのスタンパーは寿命がかなり短いのです。3000枚もプレスすると、もう使えません。その為イニシャルで30万枚を出荷する大物になれば100枚のスタンパーが必要です。

さて。自国でしか活動しないアーティストであればいいのですが、世界中でアルバムがリリースされるような大物の場合はどうなるでしょうか?各国の工場でレコードを生産するためには、それぞれの国でリリースを担当するレコード会社にマスターテープを送ってやらないといけません。勿論大切な「オリジナル・マスター」を送るはずなどありません。そもそも1本しかないのだから。コピーを送る・・・とはいっても、マスターはアナログテープですから、再生するだけで劣化します。あまり回したくない。となると、まずはコピー作業用の「子コピー」を作り、そこから「孫」「曾孫」のコピーが作られます。

そしてこういった「孫コピー」、「曾孫コピー」が、各国のレコード会社に「マスター・テープ」と称して送られ、そこから各国で「カッティング・マスター」で作られ・・・と上記の作業が行われます。

もうお分かりになった方も多いと思いますが、60年代、70年代において、日本盤を始めとする外国リリース盤が、アーティストの本国のそれも初回盤に比べて大きく音質が劣っていたのはそういう訳なのです。プレスの元になるマスターがダビングを繰り返したシロモノなのですから、当然といえば当然です。

さて。時を経て1982年、CDが登場します。その約10年後には、塩化ビニールを駆逐し市場を取って代わったのは皆さんご存知の通り。各社とも、当然のように旧譜を片っ端からCDで再発。しかしこれが酷かった。

CD登場以前に制作されたレコード(の中身)は、当然の事ながら最終的に塩化ビニールにプレスして、レコードプレイヤーで再生する事を念頭にミックスし、マスタリングされたものです。ここまで読んでいただいた方ならば、そういった音源をCDに収録し、そしてCDプレイヤーで再生する為には、当然それに適したしかるべき処置、つまり「CD制作に適したマスタリング」をやり直す事が必須だという事は分かっていただけると思います。

しかし80年代初頭、その「CD制作に適したマスタリング」の方法論もまだ確立されてはいませんでした。それに加えて、各レコード各社はとにかく旧譜を片っ端からCD化するのに大ワラワ。とにかく数をこなす、カタログをとりあえずラインナップさせるのに精一杯で、一枚一枚の作業を吟味している余裕などあるはずもない。相当いい加減な復刻ばかりでした。その為、当時作品によっては「レコードよりもCDの方が音が悪い」等という、本来物理的にはありえない現象が起こった訳です。しかも、例によってここでも、音質の劣化したハイ・ジェネレーションのマスターが使われたりもしました。

さらに悪い事にはCDプレイヤー自体の問題もありました。CDのデジタル信号をアンプで増幅する為には、信号をアナログに戻してやる必要があるのですが、高級機は別として、CDラジカセやミニ・コンポといった安価なプレイヤーに内蔵された、チャチなD/Aコンバーターでは。まともな音が出てくるはずもないのでした。

まぁ、これは今でも本質的には同じです。CDラジカセやセット売りのミニ・コンポや、今であればPCで聴くとか、そんなオモチャに毛が生えたようなのような再生機器で、本来アーティストが意図した音像が再現できるはずはありませんし、ましてアパートやマンションの部屋でボリュームを1とか2にしていればなお更です。

と言うわけで、昨今のデジタルリ・マスタリングです。25年の間に培われた現在の技術を使って、「CDで収録し、CDプレイヤーで再生するのに相応しい形でマスタリングをやり直しましょう」という事です。そして「オリジナル・マスター使用!」を声高らかに謳っているものも多いですね。それには以上のような意味があったのです。

さらに付け加えるならば、今の流行の音像に近づける、という意味もあります。現在はコンプレッサーやリミッターで限界にまで音圧を上げた、いわゆる業界用語で言う「目一杯突っ込んだ」音が好まれます。そのほうが聴感上インパクトがあり、迫力があるように聞こえるからです。

実際、80年代のCDと最近デジタル・リマスタリングされた物を聴き比べればその違いは明らかですが、最近のものは相当なブースト感があります。ま、大事なのは音楽ですから。音圧高ければ良いと言うわけではないのですが・・・。

ちなみに、僕は、誰もが日本最高のマスタリング・エンジニアと認める「カッティングの神様」とさえ呼ばれる超一流のマスタリング・エンジニアの方の、マスタリングの現場に立ち会った事がありますが、これは本当にマジックを見ているような衝撃でした。

すでに2チャンネルにまとめられてしまっている音源なのに、「もっとベース・ラインの動きをハッキリさせたい」というリクエストに対し、その方がEQをいじると、すーっと、ベールを一枚はがしたかのように低音部がハッキリしてくる。マスタリング・エンジニアには、レコーディング/ミキシング・エンジニアのそれとは違う、専門的な技術があると実感した瞬間でした。

で、今回の『20TH ANNIVERSARY REMASTER SERIES』ですが、現行の『NEXUS RE-MASTER COLLECTION 』の時点でかなり改善されていますから、そこから飛躍的な進歩・・・というのは望めないと思います。まぁ、好みの違いはあるでしょうが。

上記の通り、マスタリングと言う工程にはレコーディングとは異なる専門的な技術が必要です。クリスが超一流のプロデューサーである事に疑いの余地はありませんが、彼はマスタリング・エンジニアではありませんから・・・。

長くなりました。以上、皆さんの参考になれば幸いです。

*この記事は、『20TH ANNIVERSARY REMASTER SERIES』発売に際し、リマスタリングとは何か?という皆さんの御質問にお答えして管理人が掲示板に投稿したものです(一部加筆修正)。



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