新・ピチモ物語。


『友美と可鈴と最後のピチ撮』






●登場人物
 志田友美・・・新人ピチモ、愛称「ともちゃん」 
 荻野可鈴・・・新人ピチモ、愛称「りんりん」
 大山桃子・・・現役ピチモ、愛称「桃ちゃん」
 天野莉絵・・・先輩ピチモで卒業生(語り手)


(0)転機

莉絵は、2008年の春にピチモを卒業して以来、三重の田舎町にある実家に引っ込んだ。そして、 普通の女子高生として、芸能活動とは無縁の、普通の生活していた。

ところが、ある日。突然莉絵のもとに、転機が訪れたーーーしかも、同時に2人もだ。





(1)お願い

友美と可鈴の2人は、『ピュアピュア』(vol.51)の撮影の帰りだった。ツーショットでのグラビ ア撮影を終え、帰宅がてら、2人で話し合って、卒業と同時に三重に隠居してしまった天野先輩の家に向 かうことを決心した。

天野家についたときには、時刻は午後6時半を回っていた。莉絵は愛犬ヒメちゃんの散歩から、ち ょうど帰って来たところだった。

自分の家の玄関の前に佇む2人にむかって、莉絵は

「うちになんか、用やにぃかぁ?」

と声をかけた。

はっ、と振り向く2人の少女。意志の強そうな瞳が印象的な、志田未来似の子が友美。おっとりし ていて、堀北真希似のほうが可鈴。

しかし、この時点で莉絵は、この子らが今年のピチモオーディションに受かった、新ピチモの2人 だとは全くきづいていなかった。

「すみません。えっと、あたしたち・・・」

友美と可鈴のどちらが述べたのか、あるいは2人が口をそろえたのかもしれなかったが、とにかく その言葉には、どことなくせっぱ詰まった響きがあった。

莉絵は改めて、2人と目を合わせてみて、ここで始めて、少女たちが新ピチモであることを悟る。

「わぁ〜、ともちゃんに、りんりんやにぃ〜♪」

2人は、いま大人気のアイドルグループのAKB48の『大声ダイヤモンド』の「♪僕は君に伝えたか った〜」のところの松井珠理奈&高橋みなみのように、互いに顔を見合わせてから、今度こそ口をそろ えて、こう訴えてきた。

「実は、あたしたち。天野先輩に大切なお願いがあるんです!」





(2)最後

「にぃ!? 莉絵にかぁ?」

すでにすっかり陽も落ちており、こうしてはるばる三重の片田舎までやってきてくれた小学生の 女の子2人を、無下に追い返すわけにも行かないため、莉絵は2人を実家の自分の部屋に通した。

すると開口一番。

「あたしたちに、ピチ撮を教えてください!」

懇願する友美も可鈴も、顔つきは真剣そのものだが、残念ながら莉絵は、彼女たちの期待に添え そうもないし、こんな風に年端も行かぬ少女から真摯に請われるに値する者でないのは確かだっ た。

それに2人は、現役最古参の長老格ピチモ桃ちゃんから、莉絵のことをナンバーワンピチモだった だの、エースだっただのと紹介されていたせいで、おそらく何かを誤解しているのだろうという気もし た。

莉絵は、いまや現役ですらないし、しかも、現役時だってせいぜい表紙を2回経験した程度で、 ほかにこれといった実績も、読者人気も、たいしたことなかったのは、自分が一番良く知ってい る。

だから、仮に2人が一流ピチモを夢見ているのだとしたら、彼女たちに莉絵がしてやれることなん て、極めて限られていた———というか、現状において、ほとんど何もないといっていい。

「せっかくだけどねぃ☆ それはできないやにぃ。莉絵、もうピチモじゃないし、今の撮影のこ ととか、全然わかんないんやにぃ。お魚のことなら、なんでも教えてあげられるんやにぃけど・・・。 って、わざわざ来てくれたのに、ごめんやにぃ。。。」

これに、友美と可鈴はここでも例のAKBの振り真似よろしく顔を見合わせてから、今にも泣きそう な鼻にかかった声で、さらに懇願してきた。

「でも・・・お願いします!!」

再び友美が、

「どうしても教えてほしいんです。あたしたち、次のピチ撮、ちゃんとやりたいんです。同期の ほかの子達は———あずも、おがちなも、ゆうかりんも、はるぴーも、みんなみんなやる気が全然なく て、冬休みに16期だけで集まって練習とかするのもヤダって言ってて。『学校の授業じゃないし、ピチ 撮なんて絶対に参加しなくちゃならないってわけじゃないし、練習なんてバカらしいよ』って、みんな が今日も話してて」

そして可鈴が続ける。

「でも、あたしたちはそういうわけには行かないんです!」

少女2人の必死な形相に接するうち、莉絵は戸惑いすら覚え始め、そしてこう尋ねた。

「なんでやにぃ? なんでそれほどまでにぃ?」

2人、声をそろえて。

「これが・・・これが最後だから」



●(3)理由

「ど・・・どーゆーことやにぃ〜。そりぃわぁ!?」

莉絵、傍目にはややおおげさに驚くが、これは本心からであって、断じて演技ではない。こうい う子なのである。

と、そんな莉絵にはおかまいなく、黙り込む2人。そして、二人の口から答えが出るまでに、相 当の時間がかかった。

この沈黙の間、莉絵は右手の人差し指と中指の先端で、軽く自分の唇をポンポンと叩いていた。 もはや吹奏楽部を引退してだいぶたつが、こういうなんとも重苦しい雰囲気にあっては、無性にトラン ペットが吹きたくなった。

やがて友美が口を開く。

「あたしたち、春になったら、お別れしなくちゃいけないから」

そして可鈴も、

「小学校を卒業したら、あたし海外に引っ越すんです」

ようやく、鈍感でKYと言われる莉絵にも、彼女たちの切実さの理由が分かりかけてきていた。 莉絵はひとまず、持ちかけられた相談内容を整理し、少女らに確認を求めた。

「つまりやにぃ。えっとぉ、来年の春に、りんりんが卒業したら遠くにお引っ越ししちゃうから 、お別れする前に、仲良しコンビで、最後の記念に、ちゃんとしたピチ撮をやっておきたい、そういう ことかぁ?」

2人そろって、うなずいて見せた。

「だめですか?」

「お願いします」

莉絵は、腕を組んで「にぃぃぃ。。。」と唸るしかなかった。





●(4)今

それは確かに、2人の願いは「ピチ撮をちゃんとやること」で叶えられるのであろうから、きっと こんな莉絵にだって、ちょっとくらいは手助けできるに違いない。

要は、やる気のない、あずや、はるぴーたち同期の尻をバシバシひっぱたきながら、ピチ撮を成 功させればいいだけだ。

むろん、莉絵が現役だったころのピチ撮と、いまのピチ撮で違う点もあるだろう。でも、それは 子飼いの桃ちゃんや、現役時に可愛がってあげた、まえのん、みみたちに訊いておけばいい。

そもそも、16期はまだまだ新人なのだから、完璧なピチ撮なんて、あの悪名高い白井編集長だっ て求めてはいないだろう。

と、ここまで気持ちが傾いてきてはいたが、それでも莉絵は、顔に出さなかったーーーというよ り、出すわけにはいかなかった。

「でも、どーして莉絵じゃなくちゃいけないんかぁ? もし、16期の他の子たちが協力的でない んなら、編集長だって、タンバリンのマネージャーさんだって、なんなら、現役ピチモのドンである強 面さやりぃ先輩にだって相談してみればいいんじゃないんかぁ?」

すると、本音を言えば、同期の子たちなんてどうでもいいのだと、友美は語った。二人のピチ撮 を、ツーショットの撮影を、誰にも邪魔されずに行えたら、それでいいのだと、友美が告白すると、間 髪あけずに可鈴も同意した。

そして、最後の思い出を綺麗に仕上げたいから、どうせなら、ちゃんとした卒ピチの先輩に指導 してほしいのだ、という。

「莉絵は、ぜんぜんちゃんとしたピチモじゃなかったんやにぃ」と教えてあげたかったが、言い 出すことは出来なかった。

その代わりに出てきたのは、身も蓋もないアドバイスだった。

「こりぃわぁ、余計なお世話かもしんないやにぃけどぉ、春にアメリカに引っ越しちゃったとし ても、2人が永遠にあえなくなるってわけじゃ、ないんやにぃ。だから、そんな思いつめないで、ピチ撮 は、まあ、いまやれる範囲でやるとして、そのお別れまでの間、他に2人でなにか思い出を作るとか、そ ういうの、どうかぁ? たとえ海外だって、いまはメールだって電話だってあるんやにぃ。夏休みに飛 行機で会いに行ってもいいんやにぃ。とにかく、『最後』なんて、おおげさやにぃ」

と、言いながら、莉絵は自分自身と、心友みゆとの間に出来てしまった、果てしない距離を意識 せずにはいられなかった。

しかし、莉絵はどうやら間違いを犯してしまったようだった。

それは、可鈴は、無言のまま唇をかみ締めて首を振り、一方の友美は、すかさず次のように反論 してきたからだ。

「あたしたちには、今が大事なの! 今しかないんです。だから、あたしたちのピチ撮に協力し てください。お願いします」



(5)決心

その夜、莉絵は桃子に電話をかけた。そして今日、実家に友美と可鈴の2人が訪ねてきたことを話 した。

桃子は、どうやら莉絵から問い合わせが来ること自体は予想していたらしかった。それで一瞬、 莉絵は2人が、裏で桃子の指示によって動いていたのかと疑ったが、どうやらそういうことではなく、今 日の行動は彼女たちが自発的に行ったものというのは間違いないようだった。

電話を切った後、莉絵は本棚の上に置いてある「ウツボの貯金箱」を見つめる。 これは、ファーストDVDのイベントで、ファンの人からもらったプレゼントだ。

そして、おもむろに振ってみる。

≪カランカランカラン≫

莉絵の全財産だ。中には、せいぜい700〜800円入っている。

「これだけあれば、莉絵にだって、それなりのことは出来るはずやにぃ!」

そうつぶやくと、緑友利恵よろしくバトルアックスを振りかぶる。

「ウツボくん、ごめんやにぃ〜♪」



(6)胸騒ぎ

いよいよ、莉絵によるピチ撮のレッスンが始まった。

初日。公民館の会議室に集まったのは、友美と可鈴、そして莉絵の3人だけだった。

もっとも、莉絵たちにとってはこの3人だけで十分だった。いや、正確に言えばもう1人、仲間が いた。莉絵の相棒である、ジンベエザメくんのぬいぐるみ「ジンくん」を、友美も可鈴も快く迎え入れ てくれた。

ジンくんの見つめる中、レッスンは順調にスタートした。

それからの日々は、莉絵にとっては贅沢すぎるくらいの素晴らしい日々だったと思う。2004年か ら3年間、ピチモをやってきたわけであるが、首になった時点で、もうピチレに携わることは一生あるま いとあきらめていた。

ところが、思わぬ機会を得て、もう1回、幸運にもピチレに関わることになった。こうなった以上 、もはや友美と可鈴の最後のピチ撮を、絶対成功させようと思う。そうして、2人の最高の思い出となる ように、全力で指導を続けた。

と、このような幸福感につつまれた、充実した日々を送る中、莉絵が、どうにも無視しがたい胸 騒ぎを覚るようになった最初の日は、クリスマスを直前に控えた日曜日だった。




(7)真意

その日は、午後4時からのレッスンを控えていた。莉絵は、ちょっと早めに、公民館に向かった。 それは、1階にある、「インターネット体験コーナー」にて、誰でも利用できるようになっているネット で、お魚に関する調べものをするためだった。

が、コーナーについて、莉絵はがっかりすることになる。1台しかないパソコンの前に、先客が2 名いたのだった。

「残念やにぃ。。。」

しかし、それは見覚えのある顔ーーー毎日、ピチ撮レッスンで顔をあわせている、友美と可鈴で あった。

そこで、さっそく莉絵は「こんにちわやにぃ〜♪」と声をかけた。

だが、声をかけられた2人の反応は、ちょっと意外なほど他人行儀で冷たいものだった。

「4時からですよね」と小さな声で言った後、軽く会釈をして、そそくさとパソコンコーナーを後 にした2人を見送って、莉絵は、なんとなく不吉な予感を抱きつつ、パソコンの前に座った。

そして、自然と「履歴」を見る。そこに表示されたのは・・・

≪自殺マニュアル≫

というタイトルの、ホームページだった。

その後は、何事もなかったように、ピチ撮のレッスンをして、何事もなかったように別れた。2人 も、全くいつもと変わらず、莉絵に接していたーーー気味が悪くなるくらいごく普通に。

2人と別れてから、莉絵はずっとひとつのことが頭から離れなかった。あまりにも考え事にのめり こみすぎて、夕食をとるのすら忘れていた。

むろん「自殺」を扱ったサイトを閲覧していただけで、ただちに友美と可鈴の2人が自殺志願者で あると決め付けてしまうなんて、いくらなんでも早計であろう。興味本位で、たまたま見つけたサイト だったのかもしれない。

それでも、友美と可鈴、2人の境遇、なにより、その切迫感、そして「最後」という言葉への異常 なまでの執着を考えると、そんなにも悠長に構えているわけにも行かなかった。

2人は、次のピチ撮を「最後」と位置づけている。知り合った当初から、「最後」へのこだわりを 感じていたが、ここにきて偶然、2人の「真意」を覗き見てしまったような気がしてならなかった。

そうなのだ。2人は「最後」にしようとしている。次のピチ撮を区切りとして、何もかも。



(8)絆

クリスマスが近づいてきた。小学校も、冬休みに入った。莉絵たちのレッスンも、公民館が閉館 となる月曜、そしてクリスマスイブとなる火曜はお休みとして、25日から再開することになってい た。

24日。こうして莉絵は、今年も1人でクリスマスイブを過ごすことになった。いや、正確に言うと 、今年も「ジンくん」と一緒であった。

1人でケーキを食べていると、ふとある考えが浮かんだ。

明日、レッスンを早めに切り上げ、そのまま2人を呼んで、うちでクリスマスパーティーをする!

実は、すでに彼女たちへのクリスマスプレゼントとして、お揃いのの「ミス・バニーのペンケー ス」を、2つ買っておいた。

これを友美と可鈴にひとつずつあげて、ずっと持っていてもらうつもりである。

そう、このペンケースは、莉絵とゆうころ、そして、あーちゃんに桃ちゃんの4人をつなぐ「絆」 なのだ。

2人がプレゼントを受け取ってくれれたなら、たとえ離れ離れになったとしても、たった1人にな ったとしても大丈夫と言うだろう。

莉絵は、自分の過去を、自分とみゆとの間に、なにがあったのか、2人に聞かせるかもしれないし 、聞かせないかもしれない。

携帯のメモリーに残っている、みゆとの「海遊館」で、本物のジンベエザメをバックにした、ツ ーショット写メを見せるかもしれないし見せないかもしれない。

いずれにせよ、莉絵は2人に語りかける。「最後」へと向かう2人の幻想が消えてなくなってくれ ることを願って。

それでも、莉絵の語る言葉で、2人の「最後」への執念を断ち切ることなんて、できないかもしれ ない。

あるいは、もともと2人への懸念の一切が、全て莉絵の思い過ごしであるのかもしれない。

果たして、莉絵はこの難関を、切り抜けることが出来るのだろうか。

すべては、明日。

莉絵は、緊張感に包まれながら、眠りについた。

そして、その夜。

2人が、ピチ撮を完璧に成し遂げる夢を見るのだった。



〜終わり〜


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