新・ピチモ物語。


ピチモの神話






≪登場人物≫
・莉絵(天野莉絵)  ・・・ 新ピチモで主人公
・ゆうころ(高木優) ・・・ 次期エース候補
・うてちん(右手愛美)・・・ ピチモエース
・みゆ(柳生みゆ)  ・・・ 莉絵の親友
・由果(藤原由果)  ・・・ ゆうころの友達
・梨夏(北村梨夏)  ・・・ ゆうころの友達
・明音(壁谷明音)  ・・・ ゆうころのライバル





莉絵は、第10回ピチモオーディションでグランプリになったにもかかわらず、いたってのんびりした子供でした。ピチモになりたてのころは、何も知らずに先輩ピチモの、ゆうころといつも一緒に遊んでいました。

ゆうころと莉絵は、たった1歳違いで、まるで仲の良い姉妹のようでした。ピチ撮があるたびに、もつれるようにして二人っきりで遊んでいました。「みなと祭り」に出かけたり、近鉄パッセでお買い物したり、水族館に行ったり、それはそれは楽しく過ごしていたのでした。

ゆうころは、小柄ながら、ふっくら&ぽっちゃり。ピチモの中で一番賢いモデルでした。しかも、ピチモの誰よりもハッキリした顔立ちをしていて色が白く、大きな瞳が印象的な、とても美しい少女だったのです。気が利いて、名前の通り優しく、頭もよく、将来の夢が「歌手」ということで、歌も上手です。その上、中学はテニス部、高校はダンス部とスポーツも万能。まさに、非の打ち所のない完璧な女の子なのです。

それにひきかえ、1歳違いの莉絵は、どこをどうしても、ゆうころに勝てるものは一つもありませんでした。それでも莉絵は、ゆうころのことが誰よりも好きで、何事も頼りきり、いつも後をくっついて歩いていました。

そんなある日、うまくは言えませんが、鈍感でKYと言われる莉絵といえども、何かが少しずつ違い始めているような予兆めいたものを感じるようになっていました。

いいえ、本当です。

たとえば、莉絵とゆうころを見る、編集部のスタッフさんや、他のピチモたちの視線が、微妙に違ってきていました。

そして、開放日にやってきたピチ読の子たちの、莉絵とゆうころへの接し方が明らかに違うような気がしたのは、いったいいつ頃だったでしょうか。

誰もが、ゆうころの動向を気にかけ、ゆうころだけを大事にするように感じられたのです。

はい。決して、莉絵の被害妄想でも、ひがみでもありません。

すべてがハッキリしたのは、ゆうころが16歳になった誕生日でした。その日は、五反田の学研本社ビルにあるピチレ編集部にて、ゆうころの誕生パーティーが、盛大に行われました。

編集スタッフから、メークさんに衣装さん、カメラマンさん。さらには、現役ピチモから卒業ピチモまで、ありとあらゆる関係者が招かれたのです。

もちろん、招待された全ての人は、編集部内の狭い会議室に入りきれず、廊下にあふれました。そして、広げられた茣蓙の上に、見たこともないような料理が次々と並べられました。

しかし、まだまだ新人である莉絵は、同席を許されませんでした。ゆうころだけが、ピチレのエースである、うてちんとお揃いの白い衣装を身にまとい、真っ白な真珠の首飾りを何連も首にかけて、うてちんの隣の席で、祝いの膳を食べたのです。

これまで、莉絵が、ゆうころと別々に食事をするなんてことは、ありませんでしたから、莉絵はそれだけでも不服でしたし、なにより、ゆうころが自分から引き離されるような気がして、不安でならなかったのです。

やがて大人たちの長い食事会が終わり、ゆうころが会議室から、出てきました。莉絵は、ゆうころに駆け寄りましたが、側にいた、うてちんに押し戻されました。

うてちん「莉絵は、こっちに来るんじゃないの。今は、ゆうころを見てもいけないわ」

莉絵「ど・・・どしてやにぃ? うてちん」

うてちん「穢(けが)れるからよ」

莉絵「ガーン・・・」

うてちんの言葉を受けて、莉絵の前には、篠田編集長をはじめとする大人たちが立ちはだかりました。穢れる、という言葉に衝撃を受けて、莉絵はしばらく震えながら、うつむいていました。

ふと、なんとなく視線を感じたので、目を上げると、ゆうころが莉絵のほうを見ていました。その目には、いままで見たこともない哀れみが表れています。莉絵は、思わず目を背けました。ゆうころのそんな顔は、見たことがありません。

やがて、ゆうころは、そのまま無言でこの場を去ろうとしました。

莉絵「ゆうころぉ〜。待ってやにぃ〜!」

呼びかけた莉絵は、横にいた、ゆうころの取り巻きである由果と梨夏に、腕をつかまれました。

2人を振り向くと、由果が怖い顔で莉絵をにらむのです。いつもの、和やかで楽しいピチ撮と違う雰囲気を感じて、莉絵はとうとう、べそをかきました。

莉絵「うぇ〜〜〜ん」

でも、その場にいる誰ひとりとして、莉絵に注意など払いません。莉絵は、大人たちやピチモたちみんなに追い払われても、邪魔にされても、来るなと言われても、何がおきているのか知りたくて、たまりませんでした。

仕方なく、離れた廊下の隅っこから、こっそり覗いて見ておりますと、誕生パーティーの出席者全員が見送る中、うてちんは、ゆうころを連れて、五反田の街の中に消えていきました。

五反田の夜は、危険なのです。莉絵は、気がかりで、親友の、みゆに何度も何度も尋ねました。

莉絵「みゆ。うてちんとゆうころは、どこ行ったんやにぃ? そいでもって、いつ帰ってくるんやにぃ?」

みゆは、言葉を濁しました。

みゆ「あのな、散歩やさかい、もうじき戻るわ」

真夜中に、2人っきりで散歩になんて行くはずがありません。五反田の街は狭いので、いまから追いかければ、追いつけるかもしれません。そこで追おうとすると、みゆがあわてて走り寄って、莉絵を止めました。

みゆ「莉絵は、行っちゃダメや。うてちんが許さへんで」

莉絵は、みゆの目を見つめました。なぜ、ゆうころがよくて、莉絵が禁じられるのかが、わからなかったのです。

莉絵「ねぇ、みゆ。どして莉絵は行っちゃいけないんかぁ?」

莉絵は、地団駄を踏みました。みゆは、理由を言わないままに、頑として道を譲りません。しかし、みゆの眼差しには、莉絵に対する哀れみがありました。そうです。ゆうころが莉絵を見たときの目の色と一緒でした。

莉絵は不思議でなりませんでした。なぜ突然に莉絵たちは引き離されるのでしょうか。それも極端に。

ふと、みゆの手元を見ると、誕生パーティーの食べ残しが見えました。誰も手をつけなかった、山羊肉と馬刺、高級フルーツなどです。生まれてから、一度も食べたことのないようなご馳走を見て、莉絵は思わず手を伸ばしかけました。

≪バシッ≫

すると、みゆに手をひっぱたかれました。

みゆ「ゆうころの食べ残しに手をつけたら、バチが当たるで。あの子は、これからうてちんの後をついで、ピチモのエースになるさかい」

莉絵「にぃ!?」

莉絵は、驚いてみゆの顔を見上げました。それまでは漠然と、うてちんの跡取りは明音だ、と思い込んでいたのです。読者人気からも、表紙経験からも、次期エースは明音以外考えられないと思っていました。

でも、みゆは確かに言いました。うてちんの跡取りは、ゆうころである、と。

みゆは、ゆうころの食べ残しを、どこかに捨てに行きました。莉絵もついでに外に出て、星を仰ぎました。ゆうころは、どこで何をしているのだろうと考えながら。

それでも、心の隅には、うてちんの言葉が重苦しく残っていたのでした。「穢れるから」

莉絵がエースになれないのは、まだまだ新人だし、ゆうころのほうがあらゆる点で莉絵より優れているから当然ですが、莉絵が見ると「穢れる」とは、いったいどういうことでしょうか。莉絵は穢れた存在なのでしょうか。莉絵は心配で、その晩はほとんど眠れませんでした。

ゆうころが戻ってきたのは、翌日の午前中でした。すでに陽が高く昇り、気温も上がり始めた頃でした。

莉絵は、ゆうころの姿を見て、駆け寄りました。ゆうころは、白い晴れ着も薄汚れて、憔悴しきった様子でした。寝ていないのか、血走った目が虚ろでぼんやりしています。ちょっと太めの脚にも、たくさん怪我をしていました。

莉絵「ゆうころぉ〜。どこで何してたんやにぃ? その脚は、どしたんやにぃ?」

莉絵は、傷だらけの脚を指差して尋ねましたが、ゆうころは首を振るばかりでした。

ゆうころ「言えないの。どこで何をしたか、誰にも言ってはいけないって、うてちんに言われたから」

多分、二岡とモナでおなじみの「ホテルW」かな、と莉絵は思いましたが、もちろん口には出しませんでした。手をつないで、白装束のうちてんと、ゆうころが入っていく。その姿を想像しただけで、莉絵は怖ろしさに打ち震えました。

そして、そんな経験をした、ゆうころがますます神々しく見えて、莉絵はただただ縮こまるのでした。

すると、梨夏がやってきて、ゆうころに小声で何ごとか注意したのです。その言葉尻が、風に乗って莉絵の耳にも届きました。

「莉絵と話すと穢れるって、うてちんに言われなかったの?」

莉絵は驚いて二人のほうを見やりましたが、二人は莉絵の姿が目に入らないように、背を向けるのです。

たちまち莉絵の瞳から涙があふれ、やがてこぼれ落ちました。頬には涙の跡が幾筋も付きました。わけがわからなかったけれども、とにかく莉絵は穢れた存在なのだ、と思い知らされた瞬間だったのです。

この日から、仲の良かった莉絵とゆうころは、別々の道を歩まざるを得なくなりました。いいえ、別々どころか、オモテとウラ、天使と悪魔、聖と邪、美と醜、全く違う道を行くことになったのです。それがピチモとしての、莉絵の「運命」だったのです。

こうして、莉絵とゆうころの、幸せで短いピチモ時代が、あっけなく幕を閉じたのでした。


終わり


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