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志田 「みんな集まってるし、ちょっと次のエースでも決めよっか?」 突然、友美が切り出したため、他のピチモたちは一斉に静まり返った。 ややあって、すみれがみんなを代表するように口を開く。 長崎 「まだ、ゆうみんさんがやれば、ええんちゃうん?」 すみれは、硬い表情のまま、友美を指差した。 志田 「いや〜。ゆうも、こんど新高2だし、もう疲れたよ。だれか、うちの代わりにエース、やってくんない?」 ここで莉子は、密かに、だれか自分を推薦してくれないかと願った。 と、その時。 紫優が声を上げる。 関 「私は、ののちゃんが適任だと思う」 すると、自然な感じで拍手が沸き起こった。 ピチモのおしゃれナンバーワンで、女子モテ女子の筆頭格。後輩ピチモにとっても、憧れのお姉さん的存在である紫優の影響力は、実際、かなり大きい。 これに、すみれも調子よく同意して。 長崎 「まぁ、確かに次のエースを決めとく必要もあるかもしれへんな。その点、ののなら、可愛いし、やさしいし、気が利くし、がんばり屋さんやし。なにより最近は、E-Girlsとしても活躍する、知名度の高いダンサーやし。うん。うちも、ええ思うな。なんか、ピチレを変えてくれそうな気ぃ、するわ」 さてここで、思っても見ない展開となり、莉子は、とりあえず何か言おうと迷う。 乃々華を推したくはなかったが、このままでは多勢に無勢である。 満場一致で、あっさり乃々華に決まってしまいかねない雰囲気だ。 と、その時、乃々華が口を開いた。 本人はコンプレックスと言い張るが、相変わらず、可愛らしい声である。 山口 「あのね、せっかくだけど、ののは、りったんがいいと思うよ」 この発言に、一瞬の沈黙が訪れる。 ややあって。 長崎 「へっ!? なんでや? りったんは、まだ中2やし、若すぎるでぇ〜」 すみれが、腕を組んで首をかしげた。 続けて。 長崎 「ここは、ののしか、おれへんやろ」 莉子はこの様子を見て、すっかり、すみれに裏切られた気持ちになった。 なにしろ、ついこの間、ピチ撮で会ったとき、「りったんが次のエースになるんは、誰もがわかってんねん」と囁いたのは、すみれ自身ではなかったか。 だからこそ、次期エース候補として、表紙を、連載を、さらにはブランドのイベントで全国を回るお仕事や、「ピチモと肌会」を、必死にがんばってきたのだ。 山口 「いや、いや、いや」 すみれにまで推された乃々華は、それでも改めて拒絶する。 山口 「あのね、すーちゃん。ののは、『りったんは若いからダメ!』っていう理由には反対だよ。それに、これ、誤解してほしくないんだけど、ののは、なにもりったんが、非オーデでも、他誌モデル移籍組でもない、『ピチモオーディション出身のスターダスト』っていう”純系”だから推してるんじゃないの。ホント、ののは、心の底から、りったんのこと、素晴らしいピチモだと思ってる」 この、乃々華の弁に、他のピチモは一斉に、莉子の顔を見た。 乃々華、続けて。 山口 「ののはね、りったんに『責任感』を見るの。オーディションに受かって、ピチモになって、ピチレを支えていこうっていうね。マジックを練習して、ギターを練習して、みんなにアピールできる特技を身に着けようってね。だからこそ、若くても、りったんがエースをやるべきじゃないかなって」 乃々華は熱弁を振るった。 すると、これまで黙っていた、咲月が律儀に手を上げた。 中山 「あの、いいですか?」 すでに友美は、これを横目でみるだけで、司会の役を務めていないため、自然と紫優が進行する形となっていた。 関 「はい。さっきー、どうぞ」 中山 「そりゃ、いずれ、りこがやることになると思うよ。なんてったって、中2で100質経験者はおろか、表紙経験者すら、りこしかいないんだから。でもね、今はまだ、若すぎるよ。これじゃあ、ピチモがまとまらない。だからね、ここはひとつ、暫定的に、ののちゃんがやるってのはどうかな?」 莉子の親友として知られる咲月までもが、意外にも乃々華を推薦した。 これに紫優、すかさず反論する。 関 「う〜ん、『りったんだとまとまらない』ってのは、どうなのかな? それ、ちょっと、りったんに失礼じゃない?」 紫優が、チラっと莉子を見る。 莉子は、もはや完全にふて腐れて、下を向いていた。 莉子は、先輩のすみれだけでなく、親友だと思っていた咲月までもが、自分をあまり信頼していないことに、ショックを受けていた。 しかも、これに追い討ちをかけるように、紫優までが、勝手な同情を寄せることも、莉子のプライドを傷つけた。 長崎 「まあ、今の、さっきーの発言は、たしかに言い過ぎかもしれんわ。せやかて、中学生雑誌が次々と休刊になっている現状、『ニコラ』との部数の差の拡大、『ニコ☆プチ』にまで抜かれたこととか、いっぱいの問題ぜんぶが、りったん1人の肩にかかるゆうんも、ちょっと無理やないかなって、うちも正直、思うねん」 発言が途切れ、沈黙が訪れた。 気まずい雰囲気になる。 と、ここで。 田尻 「あのぉ〜、ちょっといいでしょうか?」 あやめが、遠慮がちに手を上げる。 しばらく待っても、誰も指名しないので、あやめは勝手に喋り始める。 田尻 「すーちゃんさんも、さっきーさんも、無理無理って言いますけど、でも、そんなの無理かどうかなんて、やってみなくちゃ、わからないじゃないんでしょうか?」 すみれ、冷静に言い返す。 長崎 「せやから、『やってみてダメでした』じゃ、遅いねんて」 普段はおとなしいあやめが、珍しく声を荒げる。 田尻 「あのですね、やってもないうちからそういう言い方することこそ、失礼だと思います!」 ますます場の雰囲気が悪くなったところで、玲は、目で、瀧井編集長を探していた。 心優しく、争いごとの嫌いな玲は、一刻も早く、編集長に、この場を収めてもらいたいのだ。 しかし、たっきゅんは戻ってこない。 関 「ゆうみんさん、何か言ったらどうですか?」 ここで、紫優が、冒頭の発言以来、一言も発していない友美に話を向ける。 志田 「そ・・・そうだなぁ。うちはまあ、やる気のある子がやるのが一番だと思う。ののちゃんは、身長とかスタイルの面が嫌われてるけど、でもこれまでずっと真面目にピチモに取り組んでる。表紙もやってるし、100質も経験してる。連載「スターモデルの道」も好評だったし、なによりE-girlsとしての知名度がある。だから、ののちゃんみたいな子がエースになってくれると、ピチレとしてはいいかもしれないけど、やっぱり身長が155なのは、モデルとして受けがよくない。一方、りったんは、若いけど、それこそ最強の後輩キャラで、やる気もあるから、読者の受けはすごくいいと思うし、身長もこれから伸びると思う。だから、ここはひとつ、間を取って、———しゆうちゃんがやるといいのかなって」 友美の話の思いがけないなりゆきに、他のピチモは顔を見合わせた。優柔不断の本領発揮である。 長崎 「ゆうみんさん、さっきは、ののがええ言ったくせにぃ!」 他のピチモも、いっせいに非難の声を上げようとした、その時。 莉子が、音を立てて立ち上がった。 そして、初めて口を開く。 関根 「りこは、エースとかそういうの、やりたくないですし、どうでもいいんです。ですから、みなさんで勝手に決めてください」 そう言い放つと、編集部の会議室を勢いよく飛び出した。 そして、下りのエレベータに乗ったところで、気づくと、莉子の頬を、熱い涙が流れていた。 つづく。。。 つづく。。。 |