リエの通うピチモ学園に伝わる「ゆうころ伝説」。 それは、3年に一度「ゆうころ」と名乗る生徒が選ばれて、3つの約束を果たすというものだった。 無事、約束が果たされれば大いなる扉が開かれ、3年後にはまた新しいゆうころが現れる、そう言われていた。 ある日、家のポストに古い小さなカギが届けられる、それがゆうころに選ばれた印だ。 選ばれた者は、まず赤い花を活けなくてはならない。始業式の朝、ゆうころが無事引き継がれた証として。 花を活ける場所は、正面玄関にある金魚の水槽の隣り。そのための花瓶は旧校舎の倉庫にあって、この倉庫のカギこそが、家に送られてきた「ゆうころのカギ」である。 西暦2006年4月、6番目のゆうころの年。しかし、この年のゆうころは、これまでと全く異なるものとなる。 そう、今年のゆうころは————2人いた。 |
(登場人物) 天野リエ・・・・・元気で明るく、ちょっぴり天然の主人公。 高木ユウコロ・・・・・伝説の少女と同じ名を持つ謎の転校生。 柳生ミユ・・・・・リエの幼なじみ。冷静沈着。 壁谷アカネ・・・・・通称アァ。リエのクラスの学級委員。 八鍬サトミ・・・・・リエのクラスメートで手芸部の部長。 占部ユキ・・・・・リエのクラスメートでガリ勉の秀才。 澤田ミワ・・・・・リエのクラスメートで食いしん坊。 佐藤シオリ・・・・・リエのクラスメートでバスケ部の部長。 右手先生・・・・・リエのクラスの担任教師。 |
始業式が始まった。 しかし、体育館にリエとミユに姿はない。二人は、校舎の屋上で向かい合っていた。 しばらく無言でいた後、ミユが強い口調で切り出す。 「リエ、どういうことや?」 「にぃ???」 とぼけてみせるが、あきらかに不自然な様子のリエ。 「うちの机ん中からカギ持ち出したん、リエやろ?」 「わぁ〜。ばれちゃったにぃ〜♪」 すぐに認め、努めて明るく答える。が、ミユは硬い表情のままである。 「今朝気づいたわ」 ここで、ミユ。溜め息をつく。 「もしかしてミユ、自分でお花活けたかったんか?」 「フッ、まさか。うちは、そういうガキのゲームなんて興味あらへん」 これを聞いたリエ、いつにもなく真剣な表情になる。 「じゃあ・・・じゃあ、あのカギ。このままちょうだいやにぃ。このままリエに・・・」 「ダメや」 キッパリ断るミユ。 「リエ、どうしてもゆうころになりたいんやにぃ!」 それでも必死に食い下がるリエ。ミユはリエにこれほどまでの真剣な姿を見せられ、少々驚いていもた。そこで、多少優しい口調になって諭すように語る。 「ええか? りえはゆうころやないんよ。あのカギはそもそも、うちに届いたもんや。ホンマのゆうころは、うちなんや」 「・・・」 「わかったか? もう二度とゆうころの振りしたらあかん。これ以上、こんなゲームに関ったらあかんよ」 これで一件落着のはずだった。リエからカギを取り上げて、何事もなかったかのように新学期が始まる。 しかし、リエはこう言った。 「そのつもりだったんやにぃ、さっきまでは。お花活けて、ゆうころになって。お花活けたら、リエ、それだけで満足やったんやにぃ。そしたらカギも返すつもりやったんやにぃ。なのにぃ・・・」 「なのに?」 「リエ、先こされちゃったんやにぃ」 「あん?」 「リエが学校来た時、倉庫に花瓶はなくって、もうお花も活けてあったんやにぃ。ミユわかるかぁ? 1人じゃないんやにぃ。リエの他に、もう1人ゆうころがいるんやにぃ」 衝撃の告白であった。 「まさか」 ミユ、信じられないといった顔。今年カギが届けられたのは、まぎれもなく自分である。自分こそが、今年のゆうころなのであり、他に(リエは除いて)ゆうころがいるはずはない。 「お願いやにぃ。リエ、このままじゃ引き下がれないやにぃ。誰がもう1人のゆうころか分かるまで、もう少しゆうころでいさしてほしんやにぃ。ミユ、お願いやにぃ!」 リエが必死に頼み込む。これには、さすがのミユも断ることは出来なかった。 「・・・」 「お願いやにぃ」 「分かったわ。ほな、もう少しだけやからな」 そう言い残すと、ミユは階段へと歩いていった。 リエはうれしかった。晴れて6番目のゆうころになれたことが。しかし同時に悔しかった。自分以外に、もう1人ゆうころが存在するという事実が。そして、その謎の人物に先を越されたことが。 ひとり屋上に残ったリエ、心の中でつぶやく。 「ニセのゆうころ、絶対突き止めてやるんやにぃ。でもって、絶対カギ返してもらうんやにぃ!」 始業式の終わった後、2年B組の教室。 担任の右手先生が、ひとりの少女を連れて教室に入って来た。その少女が、あまりに美人であるため、騒がしくなる教室。 「ちょー美人さんでぷ」 アカネが目を輝かせ、となりのサトミを突っつく。 「なによ、あんなのたいしたことないニャ」 サトミは反感。 「はいはい、静かに。みんなに新しいクラスメートを紹介しま〜す」 右手先生に、みんなが注目。 「えっと、高木ユウコロくんです」 しかし、その名前を聞かされたとたん、教室の空気が凍りついたように静まり返る。理由はもちろん、転校生が伝説の少女ゆうころと同名だったからである。 かまわず右手先生が自己紹介を促す。 「はじめまして、高木ユウコロです。3月まで名古屋にいました。父の仕事の関係で、急ににこちらに転校となりました」 「質問、質問、質問、質問やにぃ〜♪」 と、ここでリエが大声を出しながら挙手。リエだけは、空気の変化に全く気づいていない。 「はい、リエくん」 「なんでぇ、名古屋弁じゃないんかぁ?」 「向こうの学校では、みんなこんな風に喋ってました。県外から来る人も多かったので」 「そぉ〜なんかぁ〜」 リエ、納得した風である。 ここで、ユキがつぶやく。 「ひょっとして、滝高とか。。。」 これに、右手先生がおおげさに驚く。 「ユキ、よく分かったね〜」 「なにそれ? たぁこぉー???」 ミユが答える。 「リエ、アホか。愛知の有名な進学校や」 「ふぇぇ〜」 「とにかく、みんな仲良くするように。なにか分からないことがあったら、ユウコロは何でもみんなに聞く。聞かれたらみんなは、何でも答える。いいね」 「はーーーぃ」 と一同。 ここで、ユウコロが挙手。 「では、早速いいですか?」 「はい、どうぞ」 「あの・・・、ユウコロって誰ですか? あたしの名前を聞いたとき、みんな変な顔してました。ユウコロって声も聞こえました。あたしと同じ名前の人とか、いるんですか?」 一瞬の沈黙の後、代表してミユが口を開く。 「おらんよ。そんな子おらへん。安心してや」 これを右手先生が引き取って。 「と、いうことだそうな。他に質問は?」 「いえ」 「じゃ、席着いて。ここの列の一番後ろの席ね」 「はい」 こうして、リエのクラスに現れた転校生ユウコロ。もちろんこの時点ではまだ誰も、彼女が今後引き起こす大事件を、知るべくもなかった。 放課後、校門で。 帰路につくユウコロをリエが呼び止める。 「高木さーーーん!」 「えっと、あなたは・・・」 「あっ、リエやにぃ。天野リエやにぃ。みんなには、リエって呼ばれてるんやにぃ〜」 「天野さんね。で、なんでしょう?」 「高木さん、今朝ひょっとして学校にいなかったかぁ? あの・・・7時ごろなんだけど・・・」 「なんで?」 「なんでってぇ・・・、えっとぉ〜、ちょっとぉ〜、そんな気がしたんやにぃ」 「あたし、行ってないわ」 「そうかなぁ〜」 ちっと間をおいて、さらにリエが続ける。 「高木さん、もしかして旧校舎の倉庫とか行かなかったかぁ? もしかして赤い花とか活けなかったかぁ? もしかしてカギとか持ってないかぁ?」 ここで、ユウコロの目つきが変わる。 「どういう意味?」 睨み合う形になる2人。と、この時タイミングよく。 「リエーーー。部活始まるよぉ〜」 遠くからリエをぶ声。アカネの声であった。 「あっ、リエ行かなきゃ。ゴメンやにぃ、変なこと言って」 こうして、リエとユウコロの1回目の2人っきりの対面は終わった。 リエ、部活が終わり帰宅。 「ただいまやにぃ〜♪」 「お帰り。リエ、ミユちゃん来てるわよ」 と、リエママ。ミユは芸能関係のお仕事をしているため帰宅部で、普段お仕事の入ってない日の帰りは早いのである。 とりあえずリエ、自分の部屋に急ぐ。 「ミユ?」 部屋に入ると、そこにはリエのベッドにちょこんと座ったミユがいた。リエの姿を見ると、さっそく本題に入るミユ。 「ひょっして、あの子なん? リエが先越されたゆうの」 「ふぅえ〜??」 「ほら、転校生のあの」 「あ〜! うん。きっとそうやにぃ。高木さんやにぃ」 ミユ、やはりといった風にうなずく。しかし同時に疑問も浮かぶ。 「そやかて、なんで今日転校してきたばっかりやのに、あの子ゆうころ伝説なんて知っとんのや?」 「そ、、、そぉりぃわぁ・・・」 言葉に詰まるリエ。 「なんでそないこだわるんや? ゆうころに。こんなん、ただのゲームやで。六番目のゆうころなんて」 ここでリエ、ミユの目を見て真剣な表情になる。 「待ってるだけじゃ・・・やだったんやにぃ」 それは、小さい声ではあったが、ハッキリとリエの意思が込められていた。リエが続ける。 「はじめてぇ、ゆうころの話を聞いた時からリエ・・・・ずっと思ってたにぃ。もし、言い伝えがホントなら、リエがゆうころになって、三つの約束を果たしてみたい、ホントは何が起こるのか・・・自分の目で確かめてみたいって」 ちょっとの間、2人見つめ合い、ミユが口を開く。 「うちがゆうころだって、いつ分かったん?」 「去年やにぃ。去年の冬休み、リエがミユん家におとまりした時。ミユがお風呂入ってる間、リエわぁ、犬っころのジェームズと遊んでたんやにぃ。そいでぇ、そのうちぃ、その犬っころが・・・偶然・・・カギを・・・くわえて来たんやにぃ」 「ほなら、それ以来ずっと狙ってたん?」 「にぃ」 なおもリエは真剣に語る。 「だれもリエのこと、ゆうころに選んでくれないんなら、自分でつかむしかないと思ったんやにぃ。リエ、ゆうころやりたいんやにぃ。どしてどしてもど〜しても、ゆうころやりたいんやにぃ!」 これで、リエの気持ちを理解したミユ。無言でうなずく。 「ごめんやにぃ、黙ってて。勝手なことやって」 リエ、うつむきつつ素直に謝る。 「負けるわ、リエには」 ミユは、優しく微笑んだ。 次の日の昼休み。 ミユ、リエを誘って屋上に出る。他に誰も居ないことを確認し、ミユがリエに封筒を手渡す。 「にぃ? なんやにぃ、こりぃわ」 「ゆうころの指令書や。春休みに送られてきたんや。代々ゆうころは、こうやって受け継がれてきたんと思うわ」 「いいんかぁ?」 ミユ、うなずく。リエは、指令書を音読する。 「指令その1、ゆうころは赤い花を活ける」 「始業式のことや。ま、誰がやったか分からんが、とにかく指令は守られたわけやな」 「指令その2、ゆうころはゆうころを・・・演じる?」 「これは文化祭やな」 「文化祭?」 「全校生徒の前で、『ゆうころ』ってタイトルの1人芝居をやることになるわ」 「え〜っ!? リエがやるんかぁ?」 「そういうことや。ま、これについてはまた指令書がくると思うわ」 リエ、気を取り直して音読を続行。 「指令その3、ゆうころはゆうころを指名する」 「これは、卒業する時、うちがされたみたいに後輩の誰がを選んでカギを送るんや」 「そうして、送られた相手が・・・」 「7番目のゆうころやな」 リエ、指令書を無言でもう一度読み返し、その後、再び封筒にしまい、ミユに差し出す。 と、ミユはこれを受け取らずに、封筒をリエの手に握らせる。 「いいのぉ?」 上目遣いに尋ねるリエ。ミユは目をそらし、ちょっと照れくさそうに答える。 「うちは、ゆうころなんて言伝え、信じとらん。だから、ゆうころになるつもりなんてあらへん。でも、リエがそんなにゆうころをやってみたいんなら、そういう子がやるのが一番いいのかもって・・・」 これにリエ、キラキラの笑顔で答える。 「ミユ、ありがとにぃ〜♪」 1週間後。実力テストの結果が廊下に貼りだされた。 1位〜5位まで書かれた名前を見ながら、リエたち。
「やっぱし」 アカネがしたり顔で。 「なんか当たり前すぎて、おもしろくないニャ☆」 サトミは不満そう。 「当たり前か? 滝高やで。あんな進学校から、わざわわうちみたいな、ぼんくらピチモ学園なんかに転校してくるやなんて」 ミユは、サトミの意見に意義。 「ふえぇ〜??」 リエは、話の流れについていけない様子。 「むしろ不自然や!」 ミユ、断言。これにサトミ、反論。 「家の都合なんだから、仕方ないニャ。ユキはどう思う?」 「しらねーよ!」 ユキは、そう言い残し走り去っていく。 「相変わらずクールだニャ〜」 「まぁ〜、ユキの気持ちもわからんではないな。ミユと高木さんに、これだけ差をつけられちゃ〜ねぃ♪」 アカネ、またしてもしたり顔で。 「もー、なんでアカネったら、そんなうれしそうなのよぉ〜」 サトミのツッコミも、どこ吹く風。 と、突然ユウコロが輪に加わって。 「転校生って、そんなにおかしい? そんなに不自然?」 「い・・・いや」 ミユ、珍しくしどろもどろに。代わって、リエがこれに答える。 「でもぉ、高木さんの前の高校って、すっごい進学校だったんやにぃよね?」 「まあね、そう言われてるわ」 「だからぁ、なんでぇそんなとこから、リエたちの学校なんかにわざわざ来たんかなぁ〜って思ったやにぃ」 ここで一呼吸おいてユウコロ。 「呼ばれちゃったから」 「呼ばれたやて?」 「誰にぃ?」 「ニャ!?」 ユウコロの意外な返答に驚きを隠せない一同。 「フフフ・・・」 ユウコロは意味ありげな含み笑いを残し、唖然とするリエたちをよそにそのまま去っていった。 次の日の朝。 「にぃ?」 リエが正面玄関で上履きに履き替えようとすると、下駄箱の中に封筒が入っていた。 「なんやにぃ、こりぃわぁ??」 封を上げてみると、次の手紙が一枚。 『 もうひとり の ゆうころ さん へ 放課後 部室棟 の 裏 で 待ってます カギ を 返して ください 』 「ひぃ〜! 返すのはそっちやにぃ!」 リエ、真っ赤になって、ひとりごちる。 と、そこへ。 「リエ、おはよ〜」 アカネが声をかける。リエ、慌てて手紙をカバンにしまう。 「お・・・おはよやにぃ〜」 普段どおり明るくあいさつしたつもりが、声は上手く出なかった。 しかし、そんなリエの様子など目に入らないかのように、アカネは、興奮ぎみに話しかける。 「ねぇねぇねぇねぇ、リエ、聞きまちたか?」 「なんやにぃ?」 「出たんニャ!」 これに、どこから現れたのかサトミが加わってきた。 「ゆうころがでしゅ〜♪」 アカネ、とってもうれしそう。 「昨日の夜中、校舎の入り口でぇ、しくしく泣いてたんニャ☆」 「でね、でね。警備員さんがね、声をかけたら・・・」 「消〜え〜ちゃったんニャ〜」 サトミが声色を変えて、脅かすように。 「キャーーーー♪」 大げさに、わざとらしく驚いてみせるアカネ。 「キャハハ☆」 そして、サトミとアカネ、ふたり見つめあって笑う。 「朝っぱらから、あんたらにぎやかやなぁ〜」 ミユが登校してきた。キャッキャと騒く2人をみて、半ばあきれている。そんなミユに駆け寄り、リエがあいさつ。 「あっ、ミユおはよやにぃ〜」 「うん」 「じつわぁ、ちょっと見て欲しいもんがあるやにぃ」 リエ、ミユを引っ張って、廊下の端っこに向かって行った。 一方のアカネとサトミは、相変わらず登校してくる生徒に片っ端から声をかけて回っている。 「ユ〜キ〜!」 アカネ、ユキを見つけ駆け寄る。サトミも飛んでいく。 「ユキは、もう聞きまちたか??」 「あのね、昨日ね、・・・出ぇ〜た〜ン〜ニャ〜」 2人、もったいぶって語りだすも。 「うるせーな!」 けんもほろろ。ユキ、そのまま行ってしまった。 「なによ、あれ。潤いのない人ニャ・・・」 放課後、部室棟の裏で、リエとユウコロが向かい合っている。2度目の対決である。 「あなたって、変な子ね。天野さん」 「にぃ!? 変?」 「そう。あたしみたいな転校生に、ムキになってくれるなんて。あなたがはじめてよ」 一呼吸おいてリエ。唇をキュッと噛み締めて、本題に入る。 「リエに返すんやにぃ、カギを。高木さんも、そのつもりで呼び出したんでしょ?」 「呼び出す? 呼び出されたのは、こっちよ」 「ふぇぇ〜??」 話がかみ合わない。お互いが呼び出されたと思っている。 「でも、ちょうどいいわ。こっちもあなたに同じコトを言おうと思ってたし」 ここで、ユウコロ。リエの目をじっとみつめて。 「返して、カギを」 脅すように言う。対してリエ。 「高木さん、一体、あなた・・・誰やにぃ?」 「へぇ?」 さすがにユウコロもこの質問に少々戸惑う。 「転校生・・・だよね?」 ユウコロ、頷く。リエが続ける。 「この学校も、はじめてだって言ってたよね」 「ええ」 「なのに、なんでユウコロ伝説を知ってるんやにぃ? なんで、ユウコロのカギ、持ってるやにぃ?」 聞かれたユウコロ、質問には答えず、全く違う話を始める。 「天野さん。ここで昔、1人の少女が首を吊ったの知ってる?」 そう言うと、目の前にある大きな木を指さした。 「自殺だった。遺書もあったのよ」 思ってもなかった話の展開に、こんどはリエが戸惑う番。 「それって、高木さんの知り合いの人かぁ?」 「違うわ。でも・・・」 たっぷり、間を取って。 「戻って来たの」 「にぃ?」 「戻って来たのよ」 「な・・・そんな・・・」 「あたしが六番目のゆうころよ」 その木の根元には、古ぼけた小さな碑があった。そして碑には、こう記されていた。 『 平成六年 高木ユウコロ 享年十七 』 あれから、1週間。校舎の屋上でリエとミユ。 「リエ、ゆうころは中止や」 ミユ、いつになく強い口調で切り出す。もはや、有無を言わせぬ勢いである。 「なんで? なんでやにぃ?」 リエ、突然の通告に驚く。 「うちな、あれからちょっと調べてみたんや。そしたら、平成6年、自殺しはった高木さんは、2番目のゆうころやった」 「2番目の・・・・ゆうころ?」 「けどその年は、ちょっとしたアクシデントがあって、その亡くなった高木さんは、ゆうころを成功させる事が出来んかったんや」 「ふぇ〜」 「だから、危険なんや。ルールを破ってゆうころを続けるんは」 「アクシデントってぇ、そのアクシデント一体なんやにぃ?」 ミユ、言いにくそうに語る。 「2人・・・2人おったんや。その2番目のゆうころの年は、2人のゆうころがおって、お互い激しい奪い合いがあって。で、その最中に、高木さんは自殺したんや」 「にぃ!? じゃ、このリエのカギは・・・」 リエ、恐る恐るポケットからカギを取り出す。 「そや。その亡くなった彼女が持ってたカギや」 「ひぃ〜! ひょ、ひょっとして、自殺した時もぉ?」 「そや。だから、分かったやろ。これは危険なんや」 「・・・」 一生懸命考えをめぐらせるリエ。 「今なら戻れるわ」 しかし、リエはミユの言葉に従わなかった。 「いややにぃ! リエは、最後までヤル〜!」 「ダメや!」 「やるもんっ!」 「アホっ!」 「やるったらやるぅ〜!!」 そう言い残し、リエは走って屋上を後にした。 1学期が終わろうとしている。 転校生ユウコロも、クラスになじんできた。中でも共にカギを奪い合ったリエとは、なにかと話す機会も多く、今ではすっかり仲良しとなっていた。 「高木さん、リエ考えたんだけどぉ。やっぱり一緒に、ゆうころやろおよ」 「へぇ?」 「だからぁ、6番目のゆうころは、リエと高木さん、2人でやるってのはどうやにぃ?」 「・・・」 「もうすぐ文化祭やにぃ。その、ゆうころの演劇。一緒にやろうよ。実はぁ、リエだけじゃぁ、そのぉ・・・心細いんやにぃ」 ユウコロ、話題を変えて。 「聞いていい?」 「なんやにぃ?」 「なんで天野さん、そんなにゆうころやりたいの?」 「う〜ん、そやにぃね・・・。やっぱり、リエ、なんでもほどほどだからかなぁ・・・。頭、あんまりよくないしぃ、お魚に詳しいっていっても最近飽きちゃったし、トランペットも好きだけど全然下手くそだしぃ・・・。だからそのぉ、他の人には絶対ない、リエだけのモノ!ってのが欲しかったっんやにぃ♪」 「ふーん」 「高木さんは? 高木さんは、なんでゆうころをやろう、って気になったんかぁ?」 「あたしは、父の転勤が決まったときだった。転校はいやだったの。そんな迷ってたある日、手紙が届いて。差出人は「ゆうころ」って。あたしはただ、魅力的で刺激のある街に行きたかっただけ。だから、そんなにゆうころにこだわってるわけじゃないの」 「うそやにぃ!」 「えっ?」 「リエには、高木さんがすっごくゆうころになりたがってるように見えるやにぃ」 ユウコロ、自分の心を言い当てられて気がして、一瞬沈黙の後。 「続けるの?」 「進むしか・・・きっと出口は見つからないんやにぃ。たとえミユから釘刺されても、リエには進むしかないと思うんやにぃ」 「わかったわ。一緒にやろう、ゆうころ」 「うん♪」 これが、2人のゆうころが誕生した瞬間だった。 早速翌日から、2人だけの演劇の準備が始まった。それは、夏休みを通して行われた。もちろん秘密裏に。 時は過ぎて2学期、いよいよ文化祭初日。 体育館に全校生徒が集まり、恒例の「芝居」が始まろうとしている。実行委員長から、説明。 「お待たせしました。ではこれから、今年の文化祭の特別企画。全校生徒による参加劇を上演したいと思います」 静まり返る全校生徒。 「これから各自に一枚ずつ、封筒を配ります」 実行委員たちによって、列ごとに封筒が配られる。全員に渡ったのを確認して、委員長が説明を続ける。 「では次に、上演方法を説明します。今日行うのは”呼びかけ”です」 ざわつく全校生徒。 「封筒の中の紙には、あなたのセリフが書かれています。一言の短いセリフですので、この場で暗記してください。そして、芝居の開始後、順番にひとり一言ずつ読んでいってもらいます。これが本日の全員参加劇です」 「なるほどぉ〜、これが全員参加ってことかぁ」 アカネ、興奮ぎみに。 「小学校の卒業式とかでやったやつニャ☆」 サトミもワクワクして。 しかし、そんなクラスメートを横目に、端の席に座ったリエとユウコロ。ふたり小声で囁きあう。 「ねぇ、覚えてるかぁ? 最初のセリフ」 「もちろんよ」 「えっと、『今年の ゆうころ は 2人いる』」 「『あなた と わたし わたし と あなた』」 「フフフ☆」 「楽しみやにぃ〜」 台本作成者である2人、こっそり笑いあう。 「それでは、各自セリフを確認してください」 実行委員長の声に、全員が封筒を開き、セリフを暗記する。 リエも自分の封筒を開く。しかし——— 「にぃ!? こっ、こりぃわぁ!」 「うそっ、そんな・・・」 そこ書かれたセリフは、リエたちが書いたものでなかったのだ。 「こんなセリフ、リエ、書いた覚えは無いやにぃ!」 「なにこれ」 「すりかえられたんやにぃ」 「どうする?」 しかし、実行委員は、このすりかえに誰も気づいていない。そのまま進行する。 「確認しましたね。では、照明を落とします」 パッと暗闇につつまれる体育館。 委員長が芝居の開始を宣言する。 「芝居のタイトルは・・・『六番目のゆうころ』」 (BGM:サティ『ジムノペティ』) 「みなさんは」 「ピチモをクビになったグランプリ受賞者の行方を」 「ご存知でしょうか?」 「卒業と同時に」 「読者から忘れ去られ」 「姿を見なくなる」 「けれども」 「受賞からしばらくは」 「まさに本誌に毎月出番があり」 「大人気ピチモであったのです」 (間) 「いままで何人もの」 「グランプリが」 「現れては、消えていきました」 「なぜでしょう?」 「編集部に」 「事務所に」 「受け入れ態勢が」 「売って行こうという姿勢が」 「フォローしていく体制が」 「無かったからです」 (間) 「ピチモ」 「それは、なんと不安定な」 「身分でしょう」 「ピチモ」 「それはもちろん」 「小中学生女子の憧れです」 「けれど」 「一見華やかに見えますが」 「実際は」 「全くそうではないのです」 「毎月のアンケートハガキにおいて」 「人気が得られなかったら」 「出番は減り」 「やがては、クビとなるのです」 「しかも」 「毎年2回のオーディションで」 「毎年ピチモは新たに」 「どんどん増えて行き」 「人気を競わされる」 「30人で」 「30人で」 「30人で!!」 (間) 「けれども、同じ出番が与えられても」 「同じ人気が出るとは限らない」 「少ない出番でも人気を得る子」 「多い出番も人気が上がらない子」 「出番すら与えられない子」 「まじめな優等生」 「不良の落ちこぼれ喫煙者」 「性格の悪い子」 「ファンをテキトーに扱う子」 「ファンレターを無視する」 「嘘つき」 「何であんな子が」 「ただ綺麗なだけじゃない」 「心は汚いのに」 「編集部の人にだけいい顔して」 「なんであの子が」 「私のほうが」 「あたしだったら」 「もっと」 「もっと」 「絶対」 「きっと!」 (間) 「こんなふうに」 「ピチモには」 「ピチ読には」 「様々なタイプの子がいます」 「ではここで」 「これまでのオーデを」 「振り返ってみます」 (間) 「最初のオーディションは」 「1999年に行われました」 「でも」 「だれも」 「その存在を知りません」 「ネットで検索しても」 「合格者の名前すら見つかりません」 「もちろん」 「水色天使の」 「歴代オーデ合格一覧も」 「空欄です」 (間) 「2回目のオーデは」 「2000年に行われました」 「ここでは」 「九州の子が」 「グランプリを獲得しました」 「彼女は」 「よくやりました」 「アニーのミュージカルでの活躍も」 「ご記憶にあるかと思います」 「また」 「地元のテレビ番組にも」 「出演してます」 「がんばっています」 (間) 「3回目のオーデでは」 「青森の子がグランプリでした」 「すでに事務所に所属する彼女は」 「新たに事務所枠というものを作り出しました」 「事務所枠」 「それは」 「オーディションを経ずに」 「ピチモとなれる制度です」 「その枠を利用して」 「事務所側は」 「これから売り出したい子を」 「編集部に指名することで」 「ピチモにすることができるようになりました」 「彼女は」 「04年に卒業しましたが」 「彼女の開拓した枠を用い」 「入れ替わる形で」 「事務所の後輩が」 「オーディションを経ずに」 「ピチモとなりました」 (間) 「しかし」 「次の第4回のオーデは」 「大変なことになりました」 「複数のグランプリ候補が出て」 「結局ひとりに決する事が出来ませんでした」 「そこで仕方なく」 「2人同時受賞ということになったのです」 「それが」 「後の大エースとなる」 「妙な名字の人と」 「後にポップティーンでも活躍するようになる」 「ロングヘアーの人でした」 (間) 「第5回ピチモオーディション」 「その結果を見て」 「わたしは驚きました」 「第5回のグランプリは」 「男の子っぽかったのです」 「長身だったのです」 「小学生ながら170cmという身長だったのです」 「私は」 「大丈夫かしらと」 「心配しました」 「しかし」 「そんな心配は」 「不要でした」 「5回のグランプリの子は」 「今では立派に成長しました」 「先日のCANCAMオーデでも」 「特別賞を受賞したほどです」 (間) 「そして」 「いよいよ」 「6番目です」 「第6回オーデです」 「ここで選ばれたのは」 「現在のピチモエースである」 「あたし」 「あたし」 「あたし!!」 「だから」 「あたしが」 「あたしこそが」 「六番目」 「六番目の!」 「六番目の!!」 と、ここで突然≪バーン≫という破裂音がし、闇を切り裂いてキャーッという激しい悲鳴が上がった。みんながいっせいに声のした方を振り返った。 後ろのほうに座る1年生たちが、ガシャンガシャンと激しく音を立ててイスから立ち上がる。まさにパニックである。 「明かりをつけろ」 先生の叫び声がした。 その時———。 ≪ゴオッー≫という、生徒達の騒ぎをいっぺんに飲み込むような凄まじい轟音がとどろいて、体育館全体がグラット揺れた。 続いて≪ドーン≫という地響き。さらに、上方にある窓ガラスが全て砕け、そこから突風が吹き込んできた。カーテンがはためき、暗闇だった空間に突然光が差し込む。 「竜巻だ」 誰かが叫んだが、もはや体育館にいる者たちは、なすすべもなく、しゃがみこんでいるしかなかった。 文化祭は終わった。 翌日の朝の教室。登校してきたユウコロにアカネとサトミが駆け寄って。 「昨日のあれは・・・」 「ゆうころの仕業ね」 「六番目のゆうころの呪いバイ!」 「高木さん、あなたなにか知ってるんでしょ?」 「高木さんが・・・ゆうころなんでしょ?」 「あなたが六番目のゆうころニャ!」 「もしかして、全部高木さんが仕組んだことなの?」 ミワやシオリまでが加わり、ユウコロを取り囲む。 「あたしは・・・」 ユウコロ、心外といった様子で、しかし、みんなの剣幕に思わず言葉を詰まらせる。 「高木さんは、違うやにぃ〜」 たまらずリエが、間に入る。 「高木さんは、関係ないやにぃ」 これにアカネ。 「リエは黙ってて!」 「にぃ!?」 強く言われ、リエが怯む。 アカネ、再びユウコロに向き直って。 「高木さん、どういうこと?」 ユウコロ、困惑顔。 「みんな、あたなのせいで迷惑してるの」 「そんな・・・」 「一体、何たくらんでるの?」 「えっ!?」 「わざわざ、愛知の進学校からこの学校にやって来て」 アカネ、さらに畳み掛ける。 「一体何を?」 ここでリエ、大声で割ってはいる。 「高木さんわぁ!!」 一瞬教室が静まり返る。 「高木さんわぁ、何もたくらんでないやにぃ!」 リエ続けて。 「高木さんは、亡霊でも、昨日の事件の犯人でも、なんでもないやにぃ!」 アカネが食ってかかる。 「じゃあ、今年のゆうころは誰? 高木さんが六番目のゆうころじゃないってゆうの?」 「うん。違うにぃ」 リエ、キッパリ。 「六番目のゆうころは———」 アカネ、リエの次の言葉を待つ。 「りえやにぃ」 息を呑むクラスメート。 「六番目のゆうころは・・・りえなんやにぃ」 リエ、もう一度繰り返す。しかし、アカネは冷静だった。 「じゃあ、リエがゆうころだとして・・・」 アカネ、たっぷりに間を取る。いつもの口調に戻って。 「始業式、リエが正面玄関に赤い花を活けたんでしゅね?」 「違うにぃ・・・」 「夜の校舎に忍び込んで、警備員さんに見つかったのが、リエでしゅか?」 「それも・・・違うにぃ」 「昨日の体育館のあの騒ぎは?」 「あんなの、リエにできっこないやにぃ〜」 「じゃあ、お芝居の台本書いたのが、リエなりぃね?」 「にぃ。それ書いたのはリエやにぃ。・・・でも、本番直前にぃ、すり替えられちゃったんだけど・・・」 「つまり、上演されたのは、リエの作ったお芝居じゃないわけでぷね?」 無言で頷く。 「で、・・・一体リエは何やったのでしゅか?」 「な・・・なにって・・・」 「始業式の花も、体育館の騒動も、芝居の台本も、なにもやってないなりぃ」 「リエわぁ。りえわぁ・・・」 「つまり、リエはゆうころじゃない!」 アカネの決定的な一言。これにはリエ、何も言い返すことな出来なかった。 その日の昼休み、屋上で。 いつものように、リエとミユが向かい合っている。 「ねぇ、ミユ。リエわぁ、ゆうころじゃあなかったんかぁ?」 「そやね」 「一生懸命、やったつもりなんやにぃ。がんばったつもりなんやにぃ。なのにぃ、実はリエ。実は・・・何にもやってなかったってことなんかぁ?」 「そやね」 ぶっきらぼうにそう言いつつも、ミユはリエの肩を優しく抱く。 「だから、やめとき言うたんや、うちは」 「にぃ・・・」 「でもぉ、なんでアカネちゃんわぁ、あんな怒ってたんかぁ? なんであんなにリエたちを・・・」 「・・・」 「もしかしてぇ、もしかしてぇ〜」 これにミユは無言で頷いた。 時は流れ、2学期の終業式。 突然ユウコロの転校が発表された。リエ、見送りに駅まで走る。 ようやくユウコロに追いついたリエ。後姿に向かい、大声で。 「高木さ〜ん!!」 ユウコロ、振り向く。 リエ、涙声で。 「どうして、・・・どうして言ってくれなかったんやにぃ?」 「言うほどのことじゃないから。転校なんて、あたしにはいつものことなの」 「リエは初めてやにぃ! ずっとずっと・・・一緒と思ってた」 「新学期になったら、あたしの座ってたイスには誰かが座るわ。あたしなんて亡霊と一緒。いなくなっても、なにも変わらないわ」 「そんなことないやにぃ!」 「えっ?」 「始業式の朝、リエの先を越してお花活けたんは誰やにぃ? リエとカギの奪い合いしたのは誰やにぃ? リエと一生懸命お芝居の台本作ったのは誰やにぃ? みんなみんな高木さんやにぃ!」 リエ、ぼろぼろ涙を流しながら。 「天野さん・・・」 「リエ、忘れないんやにぃ! どんなに遠くなったって、どんなに会わなくなったって、ずっとずっと覚えてるんやにぃ!」 「あたしは・・・」 「例え高木さんが忘れたって、リエは忘れないんやにぃ!」 「あたしだって忘れない。一緒に六番目のゆうころになったこと。いっぱい邪魔されて、いっぱい文句言われて、つらかったこと。でも、そういうとき、いつも・・・天野さんが、かばってくれたこと」 ユウコロ、涙ぐんで。 「忘れないんだから。絶対、絶対に!」 ここで2人、しっかりと抱き合う。 「さよなら、リエ」 「さよなら、ユウコロ」 こうして、リエたちの「六番目のゆうころ」の冒険は終わった。 リエたちは、みんな、前よりちょっとだけ自分のことが見えるようになった。 ひょっとしたら、これが扉だったのかもしれない。 高木さんという不思議な転校生と一緒に、リエたちが開いた「大人への扉」。 ≪後日談≫ あれから1年後。 羽田空港ロビーに、サトミとユキ。2人、お仕事でこれから愛媛に向かうところである。 「わぁ〜、飛行機だぁ〜」 サトミが目を輝かせ、大声で叫ぶ。 「センパイ」 ユキ、小声でたしなめる。 「わぁ〜、でっかぁ〜い☆」 ユキの声など耳に入らないサトミ。 「センパイってば」 ユキ、周りの目が気になる。ジロジロ見られている。 「わぁ〜、楽しみぃ〜。ドキドキ〜」 かまわずサトミ。 「八鍬センパイっ!!」 ここでついにユキ、ちょっと怒る。 「ニャ?」 サトミ、ユキに怒鳴られて、我に返る。 「みっともないから、よしてください」 ユキ、冷たく言い放つ。 「ユキちゃん・・・ゴメン」 〜〜〜『六番目のゆうころ』 (完)〜〜〜 |