ピチモ物語

みみの怪談








○月×日 △曜日(はれ)

週末、もものぉぅちに、ぉ友達がたぁ〜くさんぉとまりに来ましたぁ。そして、みんなで怖ぃ話をしました。

とぉ〜〜〜〜っても楽しかったデス☆


≪≪桃子の日記より≫≫







それは、ある夏の出来事。

この日は、ピチ撮の終わったあと、瑞貴・希美・亜里沙の3人で、桃子の家にお泊りすることになっていた。

瑞貴「わぁー、まじで〜。これが桃んちかぁ〜」

桃子「はぁ〜い☆」

亜里沙「松井センパイが、旧きまぐれ日記で『あまりの豪華さに腰を抜かしちまったぜぃ』って書いてただけはあるね」

亜里沙、玄関にある熱帯魚の水槽を指差し、しきりに納得している。

ここ、大山家の玄関には、まるで水族館にあるような大きな水槽が置いてあった。

そして、なぜかその水槽にぴったり張り付くように。手には、愛読書『熱帯魚・水草完全入門』を握り締めて。

莉絵「まるで水族館にいるみたいやにぃ〜♪」

一心不乱に、熱帯魚を眺めている。

瑞貴「・・・なに、これ?」

ぴったり張り付いている「その人」を指差して瑞貴。

桃子「え・・・あっ・・・。さぁ、桃の部屋、行きましょ」

桃子、無理矢理3人を引っ張るようにして、そそくさと自分の部屋に向かうのであった。

亜里沙「あの人。確か・・・どっかで・・・」

希美「にゅんwww」







桃子母「じゃ、お夕飯になったら、呼びますからね」

桃子「はぁい、お母様☆」

お菓子とトマトジュースを持ってきた桃ママが部屋を出て行く。

と同時に。

瑞貴「さあて、とっとと始めるよ」

これが、怪談大会のスタートだった。

亜里沙「誰から行くの?」

瑞貴「このサイコロを使う」

瑞貴は、ポケットからサイコロを取り出す。

桃子「なんかサイコロって、なつかしいですぅ☆」

桃子がふと感慨深げに呟く。

瑞貴「そう? チンチロリンやる時は、やっぱりサイコロだからね、あたしは」

一同「チンチロリン!?」

桃子、一同を代表して。

桃子「あのお・・・チンチロリンって何ですかあ?」

瑞貴「いーのいーの、お子ちゃまは」

と取り合わない。

瑞貴「さ、コレを振って、一番数字の小さかった奴から始めるよ。いい?」

そう言うと、瑞貴はサイコロを、小さなガラステーブルをはさんで向かいに座っている亜里沙に手渡した。

亜里沙「じゃ、いくよ」

亜里沙はサイコロをテーブルに転がした。出た数字は四。

亜里沙「ほい」

亜里沙は瑞貴にサイコロを返す。今度は、瑞貴が転がす。出た数字は、また四。

続いて瑞貴から受け取った桃子は三。

結局、最後に振った希美が二を出した。

希美「にゅんwww!?」

希美はそう呟くと、コップのトマトジュースを一息に飲み干した。






瑞貴「なに、ボーっとしてんのよ」

瑞貴にこづかれ、桃子はハッとした。

桃子「なっ・・・なんでもないですぅ☆」

瑞貴「面白い子だよね、この子」

一同「ハハハ」

これで、場の緊張がちょっとほぐれた。

瑞貴「いま、奈々のこと考えてたでしょ?」

桃子は、ギョッとした。

瑞貴は、桃子の反応を見て、ますますニヤニヤする。

瑞貴「ほら、図星」

桃子「なんでぇ、わかるんですかぁ☆」

奈々と桃子とは、CSの番組『ジュニアでGO!』でレギュラーMCをやった仲。その他、いっしょのお仕事も多く、親友といっていい。

しかし、そんな奈々と、最近めっきり音信不通なのである。

瑞貴「そのうつろな目。そこはなとない不安と倦怠。不惑を迎えた少女の表情に、暗い影を落とすもの。それが、女でなくてなんだってのよ」

亜里沙「詩的だね」

亜里沙が半ばバカにしたように呟く。

亜里沙「なんか、そっちの話のほうが面白そう。桃ちゃん、先に話す?」

桃子「えっ!? 桃は、いいですぅ〜」







そんな会話が交わされる間、希美はひとり、窓の外を眺めていた。「あれは、デスマスクだろうか?」

希美は、ぼんやりこちらを見ている自分の顔を見つめる。

窓の向こう側にいるのは、死人だ。

ふと、希美の頭にそんな考えが浮かんだ。

窓の向こうでは、死者となった、みみたちが怪談話を始めようとしている。死者たちの怪談———なんだか矛盾してる。

瑞貴「よしてよ、まえのん」

突然、瑞貴にぐいっと腕を引っ張られて、希美は目をぱちくりさせた。

希美「にゅんwww??」

瑞貴「あたしはね、あんたがそうやって窓を見てると不安になるのよ」

瑞貴は、苦々しそうな口調で言った。

桃子「そういえば、この前の撮影の時も、みみさん、そんなこといってましたね」

亜里沙「ノックの音が嫌いなんだっけ?」

瑞貴「ううん、窓を叩く奴が嫌いなの」

桃子「それってぇ〜、怖い話ですかぁ?」

桃子、興味津々の様子。

瑞貴「嫌な話」

瑞貴、ぶっきらぼうに。

亜里沙「わぁ〜。話して話して」

桃子「桃も聞きたいですぅ☆」







瑞貴「最初は、小学校に入って、まもなくの時だったの」

瑞貴は、前置きなしでイキナリ話し始めた。こういうところは、いかにも彼女らしい。

瑞貴「確か、午後の授業。あたしは、いちばん後ろの窓際の席だった。そう、あたし、そのころからクラスで一番大きかったら、ずっと後ろの席だったの」

いよいよ始まった。

瑞貴「でね、誰かが窓ガラスを叩いたの」

亜里沙「先生? それとも用務員さんとか?」

亜里沙が茶々を入れる。

瑞貴は、憮然とした顔で首を左右に振る。

瑞貴「ううん。うちは転勤族なの。いまは埼玉だけど、そのころは海辺の小学校。窓の外は崖」

桃子「じゃぁ、誰が叩いたんですかぁ?」

瑞貴「分からんて。最初は鳥でもいるのかと思ったよ。だけど、誰もいなかった。ただ、海が広がってるだけ」

午後の授業。窓際の席。頬杖をついて、退屈そうに座っている少女。おそらくは、当時から、クラスでひときわ大人っぽかった瑞貴である

亜里沙「で、誰かが窓ガラスを叩いた、と」

瑞貴「そう。コツ、コツ、と2回ね」

桃子「風とかぁ・・・そう、木の枝とかがぶつか———」

瑞貴「違うっ!」

最後まで言わせず、瑞貴がピシャリ。

瑞貴「違うの。あれは、絶対に誰かが外から窓ガラスを拳で叩いたの」

亜里沙「なんでそう断言できる?」

亜里沙、竹田真恋人風に。

瑞貴「その後、何度もあの音を聞いてるからね」

桃子「ノック・・・の音を?」

瑞貴「うん。でね、あの音を聞くと、いつもよくないことが起こるの」

元々低い瑞貴の声が、ますます低くなった。

桃子「よくいこと・・・ですかあ?」

瑞貴はここで一瞬口ごもり、ジュースを一口飲んで。

瑞貴「あー、もう! この話、するつもりじゃなかったのに」

瑞貴、自慢のさらさらのロングヘアをかきむしる。

亜里沙「早く言いなさいよ」

桃子「桃も聞きたいですぅ☆」

希美「にゅんwww♪」

しかし瑞貴へは、3人の熱い視線が注がれるだけだった。







瑞貴「最初に聞いたとき———教室のやつね、その翌日だった。一緒に登下校してた仲良しだった近所の友達、結莉って名前の子だったんだけどね。その子が、池に嵌って溺死したの、氷が張ってたところに乗っかってて、それが突然割れて・・・」

桃子は、ふいに背中が冷たくなった。ゾッとしたのだ。

亜里沙「これまでに、その音、何回くらい聞いてるの?」

同じくゾッとしたらしい亜里沙が尋ねる。

瑞貴「4回、かな」

亜里沙「そんなに?」

桃子「じゃあ、他の3回はどうなったんですかあ?」

桃子、恐る恐るといった風に声を低めて。

瑞貴「2回目は、うちで飼ってた淡水エイちゃんがトラックに轢かれて死んだの」

瑞貴は相変わらず淡々と話し続ける。

瑞貴「あのときは、あたしとママの2人が聞いてるから間違いない。家の窓を誰かが叩いた音を、二人ではっきり聞いてて、その後すぐにママが外に見に行ったけど誰もいなくて、ママ『変ねぇ』って言ってたし」

亜里沙「ノックは2回?」

瑞貴「そう、だったと思う」

桃子「じゃ、その次わぁ?」

ここで突然、瑞貴が無表情になった。

みんな、いっせいにその表情にびっくりするのが分かった。人間らしさの一切が削げ落ちた顔———能面のような顔とでも言おうか。

瑞貴「それは、ちょっと言えない」

しかし、瑞貴はあっさりこう言ってのけ、今度はみんなが「えっ!?」という顔になった。

瑞貴「でも、その時はバスに乗ってて、窓をノックされたの」

桃子「バス・・・ですかあ?」

瑞貴「うん」

亜里沙「走ってた?」

瑞貴「うーんと、走り出す直前だったかな」

なぜか恐ろしくて、それ以上だれも続きを訊けなかった。

また、訊いたとしても、瑞貴は言わなかったろうが。

いったい、3つめの「よくないこと」とは何だったのか。

しばらくの間、部屋の中に気まずい沈黙が続く。

ゴクリ。

亜里沙は、無意識にトマトジュースに口をつける。

しんとした部屋に、響く音。

ふと見ると、亜里沙の唇は真っ赤に染まっていた。

これを見て、桃子はギョッとする。

まるで、ほんの少し前まで誰かの喉笛にかぶりついていた吸血鬼を想像してしまった。







ややあって、口を開いたのは瑞貴だった。

何事も無かったかのように続ける。

瑞貴「でね。4回目は、パパが入院してて、あたしが病院のトイレに行った時。それで、『あぁ、パパも、もう死ぬんだなぁ』って覚悟したの」

瑞貴がそうさらりと言ってのけたのが、余計に怖かった。

瑞貴「去年のピチレ、あたしの『クローズアップ特集』見た? あそこの家族写真、パパがいなかったでしょ」

再び、重い沈黙。

では、いったい3度目に起きたことって?

肉親の死すら口に出来たというのに、それ以上の何かとは?

亜里沙「音、だけなのね? 姿とか、見てないんだ」

瑞貴「う〜んと。一度、手が引っ込むところ、見た気がするんだけど・・・。よくわからないや」

亜里沙「それって、右? 左?」

瑞貴「右手、だったかな」

桃子「うぇ〜ん。だ・・・誰なんですかあ? それ」

桃子は、もはや泣き顔である。

瑞貴「だから、分からんて。でね、あたしは、なるべく窓側の席とか、座らないようにしてるの。だって、あの音聞いちゃったら、もう次は何が起こるかって、心配でしょ?」







と、その時。



希美「あ゛ー!!!」



これまでひたすら黙っていた希美が絶叫した。

びくっとする一同。

視線が希美に集まる。

亜里沙「まえのん、どーした?」

すると希美が、なにかを思い出したように一言。

希美「あれ、天野センパイでしゅ☆」



(おわり)






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