第1部 「幕開け」



「ホッシ〜、ホッシ〜。なんかゲームしよっ! このテーブルで、みんなでできるやつ」

可鈴が屈託ない目で、甘えるように悠月にねだった。

悠月は、芸能活動と並行して、都内にある一流進学校の特進コースに通い、学年でもトップクラスの成績を誇る。ピチモで最も頭がいいのは、誰もが認めるところである。

そんな悠月は、持ち前の頭脳を使って、その場で瞬時に新しいゲームを作ったり、臨機応変にルールを変えたりして面白くし、みんなを楽しませるのが得意だった。

「う〜ん・・・」

悠月は、手のひらで、碁石を弄びながら、うなった。と、次の瞬間。優花には、かすかに、悠月のその大きな猫のような瞳が光ったような気がした。

みんなもそれに気づいたのか、期待の眼差しで悠月を見つめている。

「えっと、だれか、ハンカチかなんか持ってない? なるべく濃い色で厚手のものがいいな。透けないような」

これに、優花。さっと、ふりふりのレースがついた、いかにも彼女らしいハンカチを差し出す。

「はい、ホッシー☆」

しかし、悠月は、そっけない。

「あぁ、これ。・・・ちょっと薄くない?」

あからさまに不満顔で、受け取らない。

「え〜っ この季節、無理だよぉ。そんな厚い生地のなんて、みんな持ってないよぉ」

優花、ほっぺをふくらませて、すねる。

と、ここで朱莉。

「ほな、あれなんてどや? あそこにあるテーブルナフキンや」

朱莉がパッと席を立って走り、食堂の隅のテーブルに、たたんでで重ねてあった、緑色のしっかりしたナフキンを持って戻ってきた。

悠月は、ナフキンを受け取ると、テーブルに置いた白黒2色の碁石の上に被せてみて、そして満足げにうなずく。

「うんうん。これならOKかな」

「わぁぁ〜。一体、どんなゲームが始まるん???」

可鈴、興味津々といった感じで、目を真ん丸にしつつ、隣に座る悠月の顔を見つめる。

「ち・・・近いって」

やや迷惑そうに可鈴を押しのけ、とりあえず距離をとった悠月。

たっぷりと時間をかけて、みんなを見回しつつ。

「いい、みんな。いまから、それぞれ白と黒の碁石を1つずつ取ってもらいます」

そう言うと、悠月は、カチャカチャと碁石を配り始めた。みんなが順番に手を伸ばして、碁石を受け取る。

全員に行き渡ると、続けて。

「紙切れ、ないかな? 小さいのでいいの。小さいのを、たくさん」

「へぇ〜。なんに使うの」

訊きながら可鈴、制服の胸ポケットから、小さな手帳を取り出す。

「ホッシ〜。このサイズでいいかなぁ?」

「ええ、いいわ。で、これ、破ってもいい?」

可鈴は、自分が役に立てたことがうれしくてたまらないように、笑顔で返事をする。

「うん♪ ぜぇ〜んぶ使っちゃってもいいよ」

しかし悠月は、可鈴の許可の返事を待つまでもなく、すでにその手帳の後半部分のメモ欄、白いページを手早く切り取り始めていた。

と、ここで。

「あんたたち、何やってんの?」

手に飲み物グラスを持った玲羅と真友香がテーブルに近づいてきた。

2人は、オーデ同期&同事務所ということで、いつも一緒に行動している親友である。

「あのね、あのね。ホッシーがね。新しいゲーム、やるだよぉ♪」

可鈴が、玲羅たちに得意げに説明する。

真友香は、優花の肩越しにテーブルを覗き込んだ。

「なんかよくわかんないけど、面白そう☆」

すっかり乗り気の真友香を見て、悠月。

「ちょうどいいわ。2人とも参加しなさいよ。このゲーム、やっぱり少人数だと・・・、ちょっとなんて言ったらいいかな。———そう、生々しいから。あなたたちが入ってくれると、少しは緩和されるかも」

こうして、2人を悠月が招き入れたので、その場にいたみんなが席を詰めて、イスを2つ、テーブルの周りに足した。

ふと、ここでジーッっとこちらを見つめる視線に気づく悠月。

「な・・・なに!?」

さっきから、すぐ隣のテーブルにひとりで座り、ずっと悠月たちを見つめているツインテールの少女。いかにも、入れて欲しそうな雰囲気を醸し出している。

悠月、ため息をつくと、その少女に向かって語りかける。

「はぁ。。。あみたちゃんも入る?」

すると、すかさずパッと顔を輝かせて即答する亜美。

「うん。入るやい!」

こうして亜美も輪に加わった。

「これで7人か。1人2問としても合計14コ。けっこうあるな」

悠月、ひとり頷くと、説明を続ける。

「じゃ、これから、ゆづがみんなに紙を2枚ずつ配る。これに、各自、他人が普段どう思ってるか訊きたいこと、知りたいことを、1枚につき1問ずつ書くの。それも、イエス・ノーでハッキリ答えられるやつを、ね」

みんな、きょとんとした顔で、悠月の説明を聞いている。

「心理ゲーム、みたいなん?」

可鈴が尋ねた。悠月は、直接それには答えず、小さく笑うだけで、流して。

「さ、早く書いてよ。で、書いたら紙を小さく畳んで、ゆづによこしてね」

そう言うと、悠月はさっそく自分で書き始めたので、みんなもそれにならう。こそこそと手元を隠して、それぞれ真剣な顔で紙に質問を書き込むと、次々と畳んで悠月の方に押しやった。

やがて、全員の紙が悠月の手元に集まる。

「はい、どうも」

悠月は集まった紙切れを、くしゃくしゃと混ぜると、コーヒーカップの受け皿の上に乗っける。

「ホッシーわぁ、コーヒー、飲めないんだよねっ♪」

悠月はキッと可鈴を睨むと、玲羅に視線を移して。

「じゃあ、れぇら、頼むわ」

玲羅は、突然自分が指名されたのでハッと顔を上げて、悠月を見た。

「ん? あたし?」

「あのね。えぇらには、これらの質問を順番に読んでもらいたいの。ピチモ歴が長いと、どうしても筆跡とかで誰が書いたか分かっちゃうじゃない? そうすると、面白くないから」

玲羅は、「ああ」と納得した顔をすると、悠月から紙の入った皿を受け取る。

「さて、と」

悠月は改めてみんなを見回した。みんなは、いささか緊張した顔で悠月を見ている。

「これから、れぇらにみんなの質問を読んでもらうわ。そしたらみんな、それぞれ正直にイエス・ノーで答える。もちろん口で言うんじゃないの。これを使う」

そう言って、悠月は、手に2つの碁石をつまみ上げてみせた。

「白がイエス。黒がノーよ」

みんなが、ルールを飲み込むのを待つため、多少の時間をおく。

その間に、悠月は近くのテーブルから空になった大き目の銀色のボウルを取って来た。そして、席に戻ると、そのボウルにグリーンのナフキンを掛けて、ふたをする。

「自分の回答の碁石を握って、ナフキンの下からこのボウルに入れる。それで、みんな入れ終わったら、ボウルをガシャガシャゆすって、碁石を混ぜる。で、最後に、ナフキンを取ってみんなに公開。こういうルールよ。いい? 分かった?」

みんながざわざわした。

「なんか・・・怖いかも」

可鈴がちょっぴり不安そうに小声でつぶやく。案外小心者なのである。

朱莉が腕組みをして、悠月を睨む。

「けっこう、えげつないゲームやな」

「でも、あかりんだって知りたいでしょ? みんな、心の中で何を考えてるか」

優花は、なんとなくドキッとした。心の中に抱えている秘密。自分だけの想い。誰にも言えない本心。テーブルについているみんなの顔を、さりげなく見回す。こうして同じテーブルについていても、いったい心の底ではみんな何を考えているんだろう———

「あっ! じゃあ、みんなが同じ答え出した時だけ、誰がどう答えたか分かるってことね?」

真友香が、真面目な表情で悠月を見た。

「そういうこと」

「そんなん、きっと気まずいケースが出てくるでぇ〜」

朱莉、茶化すように言うが、その目は笑っていない。

これを受けて悠月。まっすぐ朱莉を見つめて。

「あれぇ〜。あかりんって、そんな繊細だったっけ? ちょっと意外。っていうか、抜けたい?」

悠月の挑発に、朱莉。ちょっとむきになって。

「なんやて! うち、やるで!」

これに答えず悠月、さっと視線を移して。

「さてと。さっきから黙ってるゆーかも、あみたちゃんも碁石持った?」

「持ったやい!」

「かりんは、ちゃんとルール理解してる?」

「してるよぉ〜」

「じゃ、はじめよっか。さ、れぇら。質問読んで」

悠月は玲羅を促した。

玲羅は、やや戸惑いを隠せない表情をしつつ、皿の上の紙切れを1枚手に取った。

「いい? じゃ、読むよ」

こうして、その恐怖のゲームは、今年も幕を開けた。








第2部 「転機」



「じゃ、読むよ」

みんなが、緊張した面持ちで、いっせいに玲羅に注目する。

「えっと、なになに。『1年後、わたしは芸能界にいない』」

みんなが再びざわざわし、互いの顔を見やった。

「はいはい、みんな。さっさと答えの碁石をボウルに入れて」

言いながら、悠月が率先して碁石を入れる。

亜美も続き、テーブルの下で碁石を握ると、それをナフキンの下に持って行き、ボールの中にカランと碁石を落とした。

「入れたやい!」

———それにしても微妙な質問。なんか、いろんな意味に取れる

優花は、当惑して考え込んだ。

———ホッシーは、進学校の特進コースに在籍し、語学留学の夢を持ってることから、おそらく『イエス』。反対に、現役アイドルである、あみたちゃんは当然に『ノー』・・・かな?

そんな風に考え込んでいるうち、ピチモになる以前から事務所に所属し芸能活動をしている玲羅と真友香が、次々と入れるが、残った他のみんなは、優花同様、やっぱりちょっと考え込んでいる様子である。

———ゆーかは1年後。どうなってるだろう? 岡山から上京してのち、芸能活動は上手く行っているかな? 東京で上手くやってる? ピチモを卒業して、お仕事はあるかなぁ?

そう考えを巡らせるうち、優花はなんだかすっかり暗い気持ちになってしまったが、やはり「何か変えたい!」と思って黒、つまりは「ノー」の碁石を入れることにした。

やがて、残った2人もパラパラと碁石を入れる。

「さてと。全員、入れたわね?」

最後に朱莉が入れたところで、悠月がみんなを見回す。そして、満足した表情でボウルを自分の方に引き寄せると、ガシャガシャと、ふたをしたままゆすった。続けて、パッとナフキンを取る。

みんなの目が、ボウルの中に引き寄せられた。

白が3個、黒が4個。キレイに分かれた。

「なるほどぉ〜。ピチモであることと、将来も芸能界でやっていきたいということは、けっこう別物だったりするんだね」

みんな、「えー!?」とか、「ほんとに!?」とかつぶやきつつ、互いの表情を窺っている。それぞれが、それぞれに表情の意味を読み取ろうとするが、表面上は誰もが平静を装っている。

なんだか嫌なゲームだ、と優花は思った。

———ボールの中にあるのは、みんなの本音。もしくは、ゆーかたちが直面している現実や、それぞれの置かれた状況みたいな。でも同時に、このテーブルを囲むのは、タテマエとマナーをわきまえたピチモの仲間たち。ボウルの中と外とのあまりに大きな落差が、なんだかひんやりした異様な雰囲気を漂わせている感じ。やっぱりこれ、あんまり気分のよくない奇妙なゲームだなぁ。

そんな優花をよそに、悠月は、再びにボウルにナフキンをかぶせると、みんなに回す。

「はい、じゃ、手の中に残ってる碁石を、ここに戻して」

みんな、なにかしら引っかかるような、いまいち納得のいかない表情ながら、碁石を戻していく。悠月はボウルをゆすって混ぜると、また再びみんなに2個ずつ白・黒の碁石を配る。

みんながテーブルの下で碁石を握ったことを確認すると、玲羅の顔を見る。

「2問目、いって」

玲羅は次の紙切れを手にとって開く。

「いくよ。『わたしは、他誌のモデルになりたかった』」

すかさず「わ〜っ」というどよめきが巻き起こった。

「これ、爆弾発言とちゃうか?」

「オーデ出身じゃない人間が2人いるしね〜。ホッシーと、あみたちゃんとがいて、よかったね」

「でも・・・。全部白だったら、どうする?」

「やっぱり、ニコラかな?」

「ラブベリーナっしょ。AKBがいるし」

みんな興奮して、口々に叫ぶ。

「はいはい。早く入れなさいよ」

悠月が促すと、みんなが次々に紅潮した顔で碁石を入れていく。カランカランと碁石がボウルの底に落ちる音が続く。

あとは、悠月によりボウルがゆすられ、ナフキンが開くのを、みんながじっと見守った。

そして———全部黒。

またまた「わ〜っ」という歓声が上がった。

「よかった〜♪」

可鈴がにこにこして、うれしそうに言う。

「え〜!? ホントなの、これ」

玲羅は、逆にちょっと不満そう。

「とりあえず、ピチレモンを嫌がってる子はいないわけね」

真友香が場をとりなすように。

「でも・・・。もしかして、この質問を書いた人は、ホントは他誌のモデルになりたかったのかも」

とりあえず胸をなでおろし、みんなの間に安堵が流れた。これで、グっとテーブルの上の一体感が増したことは間違いない。

とにかくこの回答が転機となり、次の質問を待ち望む雰囲気が漂い始めた。みんな協力的に、残りの碁石をテキパキとボウルに戻し、それを悠月が混ぜて、みんなに配る。

玲羅も慣れてきた様子で、次の紙切れを開いた。

「んっ!?・・・なに、これ」

玲羅が、くすりと笑った。

「個人的なコメントは、控えるように」

真面目な顔で、悠月が言う。

「ふん、悪かったわね!」

玲羅は咳払いして、読み始める。

「読むよ。『ピチモの、まなは実は2人いて、本当は双子の姉妹だ』」

みんなの間に失笑が漏れた。くすくす笑いながら碁石を入れる。

「まぁ、なんというか、こういう質問は無しだよね」

そう言いながら、悠月がナフキンを取ると、黒が6つ。白が1つ。

その瞬間、大きな笑いが起こった。

「キャハハ☆ だれか本気にしてるやい!」

「きっと、この質問を書いたコやでぇ〜」

「そういえば、2010年のピチレ9月号『ピチスポ』の記事に載ってたよね」

キャッキャと、くだけた笑いがしばらく続く。

しかし、一緒に笑いつつも、優花はふと奇妙な感じがした。

———実は2人いて・・・なんだろ?

そんな優花の思考をさえぎるように、悠月は淡々と進行する。

「次ぎ」

そして4問目。

にこやかな表情で紙を開いた玲羅だったが、ハッとしたような顔になる。そして、チラッと助けを求めるように悠月の顔を見た。

これに悠月は目で促す。

玲羅は、少しためらってから、意を決したように硬い声で読んだ。

「『さやりぃは生きている』」

みんなの笑顔が一瞬にして凍りついた。








第3部 「あかりんが怒った」



「『さやりぃは生きている』」

一瞬で、場の空気が変わった。。

戸惑ったような表情が浮かび、ちらちらと互いの顔を盗み見ているのが分かる。

———おかしな質問。いったい誰が書いたんだろ?

優花は、がらにもなく、素早く頭を回転させた。

———あの夜。あの事故のあった夜。毛布をかけられた、さやりぃの死体を見たのは、ゆーかと、かりんと、あかりんの3人。ホッシーもおそらく彼女が死んだことを知っているはず。とすると、この4人の質問ではありえない。だとして、じゃあ、それ以外のメンバーがこんな質問をするのかな?

一応、表向きには、さやりぃは、今後北海道に誕生するアイドルグループ「SPR48」の研究生オーディションを受けるため、ピチモを「卒業」したことになって、みんなの前から姿を消した。

でも、そのことを知ってるコたちが、改めてこんな質問を書く? 書いたとして、その目的は?

そこまで考え、みんながためらいつつも碁石を入れていくのを見て、優花はハッと気がついた。

———ゆーかは、いったい何て答えればいいの? ノーにすると実際に死体を見たことを認めたことになるし、イエスっていうのも何か変。

優花は一瞬迷ったが、とりあえずノー、つまり黒の碁石を入れることにした。

テーブルの上が静かになり、悠月がナフキンを取り除いた。

白が4個。黒が3個。

みんな複雑な表情になるが、誰もが何も言わない。悠月も無言のまま、碁石を回収するためにボウルを隣の可鈴に差し出した。

———ノーが3人。つまりは、あかりん、かりん、ホッシーの中で、だれかがイエス、つまり「生きている」方に投票したことになる。

ということは、その人物こそが、この質問をしたのでは?

ここで優花は再びハッとした。あの時、あの晩。ゆーかたちが目にしたモノは、毛布をかけられた「女の子」だった。遺体を、さやりぃの顔を直接確認したわけではない。

確認しようと強引に毛布を剥がそうとした朱莉は、白井編集長によって制止された。

つまり、ゆーかたちは、さやりぃが本当に死んだということを、この目で確認したわけではないのだ。

さやりぃは・・・生きている???

ふと、あかりんが無表情にしているのが目に入る。かりんも、あの子にしては珍しく神妙な顔つきだ。みんな、誰がなんと答えたのか、頭の中ではいろいろ推理しているに違いない。

少し前の、くだけた雰囲気はどこへやら。いまは、みんなの表情に不安と疑心暗鬼の色がハッキリ現れている。

少々の沈黙の後。

「はい、次の質問を読んでください」

悠月が丁寧に言った。

玲羅は、とんでもない役をおおせつかったという顔で、こわごわ次の紙を開き、今度は驚いた顔になった。

「なに、これっ!」

明らかに不快な感情がこもっている。

「どうしたの? 不愉快な質問?」

「ううん。不愉快というよりも、これ、あたしらに対する中傷。誰よ! こんなの書いたの。『プラチカは、編集長と、つながっている』だって」

みんながびっくりした顔になった。しかし、この場にいる誰かが、確実にこの質問を書いたのだ。

「いい加減にしなさいよ、あんたたち。あたしと、くぅと2人受かったのがヤラセだとか、プラチカと取り引きしたとか。そういえば、ちーにもこんな噂が流れてたわね。ちょっと活躍すると、あたしたち事務所組は、いつも影でこんな噂を立てられて。タンバリンがそんなにエライっていうの? それとも芸能活動経験者がそんなに嫌い?」

真っ赤になってまくし立てる玲羅をよそに、あくまで冷静な悠月。

「はい、みんな答えを入れて」

例によって事務的にボウルを回す。みんな面食らったような顔で、それでも碁石を入れていく。

そして、ナフキンが取られた。みんな一斉にギクリとした顔になる。

白が3つ。黒が4つ。

「・・・。ああ、そうですか」

玲羅は、肩をすくめ、両手を広げて言った。

みんなが複雑な表情で碁石を戻した。

「ねぇ、ねぇ、ホッシ〜。まだ、やるの?」

おずおずと可鈴が尋ねる。いくぶん、顔色が悪い。

「まだ質問は、たくさん残ってるからね」

悠月はそう答えると、再び碁石を配り始めた。

みんな、好奇心と後悔とが混じり合っているような矛盾した表情だ。みんなの本音は知りたいけれど、このボウルの中の碁石が、ここにいるピチモたちの中に、何か決定的な亀裂や不幸を呼び起こすような予感を覚えているのだ。

玲羅は、半ばヤケになって、次の紙を開く。

「げっ。これ、あたしには読めない」

「見せて」

悠月は手を伸ばす。玲羅は手を引っ込めて紙を渡そうとしない。

そこで悠月はもう一度、手のひらを玲羅に突きつけて。

「このゲームの主宰者は、ゆづなんだから。れぇら、見せなさいよ!」

玲羅はムッとした顔で、しぶしぶ悠月に紙を手渡す。

悠月は紙を開いて中を読み、じっと無表情で見つめていた。

みんな黙って悠月を注視している。

やがて悠月が口をひらく。

「『この中に、さやりぃを殺した犯人がいる』」

優花は顔から血の気が引くのを感じた。それは、いきなり喉元に冷たいナイフを突きつけられたような衝撃だ。

みんなの顔色が一瞬にして変わり、不穏な気配が漂う。

優花はみんなの顔を見られなかった。また、みんなも誰ひとり優花の顔を見ないのが分かる。このことが、余計に優花を傷つけた。

———みんな、みんなは、ゆーかのことを・・・。

この信用してた仲間の中にも、そう思ってる人がいる。この事実は、優花にとってあまりに重苦しいものだった。

「碁石、入れて」

悠月が乾いた声でボウルを押してよこす。みんな、渋々ながらカランと碁石を入れ始めた。優花も、最後にのろのろと入れる。

その様子を、となりで朱莉が心配そうな目で見つめていた。

ナフキンが取り除かれる。見たくなかったが、目が吸い寄せられる。

白が2つ。黒が4つ。

白の碁石が目に突き刺さったような気がした。

「誰か、入れるふりして入れなかったわね?」

すかさず、悠月の鋭い声が飛び、みんなを見回す。

「なぁなぁ、これ。いったい何のためのゲームなんや?」

もう我慢できないといった感じで、朱莉が口を開く。言い方は優しいが、その声にはハッキリと怒気が込められていた。

「そっか、あかりんなのね。入れなかったのは」

悠月は臆することなく、朱莉を睨み、逆に詰問する。

朱莉も腕組みをして悠月を睨み返した。

「碁石、回収します」

しかし、すぐに悠月はサッと視線をそらすと、みんなにボウルを回す。みんな、朱莉の表情を伺いながらも、おどおどと碁石を元に戻す。

悠月をのぞいたみんなが、どうしていいか迷っているのだ。このゲームを続けるべきか、それともやめるべきか。

「れぇら、次」

玲羅は、溜め息をつきつつ、紙を開いたが、またまた不愉快な表情をつくると、そのまま折り畳み、無言で悠月に差し出した。

悠月は淡々を受け取り、相変わらず無表情で紙を開いた。

「『近いうちに、またピチモから死人が出る』」

優花は、ザワッと二の腕に鳥肌が立つのを感じた。

騒然となるテーブル。

「ふざけんといて! いい加減にしーや!」

青ざめた表情でイスを蹴って朱莉が立ち上がり、手に持った碁石をテーブルに叩きつけた。


〜終わり〜


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