校門に背中を預けて三十分ほど待った頃だろうか、ようやく制服を着たみけが現れた。このご時世にあまり学校の側で長居したくはなかったので、促して早歩きで学校の周囲を去る。
「ごめんなさい、清ちゃんとお話してたら遅くなっちゃった」
「清ちゃん・・・・友達か?」
「あっ、違う従妹」
「そうか、それでか。尾行がついているのは。今から私が鏡を開くからそれで、後ろにいるのが清ちゃんというのかどうか確認してくれ、くれぐれも声を出すな」
こくこくと会津の伝統工芸品『赤べこ』のように首を縦に振るので、あごの下に手を入れてみる。
「にゃっ」
うまい具合に舌をかんだ。
「首も振らなくていい」
恨みがましいい目で見つめてくるが、変な動きをされては追跡者に気づかれてしまう。こういった時のために常備しているコンパクトを開いてみけに覗き込ませる。
「それで、件の清ちゃんとかいう子だったらコンパクトを閉じろ」
言うと同時にみけの手が伸びてコンパクトを閉じたので追跡者の正体はみけの従姉ということになる。しかしなぜみけの従妹が尾行などしなくてはいけないのかと考える。
「彼女の目的について心当たりはあるか?」
返事はない
「もう喋ってもいい、敵じゃないのだから」
「あのね、清ちゃんはそういう子なの。何にでも首を突っ込むタイプ。映画だったらいらないことをして真っ先に死んじゃうような」
「あ、あぁなるほどよくわかった」
それにしても気心の知れた相手だからだろうか、みけにしては毒のある台詞を吐いたと思う。別に秘密結社ではないので魔法使いやウルブズのことを知られてもなにがあるというわけではないが、ただ開かない窓と柔らかい壁のある病院に入れられる可能性も出てくるのでできるだけ秘密にしたほうがいい。
「彼女のこの尾行に対する執念はどれぐらいだ?」
「山よりも高いわ、そして海よりも深いの」
山よりも高いのでは普通よりも手の込んだ逃走経路を用意する必要があるだろう、と辺りを見回す。
「みけ、走るぞ」
「え?」
返事をする前に手を握り、走る
尾行者も同時に走り始めたのを感じる。まずはじめに向かうのは水族館だ
清ちゃんとかいうのは何とかまいた。いや、正確に言えば撒けていない、関係者以外立ち入り禁止のスタッフルームに入ることができずにいるだけだろう。相手の執念を甘く見ていたというのもあるが、
「みけ、悪いことは言わないから着替えさせてもらえ」
ブンブンと首を横に振る。物凄い汗を流して荒く息を付く姿は結構切羽詰った状態ではないだろうかと思う。
「医者呼ぶか?獣医だけど」
そう呼びかけたのが今回聞き取り調査を行う一人で、名を鏑木光也という。見た目的にはどこかのマフィアの鉄砲玉って感じだが、その実、植物と回遊魚を愛する中々いい男だ。
「いっ、いらない」
「でもなぁ、これどう見ても運動には向いてないぞ」
「あぁ、普段あまりに涼しげに着ているもので見逃した」
「姐さんは時々ボケるよな」
「気にするな、それでだ退去期限が後半年と迫っているわけだが準備は進めているか?」
「いや、それなんだけど何とか延長できねぇ?」
「無理だ、十年以上はさすがに怪しまれる。それにお前の師匠も今は里に戻って療養中だろう、行ってやったらどうだ、喜ぶぞ」
「あっあの女は海藻を、植物じゃねぇって言いやがったんだぞっ」
「お前の師匠の暴言もどうかと思うが、それで飛び出すお前もおかしい。それから喧嘩するたびに私の管轄に住み着くな。いい加減怪しまれるし、お前好みの就職先を世話するのも疲れる」
「だってさー、あんたならおれ達の事わかってくれるじゃんか、他に無いぜわざわざウルブズが会いに来るのって、体外下っ端に手紙持ってこさせておしまいだからな」
「単に使う下っ端がいないだけの話だ。それで、楠木先生はどうだ?」
「ん?医者が病院そうそう抜けられるわけねぇだろ。こっちに来るのは無理だってよ」
鏑木と楠木、ついでに言えば光也と勝也で韻を踏んでいるからか。正反対の二人は妙に馬が合うらしくつるんでいる所をよく見かける。電話番号も交換済みだったらしく、たどり着く前に連絡をつけてくれていた。
「そうか。みけすまないが今日はこのヤンキーだけで我慢してくれ。品行方正な本式の魔法使いはまた後日」
「本式の魔法使い?この人は邪道なのね」
「うわっ、弟子もさらっとヒデーこと言いやがる」
「それで、楠木先生って?」
「無視かよっ」
鏑木は無視することとしてみけの疑問に答えることとする。
「楠木先生って言うのは五年前からこっちに住み着いてる魔法使い兼医者っていう、ある意味正しい魔法使い像を体現した男だな」
「すごい人なの?」
「いや、普通だ。わざわざ呼び寄せる意味も普段なら無いな。それに癒し関係の力の使いてでもないから、みけに会わせてもそれほど大きな意味はないしな」
「いや、ある意味癒しの魔法じゃねーの、忘れさせるって」
「忘れることで癒されるものなんてないさ。辛い想い出を乗り越えてこその癒しだ。いいか絶対にあいつの魔法に頼るような真似はするなよ」
「いや、わかってるけど。それにしてもさ、姐さんは楠木先生のことを尊敬しつつも嫌ってるよな」
「楠木先生のことは好きだ。だが、あの人の魔法は嫌いだ」
「なるほど、わかりやすい」
「んで?今日はわざわざ弟子を自慢しに来たのか?それとも引越しを急かしに来たん?」
「いや、みけに魔法使いを見せてやりたかったというのも確かにあるが、伝えたいことがあった。お前にだけは伝えておくか、透明の魔術師ヨオの最後の弟子『殺人人形』ルウがこの町に入った形跡がある。それもおそらくは裏切り者、佐崎七を引き連れて」
だからこそ、楠木には伝えたかった。あいつには狙われる理由がある、その昔透明の魔術師ヨオを裏切ったという理由が。
「・・・・それは確かか」
鏑木は今怒っているのだろうか。それはそうだ、彼の師は透明の魔術師と殺人人形の二人に殺されかかったのだから。
「二人のことは私に任せておけ。ルウの方はお前の師を傷つけた相手だが、当時はウルブズ最強の牙だった佐崎七は、お前の師を救った恩人だ」
「・・・手伝うぐらい、できるぜ」
絞り出すように言う。だが、
「必要ない」
「勝てるのかよ、ウルブズで一番強かったんだろ、その佐崎七って女」
「勝つさ」
勝てなくては、何のためにウルブズとなったのかわからない。