導入
基礎有機化学1

図1

<有機化合物>
 有機化学とは何か、有機化合物無機化合物はどう違うのか。
 以前は有機化合物は生物の体の構成分であり、生命力がないと作り出せない物質であると考えられていた。しかし、タンパク質が動物体内で代謝されて尿中に排泄される尿素を、シアン酸アンモニウム水溶液の加熱によって、無生物的に合成することが可能であることを、ドイツの化学者ウェーラーが示したことにより、この古い有機化合物の概念は見直しを余儀なくされた。
 現在では、有機化合物とは一部の簡単な化合物(二酸化炭素、炭酸塩など)を除いた炭素化合物一般を指すとされている。ただし、炭酸(無機化合物)のアミド体である尿素が有機化合物になるなど、有機化合物と無機化合物の境界はあいまいである。
 余談ながら、尿素とならぶ動物における窒素の排泄物質に尿酸がある。多くの哺乳動物では酵素ウリカーゼによって尿酸をアラントインに変換して排泄するが、ヒトなどの霊長類はこの酵素を欠損していて変換できない。ウリカーゼ欠損動物はアスコルビン酸合成酵素も欠損しており、抗酸化ビタミンであるビタミンCを生合成できない。尿酸は抗酸化性をもっていることから、アスコルビン酸合成酵素欠損動物ではビタミンCの代替機能を果たしているのではという説がある。
 閑話休題。有機化合物の定義づけはともかく、ここで重要なことは、天然に存在する数多くの元素の中で、なぜ炭素化合物だけが有機化学という大きな化学の一分野を形成しているかである。その問いに答えるには、次回以降の電子論の理解が必要となる。有機化学は電子の化学である、といっても過言ではないのである。
 地球上の有機化合物の起源は、生物の誕生につながる重要な問題である。太古の地球上の海と大気をモデル化したミラーの実験により、水、水素、アンモニアメタンなどの簡単な分子の混合物に放電すると、無生物的により複雑なアミノ酸有機酸類などが生成することが示された。生体分子はこのようにして原始地球上で生成したと考えられている。遺伝情報を担う重要な塩基であるアデニンの分子式はちょうどシアン化水素5分子分に相当し、実際にシアン化水素の重合で合成することができる。
 反応系内に酸素を加えると、こういった生体分子は生成しないことは重要な点であり、有機化合物は本来還元的環境でのみ安定であり、酸化によって分解しやすいことを裏付けている。活性酸素による細胞傷害が老化や種々の疾病の原因になることは、酸素の生体化合物すなわち有機化合物への毒性のあらわれである。
 ちなみに、原始大気には水の紫外線分解によるわずかな量しか酸素は存在しなかった(現在の1万分の1程度)。その量が増加したのは、約30億年前に藍藻による光合成で供給されはじめて以降のことである。


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