クラシックにくびったけ  
     

M・グリンカ
 

歌劇「ルスランとリュドミラ」より序曲

【特選】
  指揮:エフゲニー・ムラヴィンスキー
  演奏:レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
  録音:1965年ライヴ

【推薦①】
  指揮:ロリン・マゼール
  演奏:イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
  録音:1962年

【推薦②】
  指揮:ヴァレリー・ゲルギエフ
  演奏:サンクトペテルブルク・キーロフ管弦楽団
  録音:1993年

【推薦③】
  指揮:フリッツ・ライナー
  演奏:シカゴ交響楽団
  録音:1959年

【と盤】
  指揮:ハンス・クナッパーツブッシュ
  演奏:オデオン大交響楽団
  録音:1933年

   

【解説】
 歌劇「ルスランとリュドミラ」は,グリンカが作曲したメルヘン・オペラで,中でもこの序曲はグリンカの作品の中で最も有名な曲であり,しばしば単独でコンサートにおいて取り上げられます。
 この序曲は,5分程度の短い曲でありますが,イタリアのオペラ作曲家のロッシーニの影響を受けつつ,ロシア的な要素も盛り込まれた曲となっております。
 非常にスピード感溢れる曲でありますことから,この表現が演奏の出来を左右します。

【推薦盤】
この曲には圧倒的名演が存在します。
それは,ムラヴィンスキー=レニングラード・フィルの65年ライヴです。
この演奏はパワー全開でスピード感溢れる,ムラヴィンスキーのオーケストラ・ドライヴが前面に出て,しかもレニングラード・フィル合奏能力といい,聴いた後は汗がにじむほどの演奏なのです。
例えるなら,「贅肉をそぎ取ったスプリンター」あるいは「土俵際まで一直線の開始2秒で寄り切りの横綱白鵬」という感じでしょうか。
冒頭のフレーズから,「本当にこの速度で入っていいのですか?」と疑うほどのスピード感,弦楽器は縦線がぴったりと合っていて,パワー溢れる金管に,天に届くほど激しいティンパニ,最後まで手を抜かない推進力,これ以上褒める言葉が見つかりません。
この演奏を聴いてしまうと,他の「ルスランとリュドミラ」序曲を聴くことができないほどです(もっとも,比較される演奏がかわいそうな気がしますが・・・)。
あえて注文をつけるとしたら,録音があまり良くないこと,中間部においての優美さは感じられないことです。
録音については,当時のソヴィエトの録音は,西側諸国と比較して,比べものにならないほど悪く,この演奏についてもステレオ録音ではあるものの,決して鮮明とは言い切れず,さらには冒頭のフレーズがフェードインしているような感があります。
ただ,そんな録音でありながらも,曲の情報がマイクに入りきっており,半世紀たった今でも,指揮者や演奏者の意志が大いに伝わっています。
中間部の優美さについては,この曲に対してのムラヴィンスキーの考え方が,むしろ優美さに力点を置いていないわけで,優美さを削ぎ取ることの勇気に注目すべきであります。
いずれにしても,この演奏を超える演奏は,脱個性派時代の背景を考えると難しい状況であるのが寂しい限りです。
なお,私が所有しているこの曲のムラヴィンスキーの録音は5種類あり,今回特選盤としているのは65年2月21日のライヴ録音(MELODIYA音源)でありますが,その次にお薦めできるのが翌々日の2月23日のライヴ録音で,録音日が2日しか違わないことから,曲の印象は同じでありますが,前者の方が,「まだ」録音が良いためです。
また,61年2月9日,11日,12日のライヴ録音(いずれもDREAMLIFE)も残っておりますが,演奏スタイルは65年のライヴ同様に素晴らしいのですが,残念ながらいずれもモノラル録音です。
特選盤以外の4種類の録音は,その全てが通常であれば十分に推薦盤ですが,代表して65年のMERODIYA音源を特選盤としました。
ちなみに録音タイムは4分39秒です(61年2月12日がムラヴィンスキー最速の4分38秒です)。

このムラヴィンスキーの超盤にスピードだけは唯一対抗できるのが,マゼール=イスラエル・フィルの62年の録音です。
マゼールは,初期の頃は鬼才と言われており,若くして世界の数々の一流オーケストラを振りましたが,その頃の音楽は残念ながら深みを感じさせる演奏はないものの,特にロシアものには定評があり,60年代のウィーン・フィルとのチャコフスキーの交響曲全集や70年代から80年代にかけてのクリーヴランド管とのチャイコフスキー後期交響曲集,同じくプロコフィエフのバレエ「ロメオとジュリエット」など,いずれも素晴らしい録音を残しております。
マゼールはこの曲を,しばしばライヴで取り上げており,2012年の来日の際にはNHK響と,死去したことにより来日が叶わなかった2014年のボストン響との来日公演でもこの曲をプログラムに入れており,このことからも得意としていたことが窺えます。
さて,この演奏ですが,前述のとおり,スピード感満載の演奏となっております。
この曲を4分48秒で駆け抜ける訳ですから,相当なスピード違反で赤切符ものです。
オーケストラもしっかりと付いてきており,鬼才マゼールの本領発揮です。
なお,75年のクリーヴランド管との演奏もカップリングで収録されており,むしろこちらの演奏の方がメジャーな音源ではありますが,同じマゼールの指揮とは思えないくらいスピード感がないものとなっております。
マゼールを聴くなら60年代までか80年代後半以降の演奏をお薦めします。

次に,ゲルギエフ=サンクトペテルブルク・キーロフ管の93年の録音をお薦めしましょう。
ゲルギエフは,このコンビでオペラ全曲も録音している数少ない指揮者でありますが,この録音は,ロシア管弦楽曲集として発売されたCDからです。
ムラヴィンスキーやマゼール同様に,スピード感溢れる演奏内容となっており,少々荒っぽさは感じられるものの,「そんなのはお構いなし」的な演奏で,ムラヴィンスキーに続いて疾風怒濤という言葉が合う演奏です。
ちなみに録音タイムは4分54秒です。
いかにもこの曲が合いそうなコンビとして,ライナー=シカゴ響の59年の録音を紹介しましょう。
非常に明るく,いきいきとした快速テンポの演奏で,ライナーらしい直線的な解釈となっており,シカゴ響のパワフルさも相変わらずで,アンサンブルも乱れることは1つもありません。
ちなみに録音タイムは5分19秒です。

最後に「と盤」を1枚,クナッパーツブッシュ=オデオン大響の33年の録音を紹介しましょう。
まず,クナッパーツブッシュがこの曲を録音していること自体が摩訶不思議で,最初,この音源を聴く前に「本当にクナッパーツブッシュの録音か?」と疑ったものですが,聴いてみると,間違いなくクナッパーツブッシュの録音と確信しました。
それは,恐ろしいほどのテンポの遅さと,時折見せる大見得を切ったような表現であり,この曲にしてもクナッパーツブッシュ節全開なのであります。
しかも,5分程度の曲にもかかわらず,途中で大幅なカットがあります。
クナッパーツブッシュのロシアものは珍しく,この曲の他には私はチャイコフスキーのバレエ組曲「くるみ割り人形」しか所有しておりませんが,こちらも怪演となっております。
ちなみに,オデオン大交響楽団とはベルリン交響楽団のことで,録音タイムは5分26秒ですが,前述のとおり大幅なカットがありながらこの録音タイムですので,相当遅いことがわかるかと思います。