在日アフガン医師・レシャード氏、反戦を語る

●2001年10月14日・静岡市産業経済会館

講師 レシャード・カレッドさん講演模様(150名参加)
 
…1979年アフガンにソ連軍10万人が進攻しました。この戦争は10年続き、
アフガンで100〜150万人が死亡した。
米軍はソ連軍を撤退させるために「ジハード」聖戦を支持し、大量の武器を
アフガンに支援した。
アフガンの大地は3分の1が山岳地帯、3分の1が平坦地、3分の1が砂漠で
す。アフガンでは麦が多く収穫されましたが、ソ連進攻により収穫ができなく
なりました。それは、山が焼かれ、農薬がまかれ、枯れ葉作戦や、地雷敷設
等によります。
…私は何度もアフガンを訪れました。そのとき、高級レストランで食事をし、
外へでると、冬の厳しい寒さの中、シャツ1枚、はだしの子ども達が物乞いを
していました。残り物の食べ物を下さいといったので、レストランの中に戻り
残り物をこの子ども達にやろうと思いましたが、中に入ると残り物は従業員
が食べている最中でした。仕方ないので、少しのお金をやると、子ども達は
お金では食べ物は買えないと言いました。つまり、圧倒的に食べ物が不足
しているのです。
…難民キャンプでは、昼40度、夜0度という、厳しい気候の中、どんどん子
供が死んでいます。アフガンの人口は2600万人と言われていますが、実際
は2000万人もいないと推測されます。なぜなら、生まれた子供の20%が1
才で、20%が5才で死亡、40%の子供が5才までに死亡しているからです。
…アフガンの青年に武器を捨てなさいと言った事があります。彼らの答は、
「僕達が小さい時、親は人殺しに出かけ、英雄扱いされてきました。それを見
育ったのです。なぜ同じ事をして悪いのか」と。彼らは平和を知らない。
…タリバーンが所有しているスティンガーは当時、米軍が与えた。米軍が恐れ
ている地上戦での兵器は自らが与えたのです。こうしたことを考えると今回の
戦争は単純なことでは解決できない。今回の米軍の空爆で156人が誤爆で
死亡した。真っ先に犠牲になるのは常に子供たち、老人である。戦争はあって
はならない。
…私はアメリカの傲慢な態度を許せません。京都で開かれた世界環境会議で
は環境を守る決議を無視した。そして、アフリカで開かれた世界人権会議では
アメリカ、イスラエルが退席した。その直後に、多発テロ事件が起きたのです。
…アフガンで何故タリバーンが支持されるのか。ソ連撤退後の無政府状態の
中、学生(神学生)「タリバーン」が唯一立ち上がりました。パキスタン、アメリカ
はタリバーンを支援した。タリバーンは次々に制圧した地区で武器を取り上げて
いった。こうしてアフガンの人々は安心して生活ができる(戦闘のない)ように
なったからである。
…大半のタリバーンの兵士は、「トマホーク」が海上から打ち込まれていること
も、人工衛星でアフガンが監視されていることも知らない。つまり、国民みんな
が悪いわけではない、なぜ、殺されなければならないのか?
…アメリカは「悪と戦う」と言っている。アフガンにとって全員が悪と言われるの
は心外である。
…テロは許されない。しかし、その報復戦争も許されない。なぜなら、それがま
た新たなテロを呼ぶからです。
…今、アフガンは「恐いものがない」「失うものがない」状態です。ソ連撤退後、
世界はアフガンを孤立させ、世界で一番貧しい国にしてしまった。
このことが今回の事件につながっていったのです。今からでも対話は可能であ
る。
…この間、アフガンが一番期待していたのはアジアの日本である。何で日本が
平和的に仲介に入ってくれなかったのか。日本は戦争の被害を体験している
国である。そうした国が仲介をすべきである。…