下落局面に強いヘッジ・ファンド

米国の富裕層の人気を集めるヘッジ・ファンド(第四回)

成長株ファンドから資金が流出
 
 米国株式市場は、粉飾会計を始め、様々な問題が顕在化し、収拾の兆しが見えない。当面、一般投資家は、債券型ファンドや不動産投資などへ資金を振り向けることになりそうだ。富裕層は、ヘッジファンド群への投資も増やすと思う。

株式投信離れ

 米国個人投資家の株式型投信の解約が、加速している。5月までは、業界全体では、ネットで資金流入となっていたが、遂に6月は180億ドルの資金流出に転落した(8月5日付けウォールストリートジャーナル)。最も大きな資産流出となっているのが、成長株に集中投資を行うことで、90年後半に高成長したジャヌスだ。この会社では、4月以降、ネットで月間10億ドルを超える資金流出が続いている。一方、バンガード、フランクリン・テンプルトンといった、パッシブ運用やバリュー・スタイルの投信などを売り物にしていた会社では、6月もネットで資金流入となっていたようだ(債券ファンドを含む、出所:ストラテジック・インサイト)。相場環境により、もてはやされる投資スタイルには変遷があるが、米国富裕層は、一貫してヘッジファンドへのシフトを進めているようだ。
 
ヘッジ・ファンド投資
 
 2000年以降、ヘッジ・ファンドへの資金流入が加速している。2000年末の資産残高は4080億ドル、2001年末は5630億ドルに達した(出所:ヘネシー・グループ)。これは、米国の投資信託業界の約9%の規模にあたる。昨年の流入額は、310億ドルで通期で過去最高だった。今年1-3月期は、前年比36%減の56億ドルで、増加ペースは収まってきてはいるが、依然、高水準の流入が続いている。

 94年から99年の時期は、ヘッジファンドには受難の時期であった。98年は、大手ヘッジ・ファンドLTCMが破綻し、業界全体のイメージが悪化した。この年、業界全体の運用成績は0.36%減と、惨憺たるものだった。この期間は、米国株式市場が大きく上昇し、一般投資家でも年率20%以上の運用が可能であり、ヘッジファンドのパフォーマンスが、色あせて見えた。しかし、2000年以降、株式市場が急落するなか、多くのファンドがプラスの運用成績を残したことで、再評価され、巨額の資金流入につながっている。

 調査会社CSFBトレモントによると、同社がデータの作成を始めた94年以来のヘッジ・ファンド収益率は11.1%(年率)だった。同時期のS&P500の平均が9.3%、世界の株式市場が5.0%であった。また、平均標準偏差は、ヘッジ・ファンド9.1%、S&P500が15.7%、世界市場14.0%であった。ヘッジ・ファンドはリスク調整後でも、健闘していたことが伺える。
 ヘッジ・ファンドといっても、運用手法は様々で、手法ごとに大きく10前後のサブセグメントに分類するのが一般的である。過去5年では、ショート・バイアス(空売り)、エマージング市場投資という二つのセグメントでのリターンがマイナスになった以外は、残りすべてのセグメントで、株式市場インデックスを上回る収益を達成した(CSFBクレモント)。メディアでは、株式市場が下落したときの売り方として名前の出されることが多いヘッジ・ファンドであるが、実は空売り専門のスタイルで、成功しているところは少ない。

 現在、最も運用資産規模が大きいのが、エクイティ・ヘッジと呼ばれるセグメントで、業界全体のシェア30%になる。エクイティ・ヘッジとは、現物株に投資する一方、インデックスの売りやプット・オプションを組み合わせることで、株式市場へのエクスポージャーを下げるという手法である。リスクの高い手法のように思われるかもしれないが、過去10年間の米国株式市場のリスク(標準偏差)よりも低い。
 S&P500が、15%であったのに対し、エクイティ・ヘッジファンド全体の平均は、10%以下だった。また、収益は、前者で年率12%、後者は20%だった。リスクはインデックス投資より小さく、リターンは高いという訳だ(出所:HFR)。
 ヘッジファンドの代名詞のように考えられているマクロ・ヘッジという手法(ジョージ・ソロスが採用していた運用スタイルで、為替、商品、株等どこへでも、投資する)は、最近では人気がなく、10年前のシェア70%から現在は13%程度にまで縮小している。

なぜヘッジ・ファンドはマーケットに勝てたか

 例えば、ロング・ショート型の投資手法は、買いと売りのポジションを均衡させる手法で、市場インデックスに対し、少なくとも一方のポジションが超過収益を上げていなければ、ファンドの収益はプラスにならない。このセグメントの過去5年間の成績は、年率換算で9%強だったが、このセグメントの多くのファンドが、市場リターンに対して超過収益を、上げていたということになる。
 ファイナンスの教科書では、投資の世界はゼロサムだから、ベンチマークに勝つ運用は至難の業であるというのが、常識となっている。私の試算だと、米国株に投資する投信で、02年6月現在、過去5年間で、ベンチマークを上回ったものは、全体の20%程度にしか過ぎない(CNN/MONEYデータから推定。ユニバースは、米国大型株に投資する投信642本)。この差はどこから来るのだろうか。

 株式市場の上昇局面で、投信がベンチマークに勝つのは難しい理由としてキャッシュ比率管理の問題がある。
 投信では、日々、資金の出入りがあったり、配当支払いの準備などで、一定額以上のキャッシュを持たなくてはならない。株式市場の上昇が続いていると、その分だけ市場に負ける。ヘッジ・ファンドでは、資金の流出入は四半期に一回だけに限定されているのが通常で、キャッシュ比率の管理は比較的容易である。
 また株式市場が大きく下落している局面では、極端にキャッシュ比率を高めることで、超過収益を上げているヘッジ・ファンドも多い。投資信託でも、キャッシュ比率を高めることに関し、法的な規制はないようだが、実際は、10%以下のキャッシュポジションにとどめている例が多いようだ。ベンチマークからの乖離を考慮しなくてはならない投資信託のファンドマネジャーにとっては当然の行動と言える。

 更に言うと、投信の運用は、多かれ少なかれ、似たような運用に陥っている。これは、ファンドのアナリストという人達がいて、色々な圧力をかけている結果でもある。

 すなわち、多くの社内アナリストを雇い、時価総額の大きい会社を中心に深い調査を行い、議論を尽くし、ある程度、納得した上で投資判断を行う。ただ、こうした意思決定は、市場の動きに遅れることがしばしばある。いくら優秀な人材を集めても、多数決で意思決定するアプローチは運用の世界では、有効ではないと思う。この点、ヘッジ・ファンドは、小人数で意思決定するしくみになっている会社が多い。こうしたアプローチの違いも、特に、最近のように投資環境が大きく変わるときは、パフォーマンスの差につながる。

裁定は大型ファンドに向かない
 
 2000年3月には、ジュリアン・ロバートソン率いるマクロ型ヘッジファンド(タイガー)が解散したり、4月にはソロスのクォンタムが規模縮小、グローバル・マクロ・スタイルでの運用を停止するといった動きがあった。ヘッジ・ファンドの世界では、効率的な運用を行う上で適正な規模があるように思われる。クォンタムは、ピーク時200億ドルを超える資産規模だった。ソロスは、ファンド規模が30-80億ドルなら運用不振には陥らなかっただろうと発言している。株式ヘッジ型、CBアービトラージ型、ロング・ショート型といった運用スタイルでは、収益の源泉は、市場のゆがみの裁定を狙うところにある。大きなファンドでは、自らの注文で市場価格を変動させ、裁定の機会を失ってしまう。また、借株をするにも限界があり、規模が大きくなるほど、対応が難しくなる。


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