★揺れる


「あら、似合わないもの持ってるじゃない?」

キッチンに入ると書き物をしていたナミが言った。
そう声をかけられて、初めて気づいたように自分の手を見る。
そこには小さな一輪の白い花。

「あ‥‥」
「私にくれるの?」
「‥‥」
「誰のために摘んできたの?」
「いや‥‥」

理由などない。持っていることすら忘れていたのだ。


散歩に出たら海を見おろせる小高い丘に辿り着いた。
登りきると、夏の海風が緑の草原を波打たせて心地良かった。
背を預けるのにちょうどいい木を見つけ、 腰を降ろそうとして小さな白いものに気づいた。
それは少しだけ背の高い、細い細い茎に支えられた小さな花。
なぜか一輪だけそこにあって、風にその身を任せていた。
ゆらりゆらり揺れる白い花。

なぜ?

何を思ったわけではない。何を考えたわけでもない。
手にした花を見つめてみても、思い浮かぶものは何もない。
きっと眺めているうちに、何げに手折ってきてしまっただけなのだ。


なによ。ひとりで物思いに耽っちゃって‥‥
花を手にしたまま固まっているゾロを見上げてナミは思う。

サンジくんなら一もニもなくこう言うわ、
『ナミっすわぁ〜ん、貴女のために摘んできました〜♪』
チョッパーなら『エヘヘ、カワイイだろ。ナミにあげる!』って。
そしてお礼を言うと『べ、べ、別にお礼なんか言われたかねェぞ、コノヤロー!』って照れるのよね。
ウソップだって、その気がなかったとしても欲しいって言えば
『お?‥‥おぅっ!ウソップさまの摘んだ花は素晴らしいだろー!』 な〜んて言いながら差し出すわよねー


‥‥ なのにコイツったら。


あ。

‥‥ルフィはちょっと違うかも。 うん。
『欲しいのか? んー...やっぱヤダ!』とか言いそうよねぇ。
アイツは子供みたいなトコあるから。


でもコイツは。


花を見つめたまま動かないゾロを見つめる。 端正な横顔からはその心を読み取れない。
つと手を伸ばして、花を持つゾロの手首を掴んだ。 そして———



その指に噛み付いた。



ゾロは瞬間ビクッとしたが、手を引こうとはしなかった。
「何‥‥やってんだ?」
「ふぁみふいへるの」
噛み付いてると言ったつもりだが、不明瞭な発音になってしまった。
「‥‥痛ェんだが?」
「いらいようにやっへるんらも〜ん」

口に物を入れたまま喋らないようにって、小さい頃何度も叱られたっけ。
可笑しな物言いになっちゃうからってのも、たぶんその理由のひとつだわよね。

「花、やらなかったから怒ってンのか?」

見上げると、言葉の割に全く悪びれないゾロの眼があった。
くすりと笑って指を離す。
「そんなんじゃないわ。アンタはどー間違っても、花をくれるタイプじゃないもの。」
「じゃなんで‥‥」
答えずにノートとペンをまとめて腕に抱え、立ち上がる。
ドアを開けてこの空間を出る一歩手前で立ち止まり、振り返る。

「噛みたかっただけよ」
ニッと笑って一言投げる。

その一言がアイツを悩ませるのは、ほんの数秒だとは知っているけど。


「De ja Vu」管理人のピアスさまの作品「ナミのお誕生日SS」です。
最後の所『ニッと笑って一言投げる。』ここ!良いです!!
ナミちゃん独特のあのスマイル(ちょっとイジメチャおっかな〜などなど含まれた表情)+
ゾロ様の「?」という普通?の表情
こういう表現というかセリフ、今までのピアス様の作品の中では一番
大人テイストが入ってドキドキしてしまいますです。

ピアス様、何時もすいません。有難うございました。

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