第2話 夏の足音


  ガラガラガラガラ
  「あや、何してんだ?」
  「ラムネのぼーる、とりたいの」
  「ラムネのぼーる?」
  「うん、ラムネのぼーる」
  女の子の手に握られいているのは空になったラムネの瓶。
  ラムネの瓶の中に入っているビー玉が入っている。
  「なんだ、ビー玉ほしいのか?」
  「ビー玉っていうんだ・・・あや、このビー玉ほしい」
  ガラガラガラガラ。
  女の子はビー玉を取る為に空になったラムネの瓶を振っている。
  でも中の突起物に引っかかっていてビー玉が取れない。
  「ゆーじくん、このビー玉とれないの?」
  「このビー玉、ほしいのか?」
  こくん。
  「ならラムネのびん、かせよ」
  「うん」
  女の子は男の子にラムネの瓶を渡す。
  「はなれてろよ、あぶないから」
  「なんで?」
  女の子はどうやってラムネの瓶からビー玉を取り出すのか興味津々だった。
  「いいから・・・・こっちにこい」
  男の子は女の子の手を握り、自分の方へ引き寄せる。
  「いたいよ、ゆーじ君」
  「ここでじっとしてろよ」
  と言った瞬間、ラムネの瓶を投げつけた。
  パリーン。
  「あぶないからここでまってろ、おれが言いっていうまでぜったいうごくなよ」
  「う・・・うん」
  先ほどとは違って怖い表情する男の子に、女の子はただ頷くだけだった。
  男の子は粉々になったラムネの瓶を漁っている。
  しばらくして、男の子が女の子の元へやって来た。
  「とれたぞ」
  男の子の掌にはあるのは水色のビー玉。
  「うわぁ・・・ありがとね、ゆーじ君」
  「いいよ・・・それくらい」
  ふるふる
  「あや、このビー玉、ずっとたいせつにするから」
  女の子はいつまでもビー玉を見つめていた。
  「ゆーじ、あんたはまたラムネの瓶、割ったでしょ?」
  「あっ、おかあさん」
  「もうやらないって約束したでしょ?なのになんであんたは約束破るの」
  「ごねんなさい」
  この後は、ラムネを買ってもらえなかったんだっけ?
  これに似たようなこと、俺もやったな。
  確か・・・まだあいつがいた時だったよな。
  あいつ・・・元気でやってるかな。

  キンコンカンコン キンコンカンコン。
  「それでは今日はこれまで」
  世界史の田野倉が教室を出ていく。
  本日最後の授業が終わり。
  クラスメイトが続々と教室を出て行く。
  それで俺はというと・・・・。

  ゆさゆさ・・・ゆさゆさ。
  誰かが俺をゆすってる。
  知らないウチに寝てしまったみたいだ。
  既に目は覚めているけど、この揺れが気持ちがいいのでじっとしている。
  春から初夏に移りつつある6月の上旬。
  太陽の光が差し込む窓際で後ろから2番目の席は居眠りするにはちょうどいい。
  ゆさゆさ・・・ゆさゆさ。
  「あれ?千堂はまた寝てるのか?」
  「あ・・・・はい」
  どうやら俺を揺すっているのは長谷部さんのようだ。
  ゆさゆさ・・ゆさゆさ。
  「しょうがないなぁ・・・長谷部さん、俺がやるよ」
  おいおい、勝手に代わるなよ。
  などと思っていたら・・・・。
  ゆっさゆっさゆっさゆっさ。
  心地いい揺れが激震に変わった。
  そろそろ起きるか・・・。
  「ん・・ん・・・・あれ、どうした不破?」
  「とっくに授業終ったぞ」
  「そか・・・寝ちまったか」
  俺を起こしたのは不和大輔。
  野球部の主将で高校生活最後の試合に向けて毎日頑張っている。
  「長谷部さん、お前を起こそうとしても全然起きないから困ってたぞ」
  「え、マジ?」
  ふるふるふるふる。
  彼女は首を横に振る。
  「長谷部さん、困ってないって」
  「お前、もう少し気を使えよ」
  「それはいいけど、そろそろ部活始まる時間だろ?キャプテンが遅刻していいのか?」
  時計の針は4時を指していた。
  「やべぇ、それじゃ」
  「さよう・・なら・・・」
  「部活頑張れよ」
  不破が急いで教室から出て行く。
  最初は探り合いみたいな感じでクラスメイトと接していたが、今ではすっかり馴染めている。
  「俺はもう帰るけど・・・・長谷部さんはどうする?」
  「私も・・・・帰ります」
  「それじゃ途中まで帰ろうか?」
  「は・・・はい」

  校門を出て、駅前までの坂道を歩いていく。
  「長谷部さんは・・・帰りは電車?」
  「はい・・・・」
  「そっか・・・なら駅までいっしょだな」
  6月に入り、制服も衣替え。
  俺の横を歩く彼女は夏用のセーラー服。
  膝下のスカートに白の靴下。
  学校指定の黒のローファー。
  ここまで校則を守っているのはおそらく彼女くらいだろう。
  「あの・・・・」
  「何?」
  「どうか・・・・しましたか?」
  「どうかって?」
  「私の事・・・・見てたから」
  「えっと・・・気のせいだと思う」
  彼女は気付いていたらしい。
  余り突っ込まれたくなかったので話題を変えておこう。
  「あのさ」
  「はい・・・」
  「さっきはありがとな、起こしてくれて」
  長谷部さんに礼を言う。
  ふるふる。
  「そんなこと・・・・ないです」
  「でも長谷部さんが起してくれなかったら、また掃除当番に叩き起こされるところだった」
  この前、寝ている所を掃除当番に箒で思いっきり背中を叩かれたことがあった。
  「ほんと・・・ですか?」
  「だから、ありがとな」
  「は・・・はい」
  今度は否定することもなく受け入れてくれた。
  受け入れてくれた方が俺としても嬉しい。
  「そういえば、長谷部さんは何部だった?」
  「部活・・・ですか?」
  「絵、描くのうまいから美術部に入ってると思って」
  こみパ会場で知り合った事もあってか挨拶ぐらいはする。
  でも俺は休みの時間は寝てるか男友達と他愛もない話をしている。
  彼女はひたすら読書だ。
  彼女と一緒に帰るのも初めてだし、話をするのもこみパで会った時以来だ。
  「入ってない・・・・です」
  「受験勉強とかで辞めたの?」
  俺達は高校3年生。
  進学校でも私学の付属校でもない県立の高校。
  大学を受験する人間は2年生で引退、3年生で部活をやっているのは専門か就職組がほとんどである。
  「こみパの原稿・・・描きたいから・・・入ってないの」
  あれだけの話を書くとなるとさすがに部活動はとてもできないだろうな。
  などと話をしている間に駅前まで来てしまった。
  駅前まで来てしまったことを遮断機の音で気付く。
  駅前と言っても回りは民家があるだけで、木造の小さな駅舎だけの無人駅。
  「電車、行っちゃったか」
  ちょうど浜倉へ向かう電車が出て行ったところだった。
  俺達は無人の改札を抜けてホームにあるベンチに腰を下ろす。
  そして彼女も隣に座る。
  ここは代々森と浜倉を結ぶ三ノ島電鉄の沖浜高校前駅。
  典型的なローカル線の駅である。
  しかし沿線沿いには有名な観光地がたくさんあるので、地元の人間以外の人も使うことが多い。
  またこの駅周辺は県道と海に面していて景色がいいこともあって、撮影のロケも行われたりする。
  「長谷部さんはどこまで乗っていくの?」
  「沖浜海岸・・・・まで」
  沖浜海岸は代々森へ向かう電車に乗り、ここから2つ離れた駅で近くに海岸がある。
  都心から近いこともあって夏は海水浴、夏以外はマリンスポーツで賑わう。
  「千堂・・・・君は?」
  「俺は藤島だけど」
  藤島は浜倉へ向かう電車に乗り、ここから3つ離れた駅。
  こちらは閑静な住宅街で緑が多く昔から住んでいる人が多い。
  「藤島・・・・ですか」
  「藤島だけど・・・・どうかした?」
  ふるふる。
  「何でも・・・・ないです」
  「なら良いんだけど」
  彼女は俯いてしまった。
  「長谷部さん?」
  彼女は相変わらず俯いたままだ。
  なぜ彼女が俯いてしまったのか僕には分からなかった。
  更に沈黙が続く。
  聞こえるのは県道を走る車と波の音だけだ。
  カンカンカンカンカンカンカンカン。
  静寂を破ったのは遮断機の音。
  俺はベンチから立ち上がり電車が見えるところまで移動する。
  こげ茶色とクリーム色のツートンカラーの代々森へ向かう電車が駅に向かってくる。
  「電車、来たよ」
  彼女はまだベンチに座ったままだった。
  俺が手を差し伸べるとようやくようやくベンチから立ち上げる。
  しかし彼女の表情はどこか悲しげだった。
  そしてホームに到着した電車に彼女が乗り込む。
  「それじゃ、また明日」
  「さよう・・・なら」
  ドアが閉まり、彼女を乗せた電車はホームから出て行く。
  その時も彼女は俯いたままで俺を見ることはなかった。
  そして県道を走る車と波の音だけが辺りを包む。
  俺の中で引っかかっていることがある。
  なぜ藤島の地名を出した時になぜか彼女は寂しそうな表情をしたのか?
  その事だけが引っかかっていた。

  次の日のこと。
  俺は用事で代々森まで来ていた。
  用事を終え、本屋でしばらく立ち読みをして、店を出ようとした時。
  くいっくいっ。
  誰が袖を引っ張る。
  3時間も立ち読みしてたのがそんなに怪しかったのだろうか?
  こんなところで引き止めるのは店員くらいなのもだ。
  「俺、万引きなんてしてませんよ?」
  と言って振り向いたら、店員ではなく見覚えのある顔だった。
  「千堂・・・君」
  「長谷部さん」
  長袖のブラウスにピンクのスカート。
  腰まである髪は黄色のリボンで巻きつけるように結んでいる。
  「こん・・・・にちは・・・・」
  「買い物?」
  「欲しい本が・・・あったから」
  腕には数冊の本を抱えている。
  「あの・・・・」
  「何?」
  「よかったら・・・・」
  「よかったら?」
  「・・・・・・・」
  「長谷部さん?」
  なぜか彼女は俯いてしまった。
  でも俺を呼び止めるくらいだから何かあるんだろう。
  見たところ彼女も帰るみたいだし・・・。
  「俺はもう帰るけど・・・・買い物が終ってるんなら一緒に帰るか?」
  こくん。

  駅までの帰り道。
  商店街のアーケードの夏一色だ。
  特にファッション関係のお店は最新の浴衣や水着がずらりと揃えてある。
  くいっくいっ。
  彼女が袖を引っ張る。
  「あの・・・・・」
  「何?」
  彼女が急に立ち止まる。
  「少し・・・・待っててください」
  「ん?」
  「欲しい・・・・CDがあるの」
  立ち止まったのはちょうどCDショップの前だった。
  「行ってきなよ、ここで待ってるから」
  そう言うと彼女はぺこりと頭を下げ、CDショップへ消えていった。
  そして数分後、彼女が戻ってきた。
  「ありがとう・・・ございます」
  再び頭を下げる。
  「別にいいって、それじゃ行くよ」
  「はい」
  再び駅に向かって歩き出す。
  「誰のCDを買ったの?」
  彼女がどんな音楽を聞くのか、興味があったので聞いてみる。
  「劇団の・・・・・サントラ集」
  「もしかして・・・オルゴールマジックのサントラ?」
  「知って・・・・いるんですか?」
  長谷部さんが買ったのは劇団オルゴールマジックが過去の作品で使われた曲を集めたCD。
  劇団オルゴールマジックは、関東を中心に演劇活動している。
  大人気のアイドル声優「桜井あさひ」が練習生として所属していた劇団と言うことでも有名である。
  俺もこのCDも持っているが、俺のクラスでこのCDを買う人が他にいると思わなかった。
  通常なら劇場か通販でしか販売しない。
  だがCDショップのオーナーと劇団の代表が大親友ということで特別にCDを置いているのだ。
  「この劇団、好きなの?」
  「小さい時から・・・・見てたから」
  控えめではあるが嬉しそうな表情をしなから彼女が言う。
  こんな表情をする彼女を見るのは初めてだ。
  「なら俺と同じだね」
  「ほんと・・・・ですか?」
  「昔の事だけどね・・・・」

  今から11年前。
  俺がまだ小学校1年の頃。
  当時、仲の良かった女の子に誘われたのが事の始まり。
  最初は断ったんだけど最後は彼女の熱意に負けて見に行った。
  舞台なんて面白くないと思っていたが、俺も知らないウチに夢中になって見ていた。
  それから俺はこの劇団の芝居を見るようになった。
  でもその女の子と見たのはその時が最初で最後だった。
  その子が家庭の事情で転校してしまったからだ。

  「まぁ、その子がいなかったら見てなかったけどね」
  と俺が話していると・・・。
  くいっ。
  気付くと彼女は俺の袖を握っている。
  いつもなら軽く引っ張る程度に袖を掴むのだが今回のは違う。
  「ぐいっ」と僅かではあるが袖を引っ張る力が入っている。
  いつもとは違う僅かな力が俺に違和感を与える。
  「・・・・長谷部さん?」
  彼女が俺の袖を引っ張ったまま動こうとしない。
  「私も・・・引っ越す前に・・・・見に行ったの」
  そして・・・。
  「裕二君と・・・いっしょに・・・・見たの」
  「え?」
  それは思いもしない言葉だった。
  「・・・・私・・・・です」
  「その時に女の子・・・・私です」
  確かにその子の名前も「あや」だ。
  でも当時を思わせるものが何もないので信じる事ができなかった。
  「だって・・・・長谷部さんは沖浜だろ?俺はずっと藤島に居たんだぜ?」
  ふるふる。
  「お父さんが亡くなるまで・・・・藤島に居たの」
  そしてカバンからある物を取り出す。
  「ゆーじ君から・・・・貰ったの」
  掌には水色の小さなビー玉。
  俺はそのビー玉を過去に1回だけ見たことがある。
  「これってさ・・・ラムネの瓶に入っていたビー玉だよな?」
  こくん。
  間違いなく彼女だ。
  俺が小学校1年の時に最初に友達になった「長谷部彩」だ。
  11年振りの再会は突然やってきた。
  もうすぐやってくる夏の足音と共に・・・・。



  第2話 END


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