第1話 春風と共に


  「はぁ・・・携帯使えないのか」
  ここは有明の東京ビックサイト
  今日は同人誌即売会という「趣味で描いた漫画を販売する」イベントが行われている
  さっきまで和樹兄ちゃんこと従兄弟の千堂和樹と
  和樹兄ちゃんの友人の高瀬瑞希さんと一緒にいたのだが・・・・
  ついでに言えば、和樹兄ちゃんにとっては悪友であり
  僕にとっては演劇部の先輩である九品仏大志も一緒にいたのだが
  彼は真っ先に人込みの中に消えてしまった
  携帯が持つならがないのでは和樹兄ちゃん達をとても見つけることはできない
  「・・・・しょうがない、適当にうろつくか」
  目の前にはとても横切る事ができない人の波
  とりあえず人の流れに任せて進む事にする

  「そこの人、走らないで下さい」
  「この列の最後尾はこちらではありません、最後尾はこの列の後ろになります」
  スタッフの人だろうか、テキパキと場内整理をしている
  整理と言っても全部を仕切ってるのではない
  混雑している所を重点に整理してる
  「あの・・・何かお困りですか?」
  「えっ?」
  「違うんですか?私の顔を見ているものだからてっきり・・・」
  見ていると安らぐ、優しい微笑をする眼鏡を掛けたお姉さん
  いきなり声を掛けられたので動揺してしまう
  「あっ、あの・・・今日初めて来たんだけど・・・ここって何があるんですか?」
  誤魔化しきれないので正直に質問する
  「ここはギャルゲー、カードマスターピーチに創作もありますよ」
  極当たり前であろう質問でも嫌な顔せずに答えてた
  「助かりました、ありがとうございます」
  「気をつけてくださいね」
  正直言って焦った
  まかさ声を掛けてくるとは思ってもいなかった
  とにかくこの場から離れよう
  その事だけ考えていてどこに行こうかなんて考えてもいなかった
  通れそうな所をひたすら歩いていたらさっきよりかは人が少ないところへ来ていた
  「ここは落ち着いてるなぁ」
  さっきとは違ってここだけのんびりとしたペースで時間が進んでる
  のんびりと言ってもそこそこの人はいて、それなりに賑やかだったりする
  今まで人込みで気付かなかったがどの机にいくつかの本が置いてある
  どれも見たことのない絵ばっかりだ
  これがお姉さんが言ってた「創作」だろうか?
  そんなことを思いながら歩いていると1ヵ所だけやけに人の少ないところがある
  机の上に本が山積みになっている
  「月読」と書かれた本はやけに暗く
  先ほどまであった本とは一変する
  この本を描いた人だろうか
  ワインレッドの長袖にピンクのスカート
  長い髪を黄色のリボンで束ねている
  俯いたままの表情がやけに寂しく感じる
  「あの・・・・」
  僕は思わず声を掛けていた
  だが彼女から返事がない
  トントントン
  軽く肩を叩いてみる
  「・・・・・・・・・・・え?」
  僕に気付いてようやく顔を上げる
  「ちょっと・・・読ませてもらってもいいかな?」
  「月読」と書かれた本を手に取る
  「・・・・え」
  彼女は最初は戸惑っていたが
  「ど・・・どうぞ」
  少し遠慮がちの返事
  僕は「月読」を読ませてもらう事にした
  しかし・・・「読んでもいい?」と尋ねてはみたが・・・
  その表紙は他の本と違って重い
  本の重さでなく・・・・雰囲気が
  「この本を読まないでください」
  本が語り掛けそうなくらいに圧迫感があった
  確かに主人公もヒロインもよく描けている
  ただ余りにも細かく描かれていて美術の教科書かと思える
  それでいて黒で塗りつぶしている部分が多いから余計に重っくるしい感じを与える
  でも・・・実のところ会場に入ってからまだ同人誌を読んでいない
  知識としての同人誌は知っていたが現物を手に取るのは初めてだ
  他のところはそこそこの人だかりでゆっくり読むことは出来ないようだ
  せっかくだし・・・とりあえず表紙を開いてみる
  表紙同様にリアルで細かい絵
  ・・・なにか美術の教科書を見てるようだ
  だがここから僕の印象が一変する
  それはストーリーがすごく惹かれるものだったからだ
  話はある鶴の一族の姫が主人公らしい
  鶴の恩返しを元にした話だろうか・・・
  鶴の一族の姫と元剣士の男の話

  姫は盗賊に追われていたところを偶然通りかかった男によって助けたれた
  男の勧めもあって姫は使いの者が来るまで男の元で暮らすことになった
  姫は盗賊から助けてくれた恩返しをしようと男のために織物を作ろうと考えた
  男が寝静まった後・・・まず鶴の一族の力で糸を作り出す
  一族の力は長い時間行うと自分の命を削る事になるし
  男に気付かれる可能性もある
  一日にできるのは僅かな時間
  糸が足りなくなると作っては折り、また足りないと糸を作っての繰り返し
  でも着実に完成に近づいていた
  男と出会ってから1年たったころ・・・
  「これで・・・・やっと完成だわ」
  最後の作業に取り掛かろうとした時
  突然、地面が揺れだした
  揺れに気付いた男が起きてきて、姫を抱き寄せる
  しばらくして揺れが収まった
  「おいっ!大丈夫かって・・・・おい・・・」
  男は姫を抱きしめていると思っていた
  ・・・しかし、自分の腕の中にいるのは姫ではなく鶴
  状況が飲み込めない男が腕の力を緩めた瞬間、鶴は空へ羽ばたいて行ってしまった
  あと少しで完成する織物を残して
  「本当の姿を見られてしまってはもうあの人の側にはいることが出来ない」
  姫は二度と地球に帰ることはなく月に帰ったも自分の部屋から出る事なかった
  そして・・・病で命を失う
  男はその後、姫を探す旅に出るが盗賊に襲われて命を失う

  永遠に適うことのなかった恋の話である
  見た感じ俺と同じ高校生
  よくこんなこった話しが掛けるものだと関心してしまう
  愛し合ってはいたが・・・結ばれる事なく終わってしまった恋の話
  この二人の心の痛さがいやとなく伝わってくる
  くいっ・・・・くいっ
  「ん?」
  誰かが袖を引っ張る
  袖を引っ張っていたのはこの本を描いた彼女だ
  「あの・・・・どう・・・・・・ですか?」
  「え?」
  「この本・・・・どう・・・・ですか?」
  ちょっと自信なさげといった表情をしている
  「あ・・・あぁ・・・・すごくよかったよ」
  お世辞ではない
  絵をかなり圧迫感があるが
  「ほんと・・・ですか?」
  「うん、これだけの話しが良く作れるなぁって感心するくらいだよ」
  「そんなこと・・・・ない・・・です」
  彼女は俯いてしまった
  しばらくの沈黙が続く
  とにかく会話が続かない
  とにかく話を切りだそう
  「この本・・・・いくらかな?」
  「・・・・・え」
  僅かかであるが彼女が驚いた表情をした
  「だから・・・・この本、一冊いくらかな?」
  手に取っていたのはさっき読んだ「月読」だ
  僕が本を買うとは思ってなかったのだろうか?
  ただ僕にとってはすごくよかったと思えた
  「に・・・・200円」
  財布からお金を取り出し、彼女に渡す
  「ありがとう・・・ございます」
  「また今度来るよ、新しい本ができたら読ませてね」
  「は・・・・はい」
  「それじゃ、そろそろ行くね」
  「あ・・・ありがとう・・・ございます」
  僕はその場をあとにする

  しばらくして和樹兄ちゃんとなんとか合流する事ができた
  瑞希さんは途中で怒って帰ってしまったそうだ

  家に帰った後、あの本を再び読み直していた
  何度も読み返していたら最後に文字だけのページが現れた
  漫画のページばかり読んでいてそこには全く気付かなかった
  そこには作者の名前が書いてある


  長谷部 彩


  「はせべ・・・あや?」   この名前に憶えがあった
  僕が小学校の1年の時に席が隣だった
  活発でショートヘアが似合う子で1番初めに仲良くなったのが彼女だった
  家も近くでよく遊んだりもした
  クラスの中で1番中が良かった
  でも2学期なってからお父さんが亡くなってしまい・・・
  すぐに引っ越してしまった
  それ以来その子には会ってない
  仲がよかっただけに彼女の引越しはショックだった
  恋愛とか理解できないころの話だったけど・・・・
  「まさかあの子だったりしないよな?」
  そんなことを思いつつも明日から始まる新学期に備えて眠りについた


  「おっす」
  「またお前と同じクラスかよ」
  「悪かったな、藤田はいなのか?」 
  「アイツはC組だよ」
  「あっ!千堂君も同じクラスなんだ」
  新しい教室に入るなり声を掛けてきたのは去年も同じクラスだった連中だ
  1学期の最初のイベント
  クラス換え
  新しいクラスには去年も同じクラスで仲がいいヤツが何人かいた
  別に嫌いなヤツがいる訳ではないけど
  まぁ・・・・仲がいいヤツは多いことにこしたことはない
  見た感じいい感じのクラスだし
  黒板を見ると既に自分の席の場所が書かれてあった
  「おっ!なかなかいい場所だな」
  窓際の後ろから2番目
  居眠りにはもってこいの場所だ
  「いいなぁ・・・俺と変わってくれよ?」
  「1番前の席なんてごめんだね」
  友人の冗談交じりの頼みを断って自分の席に向かう
  新しいクラスは最上階の教室
  最上階と言っても3階だが俺の高校は丘の上にある
  そのため、窓からの見晴らしがよく、近くも海も見える
  校庭の様子も手に捕るようにわかる
  これならちょっとは退屈せずに済みそうだ
  ただ1つ残念なのは回りのせきには誰も知ってるやつがいなかった
  居眠り中に起こしてもらえないのが残念だ
  前の席のヤツは既に熟睡モード
  後ろのヤツはまだ教室に着てないようだ
  隣の席の子は何やら小説を読んでいる
  長い髪がとても奇麗だ
  ・・・ぱら
  彼女が読んでた本から何かが床に落ちる
  おそらく本に挟んであったしおりだろう
  ひらひらと舞うしおりは僕の椅子の下に落ちた
  僕はしおりを拾って
  「しおり、落ちたよ」
  しおりが落ちたことに気付き、ふとこちらを向く
  「あ・・・」
  その顔には見覚えがあった
  そこに座っていたのはこみパ会場で会った彼女だった



  1話 END


こころのアルバムへ戻る