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 [CHAOS HERO’S] SERIES 1



 1

 雲が紫色の絨毯の様に眼下に広がっている。くるりと体を仰向けにすると、吸い込まれそうな巨大な青白い光源がそこにある。
 夥しい星々が視界の全てでキラキラと輝いていた。
 碇シンジは、雲の上に着地した。あたかもそこが地面であるかのように、身を横たえたまま、天空に目を向ける。この紫色の絨毯に酷似した空を漂う雲の真下は、じっとりと汗濡れになる夏の寝苦しい空間が詰っており、それは今は完全に彼を切り離していた。
 しん、とした静寂を風が切る音だけがシンジの耳に聞こえる。シンジはゆっくりと瞑目し、その音に耳を澄ませた。微笑が口元に現れる。不思議な事に彼の着衣は激しい風の音にもなびく事は無い。シンジの周りに膜のような、風を遮る様な力の働きがあるようだった。
 そこは本来ならば、このような事は場違いそのものである筈だった。地上2000メートルの上空である。その場に、翼もなく、ただ自宅の居間の絨毯に寝そべるように仰臥する少年は異様だった。Tシャツに単パンという服装も馬鹿げていた。
 シンジはまた目蓋を開き、月を見た。ざわざわとした力が漲って来る。過剰な横溢感に押し出されるかのように、飛ばなくてはならない。まるで、深夜騒音公害を巻き散らしながら市内を走り回る暴走族の様になったようだ・・・。
 体の芯から漲りつづけるその何等かの力は、シンジを軽度の躁病に駆り立てる。
 シンジはもっとも速いジェット機の何倍もの速度で、空を駆けた。シンジはあらゆるしがらみが途絶したような、身も世も無い開放感に咆哮する。風を切るのにその速度からか、繭上に青白く発光したまま流れ星のように駆け抜けて行った。


 2

 2015年。
 第三新東京市は使徒迎撃を目的にした要塞都市である。しかし、例えその全ての科学力を結集させた都市であっても天気、その猛暑には諸手をあげて降参しなくてはいけない。
 15年前の、ノストラダムスの予言した様な度外れの災害・・・セカンドインパクトにより、地軸が傾き、日本から四季を滅っせられた。それは万年夏といえる焼け付くような猛暑が常の状態へと変貌を来したのだ。未だ完成を見ない兵装ビルが作る影に、忙しなく手に持った団扇を動かして顔に頼りない涼気を求めながら、葛城ミサトはどうしようもない熱射へせめてもの愚痴を漏らしつづけていた。それだけならば、どこにでもある光景であり珍しくも無い筈であるのだが、彼女はそれを許さなかった。葛城ミサトは特務機関NERVの作戦部長である。瓦礫と土砂の広がった地面を横目で見ながら嘆息した。長い黒髪が頬に吸い付き、それが気に障るのだ。彼女はトラックに身をもたれ掛ける。そのトラックの助手席には、鮮やかな金髪の女性が座っていた。白衣を着たその女性は、厳しい目を玲瓏として瓦礫へ向けていた。底光りするような冷厳さがそこにあった。彼女は赤木リツコといった。
「レイは・・・どうしてる?」
 気の抜けた声を装ったミサトは、その中に震えが混じっている事に気付き、小さく首を振った。
「言った通りよ、命は取り留めたわ」
 酷く客観的な見方は赤木リツコ特有のものだった。恐ろしく冷徹に見つめ、自らの中の甘さをけして許さない透徹した客観性は無類だった。私情を挟む余地のなさは、冷酷そのものであるとミサトは思った。
「そういう事じゃなくて!パイロットが居なかったら!でも、次に使徒が来たらどうするのか。
 エヴァ無しで対抗できないんじゃ、こんな兵装ビル何本建っても意味ないじゃない」
 ミサトは疲れたようにしわがれた声だった。うつむく肩が揺れる。
「・・・ゴメン、リツコに言ったってどうしようもないって解ってるのよ」
 作戦部長が聞いて呆れるわ・・・結局、子供に頼るしか無いなんて。子供じゃ無くて、手駒の無さへの不安の方が強いだなんて!」
 長い髪を振り乱しミサトは拳を握り締めた。震えて血のにじむような拳をリツコは冷めたように見つめ、ほぅ、と息を漏らす。
「ミサト・・・しっかりしなさい。先行きが暗いのは解りきったことじゃないの。悲観的な事を喚くのは似合わないわね。あなたは能天気なのが、一番。そうでしょ?
 レイだって、昨日の事くらいは予想していた範囲内だわ。あの子は、それでも職務を果たした・・・怪我は負ったかも知れないけど、回復の目処が立たないわけじゃないわ。如何に使徒が正体不明の存在で、無類の敵だったとしても、無敵じゃないのよ。兵装ビルだって、後少しで完成するし、これからがあなたの力を発揮する見せ場じゃない」
 それは、極めて楽観的過ぎる、言わば「らしくない」言葉である事は、リツコ自身、解りきるほどに理解していた。しかし、見るに見かねたのだった。自分の中のそんな情緒的な動きに自分で目を見張ったほどだ。まだ、そんな事を感じる事ができるのか、と。
 その中で、「らしくなく」昂ぶって来た気を静めようと、メンソールのシガレットに火を着け、吸い込む。彼女はゆっくりとした酩酊に囚われる。ここで、ミサトを鼓舞する事は有益に働くと判断した。らしくなさは透徹した二重の向こうが覗きこむ。・・・それが微笑んでいる。らしくない・・・か。
 ミサトは欠けてはならない存在では無かったが、その才能は認めていた。使徒迎撃という、固定観念に囚われない異様な敵性体への迎撃作戦指揮は、ミサト以外には不可能であると信じているほどだった。
 不思議な事に、リツコの中ではミサトはそういう存在なのだ。
「セカンドチルドレンの移送が決まったわ。来週には本部に来ている筈よ」
「セカンドって、アスカ?惣流アスカ・ラングレー?」
 オウム返しに見返す、ミサトの目にリツコは肯く。見る間に元気になるミサトに、リツコは苦笑をした。
 ホントに現金ね。と、リツコは思う。この単純さは、しかし愚鈍さとは無縁である事も良く知っているつもりだ。如何に普段がだらしなく見えようとも、作戦本部の軸はミサトである事は明らかであり、そこにいるという存在感が頼もしいのだ。ミサトは、普段の通りしているべきだ。
「アスカが来る、かあ」
 言葉少なげに呟く、そのミサトの顔は、明らかに自信を取り戻し、つい先程奔騰した不安の影は残照を僅かに遺したとはいえ、拭い去る事はできたと、思わずリツコはビールを投げやった。ミサトは片手で鮮やかに受け取り、何の気無しに口をつける。職務中だと言う事をわかっているのだろうか。と、リツコは思い。それを促したのが自分である事に苦笑する。
 あの羨ましいまでの能天気さ、不敵さをミサトに取り戻さなくてはいけないという強迫じみた観念にとりつかれているみたいだ。
 リツコはそうなのだろうと思わずには居られなかった。リツコの聡明さは自分が如何にこの友人に心理的に頼っているのか解っているのだった。
「現在唯一の兵器としての運用に耐えるエヴァ弐号機よ。そして、そのパイロット。・・・今現在は、パイロットの負傷、零号機も修理の最中だけど、レイとアスカ、そして二体のエヴァがあれば本来ならば、世界の半分は楽に破壊できる力だわ」
「よくドイツ支部が手放したわね。ま、ここが落とされたら世界中例外無しに破滅だものね。でも、不思議に思うわ。巨大な戦力の集中だもの。
 でもこれで、何とかなるわ!防衛システムが完全動作して、レイ、アスカ二人が居れば!」
「期待しているわ」
 リツコは頬を緩めてミサトを眺めていた。


 3

 力を発散した後はハイレベルの高揚感が暫く続く。巨大な力の満ち満ちたような感覚は、シンジにはお馴染みのもので昨晩のように思う様飛び回った後は、焼き尽くさんばかりの力の残り香が体を賦活させつづける。一睡もしなくとも飛びぬけた活力で、何時間も睡眠を取るよりも体調が良い。良いどころではなく堪え難いまでに奔騰し続けるのだ。
 シンジは、騒然とした教室の中で、お馴染みの沸き立つようなエネルギーの奔騰に耐えかねていた。疲労するよりも遥かな始末の悪さである。自在に空を駆け回る事は、何にもまして素晴らしい事であったが、その後三日は続く賦活期に入ると、常に余剰のエネルギーの残留にもてあましてしまうのである。日常には全く不向きな状態で過さなくてはいけないからだった。ランナーズ・ハイのような一時的な物であるならば、耐えうる事はできるだろう、とシンジは冴え冴えとした目で窓の外を眺めた。
 己のこの状態は、こともあろうに三日は続くのだ。その間、ろくに発散も出来ぬまま悶々と長大なエネルギーの過ぎ去るのを待つのだ。まるで自分が細いパイプ、又はホースのようであり、どこからとも無く流れ走る巨大な水流に寄って漲り、膨れあがっているかのようであった。その間の例えようも無い開放感は筆舌しがたい魅力的なものだったが、水流が過ぎ去っても、拡大したパイプには未だかなりの水量が残りつづける。
 強い麻薬で、冴え渡ったような不自然な高まりが残留するのだ。
 現に、シンジは昨晩から未だ睡眠も取れない高揚感に包まれまったく疲労する事すらできない。それはある意味苦痛に似ていた。絶頂の瞬間が永遠に続くような魔的そのものだった。
 そういう時に限って、普段は取らない行動を取り、躁状態が過ぎ去った後、嫌悪感に捕われたりする。まるで自分が自分で無いかのようである。自分が思った事は何一つしようとしないくせに、心にも無い衝動的になる。
 シンジが空を飛べるというのは、絶対の秘密であった。これが元で、親しい友達を失った事があり、そして一人きりの肉親に捨てられたからだ。
 シンジにして見れば非常に不思議なことに他ならない。なぜなら、人は飛べるからだ。自分が持っているのは本来人間が持ち得る能力のひとつで、皆だってもっているに違いないありふれたもので、隠してしかるべき恥ずかしいものなのだ。しかし、どうしてみんなはその力を使おうとしないのだろうか。どうして恥ずかしがるんだろう。
 身体中が横溢し、漲る中で騒々しいキャイキャイとした雑然さにしばし驚く。ここは教室だったと、その頃になって思い出すのだった。
「例の化け物の事、聞いたか?」
 それが自分に向けられている質問である事に今更気付くほどだった。
「何が?」
 眼鏡をかけた、そばかすの残る顔が呆れたようになる。彼の名前は相田ケンスケだった。と、また何処かで思っている。まるで、シンジは自分が二人いるようだ。
「だから、化け物の事だよ。お前、知らないのか?いくらなんでもそれはないだろ。だって、非常事態警報で、朝までシェルターに入れられてただろう」
「あ、うん。勿論、僕もそうだったよ。それで、化け物って?」
「ホントに知らないのか!呆れたやつだな!」
 大袈裟なゼスチャーでケンスケは驚いた。
「だから、その非常事態が化け物のせいなんだよ。新聞やテレビじゃ、そんな事言ってないけどな。父さんがNERVに勤めてて、そこの極秘ファイルを覗いたんだ!
 あれは、間違いない!宇宙からの侵略者だよ!信じられるか?あの駅前のビルよりもでっかいんだぜ!それが、街に攻めて来たんだ!」
「ふーん、だったらもっと大騒ぎになってるんじゃないかな。駅前のビルよりもでっかいだなんて・・・」
「バカヤロウ!お前、俺を信用しないのかよ!学校中の・・・いや、街中、この話でもちきりさ。派手な爆発騒ぎがあったっていうのだって解んないさ。本当は、あの化け物が暴れたせいじゃないかと俺は思うね。
 だって、あの画像を見たらいくらお前だって信じるよ!そうだ、今日の帰りうちによれよ!特別の特別だぞ、見せてやるからさあ」
 生返事を返しながら、シンジはもう一人の彼の友人の事を思い出した。自分から、あまり進んで友達を作ろうとしないシンジに、不思議な事にできてしまった友人達である。忘れるなんて、どうかしている。と、もう一人のシンジが何処かで考えている。今、雨後いでいるシンジとは、隔壁のような物で区切られているように、表立っては動かない感情のような物だった。
「トウジは?今朝から、そう言えば見てないな。風邪かな?」
「おい、シンジ。そりゃあないだろう?トウジに失礼ってもんさ。トウジが風邪引くようになったら世の中おしまいだよ。おおかた、サボリじゃないのか?
 そうだ!ウチにトウジも呼ぼう。取って置きの取って置きなんだ!ほんとにみないと後悔するよ。何せ、A級の極秘情報だからな。化け物と・・・そしてだ。
 聞いて驚け!なんと、その化け物を・・・おっと!ここじゃ聞かれる可能性があるからな。何せ、俺も持ち出したらヤバイと思って学校に持って来る事さえはばかったんだ。
 ・・・まー、今日、家で見せてやるよ。興奮物だぜ!」
 気が乗らないなーと、暴れ続ける体の芯を押さえつけながらシンジは嘆息した。
 機会があれば、すかさずその体の中の渦巻くエネルギーは健在化しそうだった。まるで熱くたぎる小型の太陽が入り込んだ程の馬鹿げた、極めて破天荒な性質の暴力じみたしろものをシンジは後暫く、なだめつづけなくてはならないのだから。
 午後の授業が始まっていた。自分が、昼食を食べていない事に気付くが、それは大した問題ではなかった。この横溢した力がチャージされている間、食事も水程度しか受け付けられない。例えば、隣のほっそりとした山岸マユミの持って来た小さな小さな、親友のトウジからしてみればお猪口みたいな弁当箱のようなものでも、見ただけで胸焼けに襲われる。完全に、シンジは飽和状態に入っており、この間はあろう事食欲どころか性的刺激ですら受け付ける事はなくなる。シンジはうんざりとした。
 しかし、二日酔いの時にもう酒はこりごりだと思い、それが過ぎれば忘れ去ってしまい同じ事を繰り返すのと同様に、シンジもあの魅力的な空の散歩に再び向かうのだろうと、いささか自虐的な思いを噛み締める。
 おおよそ一ヶ月、月齢にあわせるように、その気持ちが昂ぶる事をシンジは経験していた。もう、居ても立ってもいられなくなるのである。
 喫煙の禁断症状のように落ち着かなくなり、盛り上がって来る横溢の期待感に浮き足立ち、ワクワクと胸が踊るのだ。
 今は、まだその残り火に身を焦がさんばかりになり、閉塞的な日常に押し込められたような不自由さで汲々として居る。満月の夜では、その光が雨雲で遮られていてさえ、浮き足立つような開放感に浸れるのである。その残り火の辛さを解っていてでさえ止められないのかもしれない。
 ちりちりと置き火で焼かれるような過剰さに焼かれていて出さえ、昨晩のような空の散歩は胸踊る躍動そのものと言えた。こんなに素晴らしい事はないんだ!と、シンジは立ち上がって叫びたい衝動に駆られた。
 シンジはふと、その空の散歩の最中に出会った少女の事を思い浮かべた。
 赤毛で、キラキラと光り輝くような、こんなに可愛い女の子がいるのか!と思えるほどの美少女だった。シンジが外国人を見慣れない事もある。何故か第三新東京市は、そのまえの箱根湯元の時代からしてもどうしたわけか外国人が少ない。かえって市になる前の方が、外人を見る事が多かったのではないかとシンジは思う。
 真夜中の大きな船の甲板で、シンジはその少女にであったのだ。
「ちょっとアンタ!」
 まだ、耳に残っているような鮮明さで、その声を思い浮かべる事が出来た。
「え!?」
 見られた!と、何処かまた分厚い意識の膜の遥か向こうで恐慌に捕われるが、表面上の生き生きと溢れ帰るような、光の塊のようなシンジは小揺るぎもしない。だから、どうした人が飛べるのは当たり前で、僕がその権利を行使する事はこれほどはないと言うほど正当なのだ。と、信じて疑っていないのだ。
「アンタ!・・・やっぱり日本人ね。顔を見て、ピンと来たわ。何やってんのよ。どこから潜り込んだのよ!逃げようったって無駄よ。
 ここであったが飛んで火にいる夏の虫よ!おりてきなさい!」
「心外だよ。降りろだなんて。僕は、当然の権利として飛ぶ事を神様に認められているんだ。この素晴らしい空の世界から降りろだなんて、およそ馬鹿げてる。
 ○チガイ沙汰だ!僕に降りろって言うんだったら、君だって飛んだら良いんだ。みんなそうやって我慢しているかもしれないけど、僕はごめんだね。今日みたいなわくわくするような満月の夜に飛ばないなんて常人のする事じゃないよ!」
「なんだってー!クソーいったいどんなトリックを使ってるのよ!人間が空なんか飛べるわけないでしょ!鳥じゃないのよ!」
 少女は地団駄を踏んで僕を指差す。勝ち気そうな瞳は怒りの波動を伴い、サーチライトのようにこうこうと輝いているようだった。
「だから、解らない人だな。人間が飛べるなんてあたりまえのことだろ。僕が知らないとでも思ってるの?皆、シャイ何だよ。恥ずかしがってお上品に飛行機に乗ったりしてるんだ。でも、本当は翼が無くても空くらい飛べるんだってね!知ってるんだ!」
「な、何よそれ!」
「君だって、スカートなんて履いてなかったら、スイスイと空を飛ぶに決まってるんだ。みんなどうしてそんなに恥ずかしがるのかな」
「あ、アンタ。何よ、まさか幽霊なんじゃないでしょうね?空を飛べるなんて、人間はいるわけないし第一非科学的じゃないの。手品なんでしょ?何とか言いなさいよ」
「酷いよ、死んでないのに幽霊扱い何て!」
「ええい!退散しなさい!さっさと、成仏しなかったら酷いんだから!アタシの弐号機でつぶしちゃうのよ!解ったらあの世に戻りなさいよ!悪霊退散だからぁ」
 少女は心底脅えていると、シンジは突如理解した。どうしてなのかは解らないが、とにかくいつも彼は、この力を見せた人々が恐れを為して遠ざかっていく。
 こんなに良い気分で居るのは、悪い事なんだろうか。その想いは、常にシンジの十字架となり責めさいなむ。もしかしたら、自分は異常なんじゃないかと思うのだ。
 ただちょっと、みんなは嫌がるかもしれないけど飛ぶ事が好きなだけじゃないか!と、いつもの反発心がむくむく起き上がる。
 煙草を吸っている時に両親に見つかった小学生の様な罪悪感に捕われてしまうのだ。
 同時に、シンジは何故か、この少女にありのままを聞きたいという欲望を感じた。
 強がりとはいえ、飛んでいる自分を見て、驚く事の無かった少女であるならば、理解してくれるような気がしたのだ。
 そんなものは気紛れだ!さっさと逃げるんだ!また、言いふらされて、悪魔小僧とか呼ばれるのが落ちだぞ!逃げろ!
 一方では盛大に泣き喚き、内壁の彼方で訴えつづける声がある。
 次の瞬間、シンジは音も無しに少女の前に降り立っていた。
 ぬっと現れたようなその唐突さに、少女は甲高い悲鳴を上げた。それで、ばらばらと足音が近づいて来たので、シンジは素早くその場を後にして、家に戻ったのだった。
 名前、何て言うんだろうな。と、今考えている自分が、余りにもかけ離れた存在に思えるほどだった。嫌われたじゃなないか。彼女は僕を幽霊とか化け物化生と思ったに違いない。実際、目の当たりに力を見せれば、誰でも同じ反応をするんだ。
 自分が空気を吸うように自然に行える事が、世間では悪だとされる事がシンジには、甚だしく不満だった。


<続く>

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