第二回戦。レプレツェン 対 マッドダイアモンド
 
 
ずいぶんと規模が拡大してしまったが、そもそも、もともとの原因は、このレプレツェンにあった。もともとJA連合には実力的に参加する資格はなかったのに、時田氏の一存でそれがなされてしまったことが不幸のはじまり。そこを悪党につけこまれてこうも大げさなことになってしまった。意図はしなかったものの、史上最大級の巨大ロボットの祭典に。
死者こそ出ていないものの、巨大ロボ同士のぶつかり合いは凄まじい破壊エネルギーを生む。今日これまでの被害総額を計算してみると恐ろしいことになるだろう。
いかな巨大な悪の組織とは云え、こりゃもう破産ものである。それに加えて、何よりも重要なネームバリューも地に落ちた。なんせ、ケンカを売った相手のJA連合にこれという被害がまったく出ていない。柔道で足払いにいって、こっちの足が痛かった、というのにも似てこちらの方から力づくの脅迫に出ていって、一方的に出血鼻血ブー大サービスを強いられたのだから。まさに笑いものである。もうお嫁にいけないのである。立ち直れないのである。ここで、レプレツェンをズタズタに引き裂いて二目と見られないような非道の有様にしないことには、浮かび上がれない。
 
 
ゆえに、MJ−301,UBダイアモンド、マッドダイアモンドの気迫は凄まじいものがあった。もともとレプレツェンより強く、それが油断もしないでかかってきた日には、せっかく今まで裏でコソコソと秘策を練っていた手間が一切無駄になるかもしれない・・・
 
 
強気な時田氏も、この第二回戦だけは正直、不安で仕方がない。
というより、第二回戦に出場する全てのものが「不安」だった。
万全泰然チョー余裕で望んだ第一回戦が嘘のように。
 
 
レプレツェンの弱さが不安。それを操縦するレプレ代表が不安。
それをサポートする魔法使いが不安。ドクロタワーの起動が不安。
それにともなうオレンジ髪の少女のこれからの身の安全が不安。
追いつめられてただでさえ最悪のダイアモンド悪党が何しでかすのか不安。
はたして何を考えているのか同僚機を撃ってしまうエヴァももちろん不安。
撃たれて左腕がないくせにいきなり海に走り込んで空母を占拠するエヴァも不安。
この期に及んで我関せずと超然としている棺桶の中のヨッドメロンも不安。
 
不安だらけ。
 
時田氏も、実のところ、総裁が期待しているような「弱者の正義をもって悪を討つ」などという困難な命題に挑戦したいわけではないのだ。できればマッドダイアモンドなど真・JAじきじきにボコボコにしてやりたい。そうすればさぞかし気分がスッとするだろう・・・・てなことを考えていた。のみならず。
 
この心境をたとえるならば、目覚まし時計の電池もろくに取り替えられない我が娘が何を思ったか、父と同じ理工系大学受験を試験日の一週間前に思い立ち出願してしまい、そのまま受験当日を迎えて玄関で送り出す・・・・・ようなものであろうか。
 
 
できれば、第二回戦など永遠にやってきてほしくなかった。
 
だが、そういうわけにもいかなかった。時間ギリギリまで調整したレプレツェンが決闘場に立つ。こちらを急かすがごとく、マッドダイアモンドが決闘場中央にノシ出てくればそれに応じないわけにもいかない。あれだけの目に合わされて、まだ腰もひけずに先に出てくるあたりに、激しい戦意、意気込みと、貴様らに余計な仕掛けの時間を与えてなるものか、と冷静な計算が見て取れる。ネルフのエヴァに海域は完全に奪い返された。空母”赤壁”は占拠、”あやかし”は大学天測に牽制されてもはや完全に動きがとれぬ。ならば決闘場に集中するのみ。
 
 
何か仕掛けをしてきたようだが・・・・・開始直後にバラバラに砕かれれば、それを用いることもできまい・・・・今度は”馬”もいないわけだからな・・・・・
 
UBダイアモンドは悪の判断力で、戦術の正解を選択していた。
レプレツェンにはまだJTフィールド発生器は搭載されていない。よって、先ほどの離れ業のような真似でもって絶対領域で防御される恐れもない。なんにせよ、介入のスキさえ与えなければこちらの勝利は動かぬ・・・・。
 
UBダイアモンドとて、その勝利が当初予定していたものと寸分違わぬものになるなどと思ってはいない。なんせ自他共に認める非情なリアリストである。そのような愚かな幻想に溺れるヒマがあっったら今後の行動を思考する。当初予定していたよりも遙かに獲物は巨大で、現在持ち合わせている網では捕獲することは不可能であり、現時点では、その獲物に傷をつけることで、多少なりとも弱らせて後に分割し、その後、再び捕獲にかかる・・・結局のところ見かけ倒しで足をひっぱるしか能のない、”協力組織”の連中のことも、エヴァとオリビアのATフィールドを介した連携の事実、その意義をお偉方にちらつかせれば、指揮責任追及を免れるどころか、再び使役することも可能だろう・・・
今回のことは確かに痛手ではあったが、貴重な情報が手に入った。次は、そのデーターをもとにして逆襲してやればいいだけのことだ。それだけのことだ。それだけの。
 
時田め・・・・月の明るい晩ばかりではないぞ・・・・・
 
兵器人間の護衛を失おうが、邪悪な想念を燃やすこと全く変わりがない。
 
現状における勝利の意味とは、時田氏の連合における信用と信頼を損ねることにある。
 
どういうつもりか、自分たちが頭に頂くためのある種の資格テストのつもりなのか、連合はこの第二回戦、マッドダイアモンドに勝つというより、レプレツェンに勝たせる気でいるらしい。完全にこちらの排除を狙うなら大学天測がまとめてやっていたはずだ。
第一回戦とおなじく、連合のトップである時田氏の実力でその無茶を実現させよ、と実力のある者たちは考えている・・・・・もし、それが実現されたら名実ともに彼らは時田の協力者であることを認めるだろう。配下の者の実力を引き出してこその統率トップ。
これで連合内が真・JA、時田の旗のもとに団結するとなると・・・・・手が出せなくなる。こちらの評価がガタ落ちしたぶん、相対的にむこうの評価がうなぎ登りしている。
 
組織には中心核が必要で、それがなければどのような巨大な組織も簡単に分数化できる。
なんとしても、その中心核に一撃を、傷をつけてやらねばならない・・・・それも、容易には治らぬ腐り傷を。
それさえやれば、今日はもういい。復讐は後日の楽しみだ。時田を連合の主座につけることなく、その前に蹴り落としてやる・・・・・
 
この期に及んでここまで考える確かにUBダイアモンドは筋金入りの悪党であった。
 
だが、彼は思いもよらない。悪党らしく第二回戦勝利のあとにここを脱出する(もちろん護衛役を果たさなかった兵器人間たちなど見捨てて。ヨッドメロンのことも関係なし)算段をしているが・・・
 
その長期的悪の執念ゆえに、足下をすくわれる羽目になる、などと。
 
まるで。
 
切り株にこけて、首の骨を折るウサギのように。
 
 

 
 
「ここはいったい・・・どこなんだ」
自分は確かにヨッドメロンの格納庫に潜み入ったはずだが・・・・・
 
加持リョウジは三十㎝先も見えない薄暗闇の中を進んでいる。ネルフ諜報部特製の捜索機器は沈黙したままでなんの情報も伝えず、通信電波の類も完全に遮断されている。五感を頼りに転倒せぬように衝突せぬように直進してはいるが、やはり円弧をえがいてしまっているのか、すり足で1キロは歩いたと思うのだがどこにも至らない。ここは艦内のはずであり壁をすり抜けて霧の出た海を歩いているわけでもない。最初は、内部の気配のあまりの不可思議さにいったん戻ろうとしたのだが、扉が消えていた。勝手に音もなく後ずさりして遥か後方に去っていったかのように。やもうえないので、呼吸を整えつつ自分の意識を操作しながら歩を進める・・・・これがある種の催眠トラップであるなら破る自信があった。
そうでなければ、とてもネルフ総司令碇ゲンドウの信任を得ることはできない。
 
だが、どうも自分を捕らえているのは、もっと厳然とした「技術(テクノロジー)」であるらしい。しばし歩き続けて得た結論がそれである。得体の知れぬ、通常の学会には発表されぬ類の技術。なるほど、艦内の人間が避けるわけだ。航海の間に自分と同じく好奇心によってここに入り帰ってこない者がおそらくいたのだろう。ここはあまりにも静かだ。
こつん、爪先に軽く石ころの感触。すり足であるから転びはしないが、ここにはたくさん石ころが転がっている・・・・・ただの石ころが。MJ−301の旗艦に、ヨッドメロンの格納庫に。そして、肝心のヨッドメロンの姿も形もない。ただの石ころが。
 
「・・・・・・」
 
もっと単純に考える。格納庫に一歩入った瞬間にアバドン特製の侵入者撃退兵器が作動して、自分は脳天を貫かれそのまま昇天、死んだことにも気づかぬ自分は迷走を続ける。
ここは幽世か・・賽の河原か・・ああ、加持リョウジ、ネルフ本部諜報部勤務、独身、本日をもって殉職いたしました。
 
 
、とこのように悟りをひらいた今この時、天上から音楽とともに、または地の底から哄笑とともにお迎えが現れる・・・・・
 
 
「でも、ないみたいだな・・・・」薄暗闇は無音のまま。他の気配はない。
 
 
仕方がないので一服つける。禁煙だったら言ってくださいよ。あ、灰皿の心配はご無用。携帯灰皿は社会人のマナーですよ。「ふう・・・・・」紫煙は薄闇に紛れる。
加持リョウジの目はライターの炎に。それで周囲が照らされることはないが、唯、炎の形が丸くなっている。丸い炎。時間の流れは正常で、格納庫が解放されていないところをみると、まだ決闘は始まっていないのだろう。それとも、自分だけ違う世界に置き去りに捨てられてしまったか。
 
 
「と、なると。誰か、もらってくれないかなあ・・・・捨て猫捨て犬の心境がつくづく分かるねえ・・・・」加持リョウジとて人間であるから、この状況に恐怖を感じないわけではない。他には誰もいないのだから孤独に震えて泣き叫んでもかまわないのだが。
それでも、この男は現状の分析からヨッドメロンの輪郭を描こうと頭を稼働させる。
恐怖から逃れるためではなく、ただ無鉄砲な知り合いの女性に教えるために。
 
 
この薄暗闇に迷走させられている状態というのは、ヨッドメロンの能力によって引き起こされたと考えていいだろう・・・・だが・・・
いちいち格納庫に入るたびに迷わされていたのでは整備の人間が大いに困る。
機密厳守には都合がいいのだろうが、だいたい厳守したければわざわざ下界に降りてこなければよいのだ。アンバランスとしかいいようがない。下界に降りる理由といい、不審な点が多すぎる。そうまでして降りてこなければならない理由がどこにあるのか。
 
 
なんのための、能力か・・・・・
 
 
機体周囲の見通しを非常に悪くする・・・これはいいだろう、いわゆる姿隠しというのは軍事において必須科目である・・・・・、と普通は考える。机上の空論をもって。
限定空間内ならばともかく、開けた場所であれば、逆にそのことが相手に位置を教えることになる・・・・戦闘用とは言い難く、単独で決められた場所に固定される実験機体の防諜用以上の機能ではない。ただし、24時間休むことなくこの能力は発動されているならば、かなり燃費のいい能力と言うことになる。設計の基礎におかれているのがこの能力・・・・・逆算して考えると、やはりヨッドメロンは、アバドン所有だけに、純粋戦闘用とは言い難い、ありがたい言い方でいうと、「ケンカがあまり得意でない」機体ということになろうか。エネルギーというやつは有限であるから、重要度の高いものから振り分けていけば機能の限界もおのずと明らかになる。戦闘用の姿隠し、というのは相手の目をくらますことに他ならない。相手の目はこちらから見える位置にあるとは限らないのだから。
ヨッドメロンの使用用途はいったい何なのか・・・・
 
 
メジュ・ギペール式生体眼・・・・・
 
 
そして、ただの石ころが周囲に転がるようにする・・・・・その石ころが実は力を持っていて、周囲を薄闇に包むようにしている・・・・?詳しく分析したわけではないから、そういう考えもできる・・・・できないわけではない。
 
 
石を拾うと方角ごとに遠投してみる。落下音さえない。足下に投げつける。割れた。
拾ってみても石の中身は石。靴の下の床は金属ではなく、岩になっていた。
 
 
「そろそろ冥土の一里塚が現れるんじゃないか・・・・」
一里というのは四キロであるから、もう少し歩かねばならないのだが加持リョウジはそんなことを言った。手のひらにライターの円炎をかざしてみる。汗が塩となり肉が焼ける。
根性はある。だが、根性ではどうにもならない光景が目の前を。変わりなく。
 
 
「心頭滅却すれば火はまた沈む」
精神統一。だんだんと呑まれていっている精神を自覚する。ここはヨッドメロンの格納庫だ。それ以外のどこでもない。・・・・「空間転移」が可能な機体がわざわざ船にのってやってくるか・・・・エヴァシリーズの恐ろしさは人間の特異能力を人造人間の体躯にあわせて何百倍、何千倍にも拡大することにある。ヨッドメロンはパイロット内蔵タイプでアバドンの所有機体・・・・・その可能性がないわけでは・・・・・・自分はどこか、足を一歩踏みいれたときから、「空気のある月」のような奇妙な、あり得ない場所へ転移させられているのではないか・・・・エヴァシリーズの恐ろしさはパイロットの特異能力を何百倍、何千倍にも拡大する・・・・そう、量的にも、距離的にも、そして質的にも。
 
知識が想像力を刺激して九つの尾をもつ猫となり脳を襲う脅威になる場合もある・・・・
 
加持リョウジの理性は、ヨッドメロンが決闘に出る段になればいやでも格納庫から出ざるを得ない、多少迷わされようとそれまでの我慢であることを、薄闇が割れることを知って警告対抗する。「西には西瓜、東に胡瓜、歩く姿はプリンスメロン・・・」想像力と理性との激しいサイキックバトルの中で漏らした苦痛の呪文である。笑っても疑問に思ってもいけない。しばらくすると、理性が勝利をおさめた。さすがは加持リョウジである。
 
 
ふう・・・・しかし、大量の精神力を喪失してしまった・・・なんせ相手は自分自身なのだから消耗が激しい。勝利の感動もないし。そのため、ごろんと寝転がる。救助など来るはずもないからあてになるのは自分だけ。脱出の機会が来るまでに気力を温存しつつ、もう少し考えをまとめておこう・・・・そして、一服つける。
 
 
ぷはー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぽい
 
 
寝転がった体勢で携帯灰皿を取り出すのはめんどくさいので、つい煙草を投げ捨ててしまった加持リョウジ。これは誰もみてないからいいや、という公共の福祉への敵対ではなく、精神が疲弊していたためであろう。たぶん。そのへんに可燃物はないし。
 
 
だが、その行為が状況を劇的に変化させることになる。
 
 

 
 
「なんつーか、もう組み合わせ自体が反則よね、これは」
葛城ミサトは回線むこうの綾波レイ相手につくづく、という顔で言った。
 
マッドダイアモンド対レプレツェンのことである。
 
「これならまだエリックを単独で戦わせて、真・JAをこっちのに組ませた方がよかったんじゃないかねえ・・・・」
と、これは愚痴である。作戦家としての意見ではない。過ぎたことを言っても仕方がないし、ためしに真・JAの背中にレプレツェンを乗せて「あの速度」で突撃かましたが最後、相手も乗り手もまあ、バラバラだろう。戦闘用であるかないか、というのはそれくらい違う。使徒相手に負けまくったわりにはどっこい生きているエリックの頑丈さもあるが。
 
 
葛城ミサトの頭脳をもってしても、素のレプレツェンの実力で、マッドダイアモンドに勝利させることはできない。出来ると断言したら、そいつは嘘つきだとおもって間違いない。
 
ただ、「レプレツェン」をマッドダイアモンドに勝たせる方法ならば、いくつか考えつく。・・・・・はっきりいって、正々堂々とは百八十度転回したやり方で。
分かりやすく言うと、第二回戦をJA連合の勝利にすればいいのだ。どうするかというと
 
レプレツェンの「代理」をたてる。昔のお貴族サマの決闘ではよくあったパターンだ。
 
手袋だけ投げつけといて、あとは腕自慢の奴隷にやらせる、と。
 
あとは、申し訳程度に「レプレツェン」に「化ける」と。要は勝てばいいのである。
覆面をして戦い、勝利の記録だけ譲ってしまえばいい。どうせ誰も気にしちゃないし。
本人の腹はおさまらないだろうが、そこは勘弁してもらうしかない。自分で殴り返せる力があるなら、最初に殴り飛ばしておけばいいのだから。
 
 
JA連合はその手を使うのではないか、と葛城ミサトは考えていた。ゆえに、最小ダメージで第一回戦を乗り切れるように、真・JAとエリックを組ませて、第二回戦はなんのかんのと騎士っぽい難癖をつけて、レプレツェンの代わりにエリックが決闘状に立つ、とそのような筋書きだったのではないかと。・・・・・あの会議で使われた「魔法」というのはもちろん「なんらかの暗号」であり、そのまんまの意味、ということはないだろう。
 
 
メアリー・クララタン。そう名乗った女性が確かに俗世から一線を画した気配をもっていようと、このせっぱ詰まった時期に電気騎士団副団長が英国に一事帰国してまで連れてこようと。マホー、魔法、ねずみがパイロットになっても、かぼちゃがロケットになってもダンスパーティーにいくつもりないの シンデレラなんかになりたくない
 
「魔法・・・ってあると思う?レイ」
 
進みすぎた科学と同義・・・・であればよい。その言葉をこのせっぱ詰まった時に用いてもいいだろう。あるいは、子供に絵本を読んで聞かせたりする時ならば。
少なくとも、悪党が手指をゴキゴキ鳴らして目の前に立ちはだかるような時に用いていい言葉ではなかろう。その使用を魔法使いに一任せにゃならんあたり、「奇跡」よりタチがわるい。
 
 
しかし、そのようなことを尋ねられても困る綾波レイである。
 
葛城ミサトからの回線から発せられるのは怒りの極大雷喝であるはずだった。それなのに。
「あの・・・・」
 
 
「とりあえず、明暗のやつがいまんところ、天国からきたヨッパライモードに”変身(メイクアップ)”しちゃってるから。逆らわないように、言うことは聞き流すように。
処罰の方は、明暗が帰ったあとで中華四千年の拷問してやるから楽しみにしてろってさ」
氷山がいきなり。
 
くらっ、となった。碇シンジの不義(?)に怒った明暗のあまりに残酷アチョーなセリフの舞いで気を失ったこともあるが、それがこの体に直接・・・・・けれど、それも当然の報い。かえって気が澄んでくる綾波レイ。覚悟が決まる。
できれば、そのまえにもう一度、碇君にあいたい・・・・そのために
 
 
「海上はその変身明暗、朱夕酔提督がおさえてくれてるけど、こっちのフォローは期待できそうにない。零号機単機であとの仕事をしてもらうことになる。いい?」
 
「はい」イヤも応もない。エヴァ零号機で自分のなすべきことをなす。希望はそのあとに。
 
「事実上、戦線は崩壊状態、もうJA連合に対する義理立てとかは考えなくていいから。
ヨッドメロンだけに集中して。
 
その・・・オリビア?とか、大学天測とか・・・あったくこいつらタヌキにはまいったけど、撃退態勢としては正解だったかもね。釣り野伏せってやつかもしれない。とにかく全体的にうまいもんだわ・・・・頭に来るけど、役者がそろってるとしか言いようがない」
 
 
「はい・・・」自分の、零号機の肩にいるオリビアをちら、と見てから答える。
オリビアの目は、決闘場。これから餌食にされようとしている友達、レプレツェンにある。
ロボット三原則には「仲間のロボットが危機にあるときは救うべし」という条項はない。
だけれど。人間”をも”救うロボットが、仲間のロボットを救おうとしない、などということがあるだろうか。そんな恥知らずな人間が、このオリビアを造ったとは、思えない。
だとしたら・・・・もう一度、この人型サイズは、破壊の渦のど真ん中まで駆けていくだろうか。暴力の嵐の中に溺れ消えゆく友ロボに、手を、さしのべるために。
 
 
「ソロソロ行キマス ゴ協力感謝イタシマス 信ジテ クダサッテ ウレシカッタデス」
 
行くらしい。そのAIは決闘場のマッドダイアモンドの残虐の気配を読みとり、即座のフォローが必要と判断した。巨大ロボ相手に人型サイズが絶対領域なしにできることなどたかが知れている。オリビアの優秀な電子頭脳はそれを承知で、それでも、行く。彼女はロボット。実際には何も出来ずに、今度はささやかな奇跡も起こせず、レプレツェンの破片を拾うだけのことになるだろう。それでも記憶のつまった機能中枢が踏みつぶされる前に拾って現場から脱出することくらいはできるはずだと。
 
 
それは正当な動作で、それを止める理由も資格も何一つない。
葛城ミサトも、ロボットながら天晴れであるな気分でそれを見送ろうとしたくらいだ。
綾波レイもそう思った。行くのであればなにを止める?機械の音声に何をほだされる?
 
 
うれしかった
 
 
オリビアはそう言った。オリビアは家庭でも売れるようなプログラムが組まれている。
人間に奉仕するように。まったくもってオリビアは正しい方向のロボットであった。
それに従って動作しているのであろうし、これだけ良くできているロボットを、製造元の小型化研究所がほうっておくわけはない。たとえ壊れても、すぐに直してもらえるはずだ。
まったくもって良くできている。発売されたらお給料を貯めてぜひ買おう。
まったくもって良くできている。人間があまり信用ならないのだと知っている。
オリビアが、駆け下りようとした。そのとき。
 
 
「ここ・・・・・、ここにいて・・・」
行かないで、と言えばオリビアは無視してそのまま脚部を作動させただろう。
なぜなら、プログラムが行く、と判断を下したから。行かないわけにはいかないのだ。
だけれど、ここにいろ、というのは・・・・電子頭脳は人間の少女の次の言葉を待った。
 
 
「あなたを・・・守らないといけないから・・・・」
 
 
もっと具体的に言ってください、とロボットらしい率直さで場の雰囲気を台無しにする前に零号機が一歩を踏み出した。ここはまだ遠い。ロボットによるロボットの暴行を防ぐには。一体を守るのも二体を守るのも、違いはしない。だって、葛城ミサトは明暗に命じていた。「ことごとく」と。明暗は腹を抱えて笑っていた。たぶん、あれは喜んでいたのだ。
明暗がいないのならば、自分がやるのもそれは当然の報い。
戦線は、決闘は、すでに破綻している。それを続行するのは人の身勝手。その代償を愚直な人の機械たちに払わせて、なにがおもしろいのか。赤い瞳が強くなる。
 
 
自分の、この言葉は信じてくれていい。
 
 
エヴァ零号機の単眼が、この世で最も神聖な赤光で満たされた。
オリビアはその輝きを不思議そうに見上げたが、もう肩から降りようとしなかった。
戦の女神に付き従う、妖精のように。二機を祝福するかのように茜色の燃える風が包む。
 
「あれは・・・・」
葛城ミサトの目が一瞬鋭くなって、和らぐ。
 
「レイって・・・けっこう、熱血ヒーロー、ヒロインの素質があるのかもね・・・・」
最早、わざわざ介入する値打ちがなくなった第二回戦にまだ、古き良き侍映画、時代遅れのいなかっぺのように首をつっこもうとする綾波レイと零号機を葛城ミサトは止めない。今、この時、エヴァ零号機が体現している・・・・「双方向ATフィールド」の発動を前にして、そのような野暮が言えるはずもない。シンクロ率の素晴らしさなど言うまでもなかろう。本日、三つ目の「やらかしてくれたこと」だ。
 
 
四つ目は「ヨッドメロン救出」これで締めたい。頼んだわよ・・・・・レイ
 
 

 
 
「どーも、まずいわね・・」
 
オレンジの髪の少女がドクロタワー最上階で頭をかきながらぼやく。
現地の状況を伝え聞くに、どうも第二回戦にギリギリ間に合いそうもない。投入できるだけの人員は投入して復旧作業にあたっているものの、ネズミの被害は予想以上に深刻だった。言うだけの、または言う以上の天才頭脳をもっているオレンジ髪の少女は作業の進行状況を正確に見抜いた上で結論を出した。「間に合わない」と。
 
 
相手のマッドダイアモンドが余裕こきまくりで、決闘前に、相手を嘲笑して屈辱にまみれさせるマイクパフォーマンスをえんえんと十五分くらいやって、それでなおかつ、レプレツェンが半べそをかきながら五分くらい絶望的な負け惜しみを言い返して時間を稼いだりしてくれると、なんとか間に合う。そこから先はMJ−301のバカどもとレプレの小娘に”独壇場”というものがどんなものか、JA連合を相手にすることがどういうことか、思い知らせてやれる。ネルフの連中もあっけにとられてマヌケツラをさらすことになるだろう・・・・・のだが、どうもマッドダイアモンドの様子を見るに、ありゃあよーいドンで敵を粉砕にかかる面構え。あえていうなら、第一回戦の意趣返しというところだろうか。こちらを侮ってチンタラやってくれればいいが、そうもいきそうにない。
 
 
間に合わない、となればこれ以上やっても無駄である。計算がそうなっているのだから。
オレンジの少女の脳裏には、はっきりとしたヴィジョンが映っている。
 
 
レプレツェンはウサギが満足を知らぬ欲深の猟師の前に出てきたように敵ともならぬ単なる獲物。陵辱にちかいような蹂躙、そして自慢のしなやかな美脚を両手で持ち上げられて尻から真っ二つに裂かれ・・・・・
 
 
そうなるであろう確率が最も高い未来。このまま放置しても、どう足掻いてもそうなるだろう未来の光景。それに対して別に感じるものはない。弱いくせにでしゃばるからこうなるのだ。自然の摂理である。半分はMJ−301の責任だが、半分は操縦者の責任だ。
 
 
脇役が悪役を喰らうことなど、できやしないのだ。
 
 
オレンジの少女は着ているぶかぶかの白衣のポケットをさぐる。携帯ゲーム機の感触。
その光景を見届けてやる義理もない。レプレの小娘は生意気で身の程知らずでむかつくし。
電気騎士団の副団長の若ハゲも気にくわない。ゲームでもやっていた方がましだ。
セットされているゲームは「グーパーロボット大戦λ(らむだ)」。なんと新規参入で麻雀合体ロボット・サンバイマンが参戦するのだ。周りには誰もいない。階下では汗と埃にまみれて整備員たちがかけずり回っている。ネズミに襲われている。やっつけている。メンテロボを回復させている。よく考えたら、あいつらは別に甘苦愚者の整備員ではないのだからこんな面倒な、無駄な真似をすることはなかったのだ。
今スグ作業を中止するように放送をするべきか。
 
 
ヨッドメロン・・・第三回戦、回収者の影がチラつくまえに地下に帰るべきだろう。
ゼーレの左翼、世界征服部門を抑えて、右翼である世界統括部門が今回の件で動き出した。
どこでどうヘタをうって連中の目に止まるか・・・わからないし・・・・
 
震えて。歯の根があわなくなる。
 
臆病者ぞろいのアバドンなぞ恐れはしない。オレンジ髪の少女が恐れるのは・・・
この下界の渦の中に平然と降臨し事態を収拾してゆく圧倒的実行力の塊のような存在。
巨大な組織にはやはり、相応にまともで常識があってしかも強力な人物が存在するのだ。
下部組織が己の失敗を誤魔化そうとしても一目で看破してしまう眼力をもった。
善と悪とを選別する鋭利な刃物、統制の名のもとにあらゆる魂を束縛する糸を秘めた。
地球樹の影にて悟りを得て黄金の月の下に解脱したような、人であって人でないもの。
ゼーレの敵を滅ぼす、という単純明快な征服部門より関わるには遙かに恐ろしい。
そして、小メギから得た情報によると、ヨッドメロン回収に動くのは統括部門で最も仕事熱心で、最も戦闘力を保有している人物らしい。統括調整調律官。略して調調官。無論、この階層レベルの保有戦闘力とは戦車や戦闘機などではなく、絶対領域の彼方、エヴァシリーズレベルである。
この手の人物はご多分にもれずたいそう忙しく、下部組織の失敗、分をわきまえぬ行動など、責任者の首を切っておいて、処理自体は後任の者に任せてしまうものだが、アバドンは相当にヨッドメロンの扱いにしくじったらしい・・偉いさんの直々の出馬をさせてしまったところなど・・・・こりゃ何人か首チョンパだわ・・・または・・・「扱えない」か・・・ますます関わるべきものではなくなったというわけだ。
 
 
逃げろ。地下鉄の闇に逃げてしまえ。
 
 
体の奥で声がする。それは理性の声。冷徹な判断力の声。調調官は忙しい。回収を終えればすぐに帰るはずだ。グズグズしていれば見つかるかもしれない・・・・相手は昼は地球光、夜は月光を浴びて生きる光の人。こっちが闇の中にいさえすれば見つかることもない。
小メギの力をもってしても知り得たのはそこまでで、調調官の動きをモニターなど出来るわけもない。来るときは光のように現れるだろう。ユダロンだの、カッパラル・マ・ギアだの、狂月城壁だの、封じられて禁じられた知識をしこたま自分たちだけで貯め込んでいる連中だ。
 
 
時田もそれを分かっているから、(正確には知らなくてもだ)、自分の隠れ家を地下に与えた・・・ちみっけな仕事と肩書きまで
 
 
「くうっっ!!」携帯ゲーム機を投げ捨てた。
 
 
もう間に合わない。レプレツェンはマッドダイアモンドに破壊される。
大方の予想どおりに。自然の摂理のとおりに。世界の真実のとおりに。
脇役は悪役を喰らうことなど、できはしない。
脇役は、悪役に食べられる。そんな簡単なことで。分かり切ったことで。
 
 
「どうして・・・・・どうして・・・時田のバカが・・・・割をくわなきゃいけないのよ」
 
 
悔し涙が流れる。これから、知れきった結末が訪れる。握りしめた白衣がくしゃくしゃに。
自ら招いたレプレツェンを二度も、そんな無惨な目に合わせたとしたら、連合の他の実力者連中は時田を自分たちのアタマにはおかないだろう。信用が、失せる。
この期に及んでのマッドダイアモンドの毒蛇めいた気迫はそこから生まれている。
エリックを勝たせて築いた信頼も一気に崩壊する。式典の客はその不甲斐なさを喧伝するだろう。戦況は定まったが、危ういバランスの積み木の城に、時田が一人で乗っている。
 
 
あと少しで、城は崩れる。自分の手がもう少し早ければ。それとも、ドクロタワーなどという悪役っぽい名前がいけなかったのか。なんにせよ、時間が来た。第二回戦の。
 
 

 
 
レプレツェン
 
 
ロボットの中に自分の名前が入っていることで、レプレは、自分の心も少し入っているのではないかと、いつも密かに思っていた。これは願いや誓いと言うほど高尚なことではなく、限りなく感傷にちかい。子供っぽい、から爪先で背伸びをした位置くらいの。
 
この名前の一致は偶然でも何でもない。
 
もとは独逸製の土木作業用ロボットシリーズ「17(ゼプツェン)」半壊して放置してあたものを譲り受け修理したものに、パレルモ副代表が造った世界一のショックアブソーバーをつけた時にレプレの名を入れたのである。
そして、深い森の中へ入ることを森自身に許されたロボット、と評された静かなるレプレツェンが誕生した。それが甘苦愚者を通常の自然保護団体とは一線を画す切り札となるのだが。
 
それと同時に、レプレは甘苦愚者の代表となった。その当時、優秀ではあるが貧乏な工学学生に過ぎなかったパレルモが、アルバイトの家庭教師の教え子、富豪の娘であるレプレから支払われた大金・・・制作費の代償としてその座を譲ったのだ。ロボットの命名権まで譲ったのは、その大金がなんと親に無断で借用した金庫に隠してあった脱税分の金であり、彼女がそのために当主の祖父、それから両親、一族全てから激しい怒りを買い、勘当追放をくらった”栄誉を讃える”ためであった。本人は「屋敷から解放されてせいせいした」などといいつつ、あとからあとから涙を流すのだから、それを止めるために甘苦愚者のメンバーはそうするしかなかったのだ。こんな感情の激しいのをリーダーにしたら後々えらいことになるのは分かり切ってはいたが、パレルモを別にすればメンバーの誰より活動に真剣で、行動的であるのは彼女であったのも確かであった・・・それに、レプレからのそのどう考えても怪しい金額の金を受け取り、アブソーバーを製作したパレルモもいい根性をしているのである。二人の関係は家庭教師とその教え子を振り出しにしているのを考慮すると、相当なタマである。かといって、傀儡でもなく、二人は年齢の離れたパートナー・・・に発展するよりも、家庭教師とその教え子の関係を長く続けている、二人にとって甘苦愚者の活動は、激しくリアルな野外学習のようなものなのかもしれない。
 
というわけで、レプレとパレルモのコンビにはたいていの人間は太刀打ちできなかった。人生を駆ける速度が違う、といったほうがよい。気合いが違う、ともいえる。
代表と副代表のコンビは普通の人間が市井で見失うものをはっきりとその目にうつしていた。なんだかんだいいつつも、こういう人間にはついていくしかない。
大量の疲労のかわりに、何かが得られる。
理想。都市の中でも森の中でも息づいているはずだが、見失いやすいそれを。
レプレはそれしか見ていないが、パレルモはレプレが見るものと、普通のメンバーが見るものを両方、とられることができた。理想と現実。ゆえに、教師と教え子なのかもしれない。レプレのように理想家でしかも感情の起伏が激しい厄介な突撃女に、現実を理解させることができた。貴重な才幹。その頭脳をもってすれば国際大企業での華やかな活躍が待っていただろうが、パレルモは我が身を捧げる対象を小学生の頃から決めている男であった。愚者のように森をつくり、年をとればその中で隠者になる・・・・しぶいというか、東洋ならば仙人のような奴だといわれたことだろう。レプレの方も、もう少し年があっていれば第二次天災中の民族紛争で英雄と呼ばれて銃火に散ったような生涯を送ったに違いないが、その前に落ち着いたため、しなやかなその体に内蔵されたエネルギーは復興方面ににむけられることになった。で、パレルモはともかく、レプレがガッテンドカチンな方向にいかずに復興の手段に森の中を進めるような静音ロボットの開発に興味をもち、手を貸すようになったかというと、これはパレルモの誘導でもなんでもなく、自分とこのすんでる街が”コンクリートを噛み砕く虫の大量発生”に侵されたためだった。ある種のバイオ兵器であり、この手の生物兵器がどういうわけだか二次天災の混乱期にイタリアで大量に暗躍したのだ。それらのバイオプラントがあって爆撃された、という話もあるが真相は闇の中。
毒気こそ発生しないものの、美しい芸術の都市はあれよあれよと腐海のごとくありさまに。
芸術は爆発だーと、火炎で焼いてしまおうとするが、そんなことをしても食われたコンクリや石壁はボロボロと崩れていく・・・・ゴキブリやシラミが毒性をもった、という恐ろしい未確認情報も街を駆けめぐり人々を不安にさせていく。絵の中の貴婦人たちも微笑している場合ではなかった。青銅の賢者も思考している場合ではなかった。神話時代の小便小僧も糖尿を気にしている場合ではなかった。
第二次天災にもなんとか残った人類の遺産が無惨に消失していく。
いつも耳の奥にまで届く虫の這いずり回る音。ヒステリックブルーな殺虫剤の匂い。
美も静穏もへちまもなかった。いいかげん頭に来ていたところにパレルモに尋ねたのだ。
「なんとかできないのか、」と。もちろん、全てを解決してくれるような神のごとくの解答を期待していたわけではない。「この現状を打開する手段はひとつもないのか」・・・今まで何一つ質問に答えれないことはなかったこのスカした家庭教師に意地悪したくなっただけかもしれない。感情の起伏は激しいわ、ストレスはたまりやすいわ、レプレは直属の上司にもつには最悪のタイプであった。おまけに可愛げというものがない。
だが、そんな教え子に
 
 
パレルモは神、いやさ天使・・・・少しは悩んだからちょっとランクを落として守護聖人のような安心感のある笑みを浮かべてこたえた。「ありますよ」と。
それから「ただし・・・」と金のことなどつけ加えたあたり、日曜教会の神父くらいか。
 
 
それから二ヶ月。レプレツェンを用いて夜の街に現れた甘苦愚者は、抜き足さし足忍び足でボロボロに食われて振動崩落を恐れて誰も近づけなかった崩壊直前区域で殺虫剤を塗りたくった。
自然保護団体といいつつ、レプレツェンの最初は害虫駆除からはじまったわけである。
それから地元で使用されたB兵器の後処理活動・・・・軍隊役所が当然やるべき仕事ではあったが、待っていても百年たって世紀がかわってもやりはしない。
この時期の活動は、変異した自然と「闘う」、といったほうがよかった。レプレの激しい気性がなければとてもやり抜けなかっただろう。向こう見ずで良くも悪くもネをあげることがない彼女は代表としてそれなりの貫禄をつけてきてもよかったのだが、不思議なことにそんなもんは脂肪ほどにもつかないのであった。そのうち、メンバーも増えてきた。
その中にいた、リンリエッタという、リンネの再来とまで呼ばれることになるアルプス産の植物学者が加わったことで甘苦愚者はそのステージを一段階あげることになる。
 
そこから先はレプレの号令のもと、レプレツェンを担いで、いやさ担がれて東西をまたにかけて活動しまくった。愚か者でないととてもつとまらないハードワークであった。
なんせ深さと広さとパワーにおいて、他の組織の追随を許さなかった。だが、貧乏。
各種の企業に求められているように、レプレツェンのアブソーバーのパテントを公開して使用料でも集めれば多少は楽になるのだろうが、レプレもパレルモも頑として断り続けた。
その静かさを利用して、狩りなどやられた日にはたまらないからだ。動物も人も植物も。
第二次天災の傷痕の残る場所を、若さと専門知識とレプレツェンを用いて次々と緑に塗り替えていくそのバイタリティは、サッカー選手やセクシーお色気議員など問題にならないほどのイタリアの顔となる。けれど、レプレには帰る家はない。追放勘当が解かれないからだ。レプレの帰るところは、甘苦愚者、そして、レプレツェンだった。
 
感情が激しいだけに、愛することも、嫌うことも憎むことも、人一倍・・・・
 
レプレにとって、自分の名前が入ったレプレツェンは、もはやただのロボットではなかった。ありきたりであるが、自分の分身だった。忠実についてきてくれた人生の影だった。
自分を傷つけられて許す人間はいない。影を踏まれても肉の痛みはないだろう。けれど。
弱かろうとでしゃばりだろうと、レプレが怒ることをやめないのは、当然と言えば当然の話で、だが取り替えの効かないレプレツェンを戦場に出してくるのは、これまた狂っているとしかいいようがない。レプレに現実を知らせる役のパレルモが初めてそれに失敗した。
 
 
どのくらいレプレツェンが戦闘用でないか。一発で分かるような由来。
 
ただ、なにか救いがあるとすれば・・・・
 
「こんなに愛された機体ならば、魔法がよくかかりますの。愛されていないものは魔法にかかる資格がそもそもありませんの」
という魔女・メアリー・クララタンの言葉か。ダイアモンドを鉛筆の芯に変えてしまう、という彼女の魔法は幸いなことにレプレツェンに”よくかかった”らしい。
これで愛されてなかったら、魔法さえあてにはできなかったということになる。
 
魔女が英国から大事に肌身はなさず暖めてきた魔法の薬は、限界濃度まで希釈されて増量、レプレツェンの両手拳にパック状に仕込まれた。これで相手をブン殴ると、パックが破れて薬が濡らす。その脆くなった部分を間髪入れずパンチの衝撃がマッドダイアモンドの内部を破壊する・・・・いくら外側は頑丈なダイア装甲でも中身のメカはそうはいくまい。
「これなら、マッドダイアさんなんて、煤だらけのハンプティダンプティ卵男ですの」
 
魔法というと、火の玉が出たり、ドラゴンが暴れたり、天から雷が相手を打ったりしてくれそうなものだが、どうにも地味であった。それ相応の技術的ブレークスルーとはよくいったものだ。人工ダイヤを造る逆の手順を超高圧も必要とせず、わずかな液体とわずかな刹那の時で辿ってしまうのだから、恐るべき魔法といえなくもないが、地味なのはどうしようもない。そして、実力差がありすぎる。勝機は一撃。
地味なだけに相手には気づかれないだろう・・・・・そして、”油断をしている”間に、変質毒の一撃を叩き込む!決闘場のジャングルに突如、嵐が吹き荒れてヒールプレイの悪党に正義のパンチをぶちかますことができるかどうか・・・
 
 
だが、悪役は現在とても追いつめられているので油断などない。ハナから全力で襲いかかってくるつもりだ。”ラベルの違う絶対科学”ことドクロタワーは諸事情により間に合わない。あとは、魔法一本でこの実力差をひっくり返さねばならないのだが・・・・・
 
 
マッドダイアモンドの試合開始早々にドラドラドラドラと放たれる必殺「クレイジーダイアモンドパンチ」をかわすか、もしくは機先を制して魔法パンチを急所に叩き込むか、はたまた、野生の本能、アンド、今まで培われた距離感による絶妙のマホークロスカウンターで返す・・・・・
 
 
そのようなことを考えたとしたらレプレツェンは破壊されるほかない。その程度でうまる生やさしい実力差ではないのである。だいたい、レプレツェンにはクレイジーダイアモンドパンチをかわせない。絶対にかわせない。マッドの方も伊達にそれを必殺技にしているわけでないのだ。回路の反応速度が違うのだから、それは科学的に証明できる。ムリ。
 
 
だけれど
 
 
レプレはそれをやってのける。