人の世で見失い、
 
今ではもう遠い、
 
綾波レイを探す・・・・
 
 
碇シンジ
 
 
綾波レイの仕掛けた、綾波透明人間化計画に、重点目標である碇シンジも二、三日はひっかかっていたのだが、ほんの、ふとしたきっかけで思い出してしまった。
たまたま風呂に入ろうとしていた時のことであった。なんの脈絡もなさそうなのだが、支配者級の催眠を無効化して、碇シンジは綾波レイのことを思い出した。
アルキメデスではないので、すぐに風呂から出てその名を叫んだりせずに、のんびり湯船につかりながら、「何で今まで綾波さんのことを忘れてたんだろう?」と考え始めた。
忘れていた、という記憶はあるのである。ぬけぬけと「零号機のパイロットが早くみつからないかなあ」などとマヌケ印のことを惣流アスカと話していたことも思い出した。
 
どうも、”みんな”して綾波さんのことを忘れていたらしい・・・
 
ここでいう”みんな”というのはかなり広範囲。確認したわけじゃないけれど、世界中が綾波さんのことを忘れてたんじゃなかろうか・・・・。
「狙われたナントカ」SFでそういうのがあったけど、まさか自分たちが実際にそんなことになってしまったなんて・・・・
新手の使徒の攻撃かもしれない。お約束として、ここでミサトさんやアスカに話しても信じてくれないし、父さんなんかに話そうものなら入院させられる可能性大なんだ。
綾波さんはみんなから無視しまくられて、さぞ傷ついたんじゃないだろうか。
いや、傷ついたにきまっている!!僕なら自殺は絶対しないけど、遺書くらい書くかもしれないし。
しかし、とりあえず気を取り直して、碇シンジは風呂からあがるとリビングでテレビを見ながら練乳苺棒をかじっている惣流アスカに確認をとった。
 
「そういえば、アスカ。綾波レイさんって知ってる?」
 
「誰それ。トウモロコシの新種を開発した人だっけ?」
 
「・・・いや、いいんだ。ちょっと足りないものがあるから買い物にいってくるよ」
 
「爪楊枝とかわさびとか?アンタもマメね・・・・あ、ついでに綿棒買ってきて・・・・・・・って、もういない。あいつ、たまに忍者かとおもうくらい素早いわね」
素早いと言うより、いつもは注文を予想して碇シンジが一歩待っていたからだ。
それをしない、というのは急いでいる、ということで、急いでいる、ということは買い物というのは嘘んこの可能性が高いということだ。さすがの惣流アスカも最近はそういうことが見抜けない。綾波レイ、と聞かれて新種のトウモロコシ開発者などと答えているのだからそれもやむなしかもしれぬ。
 
「あれ?どうしたのシンジ君」
エレベーターホールで帰宅直前の葛城ミサトとでくわした。
「あ、ちょっと足りないものがあるので買い物に」
「あー、それはごくろうさまでございます。あ、車だそっか」
たりないものとは冷えたビールに良く合うものとかではなかろうか、とかなり自由な心持ちで合点して葛城ミサトは少年に合わせて反転しかけた。
「いいですよ、自転車ですぐそこですから」
「そう?じゃ」
「あ、そういえばミサトさん」
「なに?このごろ水筒で持たせてくれてるドクダミ茶、あれいいわねえ。肌の調子も」
「綾波レイさんって知ってます?」
「あやなみ・・・れい・・・・・いやぁ、覚えないけど。テニスプレーヤーか何か?」
「いえ、いいんです。じゃ、いってきます」
「夜だから車に気をつけてね〜」
 
 
 

 
 
「アスカもミサトさんもダメとなると・・・・ほかのひともだめそうだな」
ママチャリ自転車をこぎながら碇シンジはつぶやく。
行く先は幽霊マンモス団地。ネルフ本部は部外者は入れないようになっている。
もし、まだ第三新東京市にいるとしたら、ここしかない。
それでも、なんかここもだめっぽいなあ・・・・まだ予感でしかないが、事態はとっくのとうに終局までしかも完全に奏でられてしまっているような気がする。異常事態に気づいたとしてもそれが遅すぎれば・・・・人、それを手遅れと云う。
 
「あ、電気がついてる」
 
幽霊マンモス団地の一室にひとつ灯りがある。それが綾波レイの家。
ほかに誰も住んでいないし、一棟は自分のものだけどその自分が住んでないのだから灯りがついてるとしたらそれは綾波さんか、忍び込んだホームレスのひとか、はたまた知能をもった野良猫とか、それくらいしかない。
 
 
「綾波さん、いる?」
 
 
呼びブザーはいつも壊れているので少しドアをあけて呼ぶ。灯りはやっぱりこの部屋。
外からは明るく見えたけれど、内に入ってみればなんてほの暗い。寂しい灯り。
壁紙もないうちはなしのコンクリート壁に幽霊のようにすいこまれる。空気にも人の匂いはなく夜気そのままがながれこんでいる。それを嗅ぐと、胸がきゅうっとなった。
男子中学生が女子中学生に感じる「切ない同情」ではなく。
家出したはいいが貧乏で貧乏でしかたがない娘にあいにきた父親のような父性本能が起動する。いつもはそんなことはないのだが、世界中(かなり広範囲、ということだが碇シンジの中では同義語だ)の人間に忘れられてしまっとるだろう綾波レイの立場を考えると、どうも胸がきゅうっとなるのだ。それが切ない同情でないのだから、碇シンジの神経は相当に太い。この先どうにかするのに、そんなもんでは燃料として薄すぎるというのを既に、知っているのかもしれない。だが、碇シンジがもうちょっと注意深かったら、玄関に靴がないのをみてとっただろう。
 
 
「はーい、ちょっと待っててねえ・・・あ、いいや、シンジ君でしょ。あがってて〜」
 
 
脳天気な声がかえってきた。声質としては綾波レイのものだけれど。
それに、「シンジ君」?いまだかつてそのように呼ばれたことはない。しかも最近避けられ気味であったし。やけにオープンなのは自棄になっているからだろうか。
まずい、土産のひとつでも買ってくるべきだったかもしれない。
まあ、ちょっと気をつけながらあがらせてもらおう。ちなみに二重に緊張することではない。
 
室内に入ると、なんだかイメージが違っていた。味気のないレイアウト家具配置はそのままに床一面にお菓子だのパンだのお弁当だのカラフルな色彩がお子さまのお誕生会でもやらかしたようにふりまかれている。保護者がいないので片づけされずにそのままに、と。
ベッドの上にはでかいリュックサック。はみだしているのはやはりお菓子だ。
小さな引き出しタンス上にはお菓子のおまけらしい小さいプラモデルやカード類が。
足の踏み場もない。ので、玄関付近でストップ。
碇シンジの脳裏に一瞬、凄まじい悪夢が浮かんだ。
他人に忘れられて拒絶されて、ひとり部屋にこもった綾波レイが病的に菓子類を食べ続け肥満体になってしまう、という悪夢だ。べつにデブが悪いというわけではないが、相撲をとるわけでもない食べて楽しいわけでもない食事を強迫観念にかられてやってしまうのが悲しいのだ。立ちつくしていると、「綾波レイ」が目の前に現れた。
 
 
バスタオルをローブかわりにうなじからかけただけの、
 
シャワーあびたての姿で。まあ、ふつう服をきたままで浴びるひとはいない。
 
 
「ごめんねえ、散らかってて。今片づけるからちょっと向こうむいてて」
色香、というものが漂っている。だが、たしかにその顔、その身体・・・・・いや、その
 
「ご、ごめん・・・・すぐに帰るから」
「シンジ君たら・・・せっかちねえ。もう、いいよ」
正確極まる回れ右で背を向けて帰りかけた碇シンジはすぐに呼び止められる。
ほんとうに”ちょっと”の間。歌舞伎の早変わりでも及ばぬほどの間。
部屋は綺麗に、無機的に片づけられ、いつもの綾波レイの部屋になっていた。
あの大量の菓子群はどこにいったのか・・・・それとも幻か。
服も身につけていた。
薄い灰色をベースに複雑な幾何学模様がほどよくプリントされたワンピース。空色の髪ととてもよく合っていて、曇天に散りゆく桜のように、懐かしく儚いものを感じさせた。
 
 
「紅茶もいれたから、どうぞ」
綾波レイはにこっと妖艶に誘った。その耳に真珠のピアスが唄う。
ほうっと顔が桜色の碇シンジは素直にそれを受け容れた。室内にすすみゆく。
が、また足が止まった。目の前に、見えない壁がある。
「心配しなくていいよ。この街にいる限り、あなたには何もできないから」
それは呪文だったのだろう、それだけで見えない壁が、消えた。
 
 

 
 
「君は、ほんとうに綾波さんなの?」
いれてくれた紅茶は冷たくておいしいアップルティー。瓶入りなので間違いなし。
さっさと本題にはいった碇シンジはさっき風呂に入ろうとしたところでふいに思い出したこと、今のところアスカとミサトさんの二人に確認とったけどまだ忘れていること。
他の誰にも確認されてないから自分が一番最初に思い出した人間じゃないかなあ、ということ。明日またネルフ本部で確認にまわって、綾波さんの実在証拠を集めようかと思っていること。けれど、当人が姿を現せば皆、順次に思い出すような気もするけど、今、目の前にいるきみは本人のような気がしないこと。それらを話した。
 
 
「レイちゃんは実家に里帰りしたわ。もうここには帰ってこない」
 
 
「・・・・もしかして、綾波さんのことを皆が忘れてるのは・・・」
 
「わたしのせいじゃないわよ。あれはレイちゃんが自分の意志と能力でやったことだから」
 
「綾波さんの意志・・・・」
 
「そう、レイちゃんはもうエヴァに乗ることなんてまっぴらごめんなんだってさ。
ネルフに所属することも第三新東京市に住むことも。もともと、シンジ君、あなたのお父さんが連れ出さなければレイちゃんは自分の里で平穏無事に暮らしてたはずなんだから」
 
「綾波さんがほんとうに?・・・・・でも、そうかもしれない。
それで、君は・・・・誰なの?影波さん?」
 
「誰、”影波”って」
 
「影武者の綾波さん、略して影波さん」
 
「いや、そー、自然にナチュラルに聞かれても。今一瞬、ほんとに自分が影波だとおもっっちゃったじゃないの。でも、影武者ならその当人の存在が忘れられてるんじゃ失業だよね」
要するに、同じ姿をしながらその名と存在を世界に忘れられている影武者というものほど空しいものはなく、真綿色したシクラメンのようなものだった。成り代わってとって代わってエヴァ零号機を操縦してやろう、という腹はないわけだ。実行もできないし。
「レイちゃんがこっちに戻ってきてくれないと、わたしもにっちもさっちもいかなくて。いやー、完全に封じ込められちゃったから。零号機をあんな風に使うなんて思ってもみなかったなあ」と、ケラケラとわらう。
 
「誰か連れ戻してくれないかなー・・・・・たとえば同じエヴァ操縦者とか」
 
エヴァ零号機をどう使えばこんな真似が出来るのか想像もつかないが、以前渚カヲルが「一番怖いのはエヴァ零号機だよ、彼女の操縦する、ね・・・」と言ったことがあるのを覚えている碇シンジはなんとなく、分からないけど分かった。
目の前の影武者綾波、影波(と勝手にネーミングする)さんの正体はさておいて、
 
 
「綾波さんの実家ってどこにあるの?」
 
「しんこうべ。ポートアイランド第Ⅲ期・緑腕地区の綾波脳病院。大きな植物園の中にあるから聞けばすぐに分かるとおもうけど」
待ってました!とばかりに影波レイが答えた。
「ただ、行くんだたったら”碇”姓は使わない方がいいよ。正体がばれたら最後、フクロ叩きじゃすまないから」
 
「あ」と一瞬、紅い瞳を細めた。「もうこんな時間。シンジ君、お迎えがくるよ」
 
「それじゃあね」すたすたとベランダのほうへ歩くのと、室内の電気が消えるのと、いささか乱暴に銃を構えた男が突入してくるのと、同時だった。
碇シンジはぽかん、と取り残された。あれは夢だったのか。まだ聞きたいことがたくさんあったのに終わってしまうというのは。
 
だが、室内が点灯され、突入者の力強い手が肩にのせられるのは現実だ。
突入者は、サードチルドレンに仕掛けたマーカーが突然消滅したので大慌てで走ってきた
ガードの人間だった。神隠しにでもあったのかと思ったという。
「買い物から帰ってこないんだけど、なにか”悪い予感”がする」と葛城ミサトから連絡が入った時点ではその似合わぬ心配性を笑ったものだが。男の子なんだからたまにはそういうこともあるさ、などと考えていたら保護者のカンが当たってしまった。
碇シンジは何事もなく、無事に保護されたわけだが、ガードからしっかり葛城ミサトの方に連絡がいき、幽霊団地に夜遅くまで連絡も無しに”一人”で紅茶なんぞ飲んでいたことがばれて大カミナリが炸裂した。こういうのを新妻になれぬ稲妻という。
むろん、惣流アスカにも○○思いっきりバカにされたのだが。
 
それも半分、上の空できいていたから女性二人をさらに怒らせたのだった。
 
 
 

 
 
次の日、碇シンジは学校とネルフ本部の二カ所で聞き取り調査を行った。
綾波レイをおぼえていますか?と。しかし、答えは零。覚えているものはなし。
失踪とはまた違う。最初からいなかったことになっている。人の心の中から消去されて。
物理的にその存在を示す証拠はいくらでもある。学校の出席簿にはきっちり記されているのに先生はそれを読み上げないし、ネルフ本部の訓練用プラグには<0ayanami rei>のプレートがはめ込まれたままになっていても、それを誰も気にしない。
目には当然映っているはずなのだが、心が、それをジャミングをかけられたように認知しない。これは対人兵器に転用したらとんでもないことになりそうだ。
エヴァ零号機専属操縦者、綾波レイ。その気になれば世界最強の政治家になれる少女。
これだけのことをやって姿を消した・・・・いや、姿を消すのにこれだけのことをやった。
それ相応の覚悟があるはずだ。
 
あのそっくり綾波、影波さんのいうことが本当ならば。
ベランダから消えた不思議なあの子。忍者かもしれない。
 
それが大嘘である可能性を考えてみる。姿を消したのは自らの意志ではなく、何者かに拉致されて監禁されている、とか。人々の記憶から綾波レイのことだけ消してしまう力を持つ・・・・たまたまなんかの偶然に僕は目覚めてしまったけど・・・・他に誰か覚えてないかな・・やっぱり新手の使徒の攻撃だろうか・・・だとしたらミサトさんに相談しなくちゃいけないけど・・・どうにも信じてもらえそうにない。うーん、孤独だ。
それで、姿を消した綾波さんは使徒の腹の中とか・・・・。そして、次はアスカか僕か。
 
ただ、やはりこの記憶消失には攻撃的な意志が感じられない。その証拠にあれだけ大騒ぎになったオランダ美術館放火事件もチャラにされている。野散須カンタローらに聞いてもそんな覚えはまったくないという。その事件での写真記事を見せると、綾波さんのみならず野散須夫妻、加持さん、青葉さんの姿も皆の目に認知されない。使徒がこんなことしてくれるはずがない。たぶん、これは綾波さんの心遣い。決して他人に無関心じゃない。
 
綾波さんの実家に行ってこの目で確かめてくるのが一番いい、かもしれない。
 
だけど、そこまで嫌だったネルフ勤務からようやく逃げられた綾波さんを追跡するのはどうもなあ・・・・使徒ともう戦いたくないなら、それも、仕方がない。
僕と、アスカでなんとかするしかない。面子が半分になっちゃうけど。
とも思う。アスカが聞けば激怒するだろうけど。綾波さんは戦闘なんか向いてない。
父さんが連れ出したというなら、僕は連れ戻したくなんかない。
しんこうべ、にはロクでもないことが待っていそうだし。
 
 
そして、なにより第三新東京市を離れるわけにはいかない・・・・・
もう、離れられない。夜の雲の色の瞳で考え込む碇シンジ。
すでに深夜一時。雨が降り出してきていた。
 
 
 
「ちょっち怒りすぎちゃったかなあ・・・・」
そのころ残業でまだ本部にいる葛城ミサトは誰にいうともなく溜息とともに。
ここは赤木研究室なので、赤木リツコ博士しかおらんのだが。碇シンジが戻ったせいで定時に帰る必要もなくなり研究三昧の毎日に埋没している。
「別にいいんじゃない。保護者としては適切な態度だとおもうけれど」
近頃の親は自分の子供を叱ることもできない、とかいう話に繋げようかと思ったが碇シンジの親は碇ゲンドウだ。ここのところまたしても裏で何やら暗躍している。自分にすら分からない領域で。
「だって、何か態度へんなのよ。今日はドクダミ茶を水筒にいれてくんなかったし」
「・・・そんなことまでやらせてるの?そのくらい自分でやればいいでしょうに。
どっちが子供なんだか・・・」
「学校と本部のあちこちで、綾波なんとかさんを知ってるかとか聞いてまわってんのよ。
変じゃない?」
「なにそれ。最近の子供の間で流行っているの?怪談ごっことか・・・」
「・・・・やっぱり、例の初号機とマギとの接続が頭に悪い影響を与えてんじゃないの・・・・・マヤちゃんの会社は順調みたいだけど」
思い詰めたジト目で葛城ミサト。初号機の頭はマギ全データを保管してもまだまだ余裕でスペースがあるのでそれを利用してデータの保管「データ銀行」を始めたのだ。ATフィールドの鎧をまとったエヴァ初号機は世界最強の記録媒体でもある。何が起ころうとデータを永久に守り通し保存する!というのを売りに会社を立ち上げたのだ。そこの社長におさまったのが伊吹マヤ。社員は元伊吹商事の面子をそのまま引き連れて本社は秋葉森に。
もともとダミー会社丸独商事を乗っ取って造った伊吹商事だから世話はない。意外にも世界中からあちこち需要がありけっこうな儲けを弾きだしている。それのみならず、電子図書館ザナドゥと連結し、重要書の未来への保存などメセナ文化事業もやっている。
ちなみに、初号機の常時発生させる膨大な電気を”売り”に出すという計画もあがってきており、それが実現されれば「碇電力」の名で電力会社が設立され、碇シンジは将来食べるに心配しなくてもいいようになる。
 
話がそれたが、葛城ミサトの云うことは言い掛かりである。
悪い影響があるにしても、葛城ミサトが時折碇シンジにぶつける激情ほどの威力はない。
が、それをいうと喧嘩になるので、赤木リツコ博士は大人しく愚痴をきくほかはない。
 
 
 

 
 
 
「・・・分かった。では、明後日にな」
 
ネルフ本部総司令室。受話器を置く碇ゲンドウの手が微妙に震えている。
碇ゲンドウ専門家である冬月副司令でなければ見逃していただろう。
この鉄面の男にこのような興奮を与えるとは・・・・相当な相手、相当な情報だな。
 
「ソドラとゴドムが使徒に奪われでもしたのか」
そうなるとエヴァ十号機のスコアは200に届かずだな。そうなれば日本にも既に硫黄の雨、氷岩の雨が降り注いでいる。大陸規模の効果範囲をもつ悪夢の使徒専用の気象兵器。
人類の歴史もそれで終わる・・・ということではないようだ。
 
 
「ユイが来ますよ・・・冬月先生」
 
 
「なに?・・・・・・・なんだと碇・・・・今、なんといった?」
 
「ユイがここ、第三新東京市に来る、と言ったのです」
 
「ヒロシマの方はどうする」
「その為の六分儀ですよ。動かせるものは全て総動員しましたがね」
「このあいだから私にも教えずに動いていたのはそのためか・・・・」
 
「その為・・・・・・・いや、そうなのでしょうね・・・・・おそらく」
碇ゲンドウ自身も、なにゆえこの間から妻のユイを短時間ながらこちらに呼び寄せようとしたのか・・・覚えていなかった。表の帳簿にあがることこそないが、膨大な負担と犠牲と時間をかけた手配であるはずなのだが。たんなる愛惜ではない、せっぱ詰まったやむを得ない事情があったはずなのだが・・・・思い出せない。再会の刻はさらに先のことだ。この無理はそれすら先に延ばすことにする。息子のためか・・・いや。
もっと、ほかの・・・疑念を覚え、深く集中し記憶を辿ろうとしたが
 
 
「なぜ私に電話を代わらなかった。碇」
 
 
普段の様子からは想像もつかないものすげえ迫力の冬月コウゾウにうち消された。
 
「なぜ私にユイ君の声を聞かせなかったんだ。碇」
 
「問題が、ありましたか」
そんなことより、己の内にある疑念を解消しようと念をこらす碇ゲンドウ。
 
「なぜ私に電話を代わらなかったことを問題ないと思えるのだ。碇」
しかし、それもすさまじいばかりのウインタームーン妨害電波のために不可能だった。
 
 
それでも、碇ユイ。碇ゲンドウの妻にして碇シンジの母親が、第三新東京市に降臨するのはかわりがなかった。それを何より望んだ少女が不在のままのこの都市に。