みどみどみどすけ
 
でておいでー
 
 
なにやら子供達がシェルターのすみに集まって、呼びかけている。
「なにやっとんや、あのちび助たちは」
「さあね。宮崎アニメごっこじゃないか。それにしても子供はたくましいねえ」
「まあな・・・・寝てしまうよかええわな・・・・ちと、かわいそやけど」
黒ジャージと眼鏡の中学生の男子ふたり、鈴原トウジと相田ケンスケが七並べをしながら。
「となりのトトロ・・・・でしょうか。少し、違いますか・・・」
「かわいそうって?鈴原」
眼鏡とおさげの中学生の女子ふたり、山岸マユミと洞木ヒカリが七ならべをしながら。
「ほんまは子供は寝る時間やないか。それなのに、起きとかんといかん・・・そういうことや」
「そっ、万が一の時に逃げ遅れないようにね」
「そう、そうだね・・・」
「トトロは真夜中の庭で・・・・・」山岸マユミは眠そうだ。
「ほら、マユミちゃん」相田ケンスケは水筒から濃いコーヒーをコップに注いで渡した。
 
使徒との戦闘中につき、市民はシェルターの方に避難している。毎度のことなのですでに慣れっこになっており、不安に怯えて苛立ちに猛りくるっているような人たちはいない。第三新東京市市民としての諦観が、大人から子供まですでに浸透徹底していた。
台風と地震と雷と火事と・・・その他さまざま災害の詰め合わせセットのような事態が地表市街では展開されていることを知っている。その、元来とても人間には逆らえないような事態に逆らう連中が気張っていることも。
鈴原トウジ、相田ケンスケ、洞木ヒカリ、山岸マユミ、彼らはとくに。
 
 
「アスカと碇君・・・・・大丈夫かな・・・・長いね・・・・」
洞木ヒカリがぽつんと呟いた。がんばってどうにかなるような相手ではない。
ただ、地下にふせっていても通り過ぎてゆく相手でもない。戦わねば。生き残れない。
市民全員の生命しょってエヴァに乗るパイロット二人。惣流アスカと碇シンジ。
戦闘時間が長い。こんなに長く戦っているわけだ。たぶん、血にまみれながら。
想像することしかできない修羅場、戦場。そこでは、たぶん、まだ二人は・・・・
生きてる。
 
 
あちこちで祈っている人たちもいる。それぞれのやりかたで。宗教に、自分のやり方に、先祖の位牌に、真摯に、祈っている。それをどこへ捧げるのかも人それぞれだ。
洞木ヒカリも、心の奥で惣流アスカと碇シンジの無事を祈っている。
 
 
だが・・・・・
 
 
まさか惣流アスカが今頃疲労回復のため医務室でくーかー寝ていたり、さらには碇シンジにおいては第三新東京市にもおらずにしんこうべへ行ってしまって、地上で唯一人戦っているのはその母親、碇ユイであることなど。
神託をうける巫女ならぬ彼女の身で分かろうはずもない。まさかね。
かといって、その祈りの気持ちが無駄になっているわけでもなかった。
人の気持ちは融通無碍。それは碇ユイによく似合う。
 
 
そして、碇ユイはエイトマンもびっくりの快調さで快調に飛ばしていた。
単独で順調にスコアをのばしていた。なんだかゴルフのようだが。
 
 
第一ホール・カバエル。カバのように機動力は低い。が、短いしっぽ攻撃と機動力が低いために当たらない体当たり攻撃が強い。(謎)形状はそのまんまカバ、というわけでもないのだが、しっぽと動きののろさから日向君が「まるでバカなカバみたいな奴ですね」とひねりもなんもないことをのたまい、それに触発された使徒命名の第一人者、世界使徒命名協会の会長、冬月コウゾウがバカエルではかわいそうなのでカバエルに決めた。
命名でもめている間にユイ初号機に瞬獄殺された。(天)
「いくらなんでもそれはないんじゃ・・・・」という綾波レリエルの抗議も黙殺!。(絶)
なぜなら、冬月コウゾウ氏こそが奥の深いこの世界では権威だからである。(泰)
 
 
第2ホール・ハマグリフォン。でっかいハマグリ。みたいな形。まんま。
二枚の貝殻を合わせたような形。中から黒い蛇のようなのが出てくる。
うねうね。攻撃は蛇、防御は貝。
「これは玄武か・・・ゲンブフォンでもいいな。中華文化との融合、なかなかナイスなネーミングだ・・・会心の作といってもよいな」とご満悦の冬月会長だったが、ある事実を碇ゲンドウに指摘されてやむなく没にした。出現の方角がなんと南だったのである。
「うぐうっ・・・・・!!」「・・・・・・・(ニヤリ)」
「まあよいではないですか。冬月先生・・・・あれが北から現れたならほかの三方から虎型と龍型と鳥型が現れるところでしたよ・・・」
「やもうえん・・・・・やつはハマグリフォンだ・・・・・残念だが・・・・」
これまた命名でもめている間にユイ初号機にロメロスペシャルを極められて悶絶撃沈。
 
 
第三ホール。マルエル。でっかい球状の使徒。白い。でかい。ただでかい。無広告無地のアドバルーンのように意味なくでかい。中心に目玉のような黒い穴がある。そこに何でも吸い込んじゃうぞ。ふわふわ浮いている。ビルをひとつと悶絶昇天したハマグリフォン
を吸い込んだところで一休み。吸引力が凄まじい。ユイ初号機でさえ踏ん張るので手一杯。
おそらく、今度はユイ初号機に照準を向けてその吸引力を向けてくるだろう。
単純な構造のくせにかなり強敵だ。第三ホールにして。
第一、第二、と楽に進ませておいてそこで出鼻を挫く。なかなかえぐいコース構成だ。
 
「「そういうの、嫌いじゃないわよ」」碇ユイと葛城ミサトがハモッた。
 
わかってますねえ、わかってますよ、と。あんたが大将、わたしが一番。
 
「で、どうしましょう葛城さん」「ちょと昔つかったやつの流用ですけど・・・・」
 
それは、ヤジロベエ使徒との戦いで用いた紙ビルを流用した「巨大ホース」だった。
ホースというか、障害物競走での土管くぐり、を想像してもらった方が早いかも。
「あの戦闘の時にゃ、この中に”誰か”隠れてたのよね・・・あれ?シンジ君でもアスカでもないわよね・・」
「いや・・・儂の担当じゃったが、すまん・・・思い出せん・・・うーむ・・」
目玉のような黒い穴にかぶせると、今度は伸ばしてちょうど使徒の反対側にくっつける。
そして、吸引開始。
 
 
きゅぽんっ
 
 
なんだかいい音がして
 
「マルエルは消えてしまったとさ。どこへ行ったのは誰もわかんない」と綾波レリエル。
 
「いや、ほんとーにわかんないだってば。よくいるでしょ?自分で吸い込んでおいてその先どこへ行ったのか自分もよくわかんない、とかゆー異次元系の無責任なやつ。マルエルもそういうやつだったのよ。犬とかカラスとかと同じでえものは独占したかったのかもね」
 
 
「ま、わたしはその点、責任感のきちんとしたシトだから」とおはぎを口に放り込む。
 
 
第四ホール。アニメル。星がキラキラ輝く瞳の眼球使徒・・・・・バンカーとウオーターハザード狙いの湖沼だらけコースのようなさらにえぐいのが出てきた。普通ならばここで大いにスコアを崩す可能性のある難敵である。
 
「うわー、わたし、こういうの苦手なんだけど。少女マンガとか読まなかったし」
襲いかかってくるわけでもない。ビルの影からそっとこちらを見るだけで。
その瞳が宇宙空間に直結していて隕石群でもドンドコ撃ち込んでくるとかいうわけでもない。ただひたすら見るだけ。碇ユイの苦手意識に訴える精神攻撃なのであろうか。
 
 
「うっ!!・・・・もしかして奴は・・・・」日向君が顔色を変えて眼鏡をおさえた。
「何なの日向君!なにか敵の意図が・・・」ちょっち不安を覚えながらも葛城ミサト。
 
 
「乙女バシカに感染しているのかも・・・」
 
 
「なによそれ・・・乙女バシカ?」なんか聞きたくないような気もするが・・・
 
「男がかかると乙女のようにあのよーなキラキラした瞳に変わってしまう病気ですよ。
九州は鹿児島での一件は有名でしたからご存じでしょう。チェストーな薩摩隼人たちがある日突然キラキラした乙女チックな瞳にウルウルしてしまう新世紀の怪病。第三新東京市での感染はありませんでしたが、使徒が媒介しついにここまでやってきたのかも・・・」
「ちょっと待って。それってマジ?嘘だったら日向君、あんたテラホークスみたく宇宙ステーションで単独勤務を永久に命じられるわよ」
「嘘や冗談だったらどれほどいいか・・・・・」日向マコトの目は悲しげにも北アルプスの午前五時に穢れ無き乙女が汲んでくる若水のごとくに清く澄んでいた。
「う・・・それって司令とか副司令とか作戦顧問とか感染しちゃう可能性もあるわけ?」
「年齢が高いほど抵抗力がありませんから・・・・可能性は高いでしょう」
「と、なると碇司令がお芝居のチケット欲しさに除夜の汽笛が鳴る前にラーメンを百杯配達したり、副司令が紫のバラをくばったり、野散須親父が大正時代の話題独占で人気独占でチャーミングなハイカラになったり、青葉君が鉄仮面をかぶって桜の代紋のついた鋼鉄ヨーヨーを・・・・」
 
 
「そうですよ!。僕だってアイシャドウをいれて美少年と愛し合うよーになるかもしれませんっっ!!」
 
 
「うわっ。想像しただけで・・・・げろげろ」
「不潔・・・・・」究極不潔、ヘドロにまみれたオクサレ様を見るよな目で見る伊吹マヤ。
それがオペレータの女性職員に連鎖されていく。「手前ら、ゆるさねえっ!!」
 
「美しさは罪・・・だよな・・・・」と鏡を見ながら青葉シゲル。終わっている。
 
まずい、日向マコトのせいでネルフ本部発令所がかなり崩壊の危機だ。
「人類少女漫画化計画」の発動・・・・・・
実際に、そんなことになってしまったら大半の人間が笑い死にしてしまうだろう。
赤木リツコ博士がいれば一蹴して片づけてくれるのだが、あいにくセントラルドグマだ。
 
その危機を救ったのはやはり、碇ユイで、その操る零号機。後ろから踏んづけて殲滅。
「苦手なだけで、べつだん怖いもないけどね?」
 
 
ふう、見事な精神攻撃だった・・・・光線の一発も放たずに発令所を混乱させるとは。
もしかして、日向マコトは使徒の送り込んだスパイなのではなかろうか。
名付けて「マコエル」。なんだか可愛いネーミングだ。彼の動向には注意が必要かもしれない。彼の上司は人材配置について真剣に考え始めているようだが・・・・。
しかし、使徒というやつは油断もすきもない・・・。さすがに188もいればそのバリエーション、手口も様々で、シェルター内から使徒反応が検出されたりもする。
 
「避難してる市民のど真ん中に使徒っ?」
警報に葛城ミサトが顔色を変える。
 
 
「それもかなり広範囲に・・・・シェルター全体が汚染されています!!」
モニターで見てみると、壁面のほぼ全体をさまざまな濃度彩度の緑の斑点が不気味に蠢いている。「コケ・・・みたいだけど、被害は?」「人的被害の報告はいまのところありませんが、壁面に埋設してある設備が機能低下をおこしています」「すぐ、他へ移動させて」
まいったな・・・・葛城ミサトは山犬のように鼻に凶暴な皺を寄せる。
どこかに本体があるのか・・・・早めにシェルターを封鎖して焼き殺すか・・・
 
 
どんっ、どんっ、どんっ、どんっ、どんっ
 
 
地上にいきなり巨大キノコが生えてきた。ナメコエル、シメジエル、エノキエル、ベニテングエル、キングベニテングエルである。これだけでかいとみそ汁の具にするにはどれだけの碗が入り用になるだろうか。
 
 
「ズルファス・・・・・けっこうな大物がでてきたわね・・・となると、ソフィエルもそろそろ降臨か・・・・」サラダせんべいをぱりぱりやりながら綾波レリエル。そして、青汁を一杯。「う〜・・・・・ん、ぷわ〜・・・・・まずいっ!」
 
 

 
 
苔の緑に包まれて外部と隔絶させられたシェルターはどこからかいきなり押し寄せてきた野菜軍団に襲撃され、サラダの国のアタック・オブ・ザ・キラートマト姫の支配下におかれようとしていた。
だが、ここにそれに勇敢に歯向かう二人の若者がいた。
 
 
「おわっ!!、こらもうどえらいことになってしもうたな。どりゃーくたばれー!!
ケンスケ、こっちもや!」
「おうっ!!」
日頃、掃除時間に鍛え上げたチャンバラの腕を望んだことではないたぁいえ、思う存分振るう鈴原トウジにアーミー趣味をここぞとばかりに解放する相田ケンスケである。
襲いくるワルベジター軍団に正義の刃を振りかざす鈴原トウジ。「ワイがやらんとだれがやる!!」すでに返りトマトで真っ赤になっている。凄まじい形相だ。その背中を援護する相田ケンスケ。モデルガンで次々と撃ち抜いたスイカの汁を浴びまくりでまあ、こちらもすごいものだ。「マユミちゃんのためなら死ねるでありますっ」
 
野菜が大量に襲いかかってくるという「現実」にいち早く対応したのはやはり若い衆で、鈴原トウジなどその筆頭であった。大量に襲いかかってくる野菜が何をしてくるかというと、「人に食われる」のである。「人を食う」のではない。野菜が食生活に不足になりがちな都市生活者には福音であったろうが、ものには限度があり、調理もされていない生野菜100%が口の中に次々に飛び込んでくるのだ。「人類は生野菜を好きではない」と海原雄山もいっている。ピーマンやニンジンくらいならまだしも、トウモロコシやカボチャがロケットや爆弾のように頭めがけて飛んでくるのだ。それも次々と。
セロリが鼻の穴に突入して酸欠を起こした者もいれば、カリフラワーにカツラを盗られた者もいる。ホウレン草にぶん殴られたり、ニンニクに脚をとられて転ぶ者もいた。
大量のニラに絡みとられてミイラのようにされたり、ジャガイモにボディブローをかまされたり、サトイモに右ストレートをいれられたり、自然薯にラリアットされたり。
餓死することはないだろうが、これでは食べ過ぎで死んでしまう。しかも、まずいっ。
口を閉じとけばいいじゃないか、という安易な解決は凶猛な野菜の突進の前に無意味。
この現実の前に八百屋の親父も精進を説くお坊さんも早々に諦めた。食べ物を無駄にしてはいけないっ!という題目を沈黙させつつ、野菜軍団を迎え撃つ。叩き潰してやると、野菜はその人形劇のような生命を失う。まさか自分たちがその手で戦う日が「こんな形」でくるとは思ってもみなかっただろう。シェルター内は合戦の様相というか・・・大町内ドッジボール大会のようなやけっぱちな状況を呈してきた。戦いはきれい事ではない。
 
 
「もののけ姫ですね・・・・・まるで・・・・自然と人間との争い・・・・」
指先と口のまわりが真っ赤な山岸マユミ。子供の口から野菜を指や口で取り出している。
いきろっている。
洞木ヒカリとともに救護にまわっている。攻撃は女も男も見境ないが、女には力がない。
 
 
ちょうどシェルターの出口に凶暴な野菜軍団の親玉が陣取っている。
巨大なトマトのお姫様がそうである。相田ケンスケにいわせると「イヤーンな造形」らしい。その格好からお姫様としたが、機能的には「女王様」でありそこから野菜が次々と生まれてくるのだった。非常に自然科学の教育によくない。天才バカボンの歌で子供たちがお日様が西から昇って東へ沈むと思いこんで将来育って大恥をかくようなものだ。
その周りを騎士ナイトのように巨大人型カボチャと巨大人型キュウリが守護している。
巨大ナスビ馬にのっているのはいうまでもない。
 
 
「なんとかしてアイツをぶちのめしたらんとな・・・・・」金属パイプを振り回しつつ、接近を試みる鈴原トウジだが、雨あられと野菜が降ってくる。カボチャなどを何発モロにくらって顔といわず体中に痣ができている。なんでこないなことやっとんかな・・・などとちょっとでも考えたら負けだ。なんで応援が、助けがこんのかいな、などとちらとでも考えてても駄目だ。そんなことを考えとったら人は守れん。そうやな、シンジ、惣流、渚、・・・あや・・・?誰か忘れとるよーな・・・まあ、ええわ。
 
「ケンスケ!!援護せいっ」
「冗談いうなよ!ひとりでつっこむな!」
いかんせん、素人の寄せ集まり烏合の衆であるので、人間側はまったく統制がとれていない。だれかがリーダーシップをとっている間もなく次々と野菜がくるのだから仕方がない・・・・あらかじめ決まっているか「野菜対策委員長とか」・・・・孤剣をもってまたは実力を衆に見せつけるか。「どりゃー!!いくでえーー!!」駆けてゆく鈴原トウジ。
その気合いにカボチャ騎士が呼応して、ナスビ馬で向かってきた。どでかいドリアンの斧を構えて。
しかし、バナナの皮ですべった!!。野菜のトラップである。この際、野菜も果物もあまり関係がなく、マンゴーもパパイヤもキュウイも飛び交っていたくらいだ。バナナも当然。
 
 
「うおっ!しまった!!」猪突猛進の報いは脳天にドリアン斧の一撃。怪我ではすむまい。
「トウジっっ!!」「鈴原っ!!!」阿鼻叫喚の最中、悲痛な叫びがこだまする。
よりによってカボチャに殺されるなんて・・・・そんな、そんな・・・・・
 
 
だが・・・・・
 
 
ドリアン斧は鈴原トウジのどたま直前で停止させられていた。
 
 
「こういうときゃまず、耐え凌ぐことだ。分かっとんのか、ワレー」
カバのような大男の実年男性がそのぶっとい腕でカボチャ騎士の腕をつかんでいた。
 
 
「は・・・・」
助かったこともあるが、体育の教師も目じゃないような筋力に驚く鈴原トウジ。
農家の人なのか、首にまいた人生手ぬぐいが熟練を感じさせる。そして、片手には鍬。
 
「そして、協力することだ。家族で、隣人で、そして、町内で・・・・ワレらで」
 
ググググ・・・と実年男性の腕が筋肉がムクムクと膨れ上がり、カボチャ騎士の腕をねじりあげていく。「親父!!」「おとーさん!」子供らしい、中学生くらいの男子と女子が駆けてきた。こちらもいかにも農作業を手伝わされていたようなラフな格好だった。その手には草刈りでもやってたように鎌がある。
「おう、カズイとラン、ジョウはどうした。ワレー」カバのような大男が娘にたずねる。
「もちろん、おかーさんとこ。ご町内の皆様と一緒だから心配ないわ。で、君、ごめんねえ、おとーさんは口はこんな調子で悪いけど一応、市議だから安心して」
ラン、と呼ばれた娘は父親の問いに答えると、鈴原トウジの方へ向き直って拝んでみせた。なんだかおねーさんぶっている。事実、中三であるからひとつ上なのだが。
シギ?とゆーと鳥の一種かい?どう見てもカバやのに。違う、「市議」か?
「カズイ、やったれいっ、ワレー」カバのような父親・・・・これこそ第三新東京市市議高橋ノゾク氏であった・・・カボチャ騎士の動きを完全に制止しつつ息子に命令した。
「せっかくの休日に家庭菜園の手入れでブーたれてたが、人生、どこでなにが役にたつかわかんねーなあ・・・あらよっっと!!」息子のカズイは鎌でカボチャ騎士の首を切り落とした。そして、「ロベルト本郷もびっくりのドライブカボチャシュート!!」とサッカー部員らしいことをほざきつつカボチャ首を蹴飛ばした。たいそうなキック力だ。
 
「あ、あんたは・・・・」鈴原トウジは見覚えがあった。確かにほんまにサッカー部の。
名前はたしか・・・・・
 
「「高橋先輩っっ」」駆け寄ってきた洞木ヒカリと相田ケンスケがハモる。
ただ、それを差している人物がそれぞれちがったが。
「おや?洞木さん。こんな最前線に女の子は来ちゃダメだよ」と高橋ランが。
「おう、相田あ。こないだは写真サンキュウな。と、こんなとこで挨拶してる場合じゃねー、親父!スタンドプレーの熱血野郎は回収したし、ひきかえそーぜ。かなり押されてきてる、じーさんばーさんエリアのほうはやっぱりダメだぜ。入れ歯だしなあ」
「うむ。それでは老年部のフォローに行け、カズイ、ラン。鈴原トウジ君、もう無理はするなよ、ワレー」
そう言い残すと高橋ノゾク氏は単身、キラートマト姫にむかって鍬をかまえて駆けていった。「親父!!なにひとりでキバってんだよ!市議だからってこんなアホな状況でがんばんなよ!!誰もみてねえって!!」「カズイ、ウダウダ言っていないで行くよ!」
「戻るならひとりで戻れよ。オレはっ・・・あのカバ親父・・・・って、ラン、なんでサッカー部のオレより足が速いんだ、手芸部のてめーが!待てよ!」「なにいってんのよ、湘爆の江口洋介だって手芸部の部長だったんだからね!置いてくよ」
 
「おいおい・・・・行っちゃったよ。どうするトウジ・・・」
なんだかんだいって親子三人で敵の中枢まで駆けていってしまった。
碇親子を筆頭にして、第三新東京市内「あなたの選ぶ好戦的家族ベスト5」の中にランク確実だ。「選挙権があったら・・・・必ずあの人にいれるな」
 
「どうしたもこうしたもあるかいっっ。おのれらのほうがよっぽどスタンドしとるやないけ!ワイもいくでえっっ」鉄パイプを握りしめ、ダッシュする鈴原トウジ。
「じゃあなっ!がんばれよ、トウジ。オレはマユミちゃんを守るため引き返すがっ」
「あー、好きにせい、イインチョーもケンスケと一緒に戻れ。ここは危ない」
「わたし、鈴原と一緒にいきます。こんなこと、早く終わらせたいもの・・」
「はあっ!?なにゆうとんのや・・・・」
飛んでくるモモや柿を打ち返しながら戸惑う鈴原トウジ。たしかに、これは、赤いモジャモジャや緑のムクムクがパーソナリティーを務める幼児番組でもようおもいつかんよーなわけのわからん、一本でもニンジン、二人でもサンコン、三杯でも養命酒的にシュールな状況や・・・・さすがのイインチョーでも落ち着きをなくしとるわけやな・・・・
レタスとキャベツが飛んできた。まさか中身は赤ん坊ではなかろう、秩序のない現状にイインチョー水平チョップが炸裂する!!。
 
「いいよね・・・鈴原」目が、斬れ切れの包丁のように研ぎ澄まされて。
 
火事場の・・いやさ、野菜場の馬鹿力とでもいうのか、絶妙な、野菜を両断するポイントに寸分たがわぬ一撃。偶然ではない、日々台所に立ち続けてきた者だけがもつカンだ。
鈴原トウジにはもちよおもない貴重なスキルと経験とを洞木ヒカリは所有している。
ちょっと近づくのもこわいような気迫に包まれているが、ここで頷いては男がすたる。
わざわざ危険なところに女を近づかせるわけにはいかん!・・・・と惣流アスカあたりが聞いたら「ほんとにそうなのぉ?それだけえ?」ニヤニヤ笑うようなことを考えている。
とにかく、落ち着かせてやらんとな・・・・・「あのな、委員長・・・・・」
 
だが、そんな余裕はなかった。ゆらり、とタマネギの剣士が現れたのだ。
 
これもキラートマト姫直属のなにかなのだろうか、人型で巨大だ。
「気をつけろー!そいつの円月タマネギ剣法は見てるだけで涙がでてくる」
遠くから高橋カズイの警告の声。
「鈴原、これ・・・」すぐに洞木ヒカリが手渡してきたのは、「潜水メガネ」。
タマネギを傷つけると涙がでる。それも、これだけの巨大サイズだと・・・
「すまん」と手早くそれを装着する鈴原トウジ。宇宙刑事のように決まっている。
 
 
そして、激闘が始まった。
 
 

 
 
相手を呑んでかかる、とか、ひとを食ったやつ、とかいう文章表現がある。
 
 
がつがつがつがつがつ・・・・
 
むしゃむしゃむしゃむしゃ・・・・
 
 
モニターにそんな擬音がベタベタと漫画みたく張り付いているんじゃないかと、発令所の人間は錯覚してしまう。それくらいユイ初号機の食いっぷりは豪快だった。
「なんだか、天と大地からの夜食の差し入れって感じね・・・なかなか美味しい」
 
超巨大な芋鍋が昼に超電磁たこ焼きをつくった折のホットプレートの上にのっている。
超巨大キノコぐつぐつに煮えたぎっている芋鍋は、実は使徒のなれのはてで、名を・・・・・
 
 
「ソフィエルっていいます・・・・じゅるっ・・・あ、いけないいけない」(レリエル談)
 
 
野菜を統括する野菜大王なのだが、いかんせん相手が野菜嫌いでも肉嫌いでもないユイ初号機だったのがいけなかった。空からどごんと降ってきて、野菜兵隊を繰り出すくらいの攻撃しかもたなかった。というか、攻撃手段をもたない、平和的というか野菜的というか肉食獣的ではない使徒なのだ。これでユイ初号機に勝て、というのが無理だった。敵するべくもなく、いい餌食。どこかえいごりアンにも似た部下のキノコエルたちは薙ぎ倒され、文字通りに補食された。
生でキノコを食べてもいかんので、そこでユイ初号機は芋か大根か牛蒡かのソフィエルの中身を掘り出し、鍋を造った。「冬瓜なべみたいなものね」と碇ユイ。
 
 
「人造人間エヴァンゲリオンの食生活に関するレポート」というものが赤木家の図書館に秘蔵されている。冗談でもシャレでもなんでもなく、大まじめな実験だった。
ちなみに、実験パイロットである碇ユイは料理が玄人はだしだった。とくに、丼がよい。
初号機には味覚がリンクする能力がある。他のエヴァにはなく、初号機だけ。
ユイ初号機がベニテングエルを食べながら「美味しい」などといえるのはそのせいだ。
ちなみに初号機にはいかなる毒物も通用しない。フグよりミミズより毒物に強い。
 
「ま、これも”実験機体”たるエヴァ初号機”ならでは”、ということで」
セントラルドグマ・赤木リツコ博士がすまして。ちょっと額に汗しつつ。
 
ちなみに、零号機は口もないし、そんな実験には縁がなかったので給仕を。
 
「最初は胞子で降臨し・・ま、ここまではいいけど、エヴァや兵装ビルの電力を食って成長、ここもいいでしょう。でも、潰されると毒の胞子を出して枯れるが、今度はその胞子がエヴァに寄生して成長して、それをさらに潰すとさらに強い毒の胞子を出してまた、寄生して成長しなおす・・・最終形態はゴッドベニテングエルになる・・・予定だったのにねぇ・・・・まさか食べられちゃうとはねえ。しかも美味しく・・・・じゅるっ」
レリエルは綾波レイの顔のくせによだれをふいた。
ちなみに、味つけは「開かずの014番兵装ビル」の中にながいこと隠匿されていた・・・「プログレッシブ・濃い口しょうゆ」と「プログレッシブ・薄口牡蠣しょうゆ」による。
ネルフの前身組織がいったいぜんたい、大金つかってなにをしていたのか、その闇の過去の一端が明かされた。なんとか014番兵装ビルを調べてやろうと狙ってた加持リョウジなどそれを見て、こけてしまった。碇シンジと碇ユイ・・・この母子が帰ってくることでこの武装要塞都市がワンダーランドになってしまうような・・・気がしてきた。
 
 

 
 
「研究が大詰めにきているお父さんと、このところちょっと疎遠だったシンジ君に会いにきたら、その日にいきなりこんなことに巻き込まれるなんて・・・うーん・・・・わたしってもしかして、嵐を呼ぶ女・・・・かも」
 
と首をかしげる白いワンピースの少女は霧島マナ。霧島ハムテル教授の愛娘にして碇シンジの鋼鉄のガールフレンド。自分で言うとおり、半自覚的に嵐を呼ぶ少女である。
もしかして、この大量の使徒降臨はこの少女がこの都市にやって来たせいかもしれない。
誰にもその可能性は否定できないくらいにドンピシャなタイミングであった。
以前に訪れた時に起こった「とある事件」のことも考慮にいれれば。
この都市に降り立ったと同時に使徒来襲警報が鳴り響いてすぐにシェルター入りしたのだが・・・
 
 
嵐を呼ぶ少女の白いワンピースにはいささかの野菜のしみもない。
この阿鼻叫喚の最中において、その回避達成率は奇跡に近かった。
だが、嵐の中心、台風の目玉は青空がひろがり、風は静かでいつも平穏なのだ。
意識して争乱の少ない場所へ逃げているわけでもないのだが、霧島マナのまわりだけは中立地帯のように静かだった。その秘密は、親譲りのグンバツの観察能力にあった。目を皿のようにしなくても、自然に状況が体の中に入ってくるのである。魔狼のごとくの事象を食らって腹におさめる葛城ミサトの観察能力とは異なっている毛並みだ。
 
そして、その観察能力に支えられた知能は、争乱の解決にむけて行動をすでに起こしている。「え〜・・・・と、あれはどこかなー・・・・」霧島マナはよそ者であり、シェルター慣れしていない。それに、野菜の襲撃から我が身を守るので手一杯なひとたちから不審に思われることを聞いてまわるほど愚かでもない。頼れるのはまず、自分。
絶対にうまくいくとは思うけど、他人がそう思ってくれるとは限らない。
年齢は関係なく、このシェルター内で現在、最もクレバーなのはこの少女だった。
「おおっと、あったぞ、配電盤・・・・これが照明のブレーカーね」
抜群のカンで、配電盤の位置を探し当てると、霧島マナはシェルター全域に響けと大声をあげた。
 
 
「みなさん、照明を消して野菜を眠らせますっっ」
 
 
イヤもおうもない、霧島マナは責任者不在のこの場所で自分の判断で照明を消してしまう。
この消灯が人の意志によるもの、それによる混乱に警戒すること、という呼びかけ。野菜の光合成を封じて動きを鈍らせるなり向こうの都合の悪いことになってくれればいい、いや、なるにちがいあるまい、なるしかないっ、という断固たる気合いの判断。その声が少女のものであることに周囲の人間は一抹の不安を感じたが、その声は自信たっぷりで、かつすぐに照明は消されたのだから信じるほかなかった。
とっさに反応できたのは、その声に覚えのある、反射神経のいい若者だった。
鈴原トウジ。タマネギ剣士に苦戦していたが、その呼びかけに答え、すぐに片目をつむった。暗黒に対抗するため・・・と書くとかっこいいが、目をならすためである。
すぐに暗闇が来た。野菜も人も動きが止まった。タマネギ剣士も。
 
 
「うおーーーーーーーーーっっ」
鈴原トウジは裂帛の気合いをこめて、タマネギのシンを貫いた。やった。
 
このやり方は正解だった。照明を消したとたんに野菜の動きは鈍くなり、アニメのような生命をみるみる失っていった。人型の巨大野菜はまだがんばっているが、雨あられと降ってきた野菜砲撃がなくなれば、もう勝負は決したようなものだった。
 
これは霧島マナだけが考えたわけではむろんなく、葛城ミサトも同じコトを考えて全シェルターに段取りつけて実行させた。段取りをつける分だけ、実行は遅れたが。
幸いなことに、打ち身やねんざ、骨折、食べ過ぎでトイレに急行な人を大勢だしたものの、
赤ん坊から老人まで、死人はでなかった。ただ、シェルター内はすさまじい有様で、誰しも速攻ででシャワーを浴びたかった。だが、依然、戦闘は継続中。
 
 
その混乱の中での、霧島マナとの再会に鈴原トウジたちは何を見たのか・・・・
 
 

 
 
「あ、フジツボエルのカードが」
どこで買ってきたのやら、レリエルは「使徒ポテトチップス」のおまけのカード袋を開けてみると、このようなカードが入っていた。
 
画像に加えて能力の詳しい説明・・・コレクションカードの王道である。そして、ネルフの人間に見せてみれば千金を積んでも手にいれようとしたであろう、モノホンの使徒情報。 そして、それはただいま降臨、ユイ初号機と戦闘中なのであった。
フジツボエルの打ち上げる花火はここからでも鮮やかに見えた。まだ、夜は長い。
 
 
夜食で気合いを入れ直したユイ初号機がさっそく苦戦している。外見はまさにふじつぼでふじつぼとしかいいようがなく、冬月副司令も綾波レリエルも、使徒ポテチでさえ、
「フジツボエル」と明記してある、なんともふじつぼなやつなのであるが。
身の程を知り尽くした者だけが持つ強さがあった。
「いわゆる中身が美味い男ってやつだわ、ねえ、あなた」
相手が強いと碇ユイは機嫌がいいらしい。人類としては困った性分だ。
そして、ユイにほめられると嬉しいらしい碇ゲンドウ。「ウム・・・・・」
「けどまあ、春雨じゃ、濡れていこう・・・ていうには熱すぎるわね、この都市を覆う火の雨は」
フジツボエルの攻撃範囲はなんせ広かった。移動能力がないかわりに、花火一発で都市の六分の一に火の粉が降ってくる。また、その火の粉の温度が半端ではなかった。エヴァの装甲が溶けてしまうほどのバカ高の温度があった。
とっさにユイ初号機が鉾を柄にして、核融合反応の熱さえ封じ込める「雷帝傘」を展開して都市全域をカヴァーしなかったらこの都市はアイスクリームの皇帝を迎えてドロドロ弐代目ソドムを襲名していたところだった。
フジツボエルはあちこちに引火性の液体をまきちらしはじめる。危険物取り扱い者が見たら卒倒するくらいに物騒極まりない液体である。ちょっとの火花、ちょっとの電力で爆発を起こす、救いとしては振動に強いくらいなものか。これと使徒の花火雨が触れようものなら大爆発間違いなし・・・・・救いなのは、同士討ちを恐れてか他の使徒が降臨してこないことである。
 
 
「フジツボのくせに・・・・・」
葛城ミサトがおもいきりフジツボ差別発言をした。だが、これはちょっと手が出せない。
液体ヘリウムでもぶっかけてやればいいのかもしれないが。答えは既に出ている。
多少の被害を耐えてでも、一刻もはやくフジツボを倒すこと。
戦術的な正解はそれしかない。
 
 
ユイ初号機の力をもってすれば、雷帝傘を支えつつ、フジツボエルを攻撃することはたやすい。零号機もいる。真っ二つにすることもさしてむつかしくない。だが、できない。
なぜなら、やればこの都市が消し飛ぶどころか消滅するほどの超大爆発が起こる、とマギの試算に出たからだ。でなくても、たぶんそうだろうなー、ということくらい人間の頭でも分かる。いってみれば、それは「活動する爆弾」なのだ。外見に誤魔化されてはいけない。相手の生態をよく見ながら・・・・・
 
 
「そういえば、”あの人”がいませんね」と日向マコト。上司と同じことを思い出したのか。
「ああ、”あの人”・・・・」と葛城ミサト。そういえば、いない。リツコもいないのに戦闘中の発令所にいないとは・・・・ユイさんのどさくさで気にとめてなかったけど。
 
「フジツボ・・・・甲殻綱蔓脚亜綱完胸目フジツボ亜目に属する種類の総称で、フジツボ科とイワフジツボ科に分けられる。すべて海産で、多くは岩礁に多数集まって固着生活をおくる。一般に直径1〜5㎝で石灰質の殻板につつまれる。基本的には一枚ずつの峰板と嘴板、対をなした盾板と背板からなり、これに各種の側板が加わる。体は内部に倒立した形で納まるが、頭部と六対の蔓脚をもつ胸部のみで、腹部を欠く。上部の殻口から蔓脚を出して水中のプランクトンを集めて食べる。雌雄同体である・・・・・なんて、まるでブリタニカ百科事典みたいなことをさりげなく喋りながら登場しても、ぜんぜん嫌みにならないどころか、決まりすぎてる”あの方”ですか?」と伊吹マヤ。
 
「文学的素養もあり、藤壺〜・・・源氏物語の桐壺帝の中宮、光源氏の母、桐壺更衣に似た女性であったとか、そういうことをヴィヴィットに語っても後ろ指をさされない、オヤジ成分含有率3%以下、日本人男性とは思えない、”あの人”っすか」と青葉シゲル。
 
「百のうち、九十九まで傍観者みたいな顔してるのに、自分の出番を決して間違えないあの人・・・・・なんで、出てこないんだろ」首をかしげる葛城ミサト。
 
 
そう、霧島ハムテル教授。あの人だ。
 
 
ここはあの人の”出時”としか思えないんだけど・・・・出てこない。おかしい。
まいったな・・・ここは、「かくかくしかじかこうこうでフジツボにはこんな弱点があり、おそらく彼もそうでしょう、ここらで母なる海に戻っていただきましょう」とかなんとか言ってくれる予定なのになー、困った。なにしてんだろ・・・?
それとも、まだあの人の出時じゃないというんだろうか・・・・
全員が困って困ってワンワンニャンニャンいってないと出てこない気かも?
こんな大量の使徒降臨なんて滅多にない研究の大チャンスなのに。
 
 

 
 
使徒を倒すことはたやすい・・・だが、都市を、人を守ることはむつかしい。
尋常なことではない。時には深く、時には浅く。そして、時には・・・・
 
「いつもより、多くまわさないと・・・・いけませんね」
ユイ初号機の姿勢が低くなった。そして、雷帝傘を斜めに、すくいあげるように。
ころころと柄を手元で回転して、傘でそぎとったものは・・・・フジツボエル。
それは、一瞬の早業で、持ち上げられたフジツボエルにもわけがわからなかっただろう。
 
もしかしたら、碇ユイはこういう使徒を待っていたのかもしれない。
敵にももちろん、味方にも物騒極まる・・・こういう使徒を。
「自陣で爆発したら、どうなるのかなぁ・・・・・さすがに雲もぶっ飛ぶでしょ」
一挙にかたがつく、ということだ。傘の上にあるこの状態で花火も液体も使えば自らがコナゴナになることを知ってか、プルプルと身体をふるわせるフジツボエル。
「雷っていうのは、天から降ってくるだけじゃない、大地から沸き上がることもある・・・って知ってる?逆雷っていうんだけどね・・・・リツコちゃん、お願い」
 
セントラルドグマの赤木リツコ博士がうなづいて、なにやら操作した。
都市の東南部がバックリと口をあけて、青と白の渦巻き模様の巨大なすり鉢状の施設が地下から顔を出した。もちろん、葛城ミサトを始めとする発令所スタッフのほとんどはこんなもんの存在を知らず、今始めて目にした。
 
「”チョビンの飛行場”か・・・・あのころの夢の遺産だな」
またしてもあまり実用的でないものを昔はつくっていたわけだ。
「あれで宇宙に行こうなどと・・・・さすがはユイ君」
ため息混じりでもけっきょくは碇ユイをほめる冬月副司令。すでに処置無し。
「地上の闇で手一杯の人間が・・・・なにゆえ宇宙の闇を抱えにゆくのか・・・・」
碇ゲンドウはその計画には気が乗らなかった。いつものようにユイに押し切られただけで。
「闇以外のものもそのころは見れただろう?碇」
 
 
「宇宙にまでは行く気はないから、・・・・・・雷翼もこんなもんでいいでしょう」
傘を持ち上げたまま青白のすり鉢の底中心に立つユイ初号機。その背に、三枚の小雷翼が。
青と白の模様に沿って伸びてゆく雷翼はすり鉢の螺旋に従い、渦を巻いた・・・・。
その雷渦の中で重力はかき消され、天に向かって逆の力へとベクトル変換される。
夜を切り裂く、三本の雷柱が屹立する。それを支えに飛ぶ、ユイ初号機。
鉾の超大さのために、ほんとうにロケットが発射されたようにみえた。
たとえ大軍に囲まれようがなにしようが、好機が出来ればすぐに大将首もしくは全滅を狙いにいく・・・・・ホームランか三振か、それが碇ユイの戦闘方法。
その手際は葛城ミサトよりさらに豪快。ほとんど神話の域にある。
 
 
まだ多くの赤い点を輝かす入道雲に向けて、雷帝傘からフジツボエルが投げ飛ばされる。
 
 
上手くいけば、これで戦闘が終結する。だが・・・・・・
 
 
入道雲から白い霧のようなものがフジツボエルに吹きつけられると、一瞬で凍結した。
爆弾処理班のような見事な手際だ。しかし、その直後、フジツボエルは砕け散りダイヤモンドダストになって都市に降った。白い霧は竜のように空中のユイ初号機にぶち当たると一気に抱きしめた。もし、LCLを充填したエントリープラグが填めてあれば一撃でやられたほどのとんでもない冷気。ユイ初号機の機体がシャリリと白く染まった。
「火の次は氷・・・・芸はないけどなかなか面白いわね!」ユイ初号機が愉快げに吠えた。
その四肢を冷気が錠となって封じ込める。氷に彫り込んだ鬼の像と化す初号機。
そして、脳天逆落としにされた。いついかなるときも負け惜しみと縁がない碇ユイである。
 
待ちかまえていた零号機がそれを見事に抱き留めた。
このタイミングはダブルオペレーションの利点である。自分で自分の世話が見れる。
 
 
しかし、強い・・・・これは将軍クラス。まさに冬将軍だ。
白い霧は第三新東京市に降臨を果たすとまたたくまに冬知らずの都市を白く染めてしまった。道路にたまったフジツボエルの引火性液体さえも綺麗に凍らせてしまう。
凍ってしまったユイ初号機を火炎放射で零号機が溶かしているが、しばらくかかる。
 
 
シャルギエル。それが、冷凍使徒の名。
 
 
さすがに雪が降れば、コースは閉鎖される。
 
 
 

 
 
 
「あ、いたいたー。こっちにいたようー」
 
ずいぶん、子供っぽいことを言うなーと碇シンジでも思った。綾波脳病院行きのバスを待つ停留所でのことである。学校帰りなのだろうか、赤いブレザーの制服のたぶん、女子高生は後続の知り合いに向かって呼びかけていた。黒い髪が豊かに流れた。
ここで、「こっちにいたよ」などと自分の顔を見たとたんに言われて、怪しいな、と思わないのだから碇シンジの方も相当なタマではある。ただ、その綺麗な赤い靴の女子高生は相手に警戒心というものをかけらも与えない、天真な表情をもっていた。
「まさか、こんな真正面から乗り込むわけは・・・・・あ、おられた」
小学生くらいの男の子で、今時珍しい青い学生服に、素足に下駄、切りそろえた髪は両目を隠してしまっている・・・・なんだか妖怪マンガの主人公みたいだった。これで虎模様のちゃんちゃんこと目玉の小人がいればぱーぱきなんだけど。
「お見かけによらず、剛毅な方みたいですね・・・」
「そうだね。この人でいいんだよね、タキローちゃん」
「ユト姉さん、この方、でしょ。これからぼくらがお守りするんだから」
何やら写真を取りだして見ながら、ぼそぼそと話す。どうも姉弟らしいが、なぜか碇シンジの前で向かって横に並んでいる。少なくともバスの乗車客ではないようだ。どうせ他にも誰もいなかったけど。
「そうね、がーどよね。がーど」
言葉をやわらかく咲かす心得があるのか、年下の弟に指示を仰ぐようでもこのユトという姉さんはバカっぽくは見えなかった。ただ、お脳が快晴にはみえる。
「”六分儀”シンジさん?でいらっしゃいますか」弟のタキローが尋ねてきた。
「六分儀の法服をきてるんだから決まってるじゃないの、ねえ、六分儀シンジさま」
 
碇シンジ、もとい、ここしんこうべでは六分儀シンジはサングラスを外して。
「そうです。六分儀、シンジです・・・君たちは?」
 
ここでいきなり襲いかかってくる可能性もあったのだが・・・・
 
「夜の雲の色の瞳・・・・間違いない。六分儀タキローと申します」
「やさしそうな目・・・・ああ、よかった。六分儀ユトです」
「ここ、しんこうべでのご用がすまれるまで、赤靴と天下駄の姉弟、わたくしたちがお守りします」
ふたりは名乗りをあげ、合掌の指を観音のよに美しく6にする六分儀式の敬礼をしてきた。
 
「六分儀の・・・・」父方の一族は奇妙な商売をしていて、奇妙な人材を輩出する・・・ということをおぼろげに聞いたことがある。どちらかといえば「敵が多い」商売だと。
 
そして、今現在、その六分儀の一族はゲンドウの指令で、その力の大半をユイ不在のヒロシマに注ぎ込んでいる・・・・そんなことは知らないが。本陣を狙うには絶好の機会。
その中、護衛役として送られてきたのだから、この姉弟の力は・・・・。
 
「あ、バスが来た・・・・・じゃあ、君たちも乗る?」
よくわかんないけど、母さんが”ガイド”を手配してくれたんだろう。
父さんじゃ、ないなあ・・・・。せっかく来てくれたのに、断るのもなんだしなあ。
母さんの紹介なら、ある程度の「じじょう」も通じてるんだろうし・・・
碇、いやさ六分儀シンジはあっさりとこの姉弟を受け容れた。お守りする、という意味もさしてふかくとらずに。今頃、特別列車が通過した駅では、「綾波神鉄」という綾波党の守護役の包帯魔人が手勢を従えて碇シンジを袋叩きにするべく待ち受けていたことなど。
 
 
「それはもちろん」
姉弟はうなづいた。迅速な契約に満足したようだ。
 
「でも、シンジさまはやめてよ。目立つから。これは隠密活動なんだから」
と、乗りかけで六分儀シンジがそう言うと、六分儀ユトはにこっと笑って、
「よかった。じゃ、シンジさんで。では、いきましょう、シンジさん」
 
「綾波党の本拠地、綾波脳病院へ、れっつごー。いやー、それにしてもやっと戻ってきた後継者を連れ戻すなんて、これは火薬庫でサンダーワイヤー電流入り有刺鉄線デスマッチするようなもんで、全面戦争まちがいなしですねっ。わたしも小さい頃からなんどもあちこち抗争には駆り出されましたけど・・・・今回のは過去最大規模になる予感がします。
綾波党と六分儀一族にも短い蜜月があったんですけどねー。
ユイ様が登場されるまでは・・・。
そのせいで、けっこう混乱されることがあるかもしれませんが・・・・
でも、わたしたち姉弟は最後の最後までシンジさんの”がーど”ですから、味方です」
ついでに、思い切りびびらすようなことも言った。頼りにしていいのかわるいのか。
 
「この無人走行バスだって、爆弾のひとつやふたつ仕掛けられてドカーンといってもおかしくないくらいですよ。ねらったようにナイスな時間帯に来たし、ちょうど、わたしたちのほかに誰も乗ってないし」
「ユト姉さん、それ当たりみたいだよ。運転席が煙りふいてる・・・すぅ・・・毒ガスっぽいね・・・」
 
「「これで爆発したら早口言葉になるのにね」」
バス毒ガス爆発・・・・は、かなりむつかしい。
六分儀シンジとユトのダブルぼけが着火点となったように、文字通りドカーンと!!バスが爆発・・・・はせずに、シルバーシートの影から華やかな着物を着た老人が現れた。
 
「ふふふ、かかりおったな、小わっぱども」
節くれだった枯れた手でニギニギしながら・・・しかも、虹色のチョンマゲだ。
しかも小わっぱ。今時、時代劇の悪党でもつかわない。忍たま乱太郎と仮面の忍者赤影を足して二で割ったような感じだ。しかも、子供相手に全力がそそぎ込める、今時珍しい人格も持ち合わせているようだ。子供にとっては迷惑な話だが。
「なんか、しょっぱなからすげえのがでてきましたね」と六分儀ユト。
「老人は痛めつけたくないんだけどね・・・・・」と六分儀タキロー。
 
「ワシの名は綾波ユメヂ。ふだんは有名な日本画家でありながら、裏では忍術も修めているという兵G県で一番、ニッポニアニッポンな人物じゃ!!」
 
「うわー、ここまで奥ゆかしさのかけらもない自己紹介を聞いたのは始めてです。
六分儀ユト、感激です。ですから絶滅しないでくださーい」
「かかった、とか言っていたけどこの毒ガスのことか・・・・あいにく、ぼくらにはそんなものは効かないし・・・シンジさんにも・・・(大丈夫ですよね?)・・・効かないよ」
 
「・・・・・」使徒とはまた別種の生き物を前にして目を丸くする六分儀シンジ。
いやー、よのなかはひろい。シルバーシートは運転席に近く、マスクも無しにしゃべるとその毒ガスとやらをこっちよりも吸い込んでいることになるはずなのだけど。
 
「甘い、甘い、文明堂のカステラ、ツマガリのケーキ、ダニエルのクレーム・ダンジュ、ベニールのシュークリーム、モントルーのバターケーキより甘いぞっ。貴様ら六分儀の化け物どもに通常の毒ガスなど効かぬことは先刻ご承知の助じゃわい!それに、通常の毒ガスだとこのポジッションではわしが吸い込んでやられてしまうわ!まいったか!」
 
べつにまいりゃあせんのだが。バスケットじゃあるまいし、ポジションどりで恐れ入る必要はどこにもない。
 
「化け物だって・・・・・・・・・・」
ギロ、とタキローの前髪に隠された目が凶、と光った。
 
「お化けじゃないよ、おじいさん。六分儀の一族はお化けにもお金を貸して、その利息や返済が出来ない場合の担保として、ちょっとこの世のものじゃない”もの”を受け取ってきただけだよ。本業はお金貸しなんだから。黄色や赤地の白抜き看板だしだり、ダンスチームのCMなんかは放映してないけどね。だいいち、それを言うなら綾波党の方がよっぽど・・・」
タキローをおさめつつ、六分儀ユトが説明した。
「貴様らのその中途半端な異能の民ぶりに・・タンが出るだけよ。かー、ぺっ」
懐から懐紙を取り出すとそれにむかって、ぺっとやる綾波ユメヂ。まったくもって、綾波党も一枚岩ではないらしい。イメージ的に。
「いかん、長話をしておったから、ガスが喉にからんできたわい・・・そろそろ貴様らにも・・・」
 
「どうせ毒消しもたんまり持ってきてるんだ。それも緑瞳製薬のやつを。少々の毒など・・・・うっ!!」
「どうしたの、タキローちゃ・・・んんっ!!」
二人とも強く舌を噛んでしまった。毒で神経がやられたのだろうか。いや、さにあらず。
 
「ふふふ・・・・これぞ道魔法師がオブザーバーとなって開発したという、平安時代から伝統ある術師潰しの秘呪毒・・・・”舌噛みの術”じゃー!!」
 
「これを破るにはどうしたらいいんですか?」と六分儀シンジがたずねた。効いてない。
 
「ふふふ・・・・わしを冒涜した報いと絶望に陥らせるために教えてやろう・・・」
教えない方がじつは子供たちにはより困ることになるのだが。
「わしの設定した早口言葉”バス毒ガス爆発”と十数えるうちに七回唱えるのじゃ。
さすれば術は解けるが・・・まあ、途中で舌を噛むことになり、かなうまい。碇の小僧、貴様には効かなかったようだが、こやつら二人、舌噛んで死ぬことになろう。死ぬのじゃー!死ぬのじゃー!!舌噛んで死ぬのじゃー!!」
 
「僕が唱えてもいいんですか?」いきなり足手まといのガードに困りつつもほうっておくわけにもいかず、素人である六分儀シンジが、高度な呪術戦の場に立った。
「かまわんが・・・・じゃが先に言ってくが、わしでもこれは十のうち五回唱えるので限界なのじゃ。素人の貴様にできるとおもうな・・・しかも、チャンスはたったの三回じゃ!!プレッシャーに打ち震えて思い切り舌を噛むがよい・・・ふふふふ」
 
 
「バス毒ガス爆発 バス毒ガス爆発 バス毒ガス爆発 バス毒ガス爆発 バス毒ガス爆発 バス毒ガス爆発 バス毒ガス爆発 バス毒ガス爆発」
 
 
わずか五秒で六分儀シンジが八回唱えた。いつも「逃げちゃだめだ」真言を唱えているおかげだろうか。「八回だったからダメじゃ!」などと綾波ユメヂがクレームをつけても、術の方がまっとうに正直で、ユトとタキローを解放した。
 
「くそっ。父親に似てよく口のまわるガキじゃわい!」
捨てゼリフを吐きながら、綾波ユメヂは運転席のあやしいスイッチを押すと、ほんとにバスを爆発させた。即座にタキローが天下駄で非常口を蹴破り、三人はそこから脱出した。驚くべきコトに一番ちいさいタキローがユトとシンジの二人を支えて走るバスよりふわりと着地させた。風鬼のレスキュー隊でも呼び寄せておいたように。
綾波ユメヂも浮世絵のプリントされたエンジン・スケボーでさっさと脱出した。
 
けっきょく、停留所から二つくらいしか進んでいない。双六でいえば出足不調だ。
「花時計を見物する」マスに止まった。まだまだしんこうべ初心者エリアだ。
 
 
「しんこうべは、かくのごとく、シンジさんには物騒な街、なんですよ。
それでも、いくんですよね」
ユトが、わかってますよ、という顔で確認を求めるけれど。
 
「うん」
いきなり怪人にでくわし、やる気がかなり減衰した六分儀シンジだが、とにかく綾波さん当人にあって話を聞くくらいはしよう、と心に決めた。そのくらいなら現地まで来たんだし電話でどうにかならないかなー、とひよった考えも頭をよぎる。その手もあるな・・。
 
「月の光が夜の雲に抱かれると、そのまわりにはさびしさを知らない蒼さがうまれる」
その考えを見透かしたわけでもなかろうけれど、ユトは懐かしく詩うように。
 
「え?」
 
「わたし、幼なじみのおふたりが再会するところを”ぜひ”見たいんですよ。
だから、がんばります。なにがあろうと必ず会わせてあげますから、レイさんと」