the midnight dancer
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ミッドナイトダンサーを先行公開します。
まだ未編集ですので、荒削りな部分が多いので、読みがたいと思います。
正式公開時には、修正するので、勘弁してね。

 the midnight dancer

  0.
 薄暗い部屋の中に円卓がおかれ、そこに数人の人物達が腰掛けていた。
 円卓の上には紅いバラが一輪置かれ、その中で唯一の女性がそのバラを目にしていた。
「組織を、抜けたい?」
 皆が平等な立場を演ずる円卓の中でも、明らかに格の高いと分かる容姿の男……。彼はそう話を切り出した。その表情から感情は読みとれず、薄暗い部屋の中に、確かな威圧感のみを醸し出していた。
「いいえ……」
 その男の会い向かい当たる位置に座っていた女性は、ゆっくりと否定した。静かでいて澄んだ、聞き取りやすい声色。
 人によっては聞き惚れたかも知れない。
「抜けるわ」
 彼女はすでに抜ける意志は固まっていると言い直した。この宣言は、望みではなく行動だ、と。
 沈黙がその場を支配する。壁に掛けられたオイルランプがちりちりと音を立てたような錯覚を、その場にいたものは感じていた。
 その静寂の中で、女はバラを手に取り、それを自らの長い髪に挿した。青水晶色の髪の毛に、バラの毒々しい赤は、混じらない。
「お前がいないと困る事になる」
「サイモン……夜の相手は、他の方を探して」
 彼女は、正面に座る男へとそう言い放ち、席を立った。

「馬鹿が……」
 女性のいなくなったその場で、男はぼそりと呟く。


  1.
 湖の畔に、小さな建物があった。多くの木々に囲まれ、木の葉の落ちるこの時期。茶色の葉っぱがその屋根に多く覆い被さっていた。
 そろそろ冬が近い。
 澄んだ空気は、心も癒してくれるだろう……。

「今日も来てくれたんだね」
 一人の男性が、彼女に声をかけた。彼は病の患者が身につける特殊な白衣を身に纏っていた。
 その声は、優しそうで、どこか弱々しい……。
「心配だから……」
 セニアはそう彼へと声をかけ、ベッドに横たわる男を見た。
 肌は白く、手足も細い。優男と言えるその容貌は、仄かな笑みを浮かべている。
 病人であると指し示すこの療養所指定の白衣は、彼女の目には囚人服のように映った。
 彼は不治の病にかかっていた。現在の医療では治せないと宣告された呪い……。
「僕は時々、君と初めて出会ったときの事を思い出すよ」
「……」
 彼はベッド脇の椅子に腰掛けるセニアへと、軽く顔を向け、語り出した。
 青いセミショートの髪に、同じ色の瞳。彼の目から見える彼女の表情は、安らぎを与える。
 無表情でいて……どこか儚い。
 彼女は地味なベージュ色のワンピース型の洋服を身につけ、小物でさり気なく着飾っていた。
「あの時は、僕ももう少し動けたんだよね」
「ウェッジ……」
 彼女は悲しそうな目をし、彼に瞳で訴えかけた。
 それ以上は言わないで、と。


  2.
「組織を抜けるとはどういう事か、よく見ておけ」
 懐かしい台詞を思い出した。
 彼女の脳裏に焼き付いた、呪いの台詞……。
 忘れたくても忘れられない、恐怖の声。
「やめ……て……」
 女は弱々しく願いを述べたが……結果は変わらなかった。
 ぶちまけられる脳漿……。人だったものの破片……。
 そして、その残骸……。
 内蔵も引き裂かれ、所々に広がるのは、お粗末な人体解剖の結果。
 恐怖の表情で凍り付いた、人間の頭部パーツが、彼女を見上げていた。
 意志もなく魂も抜けた、ただのガラス玉……。その瞳が呪うような視線を女へと向ける。
「い、嫌……」
「こいつはまだ幸せだな……。苦痛を大して味あわずにバラバラになれた」
 正気の沙汰ではない男の台詞を耳にしながら、彼女は恐怖の表情を浮かべる。

 呪いの視線を向けていた頭が……砕けた。
 グチュッと言う、不快な粉砕音を残し、すでに原型も止めない。
「お前もいつかこうなるかも知れないな」
 クククと彼は笑い、ついさっき頭部を砕くのに使ったばかりの鈍器を、女に投げる。
 色々なものが混じり汚れたそれは、彼女の体にぶつかると、その洋服を汚し、地面に転がった。
「いやぁああ!」
 女は激しい嘔吐感に見舞われ、その場を逃げ出していた。


  3.
「天国に逝かせてあげて」
 チュッとその弾丸にキスをし、彼女はその銃弾を、愛用のライフルに装填した。
 頭にターゲットのパーソナルデータを思い浮かべていた。
 治癒の男。その二つ名を持つ男。名をウェッジ。
 彼は表の世界の人間で、名医として普通の生活をしている。
 奇跡的なオペを成功させる、半伝説的な名医。今も新しい伝説を、次々と作り上げている。その未来は、明るかったはず……。
 だが、あの男の目に止まった。
 サイモン……。彼女の恐怖のボス。
 彼はウェッジを組織に引き入れようとし、結果は失敗に終わった。

「セニア。治癒の男を殺せ。褒美はくれてやる」
 褒美? どこが?
 それは彼女が生きるには必要不可欠な物。同時にもっとも嫌う物。
 彼の女として生き、使われる。それのどこに褒美があると言うのか。
「ああなりたくは、ないのだろう?」
 彼は彼女の脳裏に訴え……。いや、脅迫を行っていた。
「分かっているわ。殺せば、良いんでしょう?」
 彼女はクスッと笑った。

 生きるのに意味なんて無い。非道い目に遭うのなら、死んだ方がマシ。
 彼は生きていても、非道い目に遭うだけよ。
 彼女は心の中でそう呟き、ライフルの照準を彼に合わせた。
 ビルの屋上から、彼の自宅を狙う。
「次に目を覚ますのは、天国よ」
 不思議と彼女の表情は、微笑ましい笑顔で溢れていた。
 それが死に神の後悔の始まりだったと言うのに。

 彼女は引き金を絞った。


  4.
「失敗した? セニアが、か?」
 彼は意外そうな声色を発し、珍しく驚きの表情を浮かべた。
 二人の男が、個室で向かい合う。一人は高級なデスクスペースに、素材の良いフロアチェアに腰掛け、もう一人はその相向かいに立つ。
 殺風景なその空間に、彼等はいた。
「狙撃には成功したらしいが、生きている」
 サイモンへその男は答えた。不可解な事だと、語った彼自身も考えていた。
「呪の刻印は使っていたのだな?」
「あの女の一番好む弾だ。使わないわけがない」
 当然だとばかりに男は答えた。
 気にいらんな、とサイモンは呟き、葉巻を口に含んだ。
「セニアは?」
「やっこさんの様子を見に行った」
 それを聞きながら、サイモンはフッと煙草の煙を吹く。器用に円状にそれは宙を浮かび、そして空気に溶けていった。
「そうか……。潮時だな」
 彼は滅多に見せない薄ら笑いを浮かべ、葉巻を投げ捨てた。それはコンクリートの床に転がり、まだ赤い光を放っていた。
「……オルバ」
「皆まで言うな。楽しんでも良いか?」
 彼は転がった葉巻を踏みしだき、セニアの体を思い浮かべていた。その魅力的で冷たい笑顔。そして女として素晴らしい肉体を。
 バラバラにする前にお楽しみとしようじゃないか。
「俺は、もうつかわん」
 サイモンの口調からは、特に感情は伺い知れない。
「クク」
 オルバは不気味な笑みを漏らし、期待を胸に込めながら自らのボスの部屋を後にした。
 久々に女を狩れる……。存分に楽しませて貰うぞ……。


  5.
「あの患者さん、もう駄目ですってよ」
「名医と言われても、ああなってしまってはお仕舞いよね」
「私狙っていたのに……」
 病院の一角で、看護婦達が不謹慎な事を口にする。
 なんと最低な人種だろう。人を救う事で生かされていながら、よくそんな口を開ける。
 あなた達も、私たちと同類よ。
 セニアは軽蔑の視線を彼女たちへ送り、目的の病室へとゆっくり歩みを進める。
 「ウェッジ・フランクス」
 彼女は病室のプレートを口に出して、確認した。

 部屋の中は、想像よりも小綺麗であった。
 ベッドの上に一人の男が横たわり、その体調を示す機械だけが置かれている。
 他には何も無く、空調の空気を振るわせる音だけが響いていた。
 もう少し物々しい医療設備が、あると思ったけど……。
 彼女のライフルは、確実に仕留めたはずだ。彼の心臓を……。

 セニアは紅い派手なエプロンドレスを身につけていた。
 病院に訪れる者として相応しくない、奇妙な服装。
 そう、私は相応しくない……。
 何故なら、死に神なのだから。

 近づき、のぞき込んだ彼の顔は、予想に反して安らかな表情を浮かべていた。
 彼女は正直な安堵の息を漏らした。
 苦しんでいたのなら……。
 後悔していたかも知れない。彼女は口の中で呟いた。

 ベルトポーチのチャックをゆっくりと開き、その中から愛用の得物をそっと取り出す。
 ギラリと黒光りする、クリスナイフ……。暗殺者が好むブレードウェポン。
 その柄を逆手に両手で握り、狙いを彼の首に付ける。
 さぁ、真っ赤な噴水で、私を染め上げて……。
 その時、彼の瞳がゆっくりと開かれた。


  6.
「君の名前は?」
 彼の第一声は、彼女の予想とは大きく異なっていた。
 叫ぼうとすれば、すぐにその声帯に突き刺してやろうと思っていたのに。
「この状況が分からないの?」
 セニアは男の質問には答えずに、訊ね返した。彼の瞳は彼女を真っ直ぐに捉えていた。
「君は僕を殺そうとして、失敗した。だけど……」
 彼……ウェッジは、そこで言葉を止めて、横のサイドテーブルに目をやった。
 彼女はつられてそちらに視線をやり、そこで硬直した。

「呪いの弾丸、だね?」
 細長く尖った黒い弾丸。それが原型を止めた形で、そこに転がっていた。
「これを、どうして……」
 無表情だった彼女の顔に、影が浮かぶ。
「君の銃弾は、間違えなく僕の心臓に突き刺さった。だけど……」
 セニアは視線だけでその話の先を促した。
「僕は治癒の男……生きているのは奇跡じゃない」
 彼女は、ターゲットの力を甘く見ていたのだ。

「僕を殺すには、心臓をえぐり出すしかない。もう一つは、自然死……」
 今もナイフを構えたまま動かない女性に彼は語る。
 彼女の顔は、何か不安があるかのように強張り、その瞳はどこか震えているように見えた。
「君の弾丸は確かに効いている。僕の身体を呪いが蝕んだ」
 それを聞いてやっと彼女は、ナイフの構えをゆっくりと解いた。
「それは、つまり……」
 彼女は静かに台詞を紡ぐ。
「僕は死の呪いと戦い続けている」
 セニアは彼のその台詞に愕然とした。

「苦しいの?」
 彼女は見舞いに来た、ただの婦人のように、彼の横に付き添っていた。
「今はそうでも無いけど、時々はね」
 呪の刻印は、ちゃんと効いている……。


  7.
 彼女は長い髪を振り払うように、手で後ろへと長し、苛々した足取りで夜道を歩く。
 月の光に水晶色の髪が反射し、綺麗にキラキラと煌めいた。
 表通りから外れた闇の道。そこを歩くのは、破滅への道と同じ事。
 セニアはどこか自嘲気味な笑みを浮かべながら、その道を歩む……。

「オルバ……お出迎え?」
 スラム街の曲がり角……。昔ながらに言えば辻とでも言うべきか。
 暗闇の中に、不気味な人影を彼女は見つけた。
「クク……」
 彼はいつものように不気味な笑みを浮かべ、姿を見せる。
 カリカリと金属が何かと擦れるような音が、彼から響いた。

「夜遊びは悪い子のすることよ」
 彼女は近づく影へと声をかけた。
 醜く歪んだ表情。彼の精神異常は組織の誰もが認める。
 ……抜け者の始末を、進んでやる男など。
 普段は冷静な男を演じる彼が、異様な気配を見せる時、それは……。
「ククク……」
 オルバは答えず、不気味な笑い声をあげながら、街灯の光にその姿をさらした。

 不細工なツナギに、蝶ネクタイ。ツバ付きキャップを深めに被る。
 身長は180を超え、元は美形だったろうその顔は、今は醜く歪んでいる。
 その異様な顔が、今は楽しそうな更に醜い仮面へと変貌していた。
 彼の手には鉄パイプのようなものが握られ、地面へとぶら下げられていた。
 そのパイプが、地面を擦り、カラカラと音を立てセニアへと近づく。


  8.
「セニア嬢ちゃん、お仕事は終わったのかなぁ?」
 嫌らしい物言いの彼を、セニアは好んでいなかった。……いや、好んでいないのは、彼女だけではあるまい。
「何をそんなに興奮しているの?」
 いつも以上の異様ぶりに、彼が何かを期待している事に気づいていた。
 手が届くかという距離まで迫ったオルバへ、セニアは挑発の台詞を送った。
 彼の顔が更に引きつる。
「次の仕事を与えてやるぜぇ」
 ボゴッと言う粉砕音を響かせ、セニアの立っていたコンクリートが砕かれた。

 サイモン……。あなたにはお見通しか……。
 セニアは後ろへ飛び退きながら、目を細めた。
 彼女はポーチから二振りのナイフを取り出すと、その入れ物を投げ捨てた。
 パサッと音を立て、その小物入れが、二人の間に落ちる。
 彼女は両手にクリスナイフを構え、オルバの様子を窺った。
 二人の間には奇妙な空間が出来だ。

 オルバは長さが一メートル程度の棍棒を両手で握り、血走った瞳を彼女に向ける。
 ボーンクラッシャーと組織の者は噂する、脅威のメイス(鈍器)使い。
 彼は二つ名の通り骨を砕き、その残虐なやち口は、ファミリーからも恐れられている。
 オルバに勝った者はいない。誰もが認める、組織最高の処刑人。
 セニアは思った。最後に彼を殺さなくて良かった、と。

 ごきっ……。
 呆気ない音がその空間に響いた。
 そして遅れるようにして、ブウンと言う風を切る音が、聞こえた気がした。
 カランと音を立て、セニアのナイフが地面に転がる。

「いやぁああ!」
 気づけば彼女は悲鳴を上げていた。
 左腕が信じられない方向へとひしゃげ、真っ赤な血が、皮膚の割れ目から吹き出す。
 彼は体格に見合わぬ速度で彼女に肉薄し、その腕を棍棒で容赦なく叩き付けていた。
「おぉおぉ、セニアちゃん。良い声で啼くじゃないか」
 ククッと嫌らしい笑みを含み、彼女の耳元に不快な息が吹きかかり……。
 セニアは気を何とか持ち直し、取り落としそうになった右手のナイフを握り直す。

 ボゴッ。
 再び鈍い音が、闇夜の裏道に響いた。


  9.
「所詮は男か」
 サイモンは、やはり感情も無い様子で、そう吐き捨てた。
 裏道に転がる男の死体……。半裸に脱げた趣味の悪い衣服が、目に余る。
 醜い性器を外気に晒し、そのままの格好でスラムの地面に雑魚寝する。
 彼の背中には、激しい裂傷が走っていた。そこから激しい出血が起ったのは明白だ。
 その男の身体を中心に、周りには大量の紅い血だまりが広がり、惨状を示す。
 殆ど固まり始めているそれは、踏むと不快にも靴へとこびり付いてきた。

「セニアは、お前には釣り合わないと言う事だ」
 フンと鼻を鳴らしサイモンはその惨状に背を向けた。
 彼は背後に転がる亡骸の上へ、紅いバラを投げ捨てた。
「お前が組織から抜ける事を認めよう」
 紅いバラの意味は、組織からの解放……。


 10.
 雲の上に国があるとは、夢物語だと思っていた。
 だけど……。
 目の前に確かに存在する。
 少しくすんだ白い建物。所々、汚れている。
 彼女はその様子に苦笑を漏らした。
 幾ら天国でも、全てに掃除が行き届いている訳ではないのだな、と。
 彼女はその建物を目指して歩き出した。
 足元は白いふわふわした柔らかい心地で、裸足で歩いても心地よい。
 今日からここが、私の住処……。
 この世界の私はどんな姿をしているのだろう?

「え……?」
 突然足元の雲がポッカリと開いた。
 今まで心地よい弾性を楽しんでいた足の裏の感覚が、突然消え去った。
 急激な浮遊感……。凄まじい勢いで落ちる身体。水平感覚を失い、落ちていると言う事のみを認識する。
 ああ……私は天国には行けないわね……。
 妙に納得したように彼女は頷き、瞳を閉じた。
 私には地獄こそ相応しい……。


 11.
「う……」
 激しい苦痛を感じ、セニアはうめき声を上げた。
「これが地獄の苦痛か……」
 彼女は自嘲気味に呟き、苦しみに耐えた。
 永遠にこの苦しみを味わうのかと思うと、流石に気が滅入った。
 目を堅く瞑り、少しでも楽にならないかと心の中で祈った。

「苦しいと思うと言う事は、生きていると言う事だよ」
 突然予想外の声が耳に入り、彼女は目を見開いた。
 人工的な白い天井が目に入る。
 ここが、地獄?

「在り来りな台詞だったかも知れないけど、お陰様で、生き続けないといけない僕は、苦しみ続けているけどね」
 まだ意識がはっきりとしない彼女に、再び声がかけられた。
 セニアは霞む視覚の焦点を何とか絞り、声の主を捜そうと首を回した。
「意地悪な言い方だったかな」
 彼女が丁度声の主を見つけたとき、彼はごめんと言いながら、彼女の右腕を取った。
「ちょっと痛いけど、すぐ済むから……」
 腕にチクッと言う感覚を感じたが、今味わっている苦しみに比べれば、大したことは無かった。

「酷い怪我だったよ。腕は複雑骨折しているし、内臓は破裂……。よく生きていたね」
「あなたは……」
 ぼうっとした表情を浮かべたままセニアは尋ねた。まだ意識が朦朧として状況が把握仕切れていない……。
「僕自身も病人だから、オペなんてさせて貰えないかと思ったけど……」
 彼は照れたような笑顔を浮かべた。
「我ながら、なかなか便利な体質で、看護婦も驚いてたよ。それこそゾンビを見たような表情でね」
 後半は半ば苦笑混じりに彼は言った。
「ウェッジ……」
 セニアは命の恩人の名前を、意識の底から何とか絞り出した。


 12.
 数ヶ月ぶりに姿を見せた女の為に、急遽ファミリーの重役が会議を開く事となった。
 今まで音沙汰も無く、今更戻って来たが、会の挙行自体には、誰も異議は述べなかった。
 何故なら、それがファミリーに取って重要な話であると知っていたから。

 その大部屋は壁に掛けられたオイルランプのみが唯一の光源だった。
 主要な人物が、その部屋に備え付けられた円卓を囲み、その上に乗る紅いバラへと、皆の視線が集中していた。
「今まで姿を見せずに、悪かったわ」
 彼女はサラッとそう言葉を紡いだ。皆の視線が、卓上のバラからその女へと移る。
「予想外の仕事をする事になって、致命傷を負ったの」
「死んだかと思っていた」
 彼女の台詞に耳も貸さず、サイモンは簡単に言い放った。
 何が原因で、とは彼は語らない。すでにセニアも納得しているのだから。
「私もそう思ったわ」
「治癒の男は?」
「死んだわ。呪の刻印を、心臓に撃ち込んだもの」
 嘘と明白な彼女の宣言にも、サイモンは表情を動かさなかった。
 奇妙な沈黙が、その重々しい空気を、更に重く制圧していった。

「組織を抜けるわ」
 静かな彼女の宣言に、その部屋に居合わせた者達の表情が陰る。
 組織を抜けると言う事は、死を意味する。
 死して抜けるか、抜けようとして死するか、その何れか。
 それを理解した上で、この女は赤いバラをこの会議に持ち込んだ。
 ……挑戦だ。組織への。

「組織を抜けたい?」
「いいえ……」
 彼女は冷たい視線を、サイモンへと投げかける。
 そして……。
「抜けるわ」
 短く彼女は断言し、円卓の上にあった紅いバラを手に取ると、自らの長く青い髪へと飾り付けた。
「お前がいないと困る事になる」
 事実上、今現在のナンバーツーは、お前だ。我々と戦うのは、得策ではあるまい……。
 今の席にいれば、良い思いが出来るのだ。
 彼は心の中で提案を重ねる。
 だが……。
「サイモン……夜の相手は、他の方を探して」
 セニアは今までの皮肉を込めて彼へと言い放った。
 そして、円卓に二つの空席が、出来た。

「馬鹿が……」
 表情も変えずに、いつものポーカーフェイスで、彼は呟いた。


 13.
 何となく夜景が見たくなって、上の階へ行こうと思い立った。
 勿論、消灯時間を迎えているから、病室抜け出すのは秘密だけど……。
 それでも夜空が見たくなった。
 彼は何かに誘われるように病室を抜け出し、屋上を目指した。
 最近は心臓から響く痛みも、緩やかになってきた。
 銃創も殆ど目立たなくなっている。

 どうして死ねないんだろう……。
 彼は今更当然の疑問を思い浮かべた。
 きっと、この病院の医師達も、自分が死ななかった事に驚いたろう。
 あるものは悦び、あるものは忌々しそうに……。
 生き延びた事を快く思っている人間は、多くない事を彼は知っていた。

 何のために生きているのだろう……。
 彼の自問は、形を変え再び行われた。
 今まで誰かの命を救う事を、その理由にしてきた。
 だが誰かに殺されるというのなら、それで構わないと思っていた。
 しかし結果はどうだろう……。

「僕はまだ生きている……」
 彼は屋上へ出る扉までの、最後の階段を上っていった。
 今は夜のはずなのに、その扉は光に包まれている錯覚を覚える。
 まるで彼を誘うように……。

 何が僕を待っているのだろう……?
 今までとは違う種類の疑問が浮かんだ。
 それまで感じた事のない衝動だった。
 彼は重い身体を、何かに突き動かされるように階段の上へと引きずりあげた。


 14.
「!」
 屋上の扉を開け放つと、そこには幻想的な情景が彼を待っていた。
 星空を背景に、一人の舞子が、魅力的な踊りを繰り広げていた。
 黒い尾を引く衣装に身を包み、まるで彼を誘っているかのような身振り。
 露出度の高い踊り子の衣装は、とても艶やかでいて美麗だ。
 彼は思わず息を飲み、その美しい舞子に魅入られた。
 彼女はまさしく真夜中の踊り子……。

「あ!」
 彼は目の前に起った突然の出来事に、信じられないと言う顔をし、驚嘆の声をあげていた。
 舞子は屋上の広場を、目一杯使い、舞を披露していたが、その途中、突然屋上の柵を跳び越えた。
 夜空に投げ出された踊り子は、自然の法則に従い、下へと落ちていった。
 彼は焦ったように屋上の縁まで走りすがり、その柵の向こうへと身を乗り出した。
 果たして……その柵の下に、一人の女性が倒れていた。
 彼女は真っ赤な衣装に身を包み、もはや魂が抜け落ちたように地に伏せていた。
「死んでしまった……?」
 彼は呆然とその様子を見つめ、ハッとする。
 必ず、助けてみせる……!

 15.
「理屈なんて無い事は一杯あると思う」
 窓の外に広がる湖の景色を眺めてるセニアへ、ウェッジはそう声をかけた。
 突然語り出した彼の台詞に、彼女は怪訝そうな表情を浮かべる。顔が多少傾き、本人でも気づかない程度に、首を傾げていた。セミショートの髪の毛が形を変える。
「理屈?」
「例えば君が僕の命を狙ったり、僕が君を助けたりするのに理屈はあると思うかい?」
 理屈は……。彼女は考えてみた。
 私があなたを狙ったのは、サイモンに命じられて。他に何があったわけでも無い。それまで全く知らない人間だったのに。
 彼が私を助けたのも、同じなのだろうか。自分の命を狙った女を、苦しみを与えた女を、救う事など……。
「元々僕たちの出会いも理屈なんて無いだろう?」
 彼女はウェッジの言いたい事が分からなかった。
「私は私の為に生きるだけ。理屈なんて要らないわ」
 セニアは静かに言い放った。無表情を装いその表情は冷たく見える。
「君は優しいな……」
 彼はベッドで身体の上に組んだ手に、そっと添えられている彼女の手を見つめた。

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