求めるは涙 憂うは慈悲
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1. PBeMゲーム「ルミナス・フローズン」のノベライズ。
短編作品です。
公式サイトはこちら「ルミナス・フローズン

注意:まだ未完成品です。
未公開作品という扱いですので、ご了承下さい。
ご意見、ご感想、等々、待ち望んでいますので、是非ともメールやBBSに書き込んでね。
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3.




求めるは涙 憂うは慈悲

 1.
    求めるは涙 憂うは慈悲
      竜を従えし者は眠る その日まで


  ソード・オブ・バランス
       ルミナス・フローズン。

 世界の均衡、破られしとき、剣は氷の破片となりて砕け散り、
 その力は涙となりて降り注ぐ……。

 人は、その涙に何を見るのだろうか……。



 青い空が広がり、澄んだ淡い色合いが天に広がっている。
 空気もどこか青々しく、呼吸をすると、胸が心地よい抱擁感に包まれる……。

 ウンディーネの週……か。
 彼は心の中で一人呟く。

 広い草原の絨毯に、一人の青年が寝転がり、空を見上げていた。
 心地よい風にもまれ、彼はくすぐったそうに目を瞑った。

 しばらくは、この穏やかな空気を吸えるかな……。
 気分の良い空気に機嫌を良くした彼は、鼻歌を詠う。

 彼の名は召竜術師……アルス。
 長い黒髪を無造作に一つにまとめ、草原へと投げ出す。
 雑に着こなす灰色のローブから、小剣の鞘が覗き見られる。
 整った割と美形に入る顔立ちの彼は、歳の方は20歳を数えるくらいに見えた。

 彼は懐から拳大の大きさを持つ水晶玉を取り出した。
 それは人々が力の涙と呼ぶ存在、ティアの結晶であった。
 これほど大きな結晶は、殆ど見られない大変希少なものである。
 その透明な玉の中には、灰色の光が灯っている。
 魔のティアだ……。

「ふふふん……」
 アルスは鼻歌を続ける。

「ん?」
 ふと背後から迫る気配に気づいた。
 確認するように立ち上がり、後ろへ振り向く。

 そして……。

「どうした。このティアが欲しいのか?」
 彼は気配の主に声をかけた。
 手にしたティアの結晶を軽く振るって挑発する。

 声をかけた主は、巨大な獣であった。
 炎の体毛に身を包み、獰猛な光をその瞳に宿す魔獣。
 ヘルトライノ、と人々は名付け恐怖する。
 炎の獅子とも呼ばれるその畏怖の姿は、歴戦の勇者ですら戦慄すると噂される。

 アルスは動じた様子もなく、その化け物と対峙した。
「だがこれはくれてやれないな」
 懐にティアをしまい込むと、炎の獣は低く唸った。
 常人を狂気に追い込む呪いの唸り声だが、彼には効果がないようであった。

「炎の化け物であるお前には辛い時期だろうが、焦ってティアを求めるのは、お勧め出来ないぞ?」

 アルスは忠告するように、その獣に言い放った。
 小動物を慰めるような、優しい声で……。

『グルルウル!!』

 ヘルトライノは、その言葉に反応してか否か、唸り声を強めた。

「言っても分からないのなら、惜しいがその命の炎……消えて貰うことになる……」
 そのアルスの言葉は、今までの気楽な様子とは打って変わり、強い敵対の意志を持った台詞であった。

『グガアア!』
 ヘルトライノは、真っ直ぐに彼へと襲いかかった。

「忠告は……したぞ……」
 ボソリと呟く彼。
 そして……腰に納められた小剣に手を当てた。

 激しい断末魔の悲鳴が、のどかな草原に響き渡る。
 そして、再び辺りは静寂に包まれた。


 一人の青年が、再び草原に寝転がっている。
「ラディッシュ……どうするつもりか、早く決めるんだ……」
 彼は独り言を、今度は口に出して呟いた。

 心地よかった青い風は、今や魔獣の血の臭いで汚染されている。
 胸焼けを起こすような、気分の悪い空気が辺りを占める。



 人は天の涙を求め世界を彷徨い、魔物達と死闘を繰り広げた。
 そして……魔物も涙を求め、人を殺める。

 彼等は、その涙に何を見るのであろうか……。


 2.
    求めるは涙 憂うは慈悲
      守護せし者は夢見る 光の未来を

  ソード・オブ・バランス
       ルミナス・フローズン。

 世界の均衡、破られしとき、剣は氷の破片となりて砕け散り、
 その力は涙となりて降り注ぐ……。

 その涙は、光と成るのだろうか……?



 深い森の中……。
 その少女は、絶望の中にいた。
 彼女の村は魔物達の襲撃にあい、壊滅した。

 のどかであったはずのその村は、突然の侵略者に遭い、蹂躙された。
 それは、今までに見たことも無い魔物達であった。

 狂った獅子の面をつけた逞しい筋肉を持つ人……。
 いや人に見える全く別の生き物。

 犬のような姿をした、腐った番犬。
 それは肉を求め、家畜も人も、見境無く喰い殺す……。

 少女の目には今も焼き付いている。
 彼女を逃がすために、必死で戦った両親。
 力も知識もなく、彼等は魔物と戦うには脆弱すぎた。

 彼女は逃げた。
 深淵の森を求め、ただひたすら駆けた。

 そして……到着したのは絶望の淵であった。

 彼女は嗚咽を漏らす……。


 日も満足に差さぬその場で、彼女の心はそのうち一つのことに満たされる。
 死のう……と。

 彼女の瞳からは光は消え失せ、元来た道を引き返す。
 両親や、共に生きた者達が眠る、その地へと……。


 望んだ迎えは向こうから来た。
 両親を引き裂き、人々を喰い殺したその魔獣。
 森を抜けるかという位置。
 木々の合間から、光が差し込み、それに憎悪の対象が姿を晒す。

 その四足で地を踏む獣は、狼のようで狼ではない。
 口から舌の代わりに炎がチラチラと覗き、目は真っ赤な血の色で染まっている。
 その瞳の先に、年半端も行かぬ少女が立っている。

 魔物はその少女を得物と捉えた。


 少女は両手を広げた。
 潔い死を受け入れる、その姿勢。
 見難い獣の腸に入ることも、厭わない……。

 私を早く、天国に逝かせて。
 私を早く、お父さんとお母さんの所へ導いて。
 私を早く、悲しみから救って。

 魔物は少女に躍りかかった。


 少女の目に光が輝いた。
 煌めく閃光、その光は彼女には眩しすぎた。

 次に瞳を開いたとき、少女が求めた死の運び手は、地に横たわっていた。

 天使が舞い降り、悪魔を華麗に退治する。
 少女は昔憧れた物語を思い出す。

 天使は……いた……。

「大丈夫か?」
 天使が少女に声をかけた。

「……」
 少女はこくりと頷く。
 そして彼女は天使の顔をしっかりと見た。

 まだ若い少年の剣士であった。
 彼は腰に剣を納め、少女をしっかりと見据える。
 少年の茶色の瞳がしっかり彼女を捉えた。
 金髪の短めに切りそろえた髪の毛と、能動的な顔立ちは少女の心に響く物があった。

「名前は?」
 答えぬ少女に、彼は今度は名前を尋ねる。
「……イルミナ……」
 少年が駄目か、と諦めかけた時、少女はボソッと口を開いた。
「イルミナ……」

「イルミナは何故こんな所に……」
 少年が言い終わる前にイルミナは泣き出した。
 その場にしゃがみ込み、嗚咽を漏らす。
 そして、自分の村の事、両親の事を伝えた。

 少年は少女の背を抱き、話をしっかりと聞いていた。
「……そうか」
 彼女の悲しみを癒すことは出来ぬが、また間違いを考えないように、
今はただ忘れさせよう……。

 しばらくの時が流れ、少女の涙が涸れたとき、少年は立ち上がった。
 抱く少女を引き離し、決意をその瞳に込めて。

「仇は……とる」
 イルミナは見上げて怪訝に思った。
「天使様……?」
「俺は……天使じゃない……」
 少年はそう呟き、少女を残し歩き出す。
「待って!天使様!」
 せがむイルミナに、彼は振り向くことは無かった。
 だが最後に……。
「俺の名はラディッシュ! 必ず仇は取る!」
 そう残して彼は駆けだした。

 待って、天使様!
 一人で行っては、殺されてしまうだけ!
 私を残して行かないで!

 後を追った少女が目にしたのは、村の廃墟であった。
 懐かしい場所が蹂躙されたのを、思い出すのは……辛い。
 だがそれよりも、今の彼女の心を占めていたのは、あの少年であった。

 彼は……。
「!」
 少女はハッと息をのむ。
 彼は村の中心で、多くの魔物達の死体に囲まれ、立っていた。
 血塗れの衣装を身に纏い、天を仰ぎ見る。

 少女は戦いの天使を目にしたのだ。



「あ〜……キリがないよね〜!!」
 その女性は口にして愚痴を零していた。
 紫の鮮やかな髪の毛や瞳が、その場に魅力的に映える。

 ルミティア歴196年12月。ウンディーネの週。
 今週に入ってから、何度目かの魔物の襲撃か。
 ここミストリアは霧隠れの街。今ではもっとも危険な街の一つ……。
 
 彼女は剣と盾を構え直し、魔物と対峙した。
 魔物は闇の化身、デーモンウォーカー。
 手練れの戦士でも命の危険を感じる、悪魔の徘徊者。
 血を求め、人を襲う。
 だが多くの戦闘の心得を積んだ彼女には、取るに足らない。
 ただしその数は多く、足下をすくわれることもあり得る。

「イルミナ! くるぞ!」
 仲間の戦士が彼女に声をかけた。
「おっけ〜!」
 イルミナは返事をし、正面に立って突撃する。
 20は下らない悪魔の群れに、一気に突っ込んだ。

 彼女たちは街を守ると言う重大な任務を持っていた。
 日々増え続ける魔物を、一身に引き受ける重大な仕事だ。
 その者達との戦いで、倒れ行く者も多い。
 しかし彼女は生き残り、街を守るためこの場に立ち続ける。

 イルミナはデーモン達の死体の中に立ち、血染めの自らの衣装にも気もつかず、懐から何かを取り出した。
 彼女はその涙の結晶を見つめる。
 白い光がそのティアに宿り、光の魔力を示していた。

 天使様が光を取り戻すまで、イルミナは人々を守ります。
 そのティアをそっと胸に抱き、彼女はそう祈った。
「天使様。光はいつ見つかるの〜?」
 珍しく霧が晴れ、青い大空に顔を向け、彼女は声をあげた。
 それは人々の期待を胸に受け旅立った、彼へと送った台詞だった。


 少年は成長し英雄となり、人々の期待を一身に受ける。
 少女は成長し守人となり、人々の生命を一身に受ける。

 その涙が、希望となりて人を守る光となる。



 3.
    求めるは涙 憂うは慈悲
       儀を目指せし者は信じ そして人を斬る

  ソード・オブ・バランス
       ルミナス・フローズン。

 世界の均衡、破られしとき、剣は氷の破片となりて砕け散り、
 その力は涙となりて降り注ぐ……。

 人は均衡を望んでいるのだろうか……?



「や、やめてくれ……」
 その男は哀れな台詞を残し、命乞いをした。
 アンビーストと呼う種族。このルミティアで一番多い人種。
 別名、人間とも呼ばれる傲慢な種族だ。
 その高貴なはずの彼等が、今は地に平伏し、怯えている。
 得物の剣を取り落とし、ただひたすら命乞いをする様は、無様だ。

 ルミティアの街から、神秘の泉カシス湖を目指しガーヒルへと入った。
 荒野の続く丘、ガーヒル。そこに人を……それもアンビーストを狩る者がいると聞いていた。
 彼は仲間と興味本位で踏み入れ……そして後悔していた。

「貴様らは俺達を馬鹿にした……」
 男の仲間だった者の死体を足蹴にしながら、その者は迫ってきた。
 恐怖の表情を浮かべ、そのまま事切れた仲間の顔。
 彼は何にやられたかも知れないまま、あの世に旅立ったのだ。

「やめてくれ……!」
 男は再び懇願した。
 尻餅をつき、荒野の砂の感覚が不快感を誘う……。
 そしてそれよりも、迫り来る現実の死神が彼の心を追いつめていった。
「俺が何をしたって言うんだ!」
 男は半狂乱になりながら叫んだ。
「何をって……?」
 襲撃者はククッと不気味な笑みを零す。

 黒いバトルスーツに、両手には細身の短剣を持った男。いや、口元をマスクで多い、その顔を確認出来ない今、男とは言い切れない。
 スラリとした細い身体に、マスク越しに見て取れるのは整った顔の輪郭のみ。
 そして普通と異なる耳の形……。魚のエラのようなものが人の耳に当たる部分につく。
 彼は気づいた。
 敵はヒュラムだ、と。それは人間と魔物の合成族。
 ただ者とは思えぬ身のこなし……。人の叶う相手ではない。

「化け物め……!」
 その台詞を最期に、その男の首は宙に飛んだ。

「何をって、何をしてようが関係ない。暇だから殺しただけさ」
 フフンとその死体達を鼻で笑い、彼は次の獲物を求め移動を開始した。



 街道は石畳が綺麗に敷き詰められ、建物にも整合性の見られる美しい街ルミティア。
 この地と同じ名を冠したその街は、この大陸中もっとも大きく、人も多く住む街だ。
 王国という概念の無いこの土地では、人々は民主制によりその制度を変え、その政治の中心となるのは、ルミナス女神を祭る神殿が中心となっていた。

 遅い昼食を採りながら、その青年は本に目を通していた。
 ルミティアの街の中心。もっとも人の賑わうその場所には、実に多くの人間が集まり、そしてその人々を満足させる為の店が存在していた。
 冒険者を標的とした武器行商人。料理の材料を買いに来た一般人を自慢の声で呼び込む露店店主。愉快なパフォーマンスで人々を楽しませる道化など。
 彼は、その広場にあった一つの食堂の露天卓席に腰掛け、テーブルに肘を立てながら、本を読み飛ばしていた。椅子は広場の方を向かせ、脇の卓に肘をつくと、丁度顎を乗せやすい。本店からせり出した屋根により、直接光は遮られ、心地よい温度と光量を得ていた。
 その青年は、長い黒髪を背中で一つにまとめ流し、服装は動きやすく丈を詰めた特殊なローブ。首からは、ルミティア女神とは別の者を象徴する、変わった模様のシンボルを下げていた。

 ふと彼のいる店の正面を、一台の馬車が急いで通り過ぎていくのが目に入った。
 それは街の外側から、中心に向かい走り去っていく。
 彼は顔を上げ、その様子を確認してから、再び本に視線を戻した。

 それから間もなく。
 彼は一人の剣士が、自らに近づいてきた事に気づいた。
 視線をあげ、その人物の容姿を流し目で見て取った。

 青い金属で出来た軽装鎧を身につけ、旅用のマントを纏う。腰に長剣を指し、そしてもう一本大剣を背負っていた。
 短めの黒髪をバンダナで締め付け、能動的な印象を与えている。一見好青年に見える顔立ちは、今は不機嫌そうに歪められていた。
 彼はズンズンと迫力を持った足取りで、本を読む青年へと近づいてきた。

「どうした?」
 本を閉じ、肘をかけていたテーブルに置くと、その青年は目の前で立ち止まった剣士に声をかけた。
 彼の口調はからかうような響きもあり、それが知り合いであると物語っていた。

「アルス。ガーヒルの事を知っているか!?」
 その剣士は、強い口調で青年に声をかけた。
 アルスと呼ばれた青年は目を細める……。

「最近、荒野の丘で増えてる人殺し……か?」
 アルスは興味なさそうに再び本を開きそちらに視線を下ろす。
「そうだ!」
「さっきも馬車が教会に向かって行ったな。また被害者でも出たんだろう」
 それがどうしたと言わんばかりの彼の口調。
「分かってるなら……」
「カイト……どうするつもりだ?」
 彼の台詞を遮るように、アルスは剣士の名を呼んだ。

「どうするって決まってるだろ!」
 カイトは憤りを感じ、本に目を通す青年を怒鳴りつける。アルスの視線は本に向いているが、そちらに意識が集中していない事はすぐに分かった。
「……どうするんだ?」
 アルスは尋ねたものの、カイトの容姿を見ていたため十分見当がついていた。
 軽いものとは言え、金属鎧に、二本の剣……並の戦士では耐えきれない重量。この剣士は、その重さにも気にせず平然と振る舞う。そしてその装備は、彼が戦いに赴く時のものだ。
「もう良い!」
 カイトはそのまま踵を返し、アルスから背を向けた。
「……ガーヒルに現れるのは、ヒュラムの人狩りだ。手強いぞ」
 去りゆく剣士の背中に、アルスは一言声をかけると、今度は本を読むことに集中できた。



 彼は久々に獲物の姿を見つけ、心躍った。
 ロングスピアとレザーアーマーで武装した一人の男の戦士が、彼の縄張りに侵入してきたのだ。
 これで何人目だろう……。最近、この荒野の丘には人通りは減ってしまった。
 自分の行いのお陰だろう、と彼は一人ほくそ笑む。
 そして……。彼は獲物を目指して一気に駆け下りた。

「貴様が噂の!」
 獲物は彼の事を知っているようだった。
 相手は事もあろうか、槍を構え迎撃の構えを取った。
 犬が逆らっても結果は見えている。彼は心の中で嘲笑した。

 そして……。
 金属音の擦れ合う音が荒野に響き勝負は一瞬でついた。

「ぐっ……」
 男は彼に武器をはじき飛ばされ、今までの獲物と同じように地面に投げ出される。
「俺は人狩り。お前は?」
 彼は尋ねながら男を嘲笑った。自分は人を殺すことに長けた技の修得者だ、と語ってみせるのだ。
「ちっ……殺せ」
 彼の質問に応えず、獲物は潔く死を受け入れるようだ。
「言われなくても、殺してやるよ」
 彼は腕を振り上げ、短剣の狙いを男につけた。

「やめろ!!」
 彼が死の刃を獲物に向け、振り下ろした瞬間。男の声があがった。
 獲物に食い込む刃。狙いは正確に男の首筋に突き刺さっていた。
 一撃で致命傷を奪う、死の一撃。
「……貴様!」
 彼は刺し殺した男の死体を蹴り捨てると、声をあげた主……新たな獲物に向き直った。

 彼の目に入ったのは、青い鎧とマントに身を包んだ戦士らしい少年だった。
 年齢は17か18くらいか。まだ若いその顔は、正義感という怒りの炎により、険しい表情を彼に送っていた。
 腰と背に剣を一本ずつ所持している事を、彼は見逃さなかった。

「もう殺しちゃった……よ?」
 クククッと彼は笑う。
「……!」
 死者を冒涜するようなその嘲りに、その戦士は剣を抜いた。

 身長は170程度で低くない。そして二本の剣を同時に構えるその豪腕。
 彼は美味しそうな獲物だと、心躍らせた。

「貴様は何故こんな事をする!?」
 距離は10メートルぐらいまで近づいてきたか……。
 少年の戦士は、声を張り上げた。
「何故……?」
 戦闘準備をしておいて何を今更、と。彼は心で悪態をついた。
 折角楽しくなりそうな戦いを、邪魔されたように感じる。
「理由を……聞かせろ!」
 少年の台詞に、彼はククッと肩を揺らし、そして新しい獲物へと一気に襲いかかった。

 凄まじい速さで迫り来るその男に、カイトは剣を構え直した。
 右腕に持った大剣を、敵が接触する瞬間を狙って振り切る。
 狙いは違わず、その剣の一撃は黒ずくめの男に命中したはずだが、男の手にしていた短剣により簡単に受け流されていた。
 カイトは男の追撃を迎え撃つように左手のロングソードを叩き付ける。
 男はそれを後ろに大きく飛び退いてかわした。とても軽い身のこなしで、一気に距離が離れる。

 強い……。
 彼の持った感想はそれだった。
 今まで、彼の初めの一撃を受け止めようとした者はいても、潰そうとしてきたものはいなかった。
 彼の心は躍った。

「名前は?」
「カイトだ! 貴様は!?」
 少年戦士は、すぐに声を返してきた。
「リメイナ……」
 彼は素直に返事を返してしまった。そして慌てて言葉を繋いだ。
「俺は人狩り。お前は?」
「剣士だ!」
 今度は少年から仕掛けてきた、両腕の剣を振り上げ走り込む。

 人狩り……か。
 カイトはアルスの台詞を思い出していた。
 アンビーストキラーと呼ばれるクラス。
 ルミティアでは、冒険者の多くはルミナスの与えし加護を受け、優れた数々の技術を習得する。そして人狩りは……アンビーストキラーは、並の冒険者よりも多くの加護をルミナスから受け技を習得した上位戦士。人を……アンビーストを殺すための技術を学んだもの。
 男が、これほど強い力を持ちながら、何故こんな道を選んだのか、カイトは憤りを感じていた。

「リメイナと言ったな!」
 カイトは剣を叩き付ける。だが黒衣装の男は横に軽くかわした。
 戦士の追撃は続く。
「こんな事に意味はない! すぐにやめろ!」
 彼は両腕の剣をそれこそ振り回すように操り、次々と男を攻め立てる、そして同時に説得の言葉も投げかけていた。

「……にが……」
 攻撃をかわしながら、男はボソリと呟く。
「何がやめろだ!」
 今までに無い強い口調で彼は叫び、一瞬の隙をついてカイトの身体を狙い捨て身の特攻を仕掛けてきた。
「!」
 カイトは虚をつかれ、男の繰り出した両腕の短剣をその体に受ける……が。
 狙いが甘かったのか彼の刃はカイトの鎧の表面を擦っただけだった。
 咄嗟に少年は反撃の一撃を見舞った。

「きゃああっ!」
 甲高い悲鳴が荒野に響いた。
 捨て身とも言える特攻を仕掛けた彼は……否、彼女はカイトの一撃を避ける術は無かった。
「ま……さか……」
 カイトは呆然という表情を浮かべ、人狩りを見ていた。
 彼の狙いは正確で、相手の腹から胸を切り裂いていた。
 衣装を切り裂き覗かされたのは、真っ赤な血と白い肌。そして胸元は女性の象徴である丘が二つ、顔を覗かせていた。
 彼女は、リメイナは、力無く荒野の地に倒れる。

 カイトは彼女に近寄り、抱き抱えると自らのマントをその身体に掛けた。
 口元のマスクを取り払うと、美しい彼女の顔が見られた。
 細いラインの顎の骨格に綺麗な紅い唇。その頭に魚のエラのようなものがアンバランスについている。
「……ククッ、どうした……」
 リメイナは苦しそうな表情を浮かべながらも、自分を抱くカイトを嘲笑った。
「嘲笑うが良い……」
「どうしてだ!」
「つっ」
 カイトが彼女の言葉を遮り、怒鳴る。抱き抱えていた身体が揺れ、リメイナはその痛みに顔を歪めた。
 彼女のその表情に、カイトは落ち着き優しく抱いた。
 彼が与えた傷だ。致命傷かは自分で分かる。
 手加減など……出来なかった。

「……私が、ヒュラムだから……」
 しばらくの沈黙の後リメイナはそっと口にした。
「……」
 カイトは応えない。いや、応えられない。
「皆、私を馬鹿にして……」
 彼女は言いながら笑った。持ち前の嘲りの笑い。しかしその対象は自分自身であった。
「そんな奴ら……無視すれば良いだろ」
 ボソッとカイトが呟く。
 その声を聞き、驚いたようにリメイナは視線を少年に移した。

 愛おしい。彼女は感じていた。
 初めて他人に好感を持っていた。
「カイト……もっと早く会いたかった……」
 そして……。


 カイトは荒野の丘で、一番高い所に彼女の墓を建てた。
 ガーヒルを見渡せるような眺めの良い場所に。
 安らかに眠りにつく事を彼は信じ……。


「どうした?」
 数日ぶりに姿を見せた、少年剣士に向かい、アルスは尋ねた。
 いつもと変わらず露天卓席の一つに腰をかけ、本を手にしている。
「何でもない」
 カイトは珍しくアルスと同じ卓に腰を下ろした。
 本から視線を軽く移し、カイトの様子をチラッと確認したが、アルスはそれ以上何も言わなかった。

 露天卓席からは、冒険者が装備を調え、今日も荒野へと旅立つ姿が見られる。
 何も変わらぬ日常。
 人はティアを求め、旅立つと言うが……本当なのだろうか……?
 カイトは自問していた。


 人は本当に均等を……戦いのない世界を、望んでいるのだろうか……?

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