コイゴコロ

 

       「うっ・・・、こっち・・・・な・・って・・・・」

       何やら隣のベッドからうめき声と寝言が聞こえる。また悪夢を見ているのだろうか?
       隣で寝ていた千秋は眠たい目を擦りながら面倒くさそうに寝たまま高耶に手を伸ばし起こす。

       「起きろよ景虎。」

       「・・・やめろって言ってんだろ!!」

       どうやら深い眠りに入りながら夢を見ているらしい。ちょっと触れて起こそうとしても起きるわけがない。
       しかたなく千秋はベッドから抜け出して高耶のベッドの傍らに立つ。冷たい風が千秋にまとわりついた。

       「ほら、起きろよボケ大将。」

       高耶の体を揺さぶりながら起こす。と、突然

       「俺に触るな!」

       バチッ!というものすごい音と共に高耶が飛び起きた。
       千秋は頬を擦りながら意地悪げな目で高耶を見つめた。

       「おう、お目覚めか。」

       顔を上げる高耶。その顔は悪夢のショックからか少し青白い。
       そんな顔色の高耶が千秋の顔を見てハッとする。
       千秋の右頬に鋭利な刃物で切ったような痕ができていた。
       傷はそんなに深くないが薄っすらと血が滲んでいる。

       「千秋、その傷・・・」

       高耶が手を伸ばして千秋の頬に触れようとする。

       「大丈夫だこんなん。それより寝れるか?」

       千秋の頬の傷は高耶が念をぶつけたから出来た傷だった。
       とっさの事で千秋も護身壁が間に合わなかったのである。

       「ご・・めん。」

       高耶は今にも泣き出しそうな眼で千秋を見ている。
       それというのも実はこうやって千秋に傷を負わせるのは初めてじゃなかった。
       今までに何度かあった。こうやって夢を見ている時だったり、日常生活である時突然だったりと
       その時の要因によって引き起こされていた。
       高耶は口には出さないが今夜の夢のことだってちょっと考えれば分かってしまうことだった。
       

       遥か昔の夢。
       忌々しいあの出来事・・・・・

       「何しおれてんだよ。」

       千秋が高耶の頬を手のひらでペチペチと叩く。その手には治りかけの傷がいくつかあった。
       それも高耶が引き起こしたものだろうか。

       「いいか?しっかりしろよ?何も怖くねぇ、現実をしっかり見極めろ。おまえになら出来るだろ?」

       千秋は高耶と同じ目線にもっていきそのままポンと頭をなでた。
       お得意にニヤっと笑ってから自分のベッドに向かおうと高耶に背を向ける。
       するといきなり高耶が座ったままの状態で後ろから抱き付いてきた。
       驚きはみせずに平常心を保って高耶に声をかける、

       「なんだよ。」

       「・・・・ごめん。」

       千秋の背中に顔を押し当てて言う。今にも消えそうな声。

       「いいんじゃないの?お前ね、自分で何でも抱えずすぎなんだよ。もっと俺たちを信用しろよ。

       「・・・・・・・・」

       「分かったらしっかり寝ろ。」

       そういって自分にしがみついてる高耶の腕を外し、高耶の方を向く。
       今にも泣き出しそうな顔。いつもの威厳なんて一欠けらもない。
       まるで置き去りにされるのを全身で怖がっている。縋るような眼に千秋が何も感じないわけがない。
       しかたなくそのまま高耶のベッドに腰掛ける。

       「ほら、寝つくまでここにいてやるから早く寝ろ。」

       高耶は少しだけ嬉しそうな顔そして無言のまま布団をかぶった。

       (やけに素直なコト。いつもこうだったらいいんだけどね。)

       布団をかぶった高耶を見てそう思う。

       (一体お前はどれだけのモンを背負って生きてるんだろうな。)

       自分の事よりも他人を・・・・そんな景虎の考え方。

       (そんな事してるから自分がダメになるのに・・・分かってないんだろうな。)

       いたわるようなまなざしで高耶を見つめる。
       と、一瞬高耶の寝顔が曇る。また夢か?と思ったがふと笑みが浮かんだ。

       (珍しいな)

       高耶の顔に手を伸ばす。
       だが、次の一言でその手は高耶の頬に届く事はなかった。

       「なお・・・え。」

       高耶の口から出てきた言葉は高耶の最愛の男の名前だった。

       (そうだよな、何勘違いしてんだか。)

       千秋は自嘲気味に笑う。自分のしようとした行為に腹立たしさを感じる。
       高耶の口から自分の名前が出る事なんてないのに、何を期待したのだろう?

       (俺もバカだよな。)

       高耶が寝ついたのでその場を離れようと立ち上がった瞬間、
       何かに引っ張られて立ち上がれないのに気がつく。
       ふと見ると、上着の裾を高耶がしっかりと握っていた。

       「ったく・・・・」

       それを見て思わず千秋の顔がほころんだ。

       (まったく、やっぱお前ってすごいな。)

       千秋は立つのをやめてその場に座りなおす。

       (甘えん坊の為にもう少しこのままでいてやるかねぇ。)

 

      —END—

 

 


       これはHP開設する前後に書いたものだったと思います。
       本当は碓井さんのHPに載せて頂いていたのですが、碓井さんがHPを閉鎖なされるという事で
       こちらに移しました。と、同時に内容を加筆&修正。
       微妙に千秋の台詞とか違ったりしますが、基本的な流れは変わってません。

       なんとなく千秋がかわいそう・・・・この頃は直江が完璧にいない、っていうのを想定して
       書けてなかったんですね。きっと。(苦笑)
       当時からちーたか好きだったんだなぁ、なんて改めて思ったりもします。
       個人的には甘系かな?って思うんですけどどうなんだろう?

2000829 沙良