LOVE バレンタイン

 

           深夜に鳴り響く携帯電話。
           先日起った事件の時に『今どき着メロも使ってないの?』と綾子が電話に入っていたクラシックの音楽を
           着信音にしていたので軽快なクラシックが部屋に鳴り響く。
           直江はそれが誰の着信か確かめずに電話に出た。

           『あ、もしもし。直江?』

           電話の向こうからは聞きなれた高耶の声が聞こえてくる。

           「高耶さん。こんな時間にどうしたんですか?」

           高耶から電話がかかってくる事は珍しい。よっぽどの事が無い限り電話なんてかけてこない彼だ。

           『ひょっとして寝てた?起こしちまったら悪ぃ。』

           「いえ、寝てませんよ。ちょうど仕事を片付けていたところです。」

           久しぶりに実家に帰ってきてみたらあれやこれやと今まで留守にしていた分の仕事が
           山のようにたまっていてそれを一つずつ片付けていたところであった。

           『そっか、仕事中か。んじゃまた電話するわ。』

           高耶が電話を切りそうだったので直江は慌てて「待って下さい!」と受話器越しに叫んだ。

           「忙しい訳ではないので大丈夫です。なにか用事があったんでしょう?」

           『あ、うーん。……明日時間無い?会えるか?』

           突然である。が、そんな高耶からの嬉しい誘いを断る理由なんて無い。

           「明日ですか?そうですね…実は明日東京へ行く用事があるんですよ。
           高耶さん東京まで来てくれますか?」

           『東京?仕事かぁ。邪魔しちゃ悪いしなぁ。』

           「邪魔ではありませんよ。ちょっとした父の用事で行くんです。用事は1時間くらいで済みますから新宿
           まで来ていただければ何か美味しいものでもご馳走しますよ。」

           しばし受話器の向こうの高耶は考え込んでいたみたいだがやがて「それじゃ行く。」と一言言った。
           そのまま待ち合わせの時間と場所を告げて「おやすみなさい」と電話を切った。

           携帯電話を置きデスク上の時計に目をやる。時間は12時をそろそろ回るところだった。
           あと1時間くらいはできるなと直江は仕事に戻った。

 

 

           次の日の朝、直江は宇都宮で法事を1件済ませてからその足で宇都宮から東京へ車を走らせていた。
           東京にある馴染みの寺院に父の届け物をするのが今日の仕事だった。
           父は今ちょうど風邪をこじらして寝込んでいる。そのかわりなのだ。

           高速を跳ばして直江は東京を目指す。高耶との待ち合わせは新宿駅南口に3時だった。 

 

           約束の時間より少し早く新宿に着いた高耶である。休日という事もあって新宿駅は込んでいた。
           直江との待ち合わせはJRの新宿南口前。改札入り口のキオスクの前で高耶は待っていた。
           左手にはなにやら荷物を持っている。駅の時計の時間を見ると2時55分を指していた。
           そろそろ来るなとキョロキョロと辺りを見回す。すると後ろから自分を呼ぶ聞きなれた優しい声がした。

           「高耶さん。」

           「お、早かったな。」

           「路上駐車しているので急いでくださいっ。」

           と直江は高耶の返事も聞かずに高耶の腕を掴むとそのまま慌しく南口を出た。
           小走りにやってきた南口で迎え出た車はベンツである。

           「おまえ…。」

           「今日は父の用事で東京にくる事になりましたからね。無理言って乗って来ました。
           高耶さんも乗りたいって言ってましたよね。」

           「そうだけど…」

           こんな人の多いとじゃ目立つんだよ!と心の中でやじっておいて高耶は車に乗り込んだ。

 

           「これからどうします?店には予約を入れておいたのですが6時からなんですよね。
           何なら時間を早めてもらいますか?」

           車を運転しながら助手席に座る高耶に直江はやさしく問い掛けた。

           「そだなー。な、お台場行ってみたい。」

           「お台場ですか?」

           「そう。俺まだ行った事無いんだよね。」

           「そうですね。時間もあることだし行ってみますか。」

           と言って直江はお台場方面へと車を走らせた。休日のせいかお台場へ向かう車は渋滞している。

           「しかしすげーな。」

           と渋滞を見て高耶は言った。

           「そうですね。やはり休日は込みますね。もう少し考えればよかったかもしれません。」

           と直江は微笑した。夕方といえども車の数は多い。

           「そういえは、高耶さん。今日はどうして私に会いにきたんですか?」

           「ん?そろそろ美味しいものが食べたいなぁって思ったら勝手にお前に電話してた。」

           高耶が笑う。直江もつられて笑った。そんな理由でも自分に会いに来てくれたのは嬉しい。
           そんな優しい会話を続けているとやっと渋滞を切り抜けた。お台場へと足を踏み入れる。

           近代的なビルがいくつも建っていてなんだか別世界へ来たみたいである。
           直江は車を走らせながらあれは何のビルであれが何でと細々に説明をしていくので。

           「おまえバスガイドでもできるんじゃない?」

           ついついこう言ってしまった高耶である。少し降りてみますか?と二人は駐車場に車を止めて
           少し歩く事にした。海が見える場所までやてきた二人である。真冬なので海からの風が冷たい。
           高耶は芝生に腰を下ろした。直江はその傍らに立っている。高耶が直江を見上げた。

           「すごいよなぁ。」

           「なにがですか?」

           「だってこんな建物ができちゃうんだぜ。すごいと思わないか?」

           高耶が目の前に広がる高層ビルや近代的な造りの建物を指差した。

           「そうですね…」

           「400年で変わったよなぁ。昔は城を建てるのにも何年もかかって一苦労だったのに。すげーよなぁ。」

           高耶が嬉しそうに景色を見ていると東京湾からポツポツと明かりのともった屋形船がどこからとなくやっ
           てきた。

           「屋形船なんて出てるんだ。」

           綺麗いに彩った屋形船が何隻もどこからともなくやってくる。

           「なんか屋形船だらけだな。」

           「ここでは屋形船の数が多すぎてまるで屋形船見物だと知り合いが言ってました。」

           「なんだそりゃ。せっかくの屋形船なのに風情もあったもんじゃないな。」

           と高耶は笑った。その後海沿いの道をぐるりと歩き一通りお台場を満喫したところで
           「そろそろ行きましょうか」と駐車場に向かった。

           それから約1時間のドライブの後で直江が連れてきたのはいかにも高級そうな鮨屋だった。

 

 

           ありがとうございました。と威勢のいい声と共に店を出る。
           ビル丸々一つが鮨屋な店は地下に専用駐車場があり直江のベンツはそこに止めていた。
           そのままエレベータで地下へと下りる。

           「お味はどうでしたか?」

           「すんげー美味かった!」

           満足したように高耶が万円の笑みをこちらに向けた。

           「それはよかった。」と直江も微笑み返す。

           「高耶さん、この後どうしますか?私はこのまま東京へ泊まりますが一緒にお酒でも飲みます?」

           車に乗り込みながら直江が高耶にこの後の予定を聞く。

           「おまえいつも酒はダメって言うくせに。」

           「今日は特別です。もしもの時を考えてホテルもツインをとってあります。時間があるなら行きましょう?」

           直江は高耶の答えも聞かずに車を走らせた。

           直江が向かったのは品川だ。品川と言えばホテルが密集しているところでもある。
           直江は大通りからプリンスホテルの駐車場へ入ると中に車を停めた。
           続けて高耶も後ろに置いていた荷物を持って車から降りる。二人は車を置いてロビーへと歩きだした。
           まだ時間もそんな遅くない為宿泊客が何人か歩いている。

           「チェックインしてきますからロビーに座っていてください。」

           と言うと直江は高耶を一人ロビーの待合室へ置いてと受付へと歩いていった。

           高耶はキョロキョロとホール内を見回す。天井が高く内装も豪華だ。

           (このホテル一体一泊いくらなんだろう?)何て事を考えていると直江が戻ってきた。

           「おまたせしました。行きましょうか。」

           二人はそのままロビーの端にあるエレベータへと向かい乗り込む。下りた先は15階。

           1550室とプレートが掛かった部屋へカードキーを差し込むとカチャと音がして扉が開いた。

           入ってすぐにゆったりくつろげるリビング風な部屋。その奥に寝室がある。
           置かれている家具も豪華でいつも仕事で使っているホテルとは大違いだった。
           高耶は一通り部屋を見てくるとふかふかのソファーに腰を下ろしながら心配そうに話し掛けた。

           「おまえ、この部屋高いんじゃない?」

           「ええ、このホテルで一番高い部屋です。
           仕事ではないあなたを泊めるんですからこれくらいしないとね。」

           と直江は笑った。

           「おまえ俺が帰るって言ったらどーすんだよ。」

           高耶は呆れたような観念したような笑いを見せた。

           直江が食器棚からグラスを取り出しながら少し声のトーンを落として高耶の方を向き直った。

           「高耶さん。本当はどうして会いに来たんですか?」

           「だーからさっきも言っただろ。美味しいものを……」

           高耶は冗談交じりに言ったのだが直江の目は笑っていない。
           でも怒っているわけでもなく嘘はつかないで、と目が語っていた。

           「それは表向きの理由でしょ?
           そうじゃなかったらあなたが私に夜中に電話してきて明日会えるかなんて聞きますか?」

           そう言われてしまうと仕方ない。
           高耶は観念したように持ってきた荷物の中から少し大きめの箱を取り出した。

           「これをさ、渡そうと思って。」

           高耶が箱を机の上にのせた。

           「なんですか?」

           「今日…何の日かお前知ってる?」

           「バレンタインデーでしょ。知っていますよ。」

           一呼吸置いて直江は優しい目で

           「だからあなたが来てくれたって事もね」

           と言った。

           「べつに形にこだわるつもりはなかったんだけどさ、たまにはいいかなって思って。」

           そっと箱を開けるとチョコレートケーキが出てきた。

           「高耶さん…ひょっとして…。」

           「悪かったな。手作りだよ。毒は入ってないから安心しろ。」

           高耶は顔を真っ赤にして照れ笑いを見せた。

           「高耶さんが作ったものにたとえ毒が入っていても私は全てらいらげてみせますよ。」

           直江は持っていたグラスをケーキの隣に置くと備え付けの冷蔵庫から何かビンを取り出した。

           「それ何?」

           「ここのホテルの方にお願いして冷やしておいてもらったんです。」

           直江は丁寧に栓を開けると茶褐色の液体をグラスに注ぎ込んだ。
           二つのグラスに均等に注いで一つを高耶へ渡すとそっと隣に座った。
           グラスに鼻を近づけるとチョコレートの匂いがした。

           「チョコレート?」

           不思議そうに高耶がグラスの中身を覗き込む。

           「チョコレートのお酒です。珍しいでしょう?」

           「おまえ…・・」

           「私がこういう日を忘れるとでも思ったんですか?」

           直江が優しく笑った。

           「ホント、おまえこういう事に関しちゃ隙がねぇな。」

           「あたりまえです。」

           今日こそは自分の方が上手に出てやろうと思っていたのに逆にカウンターを高耶である。

           「バッピーバレンタイン。ありがとう高耶さん。」

           と直江が自分のグラスを高耶のグラスに近づけると高耶も「サンキュ」とグラスを傾けた。

           チョコレートのお酒で乾杯をして、高耶の作ってきたケーキを食べて最高に甘いバレンタイン。

           でも、二人の熱く甘い夜はこれからが幕開けである。

 

END

 

 


バレンタインなお話なのにUPしたのホワイトデーに近いってどう言う事よ。(笑)
 というわけで、ものすごーく久し振りの直高でございます。

この話を書こうと思った気かっけは読み直しをはじめて直江があまりにも可愛そうだったので・・・・。
 というの理由だったりします。わだつみ久々に読んだら痛かったんですよー。ものすごく。(>_<)
 なのでちょっと幸せな気分に・・・と思って書きました。 

直江を書くのは約1年ぶり。最後のバッピ—バレンタインって書いてから「変?」って思ったけど
バレンタインってどう言っていいのかわからなかったのでこんな形に。
 いや〜でもあの声で言われちゃコロっといってしまいますな。(笑)

2002・3・9 貴月ゆあ