千秋イイ人宣言!

 

「おら、そんなんじゃいつまでたっても《力》なんか使えねーぞ!」

授業の終わった放課後。学校の近くにあるだだっ広い公園の片隅に千秋の怒鳴り声が響き渡る。
高耶が《力》を取り戻す為の千秋の訓練だった。

「んな事言ったってな、んな簡単に出来たら苦労ねーんだよ!!」

高耶は神経を集中しながらも千秋の怒鳴り声に負けじと怒鳴りかえす。お互いにブレザーを近くの柵の上にかけ、
高耶は目の前にある空き缶を浮かせることに必死だった。

ここ数日学校帰りに毎日千秋の特訓が待っている。
何度か抜け出して帰ろうと試みたが絶対に捕まってしまうので仕方なく高耶は特訓を受けていた。

今日は訓練をはじめて既に1時間半が経過していた。《力》は相変わらず不安定で使える日もあれば
全く使えない日もある。今日はまだ空き缶はピクリとも動かない。そんな高耶を見かねて千秋が口を開いた。

「おし、ちょっと休憩すっか。」

千秋のその言葉を合図に高耶はペタンと地べたに座り込む。

前髪を書き上げると額が汗で滲んでいた。千秋は高耶を置いて何処かへと歩いて行く。

高耶はぼーっと空を見上げていた。白い雲が風に流されて行く。

千秋が学校に現れて数日。俺は本当に直江たちの言う景虎なのだろうか?思い出そうにも全く記憶が戻らない。
思い出せと言われてもどうやって思い出すのかわからない。ふと片手を空にかざしてみる。
指の間から見える空は何も答えてくれない。ただ、風に雲が流れていくだけである。

(景虎…ねぇ。)

ふと空にかざしていた手に何かがのせられた。

「ほれ」

千秋が高耶にポカリスエットを渡した。冷たさが手のひらに伝わる。
サンキュと言ってプルトップを空けて中身を一気に飲んだ。千秋は隣にあるブランコの柵へ腰を下ろした。

先日の直江とのやりとり。「景虎が全てを思い出すぞ?」の問いかけに何も答えなかった直江。
俺がそんな事聞くまでもないが、おまえはそれで大丈夫なのか…。30年前の出来事をずっと見てきた。
地獄絵のような壮絶なギリギリの毎日。目を伏せるとあの時の状況が目の前に繰り出された。
それを消すかのように千秋はそっと空を仰いだ。そしてゆっくりと高耶へと視線を落とす。
こいつが大丈夫なのだろうか。じっと高耶を見詰める。その視線に気が付いて高耶が振りかえった。

「何?」

「いや、ナンデモナイ。」

高耶が腰を上げて千秋の隣へと座った。

「なぁ…どうして景虎は記憶を封じたんだ?おまえはその理由を知ってるのか?」

知りたい。でも知るのは怖い。
でも聞かなきゃ始まらないと思った高耶は千秋に景虎が記憶を封じた理由を聞いてみた。

一瞬黙る千秋。やや沈黙があってから出てきたのは意外な言葉だった。

「まぁな。でもな、それは自分でする事だろ?他人に聞いて思い出すのは簡単だ。
でもきっと景虎はそんな事望んでないはずだ。記憶を封じた、でもその記憶をまた取り戻し自分の中で
消化できるとお前が本当に思った時にきっと思い出せるはずだよ。」

「……」

「おまえでもまともな事言うんだな。」

高耶が驚いて言う。本当なら「自分で思い出せバーカ」とでも言われると思ったのだ。
それなのにまともな答えが返ってきたので調子が狂ってしまう。千秋はため息をつきながら、

「俺様はいつでも大真面目よ?ったく生意気な口聞いたから休憩終わり。始めるぞ。」

「げ、マジかよ。」

おら、立てと高耶を立たせる。高耶は仕方なく立ち上がるとしぶしぶさきほどの続きを始めた。

神経を集中させると、ふわりと缶が浮いた。

「やった!」

と声を上げる高耶。

「千秋見ろ見ろ、浮き上がったぜ。」

後ろでまだ座っている千秋を振り替えると千秋が立ち上がって寄ってきた。

「ふぅん。」

千秋は関心の無さそうな返事をして高耶の背後に回るといきなり横腹をくすぐりだした。
急に集中が乱れて缶が落ちる。

「てめっ、何すんだよ!」

横腹を抑えて高耶が怒鳴る。

「これくらいで集中切れるくらいじゃまだまだよ景虎ちゃん。
今日はこの空き缶潰せるまで帰してやらんから覚悟しとけよっ。」

とウインクする千秋を高耶はげんなりした顔で見上げる。

(こりゃ本当に帰してもらえねーな)

高耶は仕方なくまた集中を始める。

千秋はふと想う。記憶が戻ってもこのままでいられるのだろうか?

でも……こいつがやり直したいと思ったんだ。

一生懸命集中している高耶をじっとみる。瞳は真剣だ。

俺にはもう関係ないけど…ほっとけないからな。

今度こそ…間違えないように見張っててやるぜ。

千秋はそっと高耶から空へと視線を飛ばす。

赤く染まり始めた空には家路へ向かう鳥の群れが夕日に向かって群れをなして飛んでいた。

 

END


3巻で仙台に向かう綾子と高耶の会話で高耶が「千秋の特訓はスパルタだ」ってところから生まれたお話です。
千秋のいい人ぶりをちょっと書いてみようかと・・・・・そこら辺が伝わってたら幸いです。
だって千秋ってば出てきた当初から「いい人」やっちゃってるんだもんなぁ。読み返すととっても良く分かります。
それにしても・・・・このタイトルどうよ?って感じですよね。思いつかなくて苦しんだゆえのタイトルです。(爆)
この次はもう少し普通に甘々なちーたかが書けるといいなぁ。と思ってます。

 

2002.1.20 貴月ゆあ