maborosi

 

       …待って、いかないで。

       …お願いだから、俺を置いていかないで。

       …なあ、なんで止まってくれないんだよ。

       …直江!

 

       高耶は泣きながら目を覚ました。
       隣りで幸せそうに寝ている千秋を起こさないようにそっと起きあがると高耶は部屋を出た。
       外に出ると月がキラキラと夜道を照らしていた。
       気分転換に歩こうと月の照らす道を高耶はゆっくりと歩き始めた。

 

       どうして直江は俺の欲しい言葉をくれないのだろう。

       どうして直江は変わってしまったのだろう。

       どうして直江は俺の傍から離れて行ってしまうのだろう。

       どうして………

 

       そこまで考えたところで道の先に誰かが立っているのが見えた。
       そこに立っていたのは…直江?

       「おまっ、どうしてここに?」

       高耶は驚きと嬉しさの胸中で上手く言葉を発せられない。

       「あなたがよんだでしょう?だから来たんですよ。」

       そう言うと直江はゆっくりと高耶に近づいて来た。
       目の前に直江がいる。いつもの眼差しで見つめてくれる。求めていた直江の姿が今ここにある。
       高耶と人一人分空けた距離で止まった直江は、

       「どうしたんですか?」

       と不思議そうに高耶の顔をのぞきこんできた。

       動けずにいる高耶にそっと手を伸ばす。頬にその手が触れると高耶はピクッと少し動いた。
       暖かい温もりが指先から伝わってくる。ずっとこの温もりが欲しかった。
       そっと高耶は直江の手に自分の手を重ねる。

       「今日は甘えん坊ですね。」

       普段高耶にこんなセリフを言ったら真っ赤になって怒るだろうに、今日の高耶は怒るどころか直江に
       もたれかかるとぎゅっと直江のワイシャツを握った。もう逃がさない。
       そんな意思が込められているようにも感じられる。直江は高耶をぎゅっと抱きしめた。
       ぎゅっと抱かれて安心したのか高耶も直江の胸に顔をうずめる。

       「もう、どこにも行かないで。」

       甘える子供のように小声で高耶が言う。

       「私はずっとあなたの傍にいますよ。忘れないで、この温もり。あなたを愛している事。」

       直江がそっと口付ける。ごく当たり前のように高耶はそれに答えた。
       だんだん深くなっていく口付けに高耶は必死で答える。今までの寂しさをうめるように、深く、深く………。

 

       長い口付けの後高耶が目を開けるとそこには天井があった。
       確か外で直江と会っていたのに、どうして天井なんか…。

       「おっ、気が付いたか?」

       聞きなれた千秋の声が聞こえた。そっちの方を向くと心配そうに高耶を見ている。

       「俺……、直江は?」

       「直江?夢でもみたんじゃねー?起きたらおまえがいないから探しに行ったらおまえ外にいるし、

       林の中で寝てたら風邪引くだろ?起こしても起きないから運んできたんだよ。」

       と言う。と言う事はさっきの直江は幻だったのだろうか?でも確かに直江はそこにいて、
       抱きしめてキスをして……。

       「おまえさぁ、狐にでも化かされたんじゃない?この辺狐多いし。」

       そう言って窓の外を指差す。「そうかもしれないな。」高耶は一人つぶやいた。

       でも、そう言ってみても高耶の中に直江の温もりはまだ残っていた。直江に会ったのは確かだ。
       求めていた直江、それがたとえ幻であったとしても、自分は直江と会っていた。触れていた。
       それだけでいい。今はまだ頑張れる。きっとあの直江に会える日まで……。

 

END

 


       直高を書こうと思って書いた作品です。いや〜恥ずかしい……。
       直高って好きなんですけど、中々書けなくて。思いきって書いてはみたものの、って感じでしょうか。
       に、しても私の書くのって必ずといっていいほど千秋が出てくる…。

       なんで?(笑)あとは直江がいなくて高耶が参ってるとか…。
       あぁ、今度はもう少し違う雰囲気のを書いてみたいなぁ。

                          19990430    沙良