シアワセノカタチ

 

   春を告げる風がヒュルルンと窓の外をよぎる。それは春の嵐。
   木々が揺れる月明かりしかない外の景色を高耶は無言で見詰めていた。

   6畳の部屋には必要最低限な物しか置いていない。
   ふともう今はあまり思い出さない松本の実家を思い出した。
   高2で直江達に出会って…あれからもうかなりの時間が過ぎている。
   普段はあまりしない過去への記憶を辿ろうと窓にもたれ掛かった時、コンコンと部屋のドアがノックされる。
   優しいノックの音。その音が誰のものかは名前を呼ばなくても分かる。
   ガチャリと扉が開いてスエット姿の直江がコンビニの袋を下げて入ってきた。

   こいつにまだ会ったころは黒いスーツしか着てなかったよなぁ。
   なんてぼんやり考えていると直江が袋からいくつか雑誌を出した。

   「頼まれたもの、買ってきましたよ。」

   机の上に置かれた何冊もの雑誌。
   どの雑誌もトップ記事は今を騒がせる「赤鯨衆」と「仰木高耶」の文字が大きく書き出されていた。

   「さんきゅ。」

   高耶は窓際から離れて机の上に詰まれた雑誌の中から一冊取り出してパラパラとめくり始めた。

   「高耶さん…。」

   雑誌にはある事ない事様々な事が書かれている。
   どこから入手するのか写真もほとんどの雑誌に掲載されている。
   一応高耶以外の人物にはモザイクがかかっていたり顔がはっきりとは見えないようになっているが
   プライバシーの侵害もいいところである。
   中には何年も前の中学時代の写真が載っている雑誌もあり仲間内の奴らしか持っていないような写真が
   載った時には少し悲しい気持ちになった。ふとめくったページに目が止まる。
   高校時代の写真。そこには千秋も写っている。

   「どうしてるかな?」

   そっと呟く。

   「誰か思い出した人でも居ましたか?」

   直江が優しく微笑みながら尋ねた。

   「ほらここ。モザイク入ってるけどこれ千秋。」

   高耶は週刊誌の中の写真を指差した。
   そこに写っているのは確かに高耶と合流したての頃の千秋だった。

   「今日さ、千秋の誕生日なんだ。本当かどうかは知らないけど本人はそう言ってた。」

   「そうですか。」

   冗談交じりにあの懐かしいクラスの中で千秋がそう言っていた。
   薄れてしまった思い出の中でその場面だけは覚えている。

   無言の高耶に直江はそっと並び高耶の手に自分の手を重ねた。
   高耶は何を想うのか外の景色を…と言うよりは一点を見詰めている。

   「何を考えているんです?」

   直江が問い掛けた。

   「……大切なもの。」

   「大切なもの?」

   「そう。大切なものって普段は見えなくて…でも無くなって初めてその大切さに気がつくんだ。
   本当はそんな事あの時に知ったはずなのに俺って進歩ないんだな。」

   直江には高耶の言いたい事が見えてこない。

   「お前の時もそうだった。
   あの時意地を張らないで今みたいに好きだっておまえに言えたらあんな事にならなかったかもしれない。」

   高耶はそっと目を伏せて直江にもたれかかる。

   「あの時は…お互い様でしょう」

   直江が苦笑しながらそっと高耶の髪をなでた。
   高耶はなおも話続ける。まるで自分を責めているかのように。

   「はじめはお袋。あの時行って欲しくなんてなかったんだ。ずっと一緒に居て欲しかった。
   おまえにだって、もっと早くに自分の気持ちに素直になっていたら…」

   そこまで話したところで直江がそっと「もう言わないで」と人差し指を高耶の唇に当てる。
   その優しい眼差しに自分はなんて幸せなんだろうと思う。

   「千秋…さ、あいつ、お前の居なかった2年間ずっと俺のそばに居てくれた。
   俺が小太郎を直江だと思い込んでた時もそれに合わせてくれていた。
   あの2年間で千秋が居なかったら俺は絶対ダメになっていた。
   大切だったんだ、それなのに…俺はあいつをも信じられなかったんだ。
   自分勝手だよな、そんな自分が嫌なんだもう大切な人が俺から離れてくのが怖いんだ。もうこれ以上……」

   それだけ話したところで高耶の頬を涙が伝う。
   あの時信じてやれなかった自分を悔やんで泣いているのだ。
   何故あの時…どんなに悔やんでも過去は戻らない。それは痛いほどよく分かっている。
   直江はそっと高耶を抱き寄せた。子供をあやす様に背中をポンポンと叩いて優しく髪を撫でる。
   今の高耶にはどんな言葉をかけても気休めにしかならないからだ。

   高耶は直江に抱かれながら視線を月へと向けた。
   月は全てを知っているかのように神々しく輝いている。
   そんな月を見つめながら何処かで同じ月を見ているであろう千秋へそっと言葉を飛ばした。

 

   HAPPY BIRTHDAY TO CHIAKI

 

■END■

 


   *あとがき*

     毎年千秋の誕生日に暗い話をUPしてしまう私。(苦笑)
     「大切な物は無くしてから気が付く。」ありきたりなテーマですが今回はそれに重点を置いてみました。
     この話は元々全然違うネタだったんだけど何故かこんな感じに。
     元ネタはいつか他の話として書けたらいいな〜と思っています。
     千秋Birthネタってか直高っぽくなちゃったなぁ。

                                  2001.3.25  沙良