過去と未来の真ん中で

 

 冷たい風が吹く。やはり秋の夜は冷える。
 泊めてもらっている農家の家の外にある大きな切り株に腰を下ろし景虎は空を眺めていた。

 様々な星達が闇夜をキラキラと輝かせている。
 そろそろ冬の星座が見えてきそうだがこの時代に 星座があったかは定かではない。
 景虎は幼少の頃を思い出していた。まだ越後に来て間もない頃小田原を思い出してはこの夜空を眺めた。
 どこにいても空は小田原にいた時と同じだったから。

 何度帰りたいと思っただろう。数えきれない。小さな子供によく絶えられたと、自分で自分を誉めるのは
 好きではないがそう思ってしまう。小田原を離れるのは嫌だった。正直いって越後に来るのは恐かった。
 武将の家に生まれたといってもほんの小さな子供だ。親元を離れるだけでも嫌なのに人質として
 行かなくてはならない。小さな胸にどれだけの重荷だっただろうか。

 しかし、越後の暮らしは想像していたものとは全く違った。義父上は本当の子供のようにかわいがってくれた。
 小田原にいた時とは違う感情も生まれた。妻をもらい子ももうけ、何不自由ない生活だったはずなのに……
 御館の乱が引き起こした惨劇。信じてた景勝の裏切り。許せなかった。

 信じてたものが音を立てて一気に崩れていく。何もかも失い自分だけが不幸だと敵を恨む、憎む、憎悪。
 あの時はただ復讐心しかなかった。自分の得なかった物を得たものへの恨み。
 そして、自分をあの惨劇へ陥れた人物。なのにどうしてか今は一緒にいて怨霊退治などしている。
 不思議なものだな、と景虎は思う。一度は死んだ自分が敵の家来と一緒にいて同じ目的を掲げている。
 死んだをはいえ心はあの時のままだ。自分は景虎だ。景虎だった時の事は今でも昨日の事のように思い出せる。
 しかし、変なもので最近自分の中の変化に気が付いていた。復讐心はあるが怨霊大将だった頃、
 生きていた頃よりその心は失われつつある。生きていれば考えは変わる。
 流れる時と共に復讐心も薄れていくとでもいうのだろうか。

 「ふっ…。」

 笑いがこみ上げて来た。今の自分はもう復讐なんでどうでもいいよいうに思える。今自分は生きている。
 それでいい。誰にでもマネできる事じゃない。自分は選ばれたのだ。そう、過去の事をいつまでも引きずっていても
 終わった事なのだ。もう一度その時間に戻れるわけではない。時は今も過ぎていく。
 消して止まる事はないのだ。だったらこれから自分が何をすべきなのか。
 これからを考えて生きていける人間になりたいと思う。きっといつか答えが出る。
 過去を悔やんでもしょうがないのだ。

 かさっと草が揺れる音に景虎は降りかえった。風がないのに草が揺れたからだ。そこには冬用にできた
 厚手の着物を持った直江が立っていた。人の気配も読めないほど昔を思い出していたのだろうか。

 「何をしているんですか?風邪をひきますよ。」

 最近の直江は出会った頃とは少し変わった。それがなんなのか今の景虎にはわかる事はなかったが突っかかって
 こないぶん自分も過去の事で直江に突っかかって行くことは少なくなった。

 「ちょっとな。」

 そう答えてまた星を見上げる。

 「この時期の空は一番きれいですね。空気が冴えていて雲一つない。」

 直江も景虎につられて空を見上げた。

 「ああ、この景色はずっと永遠に続いていくんだろうな。」

 ポツっと景虎が言った。そんな事を言うのは珍しい。驚きながらも、

 「きっとそうでしょう。」

 とだけ答えて着物を冷えてきた景虎にかけてやった。

 「もう戻りましょう?風邪をひかれては、私が色部殿に怒られてしまう。」

 少し笑みを浮かべながら冗談交じりに言う。

 「そうだな。」

 とは言ったもの、景虎は動こうとしない。
 直江はもう少し空を見上げたままの景虎の傍らに立って景虎を見つめていた。

 

 

 ————そして——————

 

 「高耶さん。風邪ひきますよ?そんな薄着で。」

 ベランダの外に出て空を見ていた高耶に直江が部屋の中から声をかけた。
 直江がシャワーを浴びてきたら高耶は寒いというのに外の星に夢中だった。

 「わかってるよ。」

 ぶっきらぼうに答える。でもベランダから離れようとしない。まったく、と直江はベランダに足を向けた。
 ベランダの手すりによっかかり星をぼーっと眺めている高耶に近づき後ろから毛布をかけてやる。
 そして高耶を後ろから抱きしめた。

 「ちょ、何すんだよ。」

 高耶は直江に後ろから抱きしめられてバタバタと暴れる。しかしその腕は離れる事はなくしっかりと高耶
 を包み込んでいる。暴れても離してもらえないのが分かったのか高耶は暴れるのを止めた。
 しばらくそのままだったが、やがて高耶が口を開いた。

 「なあ、覚えてるか?」

 「何をですか?」

 「ん、昔のこと。ずーっと昔。まだ出会ったばっかりの頃。」

 「そんなに昔の事ですか?」

 直江はちょっと驚いたような声を出す。あまり過去の事を言わない高耶だったのに急にそんな事を言い
 出したからだ。やっぱり覚えちゃいないよな。と高耶は思った。あの頃は自分の置かれた状況を判断する
 のも大変だったしな。それに、まさかあれから四百年も生きるとは思わなかったしな。空を見上げると、
 視界に直江が見えた。目が合うが高耶はそのまま視線を空に移した。昔と変わる事なく星がきらきらと輝
 いている。直江も空に視線を移した。

 「そういえば、昔もあなたはよく夜空を見ていましたね。」

 不意にそう言われて高耶は空から視線を離し後ろの直江を降りかえった。直江は勝ち誇ったような顔を
 していたが、その顔には優しさが見える。

 「なんだよ。覚えてないんじゃなかったのか?」

 「高耶さん、私は昔のことですか?とは言いましたが覚えてないとは言ってませんよ。」

 やられた、と高耶は直江を軽くにらむ。

 「そんな顔しないで下さい。あなたとの事は忘れるわけないでしょう。」

 軽く直江が笑った。

 「そ、そんな事言うなよ。」

 照れている。よくそんな事がさらっと言えるなと思う。でも、直江はこういう男だ。

 「照れているんですか?今日はやけに素直ですね。さ、もう中に入りましょう。

 こんなに冷えきって、お風呂に入った意味なくなってしまいますよ。何でしたら暖めてあげましょうか?」

 「調子にのるな!」

 と高耶は答えたものの、声は笑っている。直江に背中を押されて部屋の中に入る瞬間、高耶は視界に何
 かを捕らえてくるっともう一度外を見た。

 「どうしたんですか?」

 後ろの直江が不思議に思って声をかけた。

 「何でもないよ。」

 笑いながらそういって高耶は部屋の中に入っていった。高耶が見たものは過去の自分達だった。
 あれは幻なんかじゃない。確かにあの時代に自分達はいたのだ。そして現在もこれからも。
 この空がなくならない限り、この思いは色あせる事なく続いていくのだろう。

 これからもずっと…・・・永遠に。

END


いや〜。これは勢いで書いたもので作成時間2時間(笑)。「真皓き残響」を連日読んで出来た作品です。
最後がちょっと…って思ってるんですけどね。ひょっとしたら直しがいつかはいるかも。でも、これはこれで自分ではよいか。
と思っています。ちなみにこの題名「過去と未来の真中で」は昔の某アイドルグループの歌の歌詞です。
知ってる人っているのかな?あの頃はかなり人気あったんですよ。(笑)それでは、感想などお待ちしています。

              19990328   沙良