羽ばたく鳥と風

 

 

 

鳥の声が聞こえる。

 

 

どこまでも続く青い空に少し雲が出てきた。
穏やかだった風が段々と威力を増し、海上の波を煽る。
車から降りた高耶は眼前に広がる海を静かに見つめた。

「風が少し冷たいですね。……寒くないですか」

背後から長身の男が声をかける。高耶は背を向けたまま、

「ああ、それほど寒くはない」

答えて空を見上げた。空には鳴き声を響かせながら鳥が大きく翼を広げて飛んでいる。
向かってくる風を物ともせず、強く鳥たちは羽ばたいている。
何を思っているのだろうか。高耶はじっと空を駆ける鳥を見つめている。
直江はそんな高耶を静かに見守っている。

ふと高耶は空から視線を外してぽつりと呟いた。

「鳥は…強いな……」

「………」

「強い風が吹こうとも、翼を広げて真っ直ぐに飛んでいく……」

そう言って高耶は俯く。それから黙り込んでしまった。
砂浜を一歩踏み出し、直江は問い掛ける。

「どうしました、高耶さん…?」

長い沈黙の後、高耶はようやく口を開いた。

「……。あの鳥のように……」

「……?」

「強かったなら……。オレはあの時過ちを犯さずにすんだのかもしれない……」

あの時、とは三十余年前のことだ。
荒みきった二人はお互いを傷付けあい、そして別離した。
ようやく再会を果たした時には、景虎は記憶を失っていた。

どちらが悪いとか、そういう次元ではない。お互いに非はあった。
けれど……少なくとも自分がもっと強かったなら。そう高耶は思っている。

「それだけじゃない。現実を真っ直ぐに見つめる強さもなく、記憶を失ってもう一度やりなおせば…なんて浅はかな考えで換生してしまったけど……。鳥たちのように真っ直ぐに飛べたなら、逃げることもしなかったかもしれない……」

告げる高耶の表情は正面を向いていて直江にはわからない。だけど声は苦痛に満ちている。

そっと歩み寄り直江は上着を脱いで高耶の背に掛けると静かに後ろから抱きしめた。

「……こうやって……、あなたを包みたかった」

「……直江……」

「こんなに強く責めるような風ではなく、穏やかな風のようにあなたを包めたら、あなたを追いつめることもなかった。凍えたあなたを護ってあげられたのに……」

「……」

「想いを押し殺す事ばかり考えていて、あなたを護れなかった……」

あなたが心の奥で、涙を流していたのを知っていたのに。

直江が肩に顔を埋めるのを高耶は黙って感じている。直江のぬくもりを身体で受け止めながら高耶は小さな声で呟いた。

「オレたちの目指すものは…果てしなく遠いな……」

「……ええ……」

「先の見えない恐怖が、足を竦ませてしまうかもしれない…」

今でこそこうやって語り合えるけれど、もしかしたらまた同じ過ちを繰り返す時が来るかもしれない。どんなに長く生きてきても、明日を見渡せるような力がない限り可能性は消えない。

 顔を埋めていた直江が高耶をゆっくり振り向かせた。

 真摯に見上げてくる高耶の瞳を受けとめて、

「それでも…歩いて行きましょう……」

 高耶さん…と名を呼んだ。

 微かに笑みを浮かべると、高耶はゆっくりと直江の胸に身を寄せた。

「……そうだな……」

 暖かい腕が、自分を包むのを感じながら高耶は瞳を閉じた。

 

 

 でもおまえは……。

 オレがもっと強かったなら、

 愛してくれたかな……。

 

 

 

End

 

 


HPの10000HIT記念にお友達の依捺さんから頂きました。(*^-^*) どうもありがとぉぉぉぉ。めっちゃ感激だよ〜っ。
私はどうしてもギャグ?調になってしまうのでこういう直高は書けないのでとっても嬉しい〜。最後の3行の高耶のセリフがすっごく
残るお話だよね。やっぱり直高もいい!!素敵な小説を本当にありがとうございますです。<m(__)m>

2000.3.29 沙良