■挑発

 

      「ちょっと高耶さん、飲みすぎですよ」そう直江が言ったのは、高耶が三杯目のワインに手を伸ばした時だった。

      洒落たレストラン内。夜の七時という時間帯にもかかわらず、人も少ない。直江が知っていた穴場だった。

      「うるせえな。まだ平気だ」

      「今は、ですよ。そういう口当たりのいいお酒は後からくるんです」

      「本当に保護者みたいな事を言うんだな。今日はお前の誕生日なんだから、お前ももっと飲めばいいじゃないか」

      直江のコップにはまだ赤ワインが半分以上残っていた。

      「主君より先に酔っ払うわけにはいきませんから。酔ったあなたを面倒みるのは私なんですよ」

      「だ−か−ら−、まだ平気だって」

      口では平気と言っていても、既にろれつが怪しくなってきている。

      頬もほんのり赤く染まって、目元も濡れてきていた。

      直江は高耶のその姿に、心臓が跳ね上がる気がした。 (この人は、自分の今の姿がどれほど

      男を刺激するものなのか解っているのだろうか・・・)きっと解っていないのだろうと、苦笑しながら直江は言った。

      「まったく。それ以上酔っ払う気なら襲ってしまいますよ」

      それ以上高耶に飲ませない為の方便のつもりだった。だが、その一言で高耶の顔付きが変わった。

      酒のせいで濡れていたはずの瞳が、急に鋭くなった。直江はその瞳を見て、一気に背筋が寒くなったような

      気がした。(景虎様・・・・・!)ゴクリと唾を飲み込む。

      「本音が出たな、直江信綱。俺を襲うだって?」

      直江とは対照的に、景虎は楽しそうに笑っている。

      「なら、もっと俺を酔わせてみればいいじゃないか。酔った虎なら、お前でも抱けるかもしれない」

      景虎はこの状況を楽しんでいる、と直江は感じた。最近、高耶と景虎の入れ替わりが多くなってきていた。

      いや、どちらも高耶であり景虎であるのだが、そのギャップが激しい。直江はそんな景虎に対応しきれない自分に

      歯がゆさを感じていた。400年続いた勝者と敗者の関係が、あらためて目の前に突きつけられる。高慢な態度に

      出る景虎と、それを唇をかみ締めながら睨み返す事しかできない自分。何も言わず、さまざまな感情を込めて

      睨み返してくる直江の瞳を、高耶は軽く受け流した。

      「しらふじゃ何もできないか。だったら、お前も酔えばいい」

      高耶は直江のコップを取り上げて、一気に中身を口に含んだ。目の前の直江の胸座を掴んで、自分の方に引き

      寄せて口付ける。そのままワインを直江の口内へ流し込む。お互いの口から少しだけワインが滴り落ちた。

      全て流し込み終わって高耶が口を離した。唇の端から流れ落ちたワインを舐め取った。にやりと笑って言う。

      「酔ったか?」

      「高耶さん、しっかりして下さい」

      あれから−−−、お互い何も口をきかなかった。直江は景虎にキスをされた事で頭が真っ白になってしまった。

      正気に戻った時には、高耶が目の前で眠りこけていた。どうやらあの後も何杯か飲んだらしい。このまま帰すわけ

      にもいかないので、ホテルに部屋を取って連れてきた。高耶は完璧に千鳥足だった。

      「だから、ああいうお酒は後からくるっていったでしょう」

      半分眠っているのか反応がない高耶をベッドに寝かす。

      その時、寝苦しかったのか高耶がシャツの第一ボタンを外した。

      首筋があらわになる。直江の心臓が跳ね上がる。 (本当に、襲ってしまおうか・・・)

      頭の中で何度も抱いた景虎が目の前で無防備に体をさらしている。

      酔った虎ならお前でも抱けるだろうと言った景虎。本当に襲ったら、どんな反応をするのか。

      誘われるように直江は高耶の首筋に手を滑らせた。不意にその手を掴まれた。高耶が目を覚ましていたのだ。

      「俺を襲うのか?」

      「・・・酔った虎ならお前にも抱ける、そう言ったのはあなたでしょう」

      高耶はふんと鼻を鳴らして、

      「いいぜ。お前は酔った虎しか抱けない、その程度の男だという事だからな」

      「実際に抱かれても、そんな態度が取れるんでしょうかね」

      直江は上着を脱いで高耶の上にのしかかった。視線が交差する。

      「本当に抱いてしまいますよ」

      「・・・今日はお前の誕生日だからな」

      「プレゼントのかわりに自分の身体を部下へ差し出すのですか?ものすごい主君ですね」

      「だが、お前が一番望んでいるものは景虎の全てだろう?」

      直江はその質問には答えず、高耶の首筋に口付けた。高耶が吐息を漏らしながら言う。

      「俺は酔っている。お前も酔っているのだろう?」

      「ええ。あなたに酔わされましたよ。でも、今度は私があなたを酔わす番です。酒なんかよりも、

      もっと濃厚なもので酔わせてあげますよ・・・・・」

      「楽しみだな・・・・・」

 

 


    2つ目の碓氷さんからの頂き物です。これはHP「本OPEN」の時に頂きましたっ。

      いやぁ景虎様カッコイイ!!私はメロメロですっ。私は景虎って中々書けないから本当嬉しいです。

      ワインって本当に酔いますよね。(私はワイン苦手)ゴクゴク飲んで直江に襲われないように注意しましょう。(笑)

      今回も素晴らしい小説をありがとうございました。