■The Beyond■
「今日は少し趣向を変えて、これで乾杯しましょう」
そういって、直江がグラスを2つ運んでくる。そこには既に何か注がれている。
「これ、何?」
「ウイスキーの水割りです。」
「珍しいな。祝いごとっていうと、シャンパンかワインとかって気がする。」
そう言うと、高耶はグラスの中の濁りのない透き通った液体を見つめた。浮かんだ氷が光の加減できらめいている。
向こう側が透けて見えるほどに透明度が高く、それの溶ける音が神秘的に響く。高耶は妙に落ち着いた気分になっている。
こんなに和やかな空気や優しい時間の流れは本当に久しぶりだ。
「いい氷が手に入ったんです。水割りはこのニつの違いで決定的に味が変わるんですよ」
直江の声で我に返った高耶が目伝を上げると、ひどく優しい眼差しで直江がこちらを見ている。
「では、高耶さんの誕生日を祝って。乾杯。」
直江はグラスを持つ手を止めて、高耶の反応を見守っている。
飲んで見ると…すごく美味しい。
「ウイスキーってあんまり飲まねーけど、これは美味しいよ。」
「喜んでもらえて安心しました。」
ほっとしたように一息つき、直江も口元にグラスを運ぶ。そして、よく味わうようにゆっくりと一口呑んでから、再び口を開く。
「この氷は、南極の氷なんだそうです。」
「南極…?」
驚いたように高耶が見つめると、直江は器に入った大きな氷の塊を持ってきた。
「これ全部がたった一つの結晶なんだそうです。何一つ不純物は入っていないんだそうですよ。」
直江の言葉を聞いて、高耶は納得した。道理で響きが違う。まるでダイヤモンドやルビーといった宝石のようだ。
高耶は壮大な氷の世界に思いを馳せた。ひにゃりとしたグラスの感触が心地いい。
「氷の世界は永遠に近いのかもしれない。この氷にも十万年の時の流れが詰まっているんです。」
直江も、貼るか遠くを仰ぐようにしながら言葉を紡いだ。
「十万年か…。」
高耶は思わずつぶやいた。
十万年後なんて想像もつかない。この世界はどうなっているのだろう。まして地球や宇宙さえどうなっているかわからない。自分は長く生きた、といってもたかが四百年だ。
十万年先の自分はどうなっているだろうか。そして何よりも。
(オレたちは…)
無言でグラスを見つめる高耶の顔を、直江はずっと見ている。
(この氷が、あなたの中の遺物を全て溶かしてしまえばいい)
彼の魂を蝕む異常燃焼。十万年の時を秘めたこの氷なら、癒せる気がしてしまう。
実際、癒えることなどありえるはずがない。それでも。
感じて欲しかった。この冷たさを。
見て欲しかった。この鮮やかに透き通った色彩を。
味わって欲しかった。この澄み切った味を。
そして…気付いて欲しかった。
生き長らえるために生きたくはない、とあなたは言うけれど。
『オレは死なない』…耳の奥に残る魂の叫びが今も響き続けている。
信じたい。そして自由にさせたやりたい。
何よりあなたに選択を委ねたのはこの私だけれど。
あなたの選ぼうとしている選択が、どれほどあなた自身を苦しめることになるか。
いや、苦しむのは多分…。
(誰よりこの自分だ)
あなたの選択に、一人の男がどれだけ苦しめられることになるか。
(どうか気付いて下さい…)
直江がふと気付くと、いつの間にか高耶が真っ直ぐな眼差しでこちらを見つめている。
そして視線がぶつかった瞬間に、高耶に方から唇を押し付けてきた。
氷のせいか、少し冷えた唇。
けれど、熱い熱い吐息。
直江も不安をかき消すように高耶を抱き寄せる。
(この氷であなたの熱も冷やせるなら…)
だが、どんなに冷たい氷の世界も、彼の熱を奪うことは出来ないだろう。燃え尽きるなんて悲しい結末、誰も望んでなどいないのに。
それでもあなたが燃やし尽くされなければならないというのなら。
(いっそオレを焼き尽くしてくれ)
彼の熱い魂で———。
直江と一つになっていく恍惚感の中で、高耶はぼんやり思う。
自分たちという存在が築く十万年の時の流れも、汚れなく美しいあの氷の結晶のように輝いているだろうか。
そして永遠に辿り着く時、自分たちは何を見ているのだろう。
お前の永遠を確かめるまで、オレ死なない。
「最上」を探し続ける。
だから十万年後もオレは———お前と同じ場所にいる。
(オレはお前を置いて逝ったりしない。約束は必ず守るから。お前だけに悲しませるなんて真似、絶対にしないから…)
見ててくれ、ずっと。今日のように優しいお前の眼差しで。
END
初めまして。空木と申します。高耶さんBirthday企画ということで、 誘ってもらったのに、ずい分遅くなってしまいました。 ごめんね、沙良ちゃん。 でも、ミラージュとのお付き合い6年目にして何せ初の作品だか では沙良ちゃん、これからも楽しみにしているので、 今回は、誘ってくれて本当にありがとう。 19990728 空木妓 |
妓ちゃん素敵な小説ありがとうです。 お忙しい中ごめんね。 南極の氷で私もウイスキー飲んでみたい〜っ。 あ、でも、かき氷もいいなぁ。←ロマンも何もない・・・・(苦笑) 妓(まいひめ)ちゃんとは〇学校以来からのお友達です。 妓ちゃん宛てのメールは私(沙良)のアドレスに『空木宛』として 19990801 沙良 |