The Beyond

 

「今日は少し趣向を変えて、これで乾杯しましょう」

そういって、直江がグラスを2つ運んでくる。そこには既に何か注がれている。

「これ、何?」

「ウイスキーの水割りです。」

「珍しいな。祝いごとっていうと、シャンパンかワインとかって気がする。」

そう言うと、高耶はグラスの中の濁りのない透き通った液体を見つめた。浮かんだ氷が光の加減できらめいている。

向こう側が透けて見えるほどに透明度が高く、それの溶ける音が神秘的に響く。高耶は妙に落ち着いた気分になっている。

こんなに和やかな空気や優しい時間の流れは本当に久しぶりだ。

「いい氷が手に入ったんです。水割りはこのニつの違いで決定的に味が変わるんですよ」

直江の声で我に返った高耶が目伝を上げると、ひどく優しい眼差しで直江がこちらを見ている。

「では、高耶さんの誕生日を祝って。乾杯。」

直江はグラスを持つ手を止めて、高耶の反応を見守っている。

飲んで見ると…すごく美味しい。

「ウイスキーってあんまり飲まねーけど、これは美味しいよ。」

「喜んでもらえて安心しました。」

ほっとしたように一息つき、直江も口元にグラスを運ぶ。そして、よく味わうようにゆっくりと一口呑んでから、再び口を開く。

「この氷は、南極の氷なんだそうです。」

「南極…?」

驚いたように高耶が見つめると、直江は器に入った大きな氷の塊を持ってきた。

「これ全部がたった一つの結晶なんだそうです。何一つ不純物は入っていないんだそうですよ。」

直江の言葉を聞いて、高耶は納得した。道理で響きが違う。まるでダイヤモンドやルビーといった宝石のようだ。

高耶は壮大な氷の世界に思いを馳せた。ひにゃりとしたグラスの感触が心地いい。

「氷の世界は永遠に近いのかもしれない。この氷にも十万年の時の流れが詰まっているんです。」

直江も、貼るか遠くを仰ぐようにしながら言葉を紡いだ。

「十万年か…。」

高耶は思わずつぶやいた。

十万年後なんて想像もつかない。この世界はどうなっているのだろう。まして地球や宇宙さえどうなっているかわからない。自分は長く生きた、といってもたかが四百年だ。

十万年先の自分はどうなっているだろうか。そして何よりも。

(オレたちは…)

 

無言でグラスを見つめる高耶の顔を、直江はずっと見ている。

(この氷が、あなたの中の遺物を全て溶かしてしまえばいい)

彼の魂を蝕む異常燃焼。十万年の時を秘めたこの氷なら、癒せる気がしてしまう。

実際、癒えることなどありえるはずがない。それでも。

感じて欲しかった。この冷たさを。

見て欲しかった。この鮮やかに透き通った色彩を。

味わって欲しかった。この澄み切った味を。

そして…気付いて欲しかった。

生き長らえるために生きたくはない、とあなたは言うけれど。

『オレは死なない』…耳の奥に残る魂の叫びが今も響き続けている。

信じたい。そして自由にさせたやりたい。

何よりあなたに選択を委ねたのはこの私だけれど。

あなたの選ぼうとしている選択が、どれほどあなた自身を苦しめることになるか。

いや、苦しむのは多分…。

(誰よりこの自分だ)

あなたの選択に、一人の男がどれだけ苦しめられることになるか。

(どうか気付いて下さい…)

直江がふと気付くと、いつの間にか高耶が真っ直ぐな眼差しでこちらを見つめている。

そして視線がぶつかった瞬間に、高耶に方から唇を押し付けてきた。

氷のせいか、少し冷えた唇。

けれど、熱い熱い吐息。

直江も不安をかき消すように高耶を抱き寄せる。

(この氷であなたの熱も冷やせるなら…)

だが、どんなに冷たい氷の世界も、彼の熱を奪うことは出来ないだろう。燃え尽きるなんて悲しい結末、誰も望んでなどいないのに。

それでもあなたが燃やし尽くされなければならないというのなら。

(いっそオレを焼き尽くしてくれ)

彼の熱い魂で———。

 

直江と一つになっていく恍惚感の中で、高耶はぼんやり思う。

自分たちという存在が築く十万年の時の流れも、汚れなく美しいあの氷の結晶のように輝いているだろうか。

そして永遠に辿り着く時、自分たちは何を見ているのだろう。

お前の永遠を確かめるまで、オレ死なない。

「最上」を探し続ける。

だから十万年後もオレは———お前と同じ場所にいる。

(オレはお前を置いて逝ったりしない。約束は必ず守るから。お前だけに悲しませるなんて真似、絶対にしないから…)

見ててくれ、ずっと。今日のように優しいお前の眼差しで。

END

 


初めまして。空木と申します。高耶さんBirthday企画ということで、
誘ってもらったのに、ずい分遅くなってしまいました。
ごめんね、沙良ちゃん。

でも、ミラージュとのお付き合い6年目にして何せ初の作品だか
ら、これを読んだ人がどう感じるのかとっても不安…。
未熟なのは多めに見てやって下さいね!

では沙良ちゃん、これからも楽しみにしているので、
素敵な作品を書き続けて下さい。

今回は、誘ってくれて本当にありがとう。
ここまで読んでくれた方にも感謝を込めて。

   19990728 空木妓

妓ちゃん素敵な小説ありがとうです。

お忙しい中ごめんね。

南極の氷で私もウイスキー飲んでみたい〜っ。

あ、でも、かき氷もいいなぁ。←ロマンも何もない・・・・(苦笑)

妓(まいひめ)ちゃんとは〇学校以来からのお友達です。

妓ちゃん宛てのメールは私(沙良)のアドレスに『空木宛』として
送って下さいね。よろしくお願いします。

                 19990801  沙良