眠れぬ夜の星空に


栗アン&ヴィクトール


     俺は目の前に大きく広げられた白く輝く羽根を両手でむしりながら、その羽根の
     持ち主の背中を探していた。柔らかい羽根をかき分け散った羽根が俺の口の
     中に入るのもかまわず、顔に羽根がまとわりつきながら 必死で羽根の「根元」を探した。
    やっと羽根の持ち主の背中に手があたり、その羽根を形成している「根元」の骨らしき
    ものをぐっと両手で掴むと、力を入れてその羽根を折ろうとした、、、。
     「ヴィクトールさまああああああああああっ!!」羽根の持ち主は耳を劈く苦痛の
     しかしどこかで安堵しているかのように聞こえる声で、叫んだ。

    ヴィクトールがハッと目が覚めた時、そこには白く輝く大きな羽根など何処にもなく
    ただいつも見なれた簡素な自分の私室が目に写った。顔を左に向けると
    暗い部屋の中には、一筋の月明かりが窓から差し込んでいるのが見えた。まだ、夜中らしい。
    「 夢か、、、。」ヴィクトールは呟きながらゆっくりとベットから起き上がる。
    彼 は彼の悲しい過去、、、名誉も汚名も刻まれた身体の傷をあらわにしてシャワー室へと
    向かった。熱い湯気がたちまち彼の身体を包み込み、シャワー室が曇る。
    ヴィクトールの獅子を思わせる鬣を、広く筋肉が引き締まった大きな身体を、熱い湯が
    濡らしてゆく。閉じられていた琥珀色の切れ長な瞳をぼんやりと開け、先ほどみた夢のことに
    考えを巡らせ始めた。

    羽根の持ち主の声は、、、解り切っていることだ。あれは、あの声はアンジェリークだった。
    俺は彼女に何を望んであんなことをやったのか?もうすぐ新宇宙の臨海が近い。
    そうなると必然的に、アンジェリークとの別れも意味するからか?!
    俺には彼女に女王なんてなって欲しくない、という想いがあるというのか?ずっと自分の側に
    居て欲しいとでも?!それでは、今までのアンジェリークの努力はどうなるんだ?
    あのひたむきさで、どこかはかなげながらも試験にはいつも前向きに頑張っていた姿を
    俺は充分すぎるほどよく知っているじゃないか?
    「 彼女なら女王としてやっていける。」そう確信したじゃないか、、、俺は。
    またそうなるように、俺も彼女を指導したではないか?!それが俺の任務、、、。

    ヴィクトールは握りこぶしを「どんっ!」という鈍い音をたてて、シャワー室の壁を叩く。

    だが、なぜだ?なぜこんな想いを抱く?なぜこんなにもアンジェリークを俺は、、、
    俺は「求めて」いるんだ、、、狂おしいほどに、、、飛び立とうとする彼女の羽根を
    折ってしまうほどに、、、。

    ヴィクトールは、右手に痛みが走りやっと我に返った。熱いシャワーの湯で濡れそぼった
    こぶしを作った右手の小指から手首にかけて青いうっけつしたアザができていることに、
    気がついた。
    「俺は何をしているんだ?」悲しげに苦笑すると首をうな垂れた、、、。
    彼の頬を熱い湯とともに濡らすひとすじの涙が、落ちていった。

    「どうも眠れないな。散歩にでも出るか。」ヴィクトールは、薄手のグレーがかったコートを
    羽織ると、庭園へとあてどなく歩き始めた。聖地はシンと静まり返り、時々風が駆け抜けて
    羽織られたコートの腕を通していない袖が、はためいた。

    「こんばんわ、ヴィクトール様。」ふいに背後から声をかけられた。可愛らしい、遠慮がちな
    声。アンジェリークだ。
    「どうした、アンジェリーク。こんな時間に出歩くとは、感心せんな。」

    「、、、ごめんなさい。窓から星空を見てたら庭園の方に人影が見えて、それが、
    ヴィクトール様だと分かって、部屋を飛び出してきちゃったんです。」アンジェは
    いたずらっぽく笑う。ヴィクトールの頬もついついゆるんでしまう。

    「あの、びっくりしました!」

    「何がだ?」

   「その、、、私、ヴィクトール様にお会いしたいってお星さまにお願いしてたんです。
   だって、ヴィクトール様、最近、執務室にもいらっしゃらなくてお会いできないんですもの。」

   「、、、。」まだまだ子供っぽい所があるな。いや、当たり前だ。まだ、この子は子供なのだから。
   しかし、ヴィクトールはそんなアンジェをくすぐったいような気持ちで愛おしそうに見つめる。

   「あ、ごめんなさい。ヴィクトール様。あの、色々とお忙しいですよね?私、自分のコトばかり
   考えてしまって、、、でも、今夜会えたからとっても嬉しいです!よかった。」
   アンジェはいつになくまくしたてるように喋ると、頬を赤くしながらヴィクトールの隣を歩き出した。
   時々、アンジェの栗色した髪から心地よい香りが漂い、彼女の細い肩が彼の胸下部にあたる。
   その度にヴィクトールは、彼女の細い腰を抱きしめ唇を奪いたい衝動に駆られる。

   「あの、ヴィクトール様。よかったら、庭園のベンチに座りませんか?月明かりに
   庭園が照らしだされてとてもきれいだし。ねっ?」

   「ああ、そうだな。そうしようか。」ふたりは仲良くベンチに腰かけた。
  
    少しひんやりとした庭園のベンチの感触は、二人にとっては丁度いい冷たさだ。
   ヴィクトールも平静さをどう保てばよいかと考えあぐね、身体がほてっていたし、
   アンジェはこの庭園の美しさと「ふたりきり」というシチュエーションに酔っていた。
   もちろんすぐ隣には愛するヴィクトールがいるのだから、胸はどきどきしっ放しだ。
 
   「あの、ヴィクトール様。私の新しい宇宙がもうすぐ臨海を迎えるらしいんです。」
   「そうか。よくぞここまで頑張ったな。俺も嬉しいよ。」
   「、、、でも、私なんかが女王になれるなんて思えないんです。だって、全ては
   みなさまのお力でできたこと。私はみなさまに力を貸して下さるようにお願いした
   だけなんですもの。」
   「そうか?その力を束ねることができるようお前も資質を磨く為に、努力して学習
   したじゃないか?守護聖さま方の貴重なお力を受け入れることができるように、
   頑張ったではないか?」
 
   「私、、、つらいんです。」アンジェは、長いまつげの陰を落とした。
   「どうした?何がつらいんだ?俺でよければ、お前の話を聞かせてくれないか?」
   琥珀色の瞳がまっすぐにアンジェを心配そうに見つめる。
   「ヴィクトールさま、、、。」アンジェは彼の優しい言葉に涙がこぼれる。
   「あ、アンジェ?!」ヴィクトールは突然の彼女の涙に驚く。
   「私、ちゃんと女王試験に合格しなきゃて、レイチェルと肩を並べてもおかしくないように
   頑張らなくちゃ、ていつも思っているんですけど、、、。こんな光栄なことは絶対ないと
   思うし、、、でも。」
   「確かに、お前は有る意味特殊な環境の中で、精一杯やっていたものな。不安や心配
   に押しつぶされそうになっただろう。」
   ヴィクトールはそっと、アンジェの頭を撫でた。アンジェは一瞬、「ぴくり」と肩を震わせた
   が、そのままヴィクトールに寄りかかった。
   「私がくじけそうになった時、いつも私の側にはヴィクトール様がいることに気がついて
   しまったんです。うううん、つらい時だけじゃなくて嬉しい時も、ヴィクトール様が私の心
   の中に居て、、、。」
   「アンジェリーク、ありがとう。」
   「えっ?」
   「そう思ってくれて本当に俺は、嬉しいよ。」ヴィクトールはにっこりと優しく微笑むが
   どこか寂しげだ。
 
   「お前の支えになれたとはな、、、はは。実は俺の心の支えになっていたのも、
   アンジェリーク、お前なんだ。」 
  「ええっ?!ヴィクトール様、それ本当ですか?!」アンジェは頬を紅潮させ息を
   するのももどかしいぐらいに、胸が詰まった。
   「本当だ。お前に会えて良かったと思う。」
    、、、ヴィクトール様。」アンジェは、何か一瞬思い詰めたような表情を見せたが、
   意を決したようにベンチから立ち上がりヴィクトールに背を向けたままで、話始めた。
  
   「私がつらいのは、、、あなたとお別れしてしまうことなんです。私、あなたとずっと
   一緒に居たいんです。、、、ご迷惑ですか?」

   「アンジェリーク、、、。」

   「私あなたのことが、、、大好きなんです!」
   「、、、。」ヴィクトールは、なんとなく感じていた彼女の好意を今、この時はっきりと
   受け止め胸が震えた。彼にとっては久しぶりの感情、、、。
 
   「では、女王にはならないというのか?」ヴィクトールは嬉しい気持ちを押さえ込みながら
   アンジェリークに問う。

   「はい。あなたと離れてしまうなんて考えたくもありません、ヴィクトール様。」
 
   「女王になっても俺はお前を愛し続けることはできるぞ。お前が気がつかなくとも
   俺はお前を、お前だけを見守る。誰にもお前を愛する気持ちでは負けないつもりだ。」
  
   アンジェの背中を薄らと白い霧のようなものが包みだした。
  
   「だから、俺はお前には女王になって欲しいと思っている。例え離れても、、、。」
   (俺は何を言ってるんだ?!どうしてこんな言葉を言っている?) 
  
   次第にその白い「もや」のようなものは形を表してゆく。
  
   「お前の今までの努力を無駄にして欲しくない、、、と、、、。」ヴィクトールがそう
   言い終わった瞬間に、バサッとあの夢でみたような美しい白く輝く大きな羽根が、
   アンジェの背中に現れた。ヴィクトールは羽根を広げたアンジェをぽかんとして見つめた。
  
   「それでは、ヴィクトール様は私に女王になれとおっしゃるのですか?」
   アンジェの大きな蒼い瞳に涙があふれてゆく。アンジェの白い翼はゆっくりと広がり
   やがて、今にも飛び立とうとせんばかりに上へ持ちあがった!
 
   「あなたとお別れして?」アンジェの翼はゆっくりと下へまた上へと動く。
 
    (駄目だ。この「羽根」は飛び立とうとしている。アンジェリークを連れ去ろうとしている!?
   待ってくれ、俺の側から離れないでくれ!!)
 
   「私に女王になれと?」再度アンジェリークがそう言った瞬間、白く輝きを増したアンジェの
   翼はまたゆっくりと今度は大きくはばたき、アンジェの身体がふわりと、、、
   浮かんだようにヴィクトールには見えた。アンジェの瞳からは、涙がこぼれ小さな少女の
   身体は悲しみに震えている、、、。
   
   「行くなっ!アンジェリークっ!」ヴィクトールはアンジェに駆け寄り、真正面から抱きしめた。
   あの夢のように後ろからではなく、正面に向き合って彼女の肩越しに背中の羽根を、、、?!
   ヴィクトールの指先がアンジェの翼に触れると、ざざざっと音を立てて羽根が散り始めた。
   白く雪のようにふわふわと散って行く羽根にふたりは包まれてゆく。
   
   「ヴィクトール様、ヴィクトール!」アンジェは自分の背中に生えた翼のことなど気がつい
   ていないようだ。ヴィクトールの逞しい胸の中で夢中になって愛する人の名前を呼ぶ。
  
  (これは幻なのか?)ヴィクトールはアンジェを強く抱きしめながらひらひらと散って舞う
  真っ白な羽根を見つめる。

  やがてヴィクトールはアンジェを少し引き離し彼女の蒼い瞳を覗きこんだ。
  「愛しているアンジェリーク。もう二度と離しはしない!」
  ヴィクトールの琥珀色の瞳にはもう迷いなど微塵もない。
  「ヴィクトールさま、、、。」
 
  月明かりの中、ふたりの陰が重なり合う。もういつの間にか、アンジェの羽根は無くなって
  いた、、、。
 
  女王即位前日、現女王の計らいで学芸館へと走るアンジェリークの姿を聖地で見たのが
  最後となった、、、。




 
  


  おしまい



 


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