第2回リアクション
 R133
担当:漢辺豊

1999年2月某日、夜。
「謹請北斗七星魅埋府君、第一貧狼星、宇奇神子−
 オン、三万庫駄可羅阿波羅波利普羅太可々々年一
」
 朱目道場の隣にある物部五月[ものべ・さつき]
の家の庭。シャツにジーンズというラフな格好で、
五月の母親である物部水那[ものべ・みずな]が、
属星に祈る祭文を読み上げている。
 式神である朱雀[すざく]を連れた五月は、勝手
口から表に出ると、水那に駆け寄ってくる。
「おかあちや〜ん、お風呂沸いたよお」
「ん? んん」
 空を見上げたまま、水那は五月に答える。
「…………どうかしたの?」
「この地に凶事が訪れる…………星がそう語ってるわ。
それ以上は、何も話してはくれないけど、ね」
 水那は腰に軽く手をやると、ふう、と溜息をつく。
「まあ、いいわ。五月、礼子ちゃんにこの手伝えて
くるから、先にお風呂入ってなさいな。それと、寝
る前に三種大祓の黙読くらいしときなさいよ」
「はぁい。……………行こ、朱雀ちゃん」
 先程から二人の様子を見上げていた朱雀を連れて、
家の中に入っていく。
「…………朱雀ちやん、ね。これから大変だわ、あの
子も」
 水那はそう呟くと、一人笑みを零す。口元から吐
き出された白い息が、風によって散らされていく。

 両腕を抱え、水那は朱目道場へと向かった。

第2話:『ところで、あれどうするの?』

●文殊院
 五月初頭の夜。
「《鬼》が何かを探している、という考えにはわた
くしも賛成ですわ」
「うむ」
 村上隼人(むらかみ・はやと)らの話を聞いて、
にこやかな笑みを浮かべた竜崎恵梨香(りゆうざき・
えりか)は彼らに答える。
 村上たちと恵梨香は《鬼》の行動に疑問を持ち、
《鬼》が何かを探しているのではと思っていた。曳
に、村上の仲間の御堂の3人は文殊院の中を探し回
っていた。
「でも、あなたたちは何もしなくていいんですか?」
「オレらはええねん。肉体労勧やしな」
 顔に傷を持ち、無愛想な表情の村上の隣で、陽気
そうな男—— 鳴神冬馬(なるかみ・とうま)が笑い
声を上げる。
 文殊院の一角、村上の仲間である安東令(あんど
う・れい)の張った『陣』術の中で、3人は《鬼》
が現れるまで待機していた。
「すいません、わたくしまでご一緒させていただい
て」
「ええねん。虚空蔵村上流は、異流派でもOKなん
やて。な、村上」
「うむ」
 ホットコーヒーを手に、村上は一つ領いた。
     *      *       *
「令ちゃん、何か見つかった?」
「いいや、全然ですよ」
 長髪を後ろで縛った北神亮(きたかみ・とおる)
に、子供っぽい風貌にドングリ眼の安東が答える。
「どうでもいいんですけど、アタシにこんな事させ
ないで下さらない?」
 手にしたライトで辺りを照らしている南条晶(な
んじょう・あきら)は、そんな2人を見て不満をロ
にする。
 文殊院にある西古墳の中、頭脳労働組の3人は《鬼》
が何かを探している、と推測。それらしい物を探し
て、柵で入り口を閉ざしている古墳の中に入り込み、
何か無いか調べていた。この古墳の中には仏像が収
められており、よく考えなくても結構バチ当たりな
行為である。
 ちなみに、これでもギャラは一緒、である。
「…………此処には無いかな」
「わからない。《鬼》は来るかも知れません。長期
戦ですね。順番に坂眠を取りましよう」
 聞こえぬところで、誰かが、
 チイ、と啼いた。


 夢を見た———。
 博多湾が、角張った木製の巨大な船で覆い尽くさ
れている。それに対峙する様に、鎧を纏った武士が、
湾の砂浜を覆い尽くしている。
 その武士たちの最も奥にいる人物。鎧も纏わず、
直衣に指貫と呼ばれる袴姿の男が何かを唱える。
 その男が左の人差し指を船団へ向ける。と、さら
にその背後から3体の、2本の角を持つ異生−《鬼》
が飛び出す。3体の《鬼》は時折その右腕から生み
出される(風)により、水面に触れることなく船団
の中に入り込む。その中で《鬼》は、船に乗る兵士
たちをその鋭い爪で切り裂き又は鋭い牙で食らいつ
き、(風)で船体に穴を開けていく。
 そして時間は経ち、その日の夜(感覚的に一瞬で
過ぎ去ったが)。船団は突如襲いかかった暴風雨の
中、次々に海の藻屑と化していく。
 そんな夢を見た———。


「なんか、嫌あなもの、見たわね」
「なんですか?」
「《鬼》…………の夢」
 その時、安東の厭勝銭に朱目道場からの連絡が入
る。それは、《鬼》が桜井市方面に向かった、とい
う内容のモノだった。
 2本の角を持つ《鬼》が跳躍しながら文殊院の中
に入ったのは、連絡があってから約一時間後であっ
た。
「わたくしがこの前見た物とは、違う奴ですわ」
 《鬼》を見た恵梨香は、そう言うと得物の短刀を
抜く。
「どう云うことだ?」
 村上の言葉に、恵梨香はこの前見た《鬼》は、両
肩に何か膨らみを持ち、大きさも3メートル近くあ
ったという。今、月明かりの下、目の前にいる《鬼》
は体の大きさも2メートル強と小柄で、肩の膨らみ
も無い。
「まあいい。どのみち、殺らねばならん。亮!」
 村上は愛刀の『一夜桜』を抜き、人の腕を衝えて
いる《鬼》へと向かう。
「謹んで五雷大将軍に願い奉る。我、五雷——火の
如く雷の如く、五雷天尊の勅を願い奉じる急急如律
令」
 北神は村上が《鬼》に斬りかかるタイミングに合
わせて『破』術を唱える。が、それは《鬼》に向け
てではなく、付上の刀に向けられていた。
「ふん!」
 村上は《鬼》へ向けて、細かい雷光がまとわりつ
いた長刀を振りかぶる。
 が、口に人の腕を衝えた《鬼》は、その村上に構
おうともせず、再度跳躍する。向かうは、音羽山。
 数秒後、村上はすでに雷光の消えた長刀を鞘に収
める。
「…………また逃げた…………」
 深く、安東は溜息をつく。
「…………『破』術の効果が一瞬では役にたたんぞ。
亮」
「普通はあんなもんだ。弓の舞ってのが特殊すぎる
んだよ」
「結局、音羽山に行くことになるんですわね………」
 晶は汗で流れた化粧を気にしながら、溜息をつい
た。
     *      *      *
 村上らが《鬼》を見た十数分後。丸いサングラス
に、左の二の腕にパンダナを巻いた麻生響(あそう・
ひびき)は、《鬼》を探して音羽山の山道から外れ
た森の中を一人歩いていた。
「ったく、何処にいるんだか」
 一人愚痴る麻生から、少し離れた木の上の方の葉
が揺れる音がする。麻生がその木の方を振り返ると、
折れて落ちてきた枝と共に《鬼)が地面に着地する
のが見える。
「お、おい!」
 麻生はその《鬼》に話しかけようと試みるが、《鬼》
は麻生に目もくれず、今度は木の幹を猿の様に飛び
移りながら奥へと去っていく。
「待てよ!」
 麻生は、《鬼》を追って森の奥へと駆け出してい
く。
●山道
 麻生や村上らが《鬼》を追っている丁度そのころ。
「あの、お手伝いしましょうか?」
 森の中、木々の間に厭勝銭を付けたロープを張っ
ているロングヘアに色白の女性、東歌りようこ(と
うか・一)と、ぼさぽさの髪の体格の良い男性、青
天航一郎(あおあま・こういちろう)に、地味な服
装で存存感の薄い、鵺代郁(ぬえしろ・かおる)が
話しかける。鵜代は《鬼》を探して山の中に入って
いたのだが、東野と青天の2人を見かけ、しばらく
様子を見ていたのである。
「うお!? おまえ、何時からそこに?」
「いや、ずいぶん前から。それよりも、それ、《鬼》
に対する罠でしたら、手伝いますよ」
 鵺代は2人に右手の紋を見せて、言う。
「あなた、<識>なの、ね。いいわ。お願いできる?」
 鵺代は、りようこに領く。
 その鵺代を見ながら、りようこと青天の2人は、
(しかし…………ホントに何時からいたんだ?)
 と、思っていた。
      *       *       *
 村上や蘇生が《鬼》と出会った次の日。廃寺など
を回っていた、目つきの悪さが特徴の鷲津武志(わ
しづ・たけし)と童顔に三つ編みお下げの桜小路弥
生(さくらこうじ・みお)は、巫女姿の楠木舞(く
すのき・まい)に出会う。舞は、犬の嗅覚を持つ式
神を住い、『剣持つ神』という言葉を頼りに、音羽
山にある池を探していたのだが…………。
「地図に載っている溜池とか調べたのですが、見つ
からなくって」
「じやあ、一緒に探しましょう。たけちやんはあな
たと同門だから、その方がいいだろうし」
「お、なに勝手ムガムゴ…………」
 何か言いたげな鷲津の口を、両手で押さえながら、
弥生は舞に苦笑いを送る。
「ええ。じやあ、よろしくお願いします。でも、ど
うやって探しますか?」
「まっかせて下さい」
 弥生は舞に返答すると、上着のポケットの中から、
折り鵺を1つ取り出す。そして、折り鵺の羽を広げ
ると、呪具である符を構えた。
「ナウボ、マケイジンバラヤ、オンキマボウシキヤ
ヤ、ソワカ」
 弥生の真言の終わりと共に、折り鵺が宙に浮かぶ。
「お願い。付近に異生や、怪しい場所がないか、調
べて教えて項戴」
 弥生の命に、式神を宿した折り鵺は空へ向かって
飛んでいく。
「それなら、私も手伝います」
 舞も、目に見えぬタロウと名付けた式神に同様の
指示を出した。
「勝手に決めやがって………」
 鷲津は、式神を操る2人を見て、そう呟いた。


●巣
「本当にこの辺り、なんですかあ?」
 眼鏡をかけた、ロングヘアの鳳由香梨(おおとり・
ゆかり)は、道案内をしてきた2人の男子小学生、
白姫雪(しらひめ・ゆき)と竜崎渉(りゆうざき・
わたる※)に確認をとる。
「大丈夫だよ…………多分」
 尻窄みがちに、渉が答える。渉と雪の2人は、こ
の前音羽山に訪れたときに偶然《鬼》の巣に紛れ込
んだ経験を持つ。
「さっき言ってた、変な気配もないよね」
「ん〜確かに私には判らないですけどお」
 中世的な顔立ちの紅浪詩音(こうなみ・しおん)
の意見に、南月梢(みなみづき・こずえ)が同意す
る。
「俺様を薙うのか? 心配なんかせずに付いて来い
よな」
 雪は、後ろから付いてくる、頭にパンダナを巻き、
作業用のライトや小型の発電器をかつぐ須堂灯ル(す
どう・ともる※)らを振り返る。
「大体、俺様は…………」
 まだ文句言い続ける雪だが、その体が水紋の様な
空間の歪みと共にかき消える。恐らく、雪はまだ文
句を言い続けているのだろうが、その声も認識でき
ない。
「あ…………雪!」
「ここ、みたいっすね。………行きましょう」
 須堂に促された一行は、結界の中に、足を踏み入
れる。
 結界の中は、外とは違って霧に覆われていた。
「この前と同じだね」
 先頭を行く雪に渉が追いついて、言う。
「こっちだぜ。この臭い、の先に」
「《鬼》の巣が、有るのですね?」
 由香梨が、確認する様に雪の言葉に続けて言う。
雪はそれに頷きながら、先に進む。
 程なく、この前、雪と渉が《鬼》を見た場所へと
たどり着く。所々に直径15センチの球や、腐りか
けた人の体の一部が散乱している。木の陰に横たわ
る遺体もそのままだ。
「これは………張り紙に顔の載っていた………柄早
って人ですね」
「《鬼》に連れ去られていたんですねぇ」
 黙祷する梢の横で、由香梨は近くに生えていた野
花を一本、その死体に供える。
 雪は少し離れた場所で、
「オン、ア、ビ、レ、ウン、キヤ、シヤ、ラ」
 と真言による『陣』術を唱えている。主に鎮宅法
に用いられる八字文殊法と呼ばれるものだこ
「………何をしてるの?」
「『陣』術で《鬼》の動きを制限しようと思って、
結界をはってんだ」
「ふ〜ん」
 詩音と渉に、得意げに雪は答える。
「じやあ、もっと奥へ行きますか」
 所々に落ちている球を拾った須堂を先頭に、北の
方へ進む。
 しばらく進むと、岩場になっている所に小さな祠
があるのが見える。その祠の周りには、真新しい黒
い円が描かれていた。気付いた者は少ないが、その
祠からは禍々しい気配が発せられている。
「? なんだ? これ………」
「あの、その様なモノは、あまり触らない方がいい
ですよ?」
 由香梨の言葉に大丈夫と答え、好奇心に目を輝か
せた雪は祠に張られた札を剥がし、扉を開ける。祠
の中には拳大の水晶が1つだけ、収めらている。禍々
しい気配は、その水晶が元の様である。
「何だろう?」
「こおら、横着しちゃだめじやないか」
 駆け寄ってくる須堂の制止も聞かず、雪は水晶を
もっとよく見ようと祠から出す。
 瞬間。
 辺りを、放電現象の様な青白い光が、何本も地面
から伸びる。
「なにが、起こったのですか?」
 梢が辺りを見回すが、それ以後、何も変わった様
子はない。
     *       *       *
 丁度そのころ。音羽山で奥義の修行を行っていた
ポニーティルの少女、坂本九九九(さかもと・みく)
は一瞬、森の間に電気が走った様な光を見つける。
「あれえ? 何だろう?」
 九九九は、その光の方向に歩き出した。
     *       *       *
「こら。とりあえず、これは戻して…………」
“ぐるるるるるるるるる”
 急に、強烈な殺気にも似た気配を感じ、須堂は息
を詰まらせる。
 面司から見て南側に10メートルくらい離れた場所
に、いつの間にか1本の角を持つ《鬼》が現れてい
た。そして祠を囲むように、人の顔を持つ鬼火や、
前足を持つ大蛇が現れる。
「いつの間にか、来てたんでしょうか?」
「まさか。さっきまで、何の気配も無かったのに」
 由香梨に答え、詩音は雪と須堂の方へと駆け寄り
つつ、得物の短刀を抜く。
 《鬼》は須堂や詩音を始めとする剣者が臨戦態勢
を整えてる間に、胸元から喉の順番に体の中で何か
を動かし、口から黒っぽい鳥の死骸を吐き出した。
 独特の旋律を奏でるように、《鬼》が唸ると、そ
の唾液まみれの鳥の死骸に変化が項れる。
 死骸が丸く膨れ上がり、羽毛を押しのけて腐敗し
て黒くなった肉腫が、嫌な音をたてながら表に現れ
る。その肉腫から腕のような物が生え、鈎爪のある
脚も膨れ上がった体に合わせるかのように太く、長
くなる。
 数秒後、鳥の死骸だったそれは、錫杖を持った鳥
人となっていた。
 鳥人は翼を広げて地面すれすれを飛び、水晶を持
つ雪へと突進する。
「ハツ!」
 雪の近くにいた詩音が、その鳥人へ微塵流『一』
による斬撃を繰り出す。
 鳥人は片腕を切り落とされながらも、雪の手の中
にあった水晶を猛食類特有の背で銜え、上空へと逃
げた。
「雪君、怪我は?」
「だ、だいじょび………」
 須堂は詩音と共に雪を抱えて後ろに下がる。
「これは、ピンチですねえ」
 危機感を感じてないように由香梨が呟く。が、手
には呪具である符を持ち、『防』術を唱える準備を
している。
「うお!? お、おい無事か!?」
 《鬼》と反対の方角から聞こえた声の方を見ると、
木々の間からりようこと青天、その影に隠れるよう
にいる鵺代の3人の姿が見える。もう一方では舞と
弥生の式神に先導され、途中で麻生と出会っていた
鷲津たちの姿も見える。
「聞こえるか!おい!お前、元は人間なんじや
ないのかよ!!」
「私たちの話を聞いて下さい!」
「あれが、そんなこと聞く相手か!」
 《鬼》に話しかける麻生と舞を一喝しつつ、鷲津
は長刀を抜刀し、《鬼》へ向かおうとする。
「待て!あいつを、もっと北側に誘い込む!」
「そんな無茶な………」
 大蛇と鵺代とを共に切り捨てて合流した青天の言
葉に、須堂は小型の発電器を始動させながら答える。
すでに、詩音と鷲津の2人が、《鬼》と対峠してい
るのだ。
「しやあねえ。おい!そこの2人は俺と《鬼》へ。
残りは!蛇と鬼火をなんとかしてくれ」
 麻生が《鬼》との対話を諦め、周りに指示を出す。
「りょうこ!」
「仕方ないわ。即興だけど、ここでやってみる」
 りょうこに無言で頷くと、青天は《鬼》へと向か
つていく。
 りょうこは『陣』術を、《鬼》の周囲の空間に向
けて唱え始める。
     *       *       *
「こ、今度は、僕が雪を守………る………から」
 雪を庇いながら、渉が後々に包囲の範囲を狭める
鬼火の前にでる。
 鵺代はすでに、大蛇二匹を相手に斬り合いを始め
ていた。
「いったあ!」
 自分の左腕に噛みつく大蛇の一匹の首を、鵺代は
長刀で薙ぐ。
「………ソワカ。………もう、疲れたよお」
 弥生は鵺代に向けて5回目の『癒』術を唱え終え
る。さすがに彼女も、もう口が疲れ始めている。す
でに少し長めの早口言葉を連続で5回もやった、と
思えばわかりやすいだろう。
 その隣では、舞も弥生と同様、『癒』術を唱えて
いる。
「渉、危ない!」
 雪の『破』術を受けた鬼火は、一瞬ひるんだだけ
でそのまま他の鬼火に斬りかかっていた渉へと突進
する。
「謹んで五雷大将軍に願い奉る。一五雷天尊の勅
を願い奉じる急急如律令」
 その鬼火は、森の中から発せられた『破』術を受
け、固まったかの様に動きを止める。
「高天原つ祝詞の太祝詞を持ち加む呑む。祓い給う
清め給う」
 同様にして、森の中からの『陣』術に呼応するか
のように、その姿が森の中へと消えていく。
「雪、渉君!」
 一人《鬼》を追っていた竜崎叶(りゆうざき・か
なえ※)が、再度森の中からの『破』術の援護を受
けて鬼火を倒した渉に駆け寄る。
 その後ろからは、文殊院から音羽山に来ていた村
上一党と恵梨香が続く。
 叶は、《鬼》を捜索していた時に、文殊院から逃
げた《鬼》を探す村上一党と恵梨香と出会ったのだ。
「皆さん、そっちは頼みましたよ」
 安東は『浄』術を施した御神刀片手に、大蛇に苦
戦する鵺代の方へ。その他の村上一党と恵梨香は大
蛇や鬼火に目もくれず、そのまま《鬼》へと向かっ
た。
      *       *       *
 《鬼》の左の二の腕に生じた何本もの刀傷から、
血がにじみ出ていた。
 鷲津と詩音、麻生らの剣撃を何度も受けた《鬼》
の左の二の腕は、剛毛の間から地肌がのぞける程傷
ついている。りょうこの施した結界が行動範囲を制
限しているため、《鬼》はいつもの様になかなか間
合いを広げることが出来ないでいた。さらに須堂の
照らすライトが時折《鬼》の目を眩ませているのも、
要因の一つであろう。
「危ない!」
 左腕に半身ほど食い込んだ麻生の長刀を振り解い
た《鬼》は、(風)を繰り出す。
 (風)は横に跳んだ麻生の脇を抜け、鷲津とその
前に躍り出た梢に向かう。
「−急急如律令…………きゃ」
 梢は『防』術を張るが、(風)の威力の前にそれ
は四散し、梢は吹き飛ばされる。その横を、鷲津は
《鬼》へ向けて駆け抜けていく。
「なにやってんの!」
「私、皆さんをお守りしたくて…………」
「だからって、あんな防壁じや………自殺行為だぜ。
とにかく、後ろに下がっててくれ。いいな、自己犠
牲と自殺行為は別もんだからな!」
 麻生は梢にそれだけを言うと、今は村上と鳴神、
青天が対峙している、《鬼》へと駆け出した。麻生
が《鬼》の数へと戻ったとき、晶の『隠』術により
気配を消した鳴神が、《鬼》の右脇の下に長刀を突
き立てていた。その脇では、恵梨香が《鬼》に(風)
を使わせまいと微塵流『疾』の連撃を与えている。
“ぐあっ!”
 叫び声を上げっつ《鬼》は、鳴神を右腕ではじき
飛ばす。
「いくぞ、亮!」
 村上は《鬼》に対し文殊院の時と同様、細かい電
光を纏った刀で《鬼》に斬りかかる。
 《鬼》は、いつものようにそれを左腕で受け止め
る。が、村上の刀はほとんど剛毛の失われた《鬼》
の左腕に、深く食らい込んだ。
 《鬼》はその一撃で隙の生じた村上を、肩からの
体当たりではじき飛ばす。
 それを見ていた須堂は、ライトを捨て《鬼》に斬
りかかる。剛毛を失い、傷口から肉の見え隠れして
いる左腕めがけて、岩をも砕く久遠流『砕』を繰り
出す。
「辣っっ!」
 須堂の剛剣に叩き切られた《鬼》の左腕が、鮮血
と共に文字通り宙を舞う。
“ぐおおおおおおおおおおおおおおお!!”
 辺りの空気を振動させるような叫び声を《鬼》は
上げる。口元から大量の唾液を振りまきながら、暴
れるように近くにいた恵梨香と須堂を押しのける。
やがてその叫び声が、独特の旋律を奏でるような唸
りに変わる。それと共に、りょうこの張った結界の
境目が歪み始めた。
「まさか」
“が!!”
 《鬼》が短く吠えるとその辺りで、バチッという
音が響きわたる。
「そんな、『陣』術が破られるなんて!?」
 《鬼》はそんなりょうこの声など気にもとめず、
間合いを開けるために跳躍する。
「逃すか!!」
 村上や麻生に肩や脚を斬られるが、それにも構わ
ず、《鬼》は木と木の間を跳びながら南の方へと去
つていく。
「待て!!」
 村上を初めとする剣者たちは、逃げる《鬼》を追
いかける。《鬼》は木の上を伝わりながら、なにか、
高さ3メートル程の石壁のようなものを飛び越え、
その中に入る。
「なんだ? こんなの、さっきまでは無かったのに
………」
「《鬼》が作ったのかな?」
 須堂の言葉に、詩音が自問するかのように言う。
「邪魔くせえもんこしらえやがって」
 鷲津はすでに、これを《鬼》が作ったと決めつけ
ている様ではあるが。
 須堂らはとりあえず、石壁の端まで歩いてみる。
が、石壁はその端から直角に、また南側に伸びてい
る。
「城壁みたいなもんかな?」
 麻生は、石壁に手をやりながら溜息混じりに感想
を述べる。
 と、その石壁の表面が突然波打ち、幾つもの人の
顔の様な物が浮き出る。
「うわっ!」
 麻生はそれに驚いて、石壁から手を引っ込める。
“キヤハハハハハ、キヤハハ”
 石壁に生まれた顔たちは様々な表情を浮かべ、ま
たは笑い声をあげながら、再び石壁の中へと消えて
いく。
 その石壁の上から、《鬼》に似た小猿の様な生き
物が、こちらを見おろしているのに気が付いた。
「………あの生き物は………なんだ?」
      *       *       *
「? なにがあったの?」
 祠の周りに集まっている<識>を見つけて、九九
九が驚きの声を上げる。
「ここにはどうやって来たの? 結界は?」
 渉が、九九九に尋ねる。そう言えば、村上たちも、
どうやってこの場所を知ったのだろう?
「へ? なあに、それ?」
「この場所の周りに、結界が張られていたんですよ」
「………? そんなもの、無かったですよ?」
 安東が九九九に代わり、由香梨に答える。
「そうね、私たちは式神に怪しい場所を探して貰っ
て、此処に来たけど」
「結界みたいなものは、ありませんでした」
 弥生と舞の言葉に、雪と渉は顔を見合わせる。
「結界が、消えてるのでしょうね」
「そのようですね」
 由香梨の言葉に、梢はそう答えた。
「ところで、あれは、どうするの?」
 弥生や賄代から大体の事情を聞いていた九九九は、
地面に落ちた《鬼》の腕を指さした。


●鳥人
 <識>と《鬼》との戦いの最中、水晶を衝えたま
ま飛び去った鳥人は、音羽山頭上付近でその飛行を
終える。
 鳥人は、翼を折り畳むと、そのまま岩場に腰を下
ろす。猛食特有の鋭い背には、雪から奪った水晶を
まだ銜えていた。鳥人はそのままの姿勢で眠るかの
ように、目を閉じる。
 と、そこへ一体の鬼火が、鳥人の前に現れる。そ
の鬼火は、切り落とされた鳥人の腕の傷口に入り込
む。それに反応したように目を開けた鳥人は、何を
思ったか銜えたままの水晶を飲み込んだこ
 途端、傷口から腕が再生し始めると同時に、その
体も変貌する。鳥人の背に翼がもう一対生え、四肢
も一回り太くなった。
 鳥人がその体の変貌を終えたとき、2本の角を持
つ《鬼》が鳥人の前に現れる。
 《鬼》が右腕で北西——朱目道場の方角を指し示
すと、鳥人はそれに従うように空へ飛び立った。
 バイクで山道を走る霧井恭平(きりい・きょうへ
い)は、音羽山で奥義を極める為の修行の総仕上げ
を終えて、下山する途中だった。
「なんだ?」
 空に巨大な鳥のような物を見た霧井は、バイクを
止めてそれを見上げた。


 音羽山を訪れていた<識>が、朱目道場を《鬼》
が襲ったことを知るのは、もう少しあとの事である。


●後日談
 梢は朱目道場の敷地内で、自分の式神相手に『防』
術の訓練を行っていた。
 出来た傷は『癒』術で癒してはいるものの、服は
すでに傷だらけ、である。
「一体、何をしているのですか?」
 由香梨はそんな梢を見て、彼女に近寄る。
「私、もっと皆さんの力になりたくて………」
「はあ………。しかし、無茶しますねぇ」
 由梨香はのほほほほん、と梢にそう言った。

Ⅰ次回アクションナンバー
R133−01)鳥人を追う
R133−02)石壁の中に入る
R133−03)石壁の周りにいる子鬼を退治
R133−04)腕を囮に《鬼》を待ち伏せする
R133−05)朱目道場で鬼を警戒


lマスターより
 どうも、今日は(今晩はかな?)。当リアクショ
ン担当の波辺豊です。
 第2回、R133リアクションをお送りします。
どうぞ御自由にお使い下さい。今回、あまりボケれ
なかったですけど(苦笑)。
 さて、ゴールデンウイークは、いかがお過ごしで
したでしょうか? 楽しかったですか?
 ………いいなあ(苦笑)。
 さて、当リアクションでは皆様のご意見などをお
待ちしております。アクション用紙の隅っこにでも
書いてくれると嬉しいです。ただ、チェーンメール
は勘弁して下さいね(トラウマ有り)。
個別通信)
鷲津武志さん)ホッとする一言ありがとうございま
す。結構内心びくびくしてたりして(汗)。
竜崎叶さん)はい、遅刻です(笑)。郵便事情もあ
りますので、もう少し早めの方が良いかもです。
竜崎渉さん)と、言うわけで、上記の通りよろしく
お願いします。ホント、社会人って時間無いです。
鵺代郁さん)こんなもんでいいですか(苦笑)?
桜小路弥生さん)式神の件は、OKです。厭勝術の
数値は、あってます。登録用紙の数値は、経験値の
割り振りの割合、ということですこところで、ね? 先
ずはアクションの出来がどうより、健康第一に、目
の前の重要な問題を終えることを優先して下さいね。
マジで。
鳳由香梨さん)いや、ホントに身も蓋もないです(汗)。
勉強しますです。
楠木舞さん)とりあえず、暗鬼だ磊王だの前に、戦
い方です。まだそんなに怖くないですって意味あり
げな言い方ですね(汗)。質問ですが、楠門で、巫
女(神道)なのですか?
白姫雪さん)も少し、生意気な方が良いでしょうか?
竜崎恵梨香さん)相殺は…………もっと格が上がって
からでないと、無理かも。
南月梢さん)あの…………マジで無理させすぎると、
やばいっすよ(汗×2)。防術、そんなに便利じや
ないです。その訓練方法はあまり友好じやあ………。
霧井恭平さん)と、いうわけで、奥義習得アクショ
ンの為、本編の出番が制限されております。
須堂灯ルさん)えっと、遅刻処理となってます。郵
便事情の可能性も考えられるので、もうすこし早め
に出しちゃって下さい。ちなみに、今回入手した奴
ですが、R132を見て、びっくりして下さい(笑)。
青天航一郎さん)基本的に、異生(暗鬼)に銃はほ
とんど効果がないのが現実です。
紅浪詩音さん)名前の件はOKです。人間性は文字
通り、低くなると危ない人間になったりします。悪
い例を言えば殺人狂になったり、殺人機械になった
り。そこまで行かなくても人を愛せなくなったり、
メカフェチになったり町中で「うんころすっぴょ〜
ん☆」と叫んだりそりやもう大騒ぎって感じです。
経験値に関しては、基本値+アクションによるボー
ナスです。
東歌りょうこさん)二重の結界は、あまり意味はあ
りません。破られるときは、一度に破られてしまい
ます。
藤生響さん)流派に関しては了解です。大人の事情
(汗)により、妹とはリアクションが別れました。
坂本九九九さん)一応、通常アクションとして処理
しました。特別設定欄ですが、双方NGとなってま
す。剣者は手刀は駄目です。鉄甲や鉄の爪とかを装
備する必要があります。奥義アクションのかけ方は
今回の扶桑見報をご覧ください。
村上一党さん)村上さん、愛刀の名称に関しては、
ご厚意に甘えさせて頂きます。ごめんなさいでした。
安東令さん、厭勝術は基本的に融通利きません。『浄』
術使っても、気持ち暗鬼が斬りやすくなる程度って
ことで了承ください。
北神亮さん、前回、朱目礼子が使ったのは、只の微
塵流『一』です。格が高いので…………。


 誕生日のコーナー
 竜崎渉さんは今期リアクション期間に誕生日を迎
えられました。おめでとうございま−す。


 では、次回もがんばって下さい。


l関連新聞記事(一部)
 五面 道場訪問


■参考リアクション
 R131三輪山
 R132 音羽山1
 R134 朱目道場