10月△日  幻の楽器の音を録る方法





前述の、天文台を持っている先輩兎はいろいろと変わったことにチャレンジしている。
何をやってもパイオニア、というところが素晴らしい。拙者はとても尊敬している。

さて、その先輩がとある作曲家と相談をして、新しい楽器を作った。
名前はなんだったか失念してしまったが、ウインドハープ、というような名だったと思う。
作りは至って簡単。蓋のない木箱に弦を張っただけのもの。
しかし、弦は最低6本以上ないといけない。ハーモニクスが起こらず、音が出ないからである。
これに強めの風をあてるとなんとも不思議な音が出る。
丸で、「グラスハープ」のような音だ。





何年か前、その楽器を持って先輩と拙者は北八ヶ岳に音ロケ(=音声のみを収録するロケ)に行った。
目的は自然の音を収録することと、この楽器の音を収録することだった。

まずは山の中腹の小高い丘に座り、ひたすら風を待つ。
しかし初夏のそよ風では到底音など鳴らない。

そこで我々が思いついたのは、 車を飛ばして風をあてる、という案。
さっそく実行。先輩が常に時速40km以上で車を走らせて、拙者が楽器と共に窓から乗り出す。
原始的かつ危険極まりない行為である。
何度も角度を変え、持ち方を変え、試行錯誤の後に音が出た!!
いざ、収録!

と、その時先輩がふと気付いた。
「車のエンジン音が入るな・・・」
はっ・・・そうでありますな。
そこで考えた末、急な坂道の上に車を止め、エンジンを止めてサイドブレーキを引かずに
坂を滑り落ちていったらどうかという話になった。
「しかし先輩、それでは加速する一方と思いますが・・・」
「うむ、確かに。」
「それにこの狭い道では対向車が来た時に危険かと・・・」
「・・・うむ・・・確かに・・・」

かくして、この計画は未遂に終わった。
パイオニアとはいえ、木箱よりは命の方が大切だ。
先輩の英断に感謝してやまない。

その後、先輩は荒天の日に会社の33階にある鉄塔にその楽器を持って行き
再度録音を試みていたが、今度は風の音が入ってしまい、断念。
拙者はその後すぐに退職してしまったのでその楽器がお蔵入りになったのかどうかは定かではない。

先輩に敬意を表しつつ、本日閉店。



兎耳堂