講演会後記

「1999年12月講演会を終えて」

 講演会は騒然とした会場の中で行われ、「メリークリスマス!」と始めた工藤先生の挨拶も「なにいってんだー!」とかき消されるほど、中学生の勢いはものすごかったです。でもそれは騒然としきってるわけではなく、僕らの声に反応するような野次であるわけで、中学生達が知識に対する強い欲求の中で生きているのだと言うのを感じました。僕が中学生だったときは、校内暴力絶頂期だったので、教室にはしらけムードが漂っていましたが、あのときの独特な静寂に比べて、ずっと活発な気勢をもつ今の中学生のほうが素敵だと思いました。

 こういった講演会に慣れていない宮武君は非常に緊張していたようですが、2回行われた講演会の中で彼なりに学んだものもある様子で、2回目の講演の時はそれまで見る事が出来なかった中学生たちの目を見つめる事も出来ていて、ずっと生き生きとした講演をしているようでした。宮原君は、今まで講演をしたことのある経験を生かした、独特な呼吸方法で、中学生を魅了していました。騒がしかった会場も彼の呼吸に次第に合ってきて、僕とバトンタッチした時は中学生たちの目がいっせいにこちらを向いた事は、彼の力量の賜物でしょう。彼らは非常に難しいテーマに挑んでいたので、なかなか中学生を引き付けるのは大変だったろうと思うのですが、果敢に挑んでいました。

 長老の僕はその点かなりいい加減で、中学生たちの呼吸を読む事に終始していました。もっとも前の二人が思いっきり時間オーバーしたので、講演時間が7分ほどにされてしまったせいもあるんですが…。タイムキーパーをしていた山田君が恐い顔をして、「あんたには7分しかないよ」と話を始める前に耳元にささやかれた時は、(ふわぁー)と頭の中が混乱してしまいました。でも2回目の講演のときに僕がバレーボールを使ってウイルスの説明を始めたころ辺りから、会場が完全な集中力に包まれている事に気がつき、(よっしゃー!もらったー)と僕は思わず興奮してしまいました。静かな会場では僕の声だけが響き渡り、生徒たちの2つずつの目はすべてこっちを一斉に見ているのを感じました。

 今回の講演会では僕らは絶対に「静かにして」とは要求しませんでした。聞こうと思えば自然に静かになるものだし、強制的に教えるような内容ではないし、何よりも中学生達に能動的に知識を獲得してほしいという気持ちがありました。会場は「お楽しみ会」という設定でクリスマスのデコレーションを施し、彼らの気持ちを少しでも引き付けたいと思いました。1999年最後の仕事としてこの講演会を選択し、製作するまでの段階にはたくさんの喧嘩に近いほどの激論がありました。中学生達に何を伝えようと思うほど奥が深く、マスコミが垂れ流しに批判する中学教育をそのまま受けとって感じる気にもなれず、かといって現場を事前に見る事が出来ない欲求不満をそのまま工藤先生にぶつけていました。工藤先生とは何度も「講演会を中止しよう」とまでなるほどの会話を続けてきましたが、最終的に成功させたのは彼の忍耐のおかげでした。

 講演会の後に投票をしてもらって、どの講演に興味を持ったかという質問に対してほぼ90%の回答があり、この回答率の高さに、我々成人は襟を正すべきだと感じました。僕らは中学生にたいして、軽薄な視点で見過ぎです。彼らはどれだけ生真面目か考えてみてほしいのです。選挙の投票率が50%も満たないこの国の主権者となって、この中学生の純粋さを知るべきです。僕は彼らを誇りに思います。第二中学の生徒はお世辞抜きで、すばらしいです。僕らの講演に一つ一つ反応してくれました。こんな中学生達がどんどん将来を背負って行くのならば、お金の価値に振りまわされ、異国人や権威者の価値観に迎合しつづけていた日本人社会は大きな転機を迎える事が出来るでしょう。沈黙と無視だけで生き延びてきた古い世代は彼らと交代する事でしょう。もし騒がしいという上辺だけの状況を見て、「中学生は落ち着きがない」と考えているのならば、それは教育の本質を見ぬいていない証拠です。教育は「黙らせる」ものではなく「語らせる」ために施された方法です。ずっとそれに気付かずに我々は歩いて来ましたが、今の教育は一つの答えを導いています。

 投票結果は僕の講演がおよそ100票で全投票の50%を獲得しました。残りは25%ずつ宮原君、宮武君が分け合いました。放課後に20名ほど集まった生徒たちと「地球環境について」の討論会を行い、さらに彼らからの要望で、僕が学会で発表した内容とほぼ同様の内容の「北海道のダニ脳炎ウイルス」についての講演会を30分ほど行いました。会場はストーブの赤い光の中で、中学生たちの真剣なの眼差しに包まれながらの理想的なものでした。放課後の講演には、僕が14年ぶりに再会した高校時代の親友である岩手医大の斎野博士も駈けつけて、専門的な話しも上手に解説していただきました。

 僕にとって中学生とのふれあいは初めての経験でありました。もし「最近の中学教育は崩壊している」と決め付けている方がいらっしゃるなら、僕はあなたに尋ねます。「あなたは何を知っていますか?そしてそう信じているなら、あなたは何をしていますか?」

 僕は思います。僕の受けた過去の教育は、ただ不条理に殴られ、わからないのは生徒の集中力がないせいだといい聞かされ、まるで犬を調教するようなものだったのに比べて、今の中学生はとても木目細かい教育の中に育てられていると感じました。難しいチャレンジに中学校はあえてぶつかっている。失敗は沢山するだろうけど、それに負けないで進んでいる。悪いことだけを書き出して非難しつづける事はやめよう。先生の呼吸や、生徒の呼吸。それを感じながら中学校の将来に夢を託そう。若い先生方はベテラン教師に育てられながら、また先生としての職務を全うしようとしていました。ベテランの先生は広い視野で教育の現場を見据えていて、さらに新しい事へのあこがれも持ち続けていらっしゃいました。二中では管理職にあたる校長先生までが、生徒たちにどうやって自信を持たせるかを真剣に考えていらっしゃいました。生徒たちのすべてがそれぞれの形でそれに呼応していました。何よりも中学生たちの純粋な瞳には僕は感激しました。われわれの訪れた学校は愛情に満ちたところでありました。だから僕は決して今の中学教育に失望しません。むしろ、大きな期待を寄せます。将来、僕の息子も自信をもって今の中学に送り出す事が出来ると思いました。

 おわりに、今回の講演会に協力していただきました弘前市立第二中学の教職員の皆様、液晶プロジェクターについてアドバイスをくださいましたNECの田中淳裕氏、記事を掲載していただきました河北日報、および東奥日報の記者の方々、おいしい食事を準備してくださいました大坊温泉のおばさん、そして何よりも僕らを温かく迎えてくださいました工藤先生とご家族の皆様に感謝いたします。

文責 竹田 努