I wish

1


「島袋さ〜〜〜ん」
 ベッドの方から声がするが、宿題に追われている島袋寛子は、あえてそれを無視した。
「寛ちゃ〜〜〜〜ん」
--------無視。
「ひっろこ〜〜〜〜」
--------更に無視。
「ちくしょー、超むかつく、寛子ば〜〜〜か!」
 その言葉に、寛子は椅子ごとぐるんと振り返ると、じろりとベッドで枕を抱えて、こちらを見ている同室者を睨んだ。
「な………何よ?」
「--------どこぞのアイドルみたいなそんな口、きかないの!」
 びしりとそう告げると、再び机に向かう。その態度に、流石の相手は切れた。じたじたじたとベッドの上で暴れる。
「なんでよ〜〜〜〜、かまってかまってかまってよ〜〜〜〜〜!!」
 最近の多香子は、もともとそうなのかは判らないけれど、かなりワガママで甘ったれになってきた。時々、それをウザく感じるときも、ある。本当に時々だけれども。--------でも、こうして感情を素直に表してくれるのが、本当に嬉しい。そう、思う。
「あのねぇ〜〜〜」
 今、数学宿題してるんだから、邪魔しないでよ。
 そう告げる寛子の背に、多香子はぎゅっとしがみついてきた。
「多香?」
「そんなの、後でやればいいじゃん。何だったら………」
「残念でした、数学は、こっちの方が進んでるんですぅ〜〜〜」
 かけている眼鏡をついっとあげると、小さく舌を出した。更に、多香子はむっとする。
「寛子〜〜〜〜〜」
 後ろから抱きつき、頬に軽く唇を当てる。しかし、今日の寛子はこんな事では陥落しない。
「だめ。今日は素直に寝なさい」
 時間かかるんだよ、この問題。
 その言葉に、多香子はむぅっと頬を膨らませた。ものもいわずに、その背から離れると、「おやすみ」も言わずに、ベッドに潜り込む。
 ちょっと、虐めすぎたかな?
 寛子はベッドにちらりと視線を向けると、視線をテキストに戻しながら囁いた。
「多香?」
「………………」
 あえて無視する気だな、こいつわ。
 苦笑しながらも、構わず寛子は続ける。
「今度の成人の日さ、空いてる?」
「………………………」
 ビクリと、毛布が動いた。しかし、まだ返事するには至らないらしい。
「どっか、遊びいこっか?」
「………………ほんと?」
 やっと返事してくれた。寛子は微苦笑すると、あえて多香子の方を向かずに、小さく答えた。
「ほんと」
「それってさぁ」
 ごそごそと顔を毛布から出す。その声に、振り返ると、ばっちりと視線があった。眼鏡を外しながら、寛子は微笑う。
「デート、しよ?」
 寛子の言葉に、多香子はベッドから飛び出し、その腕の中に飛び込む。
「いいの?」
「いいよ。映画でも、見にいこっか?」
「うん!」
 寛子と一緒なら、どこでもいい!
 さっきの不機嫌はどこへやら、満面の笑みを浮かべる多香子が凄く愛しい。その頬に、思わず軽く口付ける。
「だからさ、今日はおとなしく寝てよ、ね?」
「………うん」
 何だかうまく丸め込まれたような気がするけど、ま、いっか。
 それでも、ほっぺのキスだけでは物足りなくて、誘うような視線をしてから、瞳を閉じる。
 小さなうめき声が聞こえた。そして、次の瞬間、柔らかく唇に口付けられる。
「おやすみ」
 小さな囁き声と共に。

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