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 電話が鳴った。取り敢えず、同居人は風呂に入っていたので、この部屋の持ち主の島袋寛子は、躊躇いもなく子機を取る。
「もしもし」
 耳に届いたのは、年の頃なら自分の母親と変わらないくらいの年齢の女性の声で。
「もしもし………島袋さんのお宅でしょうか?」
 寛子は、ちょっと視線を上に向けると————こういう手合いの電話商法は多いのだ。そりゃ警戒もしたくなるだろう————それでも、正直に頷いた。
「はい。————失礼ですが」
 どちら様でしょうか?
 声に少し険があっただろうけれども、名乗らないので判断が付かないから仕方がない。
 寛子の声音を気にすることなく、相手の女性は答えた。
「私は、上原、と申します」
「————上原………って」
 もしかして、もしかすると………。
「そちらでお世話になっている、多香子の母親です。————いつも、お世話になっております」
「あ………いえ………こちらこそ」
 あわあわと慌てる寛子がぺこぺこ頭を下げながら答えてると、当の本人がバスルームから出てきたのだった。

「————寛子?」
 何してるの?電話に頭下げて。
 怪訝な表情で寛子を見つめている同居人の上原多香子に、寛子はちょいちょいと手招きをする。そして、片手で送話口を押さえると、
「あのさ」
「うん?」
「お母さんから、電話」
 寛子の言葉に、多香子はぴくっと身を強張らせた。そんな相手に、寛子は問う。
「どうする、出る?」
 ちょっとだけ————ほんの少しだけだけど————躊躇した様子を見せた多香子だが、直ぐに溜め息をつくと、
「うん………」
 気が乗らない様子で、子機を受け取ったのだった。


「………なーんか、あったのかな?」
 話を聴かれたくないだろうから、寛子は入れ違いにバスルームへと入った。服を脱ぎながら、ぽそっと呟く。
 彼女とひょんな事がきっかけで暮らし始めてから、2ヶ月。よく考えてみると、彼女の身内から電話は来たのは、これが初めてだった。
 軽くシャワーを浴びて、湯船に浸かる。そして、深く息をついた。
「よく考えると………」
 自分は、多香子の事を、何も知らない。自分の事は話したのに。
 そこまで、考えて、寛子は濡れた前髪をがしがしとかきあげた。
「違う………な」
 そーゆーんじゃないのだ。自分のことを教えたからといって、それは多香子の言いたくない事を知る権利がある、という訳ではない。
「あたしは………自分が話したいから言ったんだし」
 多香子もきっとそうだろう。誰しも話したくないことなんて、絶対にある。
「でも、いつか………」
 その全てを受け止められる人間になれたなら。もっともっと、器の大きな人間になりたい、そう願う。———大切な君の為に。
「がんばらんとなー」
 ぶくぶくと沈みながら、寛子は小さく呟いたのだった。