BREAK OUT EMOTION

7

「ねぇ、ちょっと今日みた〜〜〜」

「見た見た。あれってどっちだと思う?」

 案の定、学校へ行ったら噂で持ちきりである。————本当に人の事は良く見てる娘達だ。

 本日のお題は『あれはキスマークか否か』ということであった。

 多香子ははらはらしながら、窓際の自分の席に腰掛けた。絵理子も同じように腰掛ける。そんな2人にぱたぱたとクラスメート達は近寄ってきた。

「絵理はどっちだと思う?」

————やっぱり。

 多香子はがくりとくる。しかし、絵理子の返答は多香子すらも驚かせた。

「どっちって・・・・・・何のこと?」

 ぼんやりとした視線で問い返した。まさか、そんな答えが返ってくるとは思ってなかったクラスメイトは、困った様に多香子に視線を向けた。『やめなよ』という感じで多香子は小さく首を振る。

 しかし、その忠告は思い切り無視された。

「だから・・・・・・新垣先輩の首のばんそーこーの事」

「傷バン・・・・・・?」

 『ああ』と絵理子は頷いた。そして、子供のように答える。

「あれってケガしたんじゃないの?」

————はぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。

 周囲から一斉に溜息が起こる。その数の多さに、思わず絵理子はがたりと椅子を鳴らし立ち上がった。

「な・・・・・・何?その場かにした反応は!!」

「————だって」

「ねぇ・・・・・・」

 意味ありげに目配せをする友人達に、絵理子はむぅっと膨れた。ぎゃんぎゃん喚く。

「だったら教えてよ〜〜〜〜〜〜〜〜」

「え〜り」

 多香子は絵理子の制服の首根っこを指で引っ掛け、座らせた。そして、小声で諭す。

「あのね・・・・・・別に知らなくてもいいことだってば」

「————そーゆー事言えるってことは・・・・・・多香ちゃんも、意味判ってるってことだよね!」

————ああ、ヤブヘビだった・・・・・・。

 ますます好奇心を刺激された絵理子は、多香子にそう告げると、くるりと友人達を振り返った。

「どういう事なの?あれって、ケガじゃないの?」

「あ・・・・・・あたし達は・・・・・・」

「うん!」

 逆にこういう反応だと話しにくいものらしい。純粋な絵理子の視線から逃れるように、少女は隣の少女の肩をポンと叩いた。

「えええええ、あたし〜〜〜〜〜」

「い〜から・・・・・・だめだ、あたしには出来ん」

 ほぅっと息をつくと、少女は身を引いた。バトンタッチされた相手も困惑していた方に前髪をかきあげたが、意を決して話し出す。

「あれは・・・・・・キスマークじゃないかって言ってたんだけど」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 絵理子はきょとんとした顔をした。腕組みをしながら、上を向き下を向き一生懸命考えている。多香子を含めたクラスの面々は、それを黙って見守っていた。

 およそ30秒の沈黙の後、。絵理子はやっと口を開いた。

「————キスマークって何?」

 やっぱり。

 その場の人間は、ガクリと肩を落としながらもそう思った。絵理子らしいっちゃ絵理子らしいが。

「ね〜〜〜〜教えてってば〜〜〜〜〜」

 だーから、『やめとけ』って言ったのに・・・・・・。

 多香子は溜息をつきながら思った。しかし、こうなったら絵理子は止まらない止められない。多香子はこんな事態を引き起こしたクラスメイトにきっちり責任とってもらうことにした。

「ねー、『キスマーク』ってなに〜〜〜〜〜?」

「し————。大声で言わないでよ」

 困った様に少女は髪をかきあげた。それでも絵理子は収まらない。しかし、そんな時、今まで黙って見ていた、髪の長いきつめな美人の友人が、人の輪をかきわけて、絵理子の前に立つ。

「絵理!」

「はいっ!」

 尻尾があったら『ピーン』と立っただろう絵理子に、少女は告げた。

「腕」

「は?」

 きょとんとしてる絵理子に、少女は告げた。

「腕、出しなさい!」

「はいっ!」

 素直に出された腕を『がっし』と掴むと、少女はその柔らかい腕の内側に唇を当てた。

 周囲の人間はあまりのことに、呆然として言葉すら出ない。

 少女はきつくそれを吸うと、静かに唇を話した。赤く残る刻印。それを指差し、少女は告げた。

「これがキスマーク・・・・・・こうすればつくの、判った?」

「う・・・・・・うん」

 『よろしい』というように頷くと、少女は何事もなかったように席に戻った。それと同時に始業のチャイムがなる。少女達は何だか狐に包まれたような表情で、各々の席についた。

 絵理子の同じように席につく。そして、じっとその痕を見つめた。

 これがキスマーク・・・・・・あんな風にするとつくんだ・・・・・・。

————と、言う事は・・・・・・。

 かぁぁぁぁ!

 そうだ、そうだよ。あんな所にキスマークつけるのって、自分では出来ないもんぁ、みんなが騒ぐ訳だ。

————きっとつけたのはあの人。

 ずきり。

 胸がはっきりとした意志を持って痛む。だけど、その痛みの理由に絵理子は未だ気付かなかった。

 ぐらぐらする頭を押さえながら、絵理子は考えた。思わず机に突っ伏す。

「え・・・・・・絵理?」

「どうした?」

 ど〜〜〜〜〜〜〜〜〜しよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 周囲の声も届かず、絵理子はただただ心で叫びつづけていた。

 

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