BREAK OUT EMOTION
5
「————まだ、するの?」
荒くなった呼吸を整えながら、仁絵は囁く。それには答えず、里奈は強引に唇を合わせてくる。
「・・・・・・ん」
そのまま唇を首筋に這わせる。仁絵はそれをうざったそうに押しのけようとした。
「変だよ・・・・・・里奈・・・・・・」
普段だったら、こんな風に何度も求めてこないのに。————こんな時は、何か裏がある。
「どこが?」
仁絵の前髪をかきあげ、そこに口付けながら里奈は答える。どこか感情を押し殺した声。
「もう・・・・・・帰る」
「ダメ」
その訴えを即座に却下した。両腕で体を支えると、仁絵を見下ろす。
「————里奈にそんな事言う権利、ないでしょ?」
仁絵の上目遣いに、里奈は口元だけで微笑む。
「ないよ————けど、今日はダメ」
起き上がろうとする仁絵の両手をしっかりと押さえつけ、里奈はその抵抗を唇で奪って行く。熱くなった身体が再び火照りだすのに、時間は掛からなかった。
「ちょ・・・・・・もぅ・・・・・・」
散々焦らされ、仁絵は切なく鳴く。里奈の背中に両腕を回し、ぎゅっと身体を密着させた。
里奈はその耳朶に軽く噛み付く。そして、意地悪く囁いた。
「————どっちが好みなの?」
「えっ?」
場違いなセリフに、仁絵は聴き返す。里奈は愛撫の手を休めずに続けた。
「————凛々しい仔猫と可愛い仔犬・・・・・・どっちが好み?」
里奈の言葉に、仁絵の動きが止まった。誰を比喩しているのか気付いたらしい。
「————何、変なこと言ってるのよ?」
背中に回した両腕をはずし、その肩を押し返す。しかし、里奈は動じない。気にせず行為を続行しようとする。
「ヤ・・・・・・ちょっと、ヤだってば!」
抵抗するも力が入らない。仁絵は直ぐに諦めると————人間諦めが肝心だ————渋々と再び腕を回した。しかし、先ほどよりも行為に没頭できない。
そんな仁絵に気付いたのか、里奈は甘く囁く。
「————仔猫のほうは、ヒトの好みじゃないね」
カマをかけたつもりだった。そして、仁絵はまんまとそれに引っかかる。
ビクリと身を強張らせる仁絵に、
「・・・・・・やっぱり」
里奈はくすくす微笑う。その口調に、仁絵は拗ねたように視線を逸らした。それを強引に自分の方へと向けると、里奈は瞼に口付け、呟いた。
「目・・・・・・閉じて」
「・・・・・・・・・・・・」
仁絵は言われたとおりに瞳を閉じた。その耳に、里奈の声が響く。
「————呼んでいいよ」
「えっ?」
「・・・・・・『絵理』って呼べば?そうすれば、いつもより感じるかもしれないよ?」
優しげな顔をして、言う事は悪魔である。仁絵は目を見開き、里奈をきつく睨んだ。そうしても、彼女は動じもしないけれど。
————できることは、声を上げないことだ。
仁絵は思う。しかし、それができっこないと経験上わかっている。しかし、里奈の思い通りにはなりたくなかった。
————息が荒ぐ、胸が脈うつ。甘い嬌声は口をついて出るのに、仁絵はがんとして、その名を口にしなかった。
里奈は切なげに眉を潜める仁絵の首筋に舌を這わせると、そのまま耳を舐めた。出来るだけ甘く、優しく、彼女がそう呼ぶように囁く。
「仁絵ちゃん・・・・・・」
もう限界だった。回した腕に力を込め、堰を切ったように答える。
「絵理・・・・・・」
もうダメだ。それだけで心が飛びそうになってしまう。仁絵はいやいやする様に、首をふった。しかし、一度味わった気持ちは、そう簡単に消えやしない。
「————絵理」
その頬に伝う涙を里奈は舌で掠め取り、微笑った。————何ともいえない、複雑な微笑みだった。