BREAK OUT EMOTION
3
「・・・・・・どしたの?多香ちゃん」
風呂上りの濡れた髪をがしがしとタオルで拭きながら、寛子はベッドでぼんやりしている多香子に声をかけた。その声に、多香子はハッと我に返る。
「あ・・・・・・ああ、うん・・・・・・ちょっとね」
寛子はベッドにつかつかと歩み寄ると、その額にこつんと自らのそれをくっつけた。
「絵理ちゃんの事?」
「うん・・・・・・」
洗い髪の香りが多香子の鼻をくすぐる。なんだか妙にドキドキした。それを知られるのが照れくさくって、不意にパッと離れる多香子に、寛子は怪訝な表情をする。
「多香ちゃん・・・・・・?」
「ごめっ・・・・・・何でもないの」
寛子は尚も何かを言いたげな表情をしていたが、はぁと息をつくと、多香子の隣にすとんと腰をおろした。
「今日一日、あんな感じだったの?」
「うん」
多香子は寛子と同じように溜息をつく。そして、ぽつぽつと今日の絵理子の状況を伝える。
もう、見ていられないくらいだった。得意な現代国語では居眠りをし、体育の水泳ではこむら返りをおこし、数学ではびしばし当てられ————ぼんやりとしてるのが悪いのだが————見てるだけの多香子にも、正に『踏んだり蹴ったり一日』としか言い様がなかった。
それなのに、本日の不幸が気にならないのか。、いつまでたってもぼやーとして、何かを考え込んでいた。そんな絵理子をクラスの皆は遠巻きに眺めているしか術はなかった。
「そ・・・・・・それは、凄いね」
最初の方は笑いを堪えて肩を震わしていた寛子だtったが、話が進むに連れ段々不安になってきた。小学校の頃から知っているが、絵理子はそんなドジではないはずだ。
「———— 一体、どうしちゃったわけ?」
「わかんない」
寛子の言葉に、多香子も首を横に振る。
「ただ『悩んでる』っていうよりは・・・・・・『考えている』って感じなのよね————上手くいえないんだけど」
「それ、————何となく判る」
腕組みをしながら、寛子は答えた。そして、濡れた前髪をかきあげる。
「絵理ちゃんって、結構、物事を突き詰めて考えちゃうの人だから。見てて怖いぐらい、『純粋』なんだよね」
「うん・・・・・・」
「でも、まぁ、大丈夫じゃない?」
心配げな多香子に、寛子は殊更明るく告げた。
「だといいんだけど・・・・・・」
「何かあったら仁絵ちゃんのトコに行くって。大丈夫大丈夫」
そっちの方が心配なんだけど・・・・・・。
仁絵の気持ちを知っている多香子は、心でぽそりと呟いた。
何事にも猪突猛進で突っ走っていって玉砕するのが絵理子である————まぁ、寛子にもそんな所はあるが。そんなんで、もし立ち直れないくらいのダメージを受けていたら、仁絵はきっと悲しむだろう。
「多香ちゃん・・・・・・?」
でも、寛子にはそんな事言えないし・・・・・・。
「多香ちゃんっ!」
言ったほうがいいのかなぁ〜〜・・・・・・でも、あたしを信頼して仁絵ちゃん話してくれたんだし。
「多香ちゃんってば!」
「あ・・・・・・えっ?何?」
多香子の反応に寛子は『ほ〜〜』っと息をつく。そして、その頭をぽすぽすと叩いた。
「心配なのは判るけど・・・・・・実際、絵理ちゃんが何か言ってきたら考えよ?ねっ?」
「————うん」
多香子は軽く頷いた。寛子はそれに安堵したように笑うと、ベッドから立ち上がる。
「さ〜て、宿題やんなきゃ」
「まだ9時だよ」
「もう9時!————明日、リーダー当たるんだよね。少しはやらなきゃ」
「頑張ってね〜〜〜」
「そーゆー多香ちゃんは?」
「残念でした〜〜〜。今日、あたし宿題ないもんね〜〜」
ふふんと笑う多香子を軽く睨むと、寛子は勉強机に向かい、辞書を開き始めた。その背中に、多香子は声をかける。
「リーダーどこまで進んでるの?」
「レッスン6」
振り向かずに簡潔に答える寛子の背に、多香子はそっと忍び寄る。そして、一気に抱きついた。
「うわぁ!」
いきなりの多香子の行動に————本当にびっくり箱である———寛子は不覚にも叫んだ。多香子は耳元でくすくす微笑う。
「————うち、もうそこまで進んでるよ・・・・・・見せてあげるから」
だから、もうちょっと話、しよ?
そんな甘い誘いを寛子が拒める訳がなかった。そっと離れた多香子を求めるように。椅子ごとぐるりと振り返る。
視線の先に多香子がいた。先ほどの寛子のように、その肩に手を乗せ、身を屈める。寛子も求められるまま、多香子の細い首筋に手を伸ばし、その唇を引き寄せた。
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