BREAK OUT EMOTION
17
「で・・・・・・どうしてちゃんと否定しなかったのかな〜〜〜?」
頬杖をつきながら、里奈はぽそりと呟いた。仁絵は椅子をがたんと鳴らして立ち上がると、憮然とした表情で答える。
「どうやって言えばいいってのよ!?あっちは完璧に誤解してるのに!」
ここは高等部の空き教室。午後の授業が空いてる仁絵は、同じ境遇の里奈をひっ捕まえると、強引にこの教室に引き込んだのだった。
『真昼間なのに?』とボケたことを言いながら、タイを緩める相手をひとつ度つくと、仁絵は昨日の告白を里奈に告げる。
————こいつはいわば『共犯』なのだ。責任とってもらわねば。
「まぁまぁ、落ち着いて。————じゃあ、こういうのはどう?」
「・・・・・・何よ?」
里奈は顔を近づけると、ニヤリと微笑う。
「いっそ、あたしと付き合っちゃうってのは?」
「・・・・・・冗談は顔だけにしてくれる?」
「おかしいなぁ、顔は結構自信があるんですけど?」
おどける里奈を仁絵はぎろりとにらむ。『はいはい』という感じで、里奈はひょいと肩を竦めた。しかし、不意に真面目な表情で告げる。
「————仁絵は、彼女と付き合う気はないの?」
「・・・・・・ないわけじゃ、ないけど」
そんな言葉じゃ嘘になる。本当だったら、嬉しくて嬉しくて仕方ない状況なのに、どうしてこんな事で悩まなければいけないのだろう?
「だったら、簡単じゃん。『好き』って言って、付き合えばいいんだよ」
「・・・・・・うん」
身から出た錆とはいえ、この仕打ちはつらいな〜〜。
困った様に俯く仁絵を、里奈はやれやれと言う視線で見つめる。
————あれっ?
午後の家庭科の授業。退屈な教師の話に飽きてしまった絵理子は、窓の外に視線をめぐらした。高等部・中等部共通の特別教室は高等部にあるのだ。物珍しげに周囲を見ていた絵理子は————高等部には、あまり来る機会がないのだ————ある窓で視線を止める。
「・・・・・・あれって」
窓際に人影が二つ見える。瞳を凝らしてじ————っと見つめると、座って真剣な表情で話している仁絵と里奈であった。
ちくしょ————!!
フラれたばかりの身には————本当はそうじゃないのだが————辛い光景である。しかし、気になるモノは気になるのだ。思わず、力のある視線を向けてしまう。
————ん?
何となく視線を感じて————こういう場合の里奈の感覚は敏感である————里奈はちらりと視線を巡らせた。ひとつ上の階の特別教室の窓から誰かがこちらを窺っている。
長い髪に力のある勁い視線。もう、それだけで誰だか判った。
————これは、楽しい状況かもしれない。
正直、里奈のこの性格は、最低である。
心の中でほくそえむと、里奈はわざとらしく仁絵に顔を近付けた。
「里奈・・・・・・?」
「ちょっと黙ってて」
いきなりの行動に、仁絵は訝しげな表情をする。
ちょっと待て!こいつ————!!!
手出しできない状況の絵理子は、心でギャンギャン喚く。しかし、2人の距離は離れるどころか、段々近付いて行く。
はーなーれーろ————!!
窓にぴったりと顔を押し付けながら、絵理子は叫ぶ。すっかり授業の事は頭から消え去ってる。しかし、叫びは仁絵には届かない。
「里奈・・・・・・?」
「最後だから、キスさせてね?」
「えっ?」
否定する隙もなかった。里奈は素早く顔を近づけると、その唇に軽くキスをする。
「こら————!!!」
思わず立ち上がり、『うお〜〜〜ん』と遠吠えをあげた絵理子に、とうとう教師の叱責が飛ぶ。
「今井さん!さっきからんですか!」
「はいっ!すみません!」
条件反射で思わず謝る。そんな絵理子をクラスメイトはくすくす笑いながら、見守っていたのだった。
————両想いなのに、片想いなこの2人の関係は、始ったばかりである。
END/BACK