BREAK OUT EMOTION
14
「———先輩」
頬をするりと撫でられ、そこに口付けられる。里奈は小さく溜息をつきながら、そのキスを受けた。
「・・・・・・どうかしたんですか?」
後輩は気が乗らない里奈の想いを読み取ったらしい。切なげな里奈を見つめた。
「・・・・・・別に」
答えにならない答えをしながら、里奈はその首筋に腕を回した。ゆっくりと引き寄せ、唇を唇で塞ぐ。何度モ何度もキスを交わしているうちに、もうどうでも良くなってきたらしい。後輩は、里奈のブラウスのボタンに指を滑らせる。
————と、その時、だしだしだしと乱暴にノックされた。
少女はハッと顔を上げ、組み敷いた里奈を見つめる。里奈はやれやれと息をついた。
このノックの仕方には覚えがある。
里奈はゆっくりと起き上がると、後輩の髪をよしよしと撫でた。その頬に軽くキスをすると、耳元で囁く。
「シャワー浴びてきて」
「でも・・・・・・」
未だノックされ続けている————それはそれは力強く————ドアにちらりと視線を向けると、少女は戸惑ったように里奈に視線を戻した。
「大丈夫、直ぐ終わるから」
「————はい」
結局は、里奈の言葉に葉逆らえない。例え、相手が本気でなくても、自分は、本気なのだから。
少女は小さく溜息をつくと、渋々という感じでバスルームに消えていった。その背がドアの向こうに消えたのを確認すると、里奈は服を整えて、だしだしと叩かれているドアを勢いよく開く。
「————何か用かな〜〜〜?」
案の定、来訪者は絵理子だった。こちらをキッと睨むように見つめている。
おや?
里奈は息を潜めた。絵理子は今までと違った雰囲気をしている。口では上手くいえないけれど、『ひたむきさ』だけじゃなく、どこか『強さ』を秘めた眼差し。
「訊きたい事があるんですけど」
「はい、なんでしょう?」
————どうもこのコを見るとからかいたくなるんだよな〜〜〜。
里奈は頬にかかるサイドの髪を手で払うと、じぃっと絵理子の瞳を見つめた。
どーしてこの人は、いつでもこんな話し方しかしないんだろ。
完璧馬鹿にされてると判っている絵理子は、むっとしながら続ける。
「仁絵ちゃんと付き合ってるんですか?好きなんですか?」
「・・・・・・はぁ?」
あんまりにも単刀直入な質問に、里奈のポーカーフェイスが崩れる。思わず、呆けた声を出す。
「だから、・・・・・・仁絵ちゃんの事好きなんですか?」
両手を握り締め、背筋を精一杯伸ばし、絵理子は里奈を見つめた。
里奈は腕を組み、頬に手を当てながら『ふむ』と考える。
正直な事言ってもいいんだけど・・・・・・それじゃ面白くないんだよな〜〜。
————つくづく、良い性格をしている里奈である。
「知念先輩!」
焦れた絵理子の声に、里奈は意地悪く告げた。
「————『そうだ』っていったらどうするの?」
その答えに、絵理子はぐっと詰まった。覚悟していたとはいえ、肯定されると————本当はそうではないのだが、絵理子はその事を知らない————ショックである。
「どうするの?」
黙りこむ絵理子に、里奈は追い討ちのように続ける。このまま逃げ出すか、と思いきや、予想に反して絵理子は動こうとしない。
「あたし・・・・・・仁絵ちゃんが、好きなんです」
ずるっ!
いきなりの告白に、思わず里奈はずっこけた。しかし、直ぐに体勢を立て直す。
————良かったじゃん、新垣、両想いで。
前髪をかきあげながら、里奈は心で呟く。
しかし、すっかり勘違いしてる絵理子は、里奈を睨むと精一杯大人ぶった口調で続けた。
「だから、だから、先輩が仁絵ちゃんの事好きでも、付き合ってても・・・・・・あたし、アタックしますから、彼女に!」
そりゃもう、ご自由に。
心で冷たく里奈は告げた。しかし、それを言葉にしないのが、里奈である。
「だ〜め、仁絵はあたしのもんだよ」
心にも想ってもいない言葉を口にしてみる。ただ、目の前の少女の反応を見たいがために。
里奈の挑発に絵理子は切れた。今までの冷静に見えた態度はどこへやら、元のガキんちょモードに戻ってぎゃんぎゃん喚く。
「でもでもでもでも、好きなんだもん!あたし、仁絵ちゃんのこと好きなんだもん!だから・・・・・・だから、絶対に奪い取って見せるから、先輩から!」
もうその姿は仔犬が『んも〜う、んも〜う』とダダを捏ねてるようで、思わず里奈はその頭をたしたし叩いた。しかし、その行動に絵理子は再び切れる。
「だから・・・・・・だから・・・・・・」
しかし、気持ちが先回りして言葉が続かないらしい。ふるふると肩を震わせ、両手を握り締めている。
そんな時、背後でかちゃりとドアの開く音がした。シャワールームから、彼女が出てきたのだろう。
お子さまにこんな刺激的な場面を見せる訳にはいかないなぁ。
そう考えた里奈は、絵理子の肩をばんばん叩くと、
「はいはい、判りました。じゃ、頑張ってね〜〜〜」
くるりと方向転換させ、さっさと部屋から追い出したのだった。
ぽいっと放り出された絵理子は、呆然と閉められたドアを見つめる。
————また馬鹿にされた!!
絵理子はだしだしと、部屋のドアを蹴り飛ばすと、怒り心頭のまま部屋を後にしたのだった。