BREAK OUT EMOTION

11

 

「う゛〜〜〜〜〜」

 消灯後の中等部の寮の廊下をとぼとぼ歩いていた絵理子は、ふて腐れた表情で溜息をつく。

————悔しい、悔しい、悔しいよ〜〜〜〜〜!!

 イライラした気分を抱いたまま、眠れと言っても眠れそうもない。どうしようかと迷っていたが、ふっと多香子の顔が頭に浮かんだ。

「・・・・・・多香ちゃん達のとこでも、いこっと」

 重たい足取りで、多香子の部屋へと足を向ける。部屋の近くまで来ると、消灯後なのに、ドアの隙間から部屋の明かりが漏れていた。

————起きてるみたいだな。

 絵理子は静かにドアに歩み寄ると、突然、ふっと音も立てずにドアが開いた。どうやら、うまくノブが嵌まってなかったらしい。

 ひょいと何気なく覗いた絵理子には、罪はない。

「・・・・・・っ!」

 驚きで声も出なかった。絵理子は凍りついたように、その光景から目が離せない。

 寛子のベッドに腰掛けている多香子に、着替え終わった寛子が歩み寄る。

————あんな多香子の表情、見たことない。

 寛子を見上げる多香子の視線は、柔らかくて優しげだった。そんな多香子の髪をさらりと撫でると、身を屈め、寛子はゆっくりと口付ける。

 そして、愛しくて愛しくて仕方ないという表情で、多香子を抱きしめた。その腕の中、多香子は何よりも幸せそうな表情をする。

————うわっうわっうわ!!

『多香ちゃんは、好きな人いるの?』

 絵理子の問いに、彼女は肯定したはずだ。

 そっか〜〜〜、多香ちゃんの好きな人って、寛ちゃんだったんだ〜〜〜。

 妙に納得した絵理子は、ふっと我に帰る。

「あれ?」

 これと同じ状態になったはずなのに、この前はこんなに納得しなかった。もっともっと胸がもやもやして、心臓が締め付けられるように痛くって・・・・・・それは、今現在でも続いている。

————何が違うんだろう?

 とりあえず絵理子は気付かれないように、そっとドアを閉めた。そして、暗い廊下をほてほて歩きながら、ぼんやりと思う。

 だが、それは部屋についても、ベッドに入っても判らなかった。

 

 

「・・・・・・ねぼーした」

 明くる朝、食堂の行列に並びながら、絵理子はひとりごちた。

 起きたら起床時間の直前。普段だったら、身支度できるぐらいの余裕があるのに、今日は全くなかった。だけど、育ち盛りの12歳。朝食抜きなど、考えたくなかった。

 目一杯急いだが、いつもの時間に遅れること10分。既に、食堂はぎゅうぎゅうだった。それに加えて、仁絵達は席についてしまってるようだ。並んでる列の前後を窺っても、3人の姿は見つからなかった。

「さて・・・・・・どうしよう」

 トレイを持ちながら、絵理子は呟く。

 この人数の中から3人を見つけ出すのは、かなりの困難のように思えた。

 しかし、仁絵に対する想いは判らないままだし、多香子と寛子には、昨日の光景を盗み見た手前、顔を合わせずらい。

「でも・・・・・・」

 そう言えば、仁絵ちゃんって、いっつも遅れてくるよな〜〜〜。なのに、どうして、あたし達を見つけられるんだ?

 絵理子は何がなく、食堂内に視線を巡らせた。

————いた。

 『探そう』と思う間もなく、すんなりと仁絵が目に飛び込んできた。存在を確認すると同時に、胸がわけもなくときめいた。

『人・・・・・・好きになったら』

 多香子の言葉が心を過ぎる。

『どんな人ごみの中でも、その人見つけられるようになったりするから・・・・・・その時にはっきり判るよ』

 ああ・・・・・・そうか。

 絵理子は今までの心のわだかまりが、一気に溶けてゆくのを感じた。知らず知らずのうちに笑みが零れる。

「そっか・・・・・・」

 ついには口に出して呟いてみる。そして、何度も何度も頷いた。

————あたし、仁絵ちゃんが好きなんだ。

 だから、里奈と一緒にいる彼女を見て、心が落ちつかなったんだ。

 視線が仁絵から離れない。ときめきが全身を支配する。

 疑問が解けて、くすくす微笑う絵理子を、周囲は遠巻きに眺めた。しかし、絵理子は全く気にしない。

 トレイを返却口に返すと————食欲はなくなってしまっていた————部屋にゆっくりと戻って行く。

 廊下を歩きながら、絵理子は思う。

————欲しいモノは判った。後はどうやって手に入れるかだ。今後のことをじっくりと考えよう、学校なんて行ってられない。

 真っ直ぐに前を見据えると————今までの絵理子とは違う、勁い視線だった————絵理子は自室に戻っていったのだった。

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