「ああ、やっぱ、やることやってるんじゃん!」
自分に突っ込みながら、寛子は家路を急いだ。とにかく帰ろう。帰って、多香子の家を学校にでも問い合わせて訊かなければ。
明日になれば逢えるけど、そんなんじゃダメだと思った。
早く、出来るだけ早く、彼女と話さなければ。
その想いだけが、寛子の足取りを速めていたといっても過言ではなかった。
「・・・・・・」
エレベーターを降り、自分の部屋に向かった寛子は、玄関の前で蹲る人影を見つけ、足を止めた。
「・・・・・誰?」
「・・・・・・・・」
無言の返事。だけど判った。何故だか判らないけれど。
「・・・・・上原さん?」
「・・・・・・うん」
寛子は近くに歩み寄ると、多香子は立ち上がった。そして、どこか情けなそうな瞳で寛子を見る。
「・・・・・ごめん、迷惑だとは思ったんだけど・・・・」
ここしか知らなくて。
そう告げた多香子は、妙に儚げに見えた。
「とにかく、入って。立ち話もなんだし」
当たり前のように、寛子はそう言ったのだった。
「一回、家に帰ったんだよね。制服じゃないし」
「うん・・・・・」
フローリングの床にあるソファーベッドに多香子はただ黙っている。寛子は、制服を着替えると、お茶の準備をする。
「気にしないでいいのに・・・」
「うん、でも・・・・・」
言いよどむ寛子に、多香子は小首をかしげる。
「?????」
ああ、もうちょっと心の準備をしてから逢いたかったのに・・・・・。
しくしく心でなきながらも、寛子はさっきよりは大分落ち着いていた。
「どしたの、寛子?」
「昨夜もお茶ださなかったし、ね」
さりげない寛子の言葉に、
「うん、そだね」
多香子も頷いた。次の瞬間、『やばい!』という表情になる。寛子はそれを見逃さなかった。
「・・・・・やっぱり覚えていたんだ」
「うん・・・・・ごめん」
謝る多香子に、寛子は首を振る。そして、多香子の前に座ると、その顔を覗き込んだ。
「謝らなくていいよ。あたしのこと、思ってくれたんだよね・・・・・ありがとう」
素直に言えた。こんなに素直に言葉を伝えられたのは、何年ぶりだろう?
「・・・・・嘘、つくつもりじゃなかったんだけど」
「だから、いいよ。・・・・・・それより、どうしたの?」
「・・・・・・家に、いたくなくって」
「????」
不思議そうな表情をする寛子に、多香子は悲しげに笑って続けた。
「ちょっと事情あってさ・・・・、帰りたく、ないんだ」
「だから、昨日、あんな時間に、あんなとこいたんだ」
こくり。
多香子は素直に頷いた。そして、確かにそう言ってたことを思い出す。
「あのとき、嬉しかったぁ」
不意に多香子は呟いた。
「あの時?」
「寛子にナンパされたとき。『家帰りたくないんでしょ?』っていった後、なんて言ったか覚えてる?」
「・・・・・・『だったら、ウチにおいで』」
寛子の答えに、多香子は微笑む。
「居場所、欲しかったから。寛子はそんなつもりなくても、あの言葉、あたしには『救いの言葉』だったんだよ」
だから、今日もここにきちゃった。もう、あの言葉を言った寛子は、覚えてないのにね。
笑いながら、そう続ける。
どうして、こんなに悲しそうなのだろう。微笑んでるのに。涙なんて流していないのに。
それは、彼女と自分は同じだから。
心の中で、求めているものが、きっと。
「でも、もう、甘えてられないね。帰る・・・・・」
多香子は不意に立ち上がった。その手を寛子は掴む。
「・・・・・・寛子?」
あたしは、何をしようとしてるんだ?
だけど、とまらなかった。放ってはおけなかった。
「・・・・・・『家に帰りたくないんでしょ?』」
多香子は目を見開く。しかし、直ぐに、ゆっくりと頷いた。
「『だったら、ウチにおいで』」
多香子は一瞬、瞳を彷徨わせた。しかし、直ぐに寛子を見つめ返す。
「・・・・・いいの?」
「この通り、一人暮らしだし。家賃もいらないよ・・・・・いたいだけいればいい」
自分で自分の気持ちが判らなかった。だけど、こうしてないと、きっと自分は後悔する。それだけは判った。
「・・・・・本当に?」
「・・・・・いいよ」
そして、小さく告げる。
「一緒に、暮らそう」
運命のドアは、たった今開かれた。