運命のドア

12


「ああ、やっぱ、やることやってるんじゃん!」

 自分に突っ込みながら、寛子は家路を急いだ。とにかく帰ろう。帰って、多香子の家を学校にでも問い合わせて訊かなければ。

 明日になれば逢えるけど、そんなんじゃダメだと思った。

 早く、出来るだけ早く、彼女と話さなければ。

 その想いだけが、寛子の足取りを速めていたといっても過言ではなかった。

 

「・・・・・・」

 エレベーターを降り、自分の部屋に向かった寛子は、玄関の前で蹲る人影を見つけ、足を止めた。

「・・・・・誰?」

「・・・・・・・・」

 無言の返事。だけど判った。何故だか判らないけれど。

「・・・・・上原さん?」

「・・・・・・うん」

 寛子は近くに歩み寄ると、多香子は立ち上がった。そして、どこか情けなそうな瞳で寛子を見る。

「・・・・・ごめん、迷惑だとは思ったんだけど・・・・」

 ここしか知らなくて。

 そう告げた多香子は、妙に儚げに見えた。

「とにかく、入って。立ち話もなんだし」

 当たり前のように、寛子はそう言ったのだった。

 

「一回、家に帰ったんだよね。制服じゃないし」

「うん・・・・・」

 フローリングの床にあるソファーベッドに多香子はただ黙っている。寛子は、制服を着替えると、お茶の準備をする。

「気にしないでいいのに・・・」

「うん、でも・・・・・」

 言いよどむ寛子に、多香子は小首をかしげる。

「?????」

 ああ、もうちょっと心の準備をしてから逢いたかったのに・・・・・。

 しくしく心でなきながらも、寛子はさっきよりは大分落ち着いていた。

「どしたの、寛子?」

「昨夜もお茶ださなかったし、ね」

 さりげない寛子の言葉に、

「うん、そだね」

 多香子も頷いた。次の瞬間、『やばい!』という表情になる。寛子はそれを見逃さなかった。

「・・・・・やっぱり覚えていたんだ」

「うん・・・・・ごめん」

 謝る多香子に、寛子は首を振る。そして、多香子の前に座ると、その顔を覗き込んだ。

「謝らなくていいよ。あたしのこと、思ってくれたんだよね・・・・・ありがとう」

 素直に言えた。こんなに素直に言葉を伝えられたのは、何年ぶりだろう?

「・・・・・嘘、つくつもりじゃなかったんだけど」

「だから、いいよ。・・・・・・それより、どうしたの?」

「・・・・・・家に、いたくなくって」

「????」

 不思議そうな表情をする寛子に、多香子は悲しげに笑って続けた。

「ちょっと事情あってさ・・・・、帰りたく、ないんだ」

「だから、昨日、あんな時間に、あんなとこいたんだ」

 こくり。

 多香子は素直に頷いた。そして、確かにそう言ってたことを思い出す。

「あのとき、嬉しかったぁ」

 不意に多香子は呟いた。

「あの時?」

「寛子にナンパされたとき。『家帰りたくないんでしょ?』っていった後、なんて言ったか覚えてる?」

「・・・・・・『だったら、ウチにおいで』」

 寛子の答えに、多香子は微笑む。

「居場所、欲しかったから。寛子はそんなつもりなくても、あの言葉、あたしには『救いの言葉』だったんだよ」

 だから、今日もここにきちゃった。もう、あの言葉を言った寛子は、覚えてないのにね。

 笑いながら、そう続ける。

 どうして、こんなに悲しそうなのだろう。微笑んでるのに。涙なんて流していないのに。

 それは、彼女と自分は同じだから。

 心の中で、求めているものが、きっと。

「でも、もう、甘えてられないね。帰る・・・・・」

 多香子は不意に立ち上がった。その手を寛子は掴む。

「・・・・・・寛子?」

 あたしは、何をしようとしてるんだ?

 だけど、とまらなかった。放ってはおけなかった。

「・・・・・・『家に帰りたくないんでしょ?』」

 多香子は目を見開く。しかし、直ぐに、ゆっくりと頷いた。

「『だったら、ウチにおいで』」

 多香子は一瞬、瞳を彷徨わせた。しかし、直ぐに寛子を見つめ返す。

「・・・・・いいの?」

「この通り、一人暮らしだし。家賃もいらないよ・・・・・いたいだけいればいい」

 自分で自分の気持ちが判らなかった。だけど、こうしてないと、きっと自分は後悔する。それだけは判った。

「・・・・・本当に?」

「・・・・・いいよ」

 そして、小さく告げる。

「一緒に、暮らそう」

 

 運命のドアは、たった今開かれた。