「しかし、あんな寛子、久々に見たね」
取り残された人々は、のんびりとお茶会をしながら談笑していた。上記のセリフはもちろん里奈である。
「そうですね」
こっくりと相槌をうつ絵理子。
「・・・・・・ねぇ、二人とも心配じゃないの?寛ちゃんのこと」
あまりののほほんさに、業を煮やした仁絵の言葉に、里奈は笑う。
「大丈夫、大丈夫。きっと。それに」
「それに?」
「彼女も悪い子じゃなさそうだったし、寛子に不利益はもたらさないでしょ」
『うんうん』と頷きながら里奈は答えた。
なんだかんだいって里奈の人を見る目は、仁絵も信頼してる。そう言われると何も言えなくなった。
「・・・・・まぁ、里奈がそういうんだったら、いいや」
「だから、仁絵、好きだよ」
里奈のウインクに仁絵は、そっぽを向く。取り残された絵理子は、曖昧な微笑みでそれを見つめていたのだった。
「只今戻りました」
戸が開く音と共に、そんな言葉で寛子が戻ってくる。妙に複雑そうな表情をしている。
「あ〜〜〜〜、おかえり〜〜〜。何だって?」
のんびりと問う里奈に、寛子は戸惑ったように答えた。
「覚えてなかった・・・・・・そうです」
「はいぃ?」
これまた綺麗な三重奏である。
「彼女も覚えてなかったそうなんです・・・・・」
複雑そうな表情のまま、寛子は繰り返した。里奈は、一瞬視線を彷徨わせたが、『うん』とひとつ頷くと、
「だったらもう心配事はないね、良かったじゃん」
「・・・・・・・はい」
それでもまだ、何となく不可解な表情をしている。それが心配で、
「どうか、したの?」
絵理子が訊いた。寛子はその言葉に『はっ』と我に返る。
「ううん・・・・・なんともないよ、うん」
無理やり何かを納得させるように答えた。
「で、彼女は?」
「帰りました。先輩方によろしくだそうです」
そう答えながら、寛子はぐるぐる考えていた。
『あたしも覚えていないんだから』
本当に、そうなのだろうか?絶対に、何かを忘れている。大切な何かを。
だったら、あんな瞳、しないはずだ。
「・・・・・・あたし、帰ります」
「あっ、あたしも」
「ごめん・・・・・・ひとりで帰りたいんだ」
絵理子の言葉を断ると、寛子は静かに生徒会室を出て行った。
帰る道すがら、寛子は徒然と思う。
本当に、何もなかったか?本当に覚えてないのか、自分?
しかし、どうしても思い出せなかった。
悩みまくりながら、途中、公園を突っ切った。そうすれば、時間をちょっとだけだが短縮できるのだ。
「・・・・・ん?」
今の言葉、誰かに説明しなかったっけ?
寛子はベンチに腰掛けると、記憶の手がかりを探った。糸口は掴みかけてる、もう少しで手が届きそうだ。それなのに、届かないもどかしさが寛子を焦らせた。
「あーーーー、もーーーー!」
くしゃくしゃと前髪をかきむしった。辺りも少しずつ暗くなり、寛子以外、もう誰もいない。
『それって癖?』
心に『ぽん』と浮かぶ言葉。それで思い出した。
彼女とこの場所と通った!!
『帰りたくないの?だったら、ウチにおいで』
寛子の言葉に、彼女はついて来た。何となく離したくなくて、手を繋ぎながら歩く。
『こんなとこに公園あったんだ』
『ここ通ると、ショートカットできるんだ』
そう、確かそんな会話だった。
『公園って久しぶり・・・・。あっ、ブランコだ、乗ってっていいかな?』
子供のようにはしゃぐ彼女が嬉しくて、
『いいよ、乗ってこ?』
寛子も微笑う。
『わ〜〜〜い』
『あんまはしゃいでると落ちるよ〜〜〜』
そう言った途端、案の定落ちてしまった。あまりのどんくささに、寛子は爆笑してしまう。
『ひどい〜〜〜、笑うなんて、ひどい〜〜〜』
『だって、落ちる?普通、落ちるか〜?』
そう言いながら、寛子は立ち上がらせるために、彼女に手を差し延べた。
次の瞬間、寛子は彼女に覆い被さる。
寛子の手を掴むなり、彼女は思い切り引いたのだ。
『・・・・・・この〜〜』
『これでおあいこ』
おかしそうに笑う彼女の顔が目の前に在った。吸い込まれそうに透明な瞳に、一瞬、寛子は見とれてしまう。
『・・・・・・何?』
『ううん・・・・・何でもない』
そう答えながら、視線を外すことが出来なかった。彼女も同じように、寛子の瞳を見つめる。
静かに瞳が閉じられ、ゆっくりと唇が重なったのは、それからすぐの事だった。