運命のドア

11


「しかし、あんな寛子、久々に見たね」

取り残された人々は、のんびりとお茶会をしながら談笑していた。上記のセリフはもちろん里奈である。

「そうですね」

 こっくりと相槌をうつ絵理子。

「・・・・・・ねぇ、二人とも心配じゃないの?寛ちゃんのこと」

 あまりののほほんさに、業を煮やした仁絵の言葉に、里奈は笑う。

「大丈夫、大丈夫。きっと。それに」

「それに?」

「彼女も悪い子じゃなさそうだったし、寛子に不利益はもたらさないでしょ」

 『うんうん』と頷きながら里奈は答えた。

 なんだかんだいって里奈の人を見る目は、仁絵も信頼してる。そう言われると何も言えなくなった。

「・・・・・まぁ、里奈がそういうんだったら、いいや」

「だから、仁絵、好きだよ」

 里奈のウインクに仁絵は、そっぽを向く。取り残された絵理子は、曖昧な微笑みでそれを見つめていたのだった。

「只今戻りました」

 戸が開く音と共に、そんな言葉で寛子が戻ってくる。妙に複雑そうな表情をしている。

「あ〜〜〜〜、おかえり〜〜〜。何だって?」

 のんびりと問う里奈に、寛子は戸惑ったように答えた。

「覚えてなかった・・・・・・そうです」

「はいぃ?」

 これまた綺麗な三重奏である。

「彼女も覚えてなかったそうなんです・・・・・」

 複雑そうな表情のまま、寛子は繰り返した。里奈は、一瞬視線を彷徨わせたが、『うん』とひとつ頷くと、

「だったらもう心配事はないね、良かったじゃん」

「・・・・・・・はい」

 それでもまだ、何となく不可解な表情をしている。それが心配で、

「どうか、したの?」

 絵理子が訊いた。寛子はその言葉に『はっ』と我に返る。

「ううん・・・・・なんともないよ、うん」

 無理やり何かを納得させるように答えた。

「で、彼女は?」

「帰りました。先輩方によろしくだそうです」

 そう答えながら、寛子はぐるぐる考えていた。

『あたしも覚えていないんだから』

 本当に、そうなのだろうか?絶対に、何かを忘れている。大切な何かを。

 だったら、あんな瞳、しないはずだ。

「・・・・・・あたし、帰ります」

「あっ、あたしも」

「ごめん・・・・・・ひとりで帰りたいんだ」

 絵理子の言葉を断ると、寛子は静かに生徒会室を出て行った。

 

 帰る道すがら、寛子は徒然と思う。

 本当に、何もなかったか?本当に覚えてないのか、自分?

 しかし、どうしても思い出せなかった。

 悩みまくりながら、途中、公園を突っ切った。そうすれば、時間をちょっとだけだが短縮できるのだ。

「・・・・・ん?」

 今の言葉、誰かに説明しなかったっけ?

 寛子はベンチに腰掛けると、記憶の手がかりを探った。糸口は掴みかけてる、もう少しで手が届きそうだ。それなのに、届かないもどかしさが寛子を焦らせた。

「あーーーー、もーーーー!」

 くしゃくしゃと前髪をかきむしった。辺りも少しずつ暗くなり、寛子以外、もう誰もいない。

『それって癖?』

 心に『ぽん』と浮かぶ言葉。それで思い出した。

 彼女とこの場所と通った!!

 

 

『帰りたくないの?だったら、ウチにおいで』

 寛子の言葉に、彼女はついて来た。何となく離したくなくて、手を繋ぎながら歩く。

『こんなとこに公園あったんだ』

『ここ通ると、ショートカットできるんだ』

 そう、確かそんな会話だった。

『公園って久しぶり・・・・。あっ、ブランコだ、乗ってっていいかな?』

 子供のようにはしゃぐ彼女が嬉しくて、

『いいよ、乗ってこ?』

 寛子も微笑う。

『わ〜〜〜い』

『あんまはしゃいでると落ちるよ〜〜〜』

 そう言った途端、案の定落ちてしまった。あまりのどんくささに、寛子は爆笑してしまう。

『ひどい〜〜〜、笑うなんて、ひどい〜〜〜』

『だって、落ちる?普通、落ちるか〜?』

 そう言いながら、寛子は立ち上がらせるために、彼女に手を差し延べた。

 次の瞬間、寛子は彼女に覆い被さる。

 寛子の手を掴むなり、彼女は思い切り引いたのだ。

『・・・・・・この〜〜』

『これでおあいこ』

 おかしそうに笑う彼女の顔が目の前に在った。吸い込まれそうに透明な瞳に、一瞬、寛子は見とれてしまう。

『・・・・・・何?』

『ううん・・・・・何でもない』

 そう答えながら、視線を外すことが出来なかった。彼女も同じように、寛子の瞳を見つめる。

 静かに瞳が閉じられ、ゆっくりと唇が重なったのは、それからすぐの事だった。