彼女は所在無さげに植え込みのレンガの所に座っていた。誰かを待っているわけでもなく、でも、どこかに行くわけでもなく、ただそこに座っていた。
無理やりとはいいながら、一口飲んだら、もうおしまい。その場の雰囲気を楽しんでいる自分がいた。
だけど、帰る途中の道すがら、彼女と瞳が合った。それだけだ。
けど、その瞬間に、判った。彼女の想い。痛いほどに伝わった。
正直なこと言えば。酔ってなかったら気づかなかった、ましてや、声すらかけることもなかった。
『あっ、寛子、どこいくの?』
『寛子〜〜〜?』
『寛ちゃん?』
気づいたらみんなの言葉を背に、その場所に向かっていた。
『・・・・・どしたの?』
『・・・・・・・別に』
寛子はそっけない返事をする彼女と視線を合わせるように、しゃがみ込んだ。
自分と同年代の酔っ払いを無視して、彼女は瞳を逸らす。それを追いかけるように、寛子は言った。
『家に・・・・・帰りたくないんだ』
ずばりと気持ちを言い当てる寛子に、彼女は一瞬目を見開いた。
『・・・・・なんで、そう思うのよ?』
『瞳が言ってる』
そういって、寛子は笑う。その警戒心もまるでない笑顔に、彼女も同じように微笑った。
綺麗な微笑みだった。
『・・・・・キザ』
『そかな?』
くすくす笑って、寛子は立ち上がる。そして、彼女に手を差し延べた。
彼女はためらいもなく、寛子の手を取った。
思い出したのは、それだけ。でも、十分だった。
「そっか・・・・・だから、違うって思ったんだ・・・・・」
独り言のように寛子は呟く。多香子は、寛子の瞳を覗き込んだまま、
「何を?」
と、小さく問うた。
「笑い方・・・・そっか、あの時の笑い方が、本当の笑い方なんだ」
そして、じっと多香子を見つめる。見つめられてる方が照れるほどの視線で。
「・・・・・・・思い出した?」
多香子はそっと離れながら囁く。その事を少し寂しく思いながら、
「ちょっとだけ・・・・・でも、それだけで、いいや」
寛子は笑った。でも、直ぐに神妙な表情になる。
「寛子?」
「・・・・・その後、何したか、覚えてないんだ。・・・・・ごめん、謝るのはおかしいと思うんだけど・・・・・・・」
「いいよ」
本当の自分を判ってくれたんだから。偽りの笑顔を、ほんの一瞬で見抜いてくれた。それが、とても嬉しかった。
甘い囁き、熱い吐息、触れ合う肌。全部全部覚えている。
だけど、その言葉は心にしまっておく。
多香子は息を吸うと、俯いてる寛子の瞳を覗き込んだ。
「あたしも、覚えてないんだから」
その言葉で寛子が救われると判っているから。