「なんでしょうか?」
多香子はちっとも動じない。この妙な落ち着きはどこからくるのだろうか?
寛子ははらはらしながらも思う。仁絵も絵理子も同じ気持ちらしい。なんだか落ち着かない表情をしていた。
その中で、里奈はおもむろに口を開く。
「昨日、ここの島袋が醜態さらしてしまったそうで」
「いえ。別に気にしてません。楽しかったですし」
里奈の言葉に、寛子の方を向いて、多香子はにっこりと笑った。
あれ?
寛子は、何故だかひっかかるものを感じた。言葉で説明するのは難しいが、あえて言えば『あるべきものがそこにない違和感』。
どうしてそう思うんだろう?
寛子は眉間にしわを寄せながら考える。しかし、思い出せるわけなかった。
それでも判った事は・・・・・・何かが、違う。
「それでですね」
里奈の言葉に、寛子は我に返る。
「こうしてお呼び立てしたのは、昨夜のことなんですが・・・・」
「はい」
判ってるというように、多香子は頷いた。
「昨夜、島袋と何があったのか・・・・・ということを、教えて頂きたかったもので」
単刀直入に言葉を告げる里奈に多香子は何かを言いかけたが、それは遮られる。
違う、違う、違う。
寛子はきつく目を瞑った。そして、浅い呼吸を繰り返す。
「いえ、ここで言って欲しいわけではないんです。内容が内容だったら私達は席を外します。ですから・・・・・・・」
「里奈先輩、違う!」
寛子はいきなり立ち上がった。その行動に、残りの人間は目をぱちくりとさせる。
「寛・・・・・・子?」
「違う!違うの、これじゃダメなんだ。判った・・・・・ううん、判ってたんだ」
意味不明なことを言い出した寛子に、
「何がダメなの?」
真っ先に落ち着きを取り戻した里奈が問うた。
「・・・・・・『あたし』じゃなきゃ、ダメなの。すみません、あたし、ちゃんと自分で訊きます」
早口に告げると、寛子は多香子の腕を掴んだ。そして、驚く一同を置いて、生徒会室を出て行った。
ぜはぜはと息を切らして、2人が着いたのは屋上だった。
普段でも生徒は自由に出入りできる。学園祭の頃になると、ここも練習場の一部で、場所とりも激しいらしい。
しかし、もう放課後のせいか、人っ子一人いない。
「・・・・・・ごめん」
色んな意味を込めた寛子の言葉に、多香子も息を切らしながら、首を横に振った。
「ううん・・・・。訊きにくいことって知ってたし・・・・・それに・・・・・」
「ん?」
手すりに凭れながら、寛子は多香子を見た。多香子は、まぶしそうに遠くを見ながら言葉を続ける。
夕日に茶色の髪が映え、整った顔が、微妙な光加減に縁取られとてもとても綺麗だった。
「寛子以外に言うことじゃないしね。あの人に訊かれても、答えない、つもりだった」
「そっか・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
何故だか互いに、不意に無言になってしまう。
ああ、やっぱり自分で訊くべきことなんだな。
寛子は覚悟を決めた。そして、息を整えると多香子を真っ直ぐに見つめる。
「ん?」
「あたし・・・・」
「・・・・・・」
多香子は何も言わない。寛子の言葉を待っている。
寛子は指先をきゅっと隠すと、『きっ』と多香子を睨みつけるように見た。
「あたし・・・・あたし、昨夜のこと、本当に覚えてないんだ・・・・・。あなたに何をしたのか・・・・・何を話したのか、教えてくれる?」
その言葉に、多香子はゆっくりと寛子に歩み寄った。ほとんど口付けをする距離まで近づき、寛子の瞳を覗き込む。
「本当に・・・・・覚えてない?」
「・・・・・・・・・」
何も、言えなく、なる。
「本当に?」
ドクリ。
鼓動が、高鳴る。
捕らわれて、しまった。
その瞳に。瞳の奥に宿る、寂しさに。
そして、不意に浮かび上がる想い・・・・・・。
思い、だした・・・・・・・。