午後の授業が始まった。
自分の席についた寛子は、授業に集中している・・・・・訳がない。ちらりと窓際に視線を向けた。
視線の先には、彼女がいた。
『上原多香子です。よろしくお願いします』
思ったよりも低い声。だけど、それは不快じゃなくて。
日に透けた髪が金色に見えた。素直に『綺麗』だと思った。
「・・・・・・寛」
しかし、先輩達もあたしが率先してナンパしたって言ってたけど・・・・・。
「寛・・・・・寛子・・・・・」
やっぱり覚えてない・・・・・。
「寛子ってば!」
やはり『お酒は二十歳になってから』だな、うん。
「どこ見てる、島袋!!!」
「はいぃぃぃ!」
思わず寛子は立ち上がった。その隣で絵理子は、『あちゃ〜』という表情をしている。
「・・・・・・随分と余裕だなぁ」
数学教師はにやにやと笑う。
「いえ・・・・・・・そんな、余裕って訳じゃ・・・・」
ぼそぼそと言い訳をするが、既に時に遅し。
「ま、素直に返事したことに免じて、この問題やってもらおうか。ほれ、前に出ろ」
「あぅぅぅ〜〜」
寛子は絵理子にすがる視線を向けるが、
「だから、呼んでたのに〜、寛子が悪い!」
あっさりと一蹴されてしまった。
「島袋、早くしろ。残りのは、出席番号、5,10、15番な」
教師の声が情け容赦なく教室に響いた。
「どうしたの、寛子、珍しい」
何とか解答して席に戻ってきた寛子に、絵理子は囁いた。
「・・・・・いいじゃん、別に」
ふてくされたように答え、寛子は席についた。『むぅ』とした表情で教科書に視線を落とす。
「はいはい」
こんなときの寛子には、近寄らない方がいい。
経験上、それを知っている絵理子はそのまま、前を向いた。それを横目で見ると、寛子も授業に集中しようとした。しかし、次の瞬間、誰かからの視線を感じる。
ん?
寛子は教科書から視線を上げると、今度は目だたないようにそろそろと辺りを見回す。
「あ・・・・・・」
視線の主は多香子だった。寛子がこちらを向いたと判ると、嬉しそうに微笑する。
その笑みを見た途端、心臓がどくんと脈打つのが判った。それに戸惑いながら、慌てて視線を逸らす。
・・・・・・・どうしちゃったんだろう、あたし。
だけど、いくら考えても答えはでない。
それっきり、寛子は多香子の方を見ることはなかった。・・・・・・見ることが出来なかった。