運命のドア


「どうぞ」

 仁絵と絵理子の前に各々のカップを置く。そして、自分のカップを手に寛子は自分の指定席に腰掛けた。

 何故だか、お盆の上にはもう1つカップが乗ったままである。

「ひ〜ろこちゃ〜ん」

 嬉しそうな声が寛子の耳に届く。しかし、そっぽを向いたまま、寛子は里奈を見ようともしない。

 絵理子は『しょうがないなー』という感じで、そのカップを取ると里奈に手渡した。

「ありがと、寛子」

 素直に礼をいう里奈に、

「・・・・・・・ついでですから」

 お茶をすすりながら寛子は答える。

 その光景は、なんだかんだ言って『仲の良い姉妹』に見えるんだけどなぁ、と仁絵は心で密かに思った。

「さて、本題だけど・・・・・・」

 昼食も食べ終わり、満足そうにお茶を飲み干し、里奈はずぃっと身を乗り出した。視線は寛子に向いたままである。

 ・・・・・嫌な予感がする。

 寛子の背筋を冷や汗が一筋流れた。

 もしかすると・・・・・いや、もしかしなくても・・・・・。

「寛子、昨日、あれからどうしたの?」

 ああああああ、やっぱりーーーーーー。

 心の中ではじたじたしてみたが、それをこの人の前でだすのは癪なので、努めて冷静な表情で訊き返す。

「・・・・・あれからって?」

「訊き返すって事は、覚えてないね」

『ふー、やれやれ』という感じで里奈は息をついた。

「覚えてます!!」

 寛子は思わず立ち上がり、里奈に吼えた。

「だったら、言ってごらん」

 まんまと里奈の挑発にのってしまった寛子だが、既に後の祭りである。

「・・・・・・・・」

 黙り込んでしまった寛子に、絵理子は心配そうな視線を向ける。

「・・・・・言いたくない?」

 柔らかな仁絵の声に寛子は、俯いていた顔を上げた。そして、ぽすっと座り込む。

「・・・・『言いたくない』んじゃなくって・・・・・・・覚えてないから、『言えない』んです」

 寛子はぽつぽつと答えた。何故だか仁絵には素直に答えることが出来た。

「ただ・・・・・・」

「ただ?」

 興味津々の瞳が3人分向けられる。それに思わず身を引きながら、

「ただ・・・・・今朝起きたら・・・・隣で寝てました、けど」

「・・・・・隣で」

「寝てた・・・・・」

 里奈の言葉に絵理子が続ける。この2人も良いコンビである。

「ま・・・・・まぁ、よっぽど気が合ったんだね、うん」

 フォローの手を差し伸べる仁絵。しかし、残りの2人がそれだけで納得するわけがない。

「・・・・・・・・で?」

「え?」

「それだけじゃないでしょ、さっきの慌て様じゃ」

 里奈は腕組みをしながら告げる。寛子はそれに『ふるふる』と首を振る。

 それだけでごまかせるとは思ってはないけど。

「・・・・・・寛子」

 諭すような声が耳に届いた。こういうときにだけ、そんな声を出すなんて、反則だ。

「寛子が言いたくないなら、それでもいいよ。だけど、寛子が困ってるように見えたから。違う?」

 里奈の言葉は優しい。こういうときに、さっきのようにおちゃらけてくれたら、反発できるのに。

 負けた・・・・・。

 寛子は大きく息を吸うと、小さな声で告げた。

「・・・・隣で、寝てたんですけど・・・・・あたしも彼女も・・・・裸だったんです」

 ああ、とうとう言ってしまった・・・・・。

「はぁ!?」

 綺麗な三重奏が寛子の耳に届く。

「ちょ・・・・ちょっと待って」

 流石の里奈も慌てている。絵理子に関しては硬直状態である。

「そんな・・・・・・里奈じゃあるまいし・・・・」

 仁絵の呟きは、里奈の咳払いで消される。

「ま、まぁ・・・・で、それは覚えてるの?」

「覚えてたら、こんなに困ってませんよ〜」

 情けなさそうな寛子の声に、絵理子はよしよしとその頭を撫でた。

 寛子がそんなことを軽く出来ないような人間だと、ここにいる3人は良く判っている。

「・・・・取りあえず、寛子はどうしたい?」

「どうしたいって・・・・・・」

 里奈の言葉に、寛子はきょとんとした。

「このままじゃ嫌でしょ?すっきりしたくない?」

「それは・・・・・そうですけど・・・・・」

 里奈はひとつ息をつくと、前髪をかきあげた。そして、寛子の方に歩み寄ると、その顔を覗き込み告げた。

「やりたくないだろうけど、彼女とちゃんと話してごらん」

 それしか方法ないよ。

「・・・・・彼女に・・・・」

 ぽんと脳裏に彼女の顔が浮かび上がった。ついでに、見る気はなかった身体も。

 かぁぁぁぁぁ。

 寛子は耳まで真っ赤になる。

「寛子?」

 絵理子は友人の表情の変化に驚く。

「で・・・で・・・・・できませんよっ!!そんな、は・・・・・・」

 恥ずかしいこと。

「ん?」

「・・・・・だって・・・・・覚えてないんですから・・・・」

「ん〜、そこが問題なんだよね〜」

 里奈は独り言のように呟いた。

「何で?」

 仁絵の問いに、里奈はあっさり答えた。

「寛子が覚えてなくても、あっちが覚えてるかもしれないでしょ?それネタに何かされたら、寛子が傷つく」

 ・・・・・・こんな恥ずかしいこと、さらりと言ってのけるのは里奈ぐらいだな。

 絵理子と仁絵と寛子は同時に思った。

「取りあえず、放課後、彼女、ここに呼んでみてくれる?・・・・・寛子がナンパしたとき、あたしらも後ろにいたから、覚えてるでしょ、きっと」

「・・・・・・・・」

 あんまり、彼女と話したくない。

 彼女には、寛子の忘れていたい『何か』を思い出させる。それは、今の寛子にとっては『不快』な気持ちにさせるものだった。

「寛子・・・・・」

 寛子の表情を見て、里奈は溜息をついた。そして、絵理子に視線を向ける。

「絵理、寛子ダメそうだったら、あんた連れてきて」

「判りました」

 頷く絵理子のショートヘアを、里奈はくしゃくしゃっと乱す。

「里奈先輩〜〜〜〜」

「いいこ、いいこ」

 ちくり。

 何故だか、仁絵の胸が痛んだ。

 そんな時、昼休み終了のチャイムが鳴ったのだった。