月と太陽
8
『ヒトエちゃん・・・・・・帰って来ないね』
あれから既に二日経った。ヒロに寄り添いながら、タカはぽつりと呟く。
眠るエリを見ているのに耐え切れなくなって————そりゃそうだ、何も出来ないんだから————2人は自分達の部屋へと退避していたのだった。
「————うん」
タカの言葉に、ヒロは両手で顔を覆う。そして、深々と息をついた。
『ヒロ・・・・・・』
タカは背中を丸めるヒロをきゅっと抱きしめた。こうする事で、少しでもヒロの心を癒せればいいな、なんて思う。
「ヤダよ・・・・・・」
『————ヒロ』
ヒロの口から途切れ途切れに言葉が漏れる。
「エリちゃんも・・・・・・ヒトエちゃんも、失うの、ヤダ」
『ヒロ・・・・・・』
ヒロはタカに向き直り、その胸に縋りつくと叫んだ。
「あたしと一緒に旅してたから?・・・・・・だったら、だったら、あたしのせいだ!」
『違う・・・・・・違うよ、ヒロ』
ヒロは涙に濡れた顔を上げた。その涙を手のひらでそっと拭うと、タカはヒロの唇を軽く舐める。
「タカ・・・・・・ちゃん・・・・・・」
『ヒロと旅することは、みんな自分の意志で決めたの。だから・・・・・・だから、そんなに自分を責めないで・・・・・・それに』
「それに?」
タカの胸にもたれながら、ヒロは続きを促す。規則正しいリズムが、心地好く耳に響く。
『ヒトエちゃんとエリちゃん、帰ってくるって信じてあげなきゃ。————大丈夫、あの2人は勁いから』
「・・・・・・そうだね」
タカの言葉に、ヒロはやっと微笑った。その微笑みに、安堵したタカも同じように笑い返す。
————バタン。
そんな時、窓からヒトエが飛び込んできた。
装備は切り裂かれ、体中の至る所が傷だらけだった。その腰には、今まで見たこともない、剣の鞘。————だけど、生きて帰ってきた。
一瞬、ヒロとタカは目を疑ったが、それが現実だと知ると、思わず叫ぶ。
「ヒトエちゃん!」
綺麗に着地したヒトエは立ち上がると、くるりと振り返った。そして、軽くニヤリと笑い、
「ただいま」
軽い口調で告げた。ちょっと留守にしていたかのように。
「お・・・・・・お・・・・・・お帰り〜〜〜!!」
同時に2人に抱きつかれ、一瞬ヒトエはよろける。しかし、強く2人を抱きしめ返すと、
「ただいま」
もう一度告げた。
「良かった・・・・・・良かったよぅ」
『ヒトエちゃぁん』
ぐずぐず泣きながら、ヒロとタカはしがみついて離れない。ヒトエは苦笑しながらも、心から心配してくれた仲間達を、もう一度抱きしめた。
しばし感動のご対面が終わると、ヒトエは小さな声で告げる。
「じゃ・・・・・・行ってくるね」
「行くって、どこに?」
その傷だらけの身体で。
ヒロの言葉に、ヒトエはふっと微笑んだ。
「エリのとこに・・・・・・目覚めさせる訳には行かないからね」
そうなったら、どうなるか目に見えてる。
「でも・・・・・・」
『ヒトエちゃん・・・・・・』
不安がる2人に、ヒトエは微笑む。
「大丈夫、絶対にエリ、連れ戻してくるから。————それに」
伝えたい、言葉がある。
どれだけ自分がエリを好きなのか、彼女を想ってるのか。意地を張っていた分、素直になりたかった。
だが、その沈黙は長くは続かなかった。不意に空気がざわめき、窓ガラスが割れる音が響く。
『何・・・・・・?』
「————しまった!」
ヒトエが帰ってきたことに安堵して、思わず気を緩めてしまった。
ヒロは舌打ちをし、傍らにある剣を取る。
「まさか、エリ!」
3人は慌てて部屋を飛び出し、エリが眠っている部屋のドアを開いた。