月と太陽
12
「ん・・・・・・」
————長い間、眠っていた気がする。
ヒトエは薄く瞳を開いた。真っ暗な天井が目に入る。
なんか、重い。
起き上がろうとしたヒトエは、エリがベッドに突っ伏して、眠ってるのに気付く。
「・・・・・・エリ」
ヒトエはそっと手を伸ばした。確認する様に、長い髪に触れる。
良かった・・・・・・いる。
指先に触れる感覚に、エリの存在を実感する。思わずその髪を何度も何度も撫でた。
「ん〜〜〜」
エリは身動ぎしながら起き上がる。大きく伸びをした瞬間、ヒトエとばちっと視線があった。
「ヒ・・・・・・ヒトエちゃん!」
だけど、それ以上言葉が続かない。ただじっとヒトエを見つめていた。
————どうしよう、何を言ったらいいんだろう?
迷ってるエリの手に、ヒトエはそっと手を重ねた。
「・・・・・・お帰り」
「ごめんなさい・・・・・・」
エリはぼろぼろと泣き出した。ヒトエの言葉が、心に染みた。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・」
うわ言のように言い続ける。ヒトエは横たわったまま、首を横に振った。
「どうして、謝るの?」
不思議そうにヒトエは訊いた。エリはその手を口元に引き寄せ、小さく告げる。
「だって・・・・・・あたしの、せいで・・・・・・」
もう、言葉にならない。あとはただ泣き続けた。
「エリ・・・・・・」
ヒトエは手を預けたまま、ゆっくりと起き上がった。真っ直ぐエリを見つめた。普段とは違ったその視線から、逃れれられなかった。
「帰って来てくれて、よかった」
泣くのを止めたエリは、ヒトエの手を握り締めたまま————放せるわけなかった————ベッドの縁に座りなおした。その胸に、ヒトエはこつんと額をくっつける。
「いなくなったら・・・・・・どうしようって思ってた」
「ヒトエ・・・・・・ちゃん」
胸がざわざわする。抱きしめたくってしょうがなかったけれど、何故だか出来なかった。
「エリのせいじゃないからね」
助ける手段がそれしかないとわかっていても、結局、『魔剣士』になる事を選んだのは、自分の意志なのだから。他人に強制されてなったわけではない。だから、それを気にされると、正直心ぐるしい。
「だって・・・・・・」
ヒトエはエリの胸にすがりついた。そして、甘く囁く。
「でも、ちょっとはエリの責任かお」
ヒトエの言葉に、エリは目に見えてしゅんとなる。
こういうところが可愛いんだよな〜〜エリは。
ヒトエはこっそり思う。だけど、不意に真剣な表情になると、じっとエリを見上げた。
「な・・・・・・何?」
久々のヒトエの最大の武器『必殺の上目遣い』をくらったエリは、心がざわめきからときめきへと変化して行く。
「だって・・・・・・エリばっかり先に行くんだもん。————あたしをおいてかないでよ」
「え・・・・・・?」
ヒトエはエリの手を強く握り締め、早口で続ける。
「いつだって・・・・・・いつだって、あたし、不安だった。エリ、どんどん強くなってくし、大きくなってくし・・・・・・。いつか絶対置いてかれるって・・・・・・そればっかり、考えてた」
「ヒトエ、ちゃん」
こんなに自分の気持ちをさらけ出すヒトエを、初めて見た。
「あたし・・・・・・置いてかれたくなかった。エリと一緒に歩いて行きたかった・・・・・・強く、強くなりたかったの」
「ヒトエちゃん・・・・・・」
エリはふわりと微笑った。素直なヒトエが、心から愛しい。
「————好きだよ」
エリはその身体を引き寄せると、腕の中に閉じ込めた。そして、低い声で囁く。
ヒトエは切なく息をついて。今まで言えなかった、いや、言わなかった言葉を甘く返す。
「あたしも・・・・・・好き」
まさかそんな言葉が返ってくるとは思わなかったエリh、身体をパッと放し、まじまじとヒトエを見つめる。
「な・・・・・・何?」
照れながらも、ヒトエは視線を逸らさない。エリは小さく小さく問い掛けた。
「・・・・・・ほんとに?」
「好きだよ」
「————ほんとのほんとに?」
「も〜〜〜、しつこいなぁ」
「だって・・・・・・」
エリはただただヒトエを見つめ続けた。苦しげな瞳に、ヒトエは何も言えなくなる。
ここまで相手を不安にさせていたことに、やっと気付いた。自分が不安だったように、エリも不安だったのだ。
ヒトエはエリの頬を両手で包み込んだ。そして、もう一度囁く。
「————大好きだよ、エリ」
次の瞬間、ヒトエはエリの腕の中に閉じ込められる。きつくきつく抱きしめられる。
「エリ・・・・・・」
「あたし・・・・・・ヒトエちゃん、好きでいて、いいんだ・・・・・・」
何よりも大切な者が再び手に入った。もう・・・・・・もう、失わなくて、いいんだ。
エリはヒトエの髪に口付けながら、思う。
胸がきゅうぅぅっと苦しくなる。切ない時だけじゃなく、嬉しくても胸が痛くなることを初めて知った。
「・・・・・・うん。好きでいてくれなきゃ・・・・・・ヤダ」
エリが自分を思ってくれてるように、自分もエリを想っていたい。
「好きだよ・・・・・・ヒトエちゃん」
エリの囁きに、ヒトエはこくこくと頷く。そして、甘く切なく返した。
「あたしも・・・・・・好き」
その言葉に、エリは瞳を閉じ、深く息をついた。そして、ヒトエの額に軽く口付ける。次に、唇についばむように口付けると、そのままヒトエと一緒にベッドに倒れこんだ。
「もっかい言って」
子供のような甘え方に、ヒトエは真面目に返す。
「好きだよ」
「もっかい」
「————大好き」
額をコツンとくっつけて、何度も何度も唇を重ねる。
「あたしも、好きだからね」
エリもきちんと気持ちを伝える。言葉にしなくちゃ、思いが溢れてきてしょうがなかった。
「もう、大好き」
ヒトエはエリの背に腕を回し、上目遣いで囁いた。
「久しぶりだし・・・・・・」
「んん?」
「————一緒に、ねよっか?」
エリは一瞬、驚いたように目を見開いた。そして、くすくす微笑う。
「も・・・・・・誘わないでよね・・・・・・」
そう告げながら、静かにヒトエの唇を塞いだ。
「ん〜〜〜」
ふと、目を覚ましたヒトエは、小さく息をつく。そして、隣で安らかに眠るエリの寝顔を眺めた。
結局、互いの体調の事を考えて本当に『一緒に眠る』だけになってしまったのだが、それで十分満足だった。
こうして、好きな人の体温を感じられながら眠るのは、本当に心地好い。————エリがそれを教えてくれた。
ヒトエはちょっと身を起こし、エリの唇に軽く口付けた。そして、優しく囁く。
「大好きだよ・・・・・・エリ」
これから、何度もこの言葉を口にするのだろう。だけど、そのたびにくすぐったいような、照れくさいような想いに駆られるに違いない。
「————お願いだから・・・・・・側にいさせてね」
一生懸命ついてゆくから。自分なりの愛しかたで。
ヒトエはエリの腕の中に戻ると、再び眠りについた。————幸せな眠りに。
END/BACK